Act.066:降臨-Side.A-
開く筈のなかった最奥への扉。
誰も踏み入れる事のなかったであろう、月朔の洞窟最後の間。
その扉の前に、カオス達五人は立っていた。カオスがゆっくりとその扉に手を合わせると、その二枚扉は自動にゆっくりと左右に開き、カオス達をその中へと迎え入れるのだった。
扉が左右に割れると、その中の様子も分かる。ゴツゴツした剥き出しの岩であった闇の守護者との戦闘部屋の床とは異なり、綺麗に整えられた床がそこにはあった。おそらく、まだ誰もその上に足を乗せていないのだろう。
カオスは遠慮も躊躇も全くせず、その中へとずかずかと入っていった。その図太さと言うか、図々しさには皆は少々呆れ気味だが、此処でただ躊躇って無駄に時間を過ごすのは無意味なので、カオスの他四人も続いてその部屋に入っていった。
その中に罠のようなものはなかった。そして、今更そんなものが出るとも思わなかった。
その最奥の部屋は奥へと少々長い無機質な部屋だった。部屋の中には特別な物は何も無く、最奥に祭壇のような物があり、その中央に剣が一本刺さっていた。
「アレか」
部屋の奥の祭壇に偉そうに刺さっている剣。
それは魔剣ブラックエンド・ダークセイバー。
それがそうであることは誰しも分かっていた。そして、それを手にする資格があるのはここに居るカオスだけであるとも。
とは言え、所詮相手は剣。そして、あの場で闇の守護者が倒されるところを見ていた訳でもない。誰が闇の守護者を倒したのかは分からないに決まってる。
そのように考え、駆け出す者がいた。
「へっへーん! カオス、先に頂き~! 油断大敵よー♪」
「フローリィ!」
そう、フローリィだった。伝説の魔剣を父親の誕生日プレゼントにしようとしているフローリィだ。
フローリィはブラックエンド・ダークセイバーに向けて駆けていった。駆けて、駆けて、駆けて、祭壇に入ろうとしたところで、目に見えぬ結界に阻まれてその頭を思い切りぶつけた。
ゴイ~~~~ンと、教会の鐘並みにその音は響き渡った。それが、その結界がフローリィに与えたダメージを物語っていた。
ダッシュで壁に頭をヒットさせたフローリィは、木枯らしに舞う紙くずのように床にヘタッと落ちた。愚か者の、愚か者らしい末路であった。
「…………」
他の四人の冷ややかな、もとい暖かな視線がフローリィに注がれた。そして、むくりとゾンビのように立ち上がったフローリィに、カオスはボソッと呟いた。
「こうなるって、予想出来なかったのか?」
「黙れ」
出来なかったのだ。頭の中に浮かびもしなかったのだ。
だが、他の三人は口を揃える。
「まあ、何となくはねぇ」
「今までの罠や仕掛けの特性やぁ、周到さを考えると~」
「予想は難くないわ」
「だから、黙れっちゅーに」
もう、フローリィは逆ギレするしかない。自分は馬鹿だった。ここで出されてしまったその不本意なイメージは、この場で何を言ったところで覆せはしない。そして、そんな理論があったところで、それを行使出来るような頭もフローリィにはない。
「ああああ、もういいわ」
フローリィは吐き捨てる。
「カオス、アンタ、さっさと取っちゃいなさいよ。しゃーないから譲るわ」
「分かった分かった」
譲られるようなものではないのだが、それをつっつくと面倒なだけなので、カオスは一々つっこまなかった。いい加減疲れてきたのだ。
カオスはゆっくりと歩いて祭壇の方へと向かう。そして、その祭壇へと足を踏み入れる。フローリィが頭を強打した場所、そのラインをカオスは何もしなくても容易に越えていった。
それはカオスが魔剣ブラックエンド・ダークセイバーの持ち主に相応しいと認められた証に他ならない。それは、他の者では駄目なのだ。それを、他の四人に悟らせた。
やはり、彼が認められた者だったか。
ロージアはまるで、それが当然の出来事かのようにただ眺めていた。
正直に言ってしまうと、月朔の洞窟、苦難の道で別れてあの闇の守護者との戦闘の場で再会するまで、そのように考えはしなかった。だが、あの闇の守護者とカオスの戦闘、そしてカオスが『C』であると考えれば、それは予定調和であった。
「…………」
一方でフローリィは、その場を未だ少し不満そうに見つめていた。
叔父の誕生日プレゼント、それにする為にこのブラックエンド・ダークセイバーを手に入れようとしていたが、それは叶わなかった。使えない。だとすると、今年の誕生日プレゼントも、肩たたき券になってしまうと容易に想像された。他にないのだ。
「ふぅ」
カオスは祭壇のブラックエンド・ダークセイバーの目の前に辿り着く。そして、それに手をかけようとする。そのところで、不意に後ろを振り返る。
「じゃ、抜っくよ~ん♪」
「さっさとしろ!」
ピコタン、ピコタンと手を振るカオスに、ルナは呆れながらもそのお約束な行動に、いつも通り素早いツッコミを見せる。
「オッケ~♪」
カオスはブラックエンド・ダークセイバーの方に向き直り、真面目な顔をしてみせる。そして、考えを巡らせる。剣を引っこ抜く時の掛け声は、何がいいのかを。
色々と掛け声を頭の中で挙げてはみたものの、「よっこいせ」や「そりゃー」などでは何の捻りも無くて面白くない。しかし、変わり種と言っても「お母ちゃんの為にえ~んやこ~ら」は流石に微妙で、芸人的にはキッツイ感じで避けておきたかった。
これは難しい問題だ。カオスは悩む。
「…………」
ブラックエンド・ダークセイバーに向き直り、その動きを止めているカオスを四人は見ていた。何もしていないように見えたが、ああして動きを止めているからには何かしら考えを巡らせているだろうと予想出来ていた。
「困っているみたいね。何か重大なことを考えて」
と言いかけたロージアの言葉を遮るように、ルナは言う。
「いや、すっごい下らないことだと思うよ」
「よし」
双方共に答はあったんだかなかったんだか分からないまま、カオスは意を決したように力を入れる。ブラックエンド・ダークセイバーを抜く気になったのだ。
そして、その黒く輝くブラックエンド・ダークセイバーに向かい叫ぶ。
「いくぜ! ファイト七発ッ!」
ツッコミ役が来れない祭壇の上は、カオスの独壇場だ。
「パン(①)!」
ファイト1つ目。
「パン(②)! パン(③)! パン(④)! パン(⑤)! パン(⑥)!」
後ろに流れる冬の北風のような空気を感じつつ、カオスは七発目を叫びながら赤く輝く宝玉を持つブラックエンド・ダークセイバーを引き抜こうとするのだ。
「パーーーーンッ(⑦)!」
カオスの力と七発のファイトを籠めた両腕は、すぐに下方から上方へと移動していった。魔剣ブラックエンド・ダークセイバーと共に。
魔剣ブラックエンド・ダークセイバーは、鞘から刀を抜くのと同じ位に簡単に抜けた。何も考えも、力も、抜くのには必要無かったのだ。
「…………」
その虚しい結末に、カオスは少々唖然としていた。だが、ただマイペースにボケを暴走させただけのカオスの唖然や虚しさなど、他の四人にはどうでも良かった。
「それよりカオス、そのブラックエンド・ダークセイバーをこっちにも良く見せてよ」
ルナの言う通り、他の面子はその魔剣ブラックエンド・ダークセイバーの姿を良く見たいと思っていた。ここまで苦労した道程であったのにもかかわらず、自分達には何の物理的収入はなかったのだ。その位の権利はあってよい筈だ。そのように思っていたし、カオスもそれは分かっていたから。
「ほらよ」
カオスは四人に向かって自分が今手にしている魔剣を翳し、良く見えるようにする。その時だった。
カオスの持っているブラックエンド・ダークセイバーの赤い宝玉が、光を放って辺りを眩しく照らした。突然の閃光に思わず視界を奪われたカオス達であったが、それでもすぐに目を慣らしていって視界を回復させていた。
そんなカオス達の目に、ブラックエンド・ダークセイバーの姿が映り始めていた。カオスの手を離れ、それは人の形を成していく。姿を変えてゆくのが見えた。ブラックエンド・ダークセイバーはインテリジェンス・ソード。意識を持つ剣だと、カオス達は皆知っていた。だからこそ、こんな異常と思える事態でも、驚きはなかった。むしろ、自然のように思えていた。
完全に目が慣れたカオス達の目に、ブラックエンド・ダークセイバーのの姿が完全に捉えられる。
健康性を疑いたくなる程の白い肌に、真紅の瞳。白に近い銀髪は縦巻きロールを描き、それに黒いリボンが墨を落とす。そんな小さな少女のような姿形ではあったのだが、その身に纏う黒いドレスが、その少女をただの少女ではないと物語っているようであった。
「…………」
あれが、ブラックエンド・ダークセイバーの意識体?
ロージアはその少女から発せられる先程のカオスに近い黒いイメージの魔力から、そのように感じていた。姿形はともかくとして、それが闇魔法、ブラックエンド・ダークセイバーに何かしらの係わりがある事はちっとも不自然には思えなかったのだった。
そして、ルナもそのように感じていた。目の前に突然現われた少女の魔力の大きさは、一介の少女といえるような代物ではなかったのだ。
「…………」
ガキ?
だがその一方で、カオスは暢気にそのように思っただけだった。
そのような、その場に居る者の多種多様な思惑は全く気にせず、人形への成形が終わったブラックエンド・ダークセイバーは、ゆっくりとカオスの方を振り返る。そして、問う。
「お主が、妾の新しい主であるな?」
「ん、多分?」
主と言われてピンと来なかったカオスは、控えめにそう答えておくことにした。ふんぞり返って、腕を組みながらではあるが。
そんなカオスに、人形となったブラックエンド・ダークセイバーの鉄拳が飛んだ。
「この、未熟者がっ!」
カオスの身体は放物線を描き、地面に落ちた。カオスのカオスらしいマヌケな最期であった。
まあ、死にはしないけれど。




