Act.065:守護者Ⅵ~黒い蹂躙~
「殺す。殺す。殺す……」
闇が顕著に現われて豹変したカオスは、ゆらりと闇の守護者の方に視線を向ける。その佇まいはゆったりとしたものだけれど、身に纏う禍々しい魔力のせいか、それは酷く恐ろしいものに見えた。
「…………」
禍々しい……
そんなカオスの様子を見て、フローリィは目を丸くしていた。信じられない光景を目の当たりにした気分だった。
アレはカオスである。苦難の道を、共に歩まされる羽目になったパートナーとなったカオスである。そんな当たり前で疑うまでもない事さえ、誰かに訊ねたくなるような気にさせられていた。
それはロージアにとっても同じだった。カオスがそのように変化するとは思ってもみなかった。悪く言えば、期待をしていなかったのだが。
ルナとマリアは違う。目の前でこの変化を二回見ているルナや、遠目とは言っても一回見ているマリアには、こうなるのは知っていたし、先程のカオスの無謀な攻撃もこれを誘発させる為のパフォーマンスでしかないのも気付いていた。そして、分かっていたからこそあの場面で手を出そうとしなかったのだ。
禍々しく、強大な殺気……
それを感じて、ロージアは過去にガイガーがカオスに殺されたことと、カオスと接したことを思い出していた。
アヒタルの時は戦っている場面を全く見なかったので分からなかった。だが、この月朔の洞窟でのカオスを見て、カオスは人間にしては強い部類に入るのは分かった。しかし、ブラック・ヴォルケーノを葬った時の魔力程度では、ガイガーを殺せるとは思えなかった。無論、カオスとて本気ではなかったが、それでも魔の六芒星であるガイガーを殺す何かを持ち合わせているとは思えなかった。
それ故にブラック・ヴォルケーノを殺したのと同じように、何かしら上手い策を立てた上で、それが見事に作動してガイガーは殺されたのではないかと思っていたが。
このカオスの魔力を見て、ロージアはその自分の予想が間違いだったと思い知らされる。策も何も必要はない。この魔力が対ガイガー戦で作動したならば、それらが何も無くてもガイガーを殺せる。簡単である。
それは、魔族にとって脅威となるだろうか?
それは、否。
部下であるグラナダの調査結果と合わせると、それは逆に喜びである。そして、そのカオスの魔力の属性が闇であれば、その喜びはさらに倍増する。
なぜなら、そうなれば彼が『C』だという理由をさらに追加させるからだ。
そう、カオスは『C』。
それは間違いないと、ロージアは確信していた。
◆◇◆◇◆
「殺す。殺す。殺す……」
カオスのその様子を見て、闇の守護者は戸惑っていた。自分が此処の守護者として存在するようになってからどれ位の時が流れたのかは分からない。だが、今まで自分を脅かす者は全く現れなかったし、これからもそうであろうと思っていたが。
それは今こうして目の前に存在している。
「まさかな。そんな筈あるまい」
闇の守護者は信じなかった。
あのガキ如きが、ブラックエンド・ダークセイバーを持つに相応しい人物である訳がない。自分の勘も長年守護者を務めているせいで鈍ってきているのだ。
そう思うことにした。
「貴様が死ね」
闇の守護者は自身の魔力を足腰にも渡らせて、高速でカオスに襲い掛かる。そして、右に左にパンチを繰り出してゆく。そのどれもが、下等な魔獣や力の無い人間ならば一撃で死に追いやる。そんな強力なものだったが。
それはカオスには一撃も当たらなかった。
カオスは左手を自分の目から20cm程前に出す。それを用いて、闇の守護者が繰り出してゆくパンチを外側へあっさりと流した。それを、左手一つで闇の守護者が繰り出したたくさんのパンチ、全てに対して行ったのだ。
そんな完全な防御を行った上で、闇の守護者のパンチの嵐が少し下火になり、そこに隙が生まれると、カオスはその隙を見逃さない。凶悪な笑みを浮かべながら、魔力の籠められてある右の拳を隙だらけの闇の守護者の腹部へ叩き込んだ。
鈍く大きな音が響き渡り、その拳がめり込んでゆく。
「クククク」
そこでカオスは右手に籠められていた魔力を解放する。
強烈な爆発音と共に、カオスの魔力の大砲が闇の守護者の腹から背へと貫通する。闇の守護者は、その勢いのままに大きく後方へと吹き飛ばされてゆく。そして、その闇の守護者のやられた腹には、大きな風穴が生まれていた。
そのようなものは何でもない。
今までの経験上、この程度のものはすぐに修復してきた闇の守護者なだけに、今回もすぐに修復して、反撃に移ってやろうと考えていた。だが、そこに誤算があった。
修復不能。
いつもならば放っておいてもすぐに治るというのに、空中で姿勢を立て直して、地面に着地し終えた今でも腹に開けられた風穴はそのままであった。治療を意識しても、そこの傷は風穴のまま何も変わりはしない。
「やっぱりね~」
「ですね」
マリアは闇の守護者のその姿を見て納得の表情を浮かべる。そして、それはルナも同じ。
「あの闇の守護者とやらが言った通り、闇属性の魔法で受けたダメージは回復出来ないようですね」
「ええ。これで勝機は出て来たわ~♪」
闇属性魔法?
その言葉にフローリィとロージアは少し反応を示した。ただ、両者の反応は対照的であった。驚いた顔をしたフローリィに対して、ロージアはごく当然とでも言うような顔をしていた。
カオスは『C』である。
それを考慮に入れれば、カオスが闇属性の魔法を扱えるのは、不自然ではない。寧ろ自然であり、さらに『C』であるというのを後押した。
「クソ」
一方、初めて劣勢に立たされた闇の守護者は、その慣れない状況に戸惑い、苛立っていた。ふらついた体を抱え、前方を見渡す。その視界にはもう、カオスは居ない。少し頭が下がって視界を失った瞬間に、その姿を見失ったのだ。
「何処だ? 何処に隠れた!」
その瞬間、カオスの姿が闇の守護者の背後に現われた。先程の闇の守護者の隙をついて、その死角から背後へと素早く回ったのだ。
禍々しき殺気。
背後のそれに、闇の守護者は反応を示すのだけれど、その時には既に遅い。気付いた時には、カオスの蹴りが容赦なく炸裂している。
「ぐはっ!」
闇の守護者は飛ばされ、地面に打ちつけられる。そして、そのまま地面をタイヤのように数メートル転がった。闇の守護者は傷付き、なおかつ体力も失い始めていた。
闇の守護者の、守護者としての地位は堕ちてきていた。
そんな闇の守護者に、カオスは容赦しない。起き上がろうとした闇の守護者の背中の上に乗り、それを踏みつけて、また地面に叩きつける。それから、カオスは地を這う虫けらを踏み潰すように闇の守護者を踏み躙りながら、その背中にある両の翼に手をかける。
それを容赦なく引き千切る。そして、捨てる。
「くおおおっ!」
翼をカオスによって無造作に引き千切られた闇の守護者の悲鳴が響き渡る。闇の魔法を孕んだ者の攻撃では、痛みも感じるらしい。その闇の守護者を、カオスは愉快そうに見下す。
「クククク」
次はしっぽに手をかける。それを引っこ抜く。で、それはやっぱりそこら辺に捨てる。
「ぬぐああああっ!」
感じたことの無かった痛みに、闇の守護者は人目もはばからず苦しみを見せる。王者のように偉そうに他者を見下していた闇の守護者の姿は既にそこには無く、闇の守護者はみっともない虫けらのように這いつくばっているただの小悪党と成り下がっていた。
「クククク、さっきまで偉そうにしてたのがみっともねぇ姿だなぁ。クククク」
カオスはそんな闇の守護者を蹴る。蹴る。蹴りまくる。
意図してあまりその蹴りにカオスは籠めていなかったので、闇の守護者の体は蹴り一発一発では大して飛ばされず、そしてそれによってカオスの蹴りを何発も連続で食らう羽目となっていた。
蹴りは弱い。だが、ダメージはゼロではない。闇の守護者の体力と生命力は、それによってどんどん削られていた。そうやって闇の守護者をボールのように蹴っていたカオスだったが、すぐに飽きたのか少し強めに蹴ってまた闇の守護者の身体を少し遠くへと飛ばした。
「うぐああああっ!」
飛ばされた闇の守護者は、傷付きながらも空中でその体勢を整え、カオスに対して反撃を行おうとしていた。逃げの選択肢など存在しなかった。
とは言え、所詮は負傷者。その上、今まで傷付くことを知らなかった者。その反応の速度は、平常時に比べて格段に落ちていた。そして、そんな反応を待ってあげるようなカオスではない。
地面を蹴ってカオスは闇の守護者に追い討ちをかけに行く。魔力と共に手刀を闇の守護者の横腹に叩き込んだ。
「ぐぁうがごぉおおうううううっ!」
手刀は名刀のように鋭く闇の守護者の横腹を切り裂き、風穴が開いて脆くなっていた腹部を容易く真っ二つにする。
「ぐががががががががっ!」
闇の守護者の視界はひっくり返り、その目に幽かにカオスの狂気の赤い目が映る。だが、それはすぐに途切れてしまう。
「クククク、はーっはっはっはっは!」
笑う。
哂う。
嗤う。
その声が、やけに闇の守護者の耳についていた。今まで自分が王者であり、見下す立場であった。その自分が、今では見下され、無残に消えてゆく運命なのだ。
それを、苦い程に思い知らされていた。
「そろそろ死ぬがいい。消えろ」
消える…
消える……
消える………
その言葉が、闇の守護者の虚ろとなった脳裏に響き渡っていた。死にたくない。消えたくない。そのように考えることはなかった。その暇さえもなかった。
カオスは真っ二つにした闇の守護者に向けて右手を翳し、そこに容赦なく魔法攻撃を叩き込む。手からエネルギー波のようなものを一直線に放ったのだ。カオスのエネルギー波は、闇の守護者の体を全て巻き込み、この部屋の奥の方へと数十メートル程地面をえぐりながら直進して消えた。
それと共に闇の守護者の体全てが木っ端微塵に、跡形も無く消え去った。
土埃は舞い上がる。岩は崩れ落ちる。それは数分にも及んだ。そして、それが落ち着いて、この部屋の中に再び静寂が訪れるようになると、他の皆にも今の状況が理解出来るようになってきていた。
「倒した?」
今の今までこの近辺を多い尽くしていた闇の守護者の禍々しい気配は消え失せ、静寂で平穏な洞窟内の雰囲気と変わらないようになっていた。それからも分かる。全ては終わったのだと。
終わった。カオスが終わらせたが?
「…………」
ルナは闇の守護者を倒した後のカオスの後ろ姿を眺めていた。闇モードに変わって、ガイガーの時は気を失った。奇怪魔獣の時は一瞬だったせいかすぐに元に戻った。二回は元に戻った。だが、今回もそうであるという保証は無い。もしかしたら、元のカオスには戻っていないのかもしれない。
そんな不安が、彼女の中に残っていた。だが、それはすぐに一時の杞憂となる。
「は、は、はっくしょい!」
カオスは季節外れのくしゃみをした。そして、鼻をすすり上げる。その様子だけで、カオスはいつも通りのカオスであると皆が悟った。もっとも、微妙に喜べない気もしていたのだが。
そんな皆の微妙に冷たい空気とはお構い無しにカオスはマイペースだ。
「くしゃみか。ああ、誰かが俺の事を噂してやがるな」
そして、叫ぶ。
「何処ぞの巨乳美女がっ!」
カオス君素敵~♪
100万ドルの笑顔を振りまいて、どんなメロンやスイカよりも圧倒的な胸を揺らして、超絶的な美女が自分の方に駆けてくるのがカオスには見えた。妄想の中で。
そんなカオスの背中に、容赦なく蹴りが入る。蹴りが入り、カオスの体は飛ばされる。カオスはすぐにバランスを立て直して蹴った者の方に視線を戻した。
カオスは視線を戻す。蹴ったのは、フローリィだった。
「いきなり何をするか?」
「天誅よ」
文句を言うカオスに、フローリィは腕を組んで胸を張る。いやらしい発言をした天罰だ、と言いたいらしい。
哀れみを誘う程に無い胸を張りやがって。そんな言葉は封印しながらも、カオスは文句を垂れる。文句というよりも愚痴だ。
「魔族が天誅なんて言ってんじゃねぇよ。キャラ違うだろうが」
「ああ?」
フローリィはカチンときた。後は、お約束だ。
「◎仝@*Σ↑♀!」
「□%#☆♂㈱〒!」
口論が始まる。
「◆α㈲⊿Б+Λ!」
「♭←÷∮¥=$!」
キリが無さそうなカオスとフローリィを見て、ルナは微笑みながらも強引に終わらせてしまう。
「めでたし、めでたし♪」
「「めでたくねー!」」
カオスとフローリィのツッコミが同時に入ったのは言うまでもない。




