Act.058:月朔の洞窟Ⅳ~洞窟さんぽ~
岩をただくりぬいてトンネルにしただけのような無骨な洞窟。その上に、申し訳程度に通路が置かれていた。その上や周囲を、ポツポツと時々水滴が地面を穿つ音が聞こえる。それ以外は、自分たちの足音と呼吸の音しか聞こえない。
そんなほぼ完全なる静寂に包まれながら、苦難の道から逃れたルナ、マリア、ロージアの三人は歩いていた。あの分岐点で、カオスとフローリィの二人と引き離されてどの位経っただろうか。数分のような気もすれば、一時間位経っているような気もした。月の明かりも何もないこの月朔の洞窟の中では、時間の感覚さえも麻痺しがちになるようだった。
その中を、ルナ達三人は黙って歩いていた。一応、事あるごとに周囲は確認する。罠がある可能性はまだ捨ててはいなかった。しかし、これまで発見したりした罠はゼロ。当然、かかった罠もゼロ。
「何も」
「何もないわね~」
マリアの声がルナの声に重なる。
「罠とか、あっちに集中しちゃったのかしら~?」
マリアはそう言う。
『苦難の道』と謳うからには、それ相応のものが待っていると考えてもおかしくはない。寧ろ、自然である。向こう側には色々とあるのだろう。
マリアの言葉には、一理ある。だが、それがそのままこちら側にはずっと何もないままだという証拠にはならないとルナは考えていた。だから、言う。
「それは、分かりません」
これから罠のラッシュになる可能性もゼロではない。
「ただ、そうだとしても、私達が出来るのは後からやって来るカオス達が少しでも来易くすることだけと思います」
「そうね~♪」
マリアは笑った。
そうしてルナ達は月朔の洞窟の最奥方向へと順調にその歩みを進めてゆくのであった。
キッチリと城の回廊のように整えられた洞窟。綺麗ではあるのだが、薄暗く、人の気配どころか生物の気配すら感じられない洞窟。そこでは、自分達の足音と呼吸の音しか聞こえない。
やはり、ほぼ完全なる静寂に包まれながら、苦難の道に飛ばされたカオスとフローリィの二人も歩いていた。第二の砦を突破してからどれ位経っただろうか。多分、そんなに経っていない。
その中を、カオスとフローリィは黙って歩いていた。特に話題は無かった。そんな中で、時々周囲をチェックするのも忘れない。そう、忘れてはならない。こちらは『苦難の道』なのだ。
とは言え、第二の砦以降は発見した罠や仕掛けはゼロ。当然、かかったのもゼロ。ここから最後まではそれらしきものは全く無いのだが、それをカオス達が知る由は無い。カオスは周囲に気を払いながら歩みを進める。
そのカオスの横顔を、フローリィは見ていた。そして、いきなりフローリィの鉄拳がカオスに炸裂した。カオスの体は適当に飛ばされ、適当に落ちる。
起き上がったカオスは、当然フローリィに対して文句を言う。
「いきなり何をするか、このボケッ!」
カオスが怒るのは、当然である。今回、カオスには全く非が無いのだから。だが、フローリィはしれっとしている。しれっとして、自分の要求を突きつける。
「あたしの質問に答えなさい」
「だったら、普通に声かけりゃあいいじゃねぇか! いきなり殴ってんじゃねーよ、このバカッ!」
「いや、気付かないと思ってね。歩くのに夢中で」
フローリィはカオスから顔を背ける。確信犯なのだ。
「○Ψ■*@√Ш!」
「☆▼Ω$#∀£!」
カオスとフローリィの口論が始まる。
その一方、マリフェリアスは自宅の窓から夜空を眺めていた。その星々を少し眺めた後、その夜空から背を向ける。
「寝るか」
彼女はベッドへと歩いていった。
月朔の洞窟、苦難の道。カオスとフローリィは、並んで歩いていた。
「で、質問は何だっつーんだ?」
口論に飽きたカオス達は、本題に入る。カオスの表情はブスッとしている。そこから、フローリィの疑問を解決してやろうというようなやる気は全く感じられなかった。
「やる気の無い感じねぇ~」
「実際、ねぇし」
フローリィは不満ではあるが、それ以上文句は言わない。カオスにとって、フローリィの疑問を解決するのは別に得にならないだけでなく、解決しなければならない理由も全く無いと分かっていた。
とは言え、答えようとする姿勢を持つだけまだマシか。フローリィはそう理解し、疑問をぶつける。
「アンタ、強くなろうとするのは、ブラックエンド・ダークセイバーを手に入れようとするのは、女にモテモテになる為だって言ってたよね?」
「お、おう。どれだけモテモテなのかが男のステータスみてぇなものだからな」
適当に言った内容を一々覚えてんじゃねーよ。
カオスはそう思いながらも、きちんとそれに応ずるような答を出した。それを考えるのは簡単ではないけれど、ここですっとぼけるとネチネチと長くなりそうだと分かっていたので、フローリィに合わせたのだ。
それを前提にフローリィは疑問の本題に入る。
「モテるようになる為、それがいいか悪いかは別にして、モテる為だったら別に今くらいの力で十分でしょーが」
「そうか?」
一応訊く形になってはいたが、フローリィが言わんとすることはカオスにも分かっていた。そこら辺の人間に好かれるようになる為だけだったら、現段階の実力があれば十分に好感を持たれはするだろうが。
その為に強くなるのではない。そうとぼけたのは、本心を晒したくないカオスのオブラート的表現でしかない。そんなカオスに、フローリィは言葉を畳み掛ける。
「そうよ。チラッと見たけれど、アンタの魔法剣凄いじゃないの。あそこまで鋭い剣、あたしでも作れないわ」
フローリィは先程のカオスの魔法剣を褒める。やはり、先程の影との戦いをフローリィも見ていたらしい。だが、それはカオスにとっても都合の良いこと。カオスはその話に乗る。
「魔法剣は色々と大変だからなぁ」
「難しい点は多いよねぇ」
フローリィも乗る。
「フローリィは集中力無いし?」
「そ。すぐイライラしちゃって」
乗る。
「大雑把な性格だし?」
「そ。もう、どうでもいいやーってね」
乗る。
「…………」
「…………」
フローリィの鉄拳が炸裂した。カオスの体は適当に飛ばされ、適当に落ちる。
「Θ◇Я/ε⊿И!」
「¥★♭ΛΞ<∟!」
また、カオスとフローリィの口論は始まるのだ。
一方、苦難も何もないルナ達三人は、もう既にかなりの位置まで進行していた。ブラックエンド・ダークセイバーに近付いているのだ。それをルナ達も実感していた。なぜなら、そうして進行してゆくにつれて洞窟の空気、臭いが悪くなっているような感じがしてならないのだ。臭かったり、汚かったりする訳ではない。ただ、悪い感じがするのだ。
ブラックエンド・ダークセイバーは闇に属する魔剣である。それを考慮に入れると、その悪い感じが強くなるにつれて、その魔剣の場所に近付いていると思えていた。そして、段々黒い霧のようなものが見え始めてきたのだ。
「うわ、何か嫌な感じが強くなってきましたね」
ルナはそう正直に感想を漏らすが。
「それだけ目的に近付いたということよ~」
マリアは前向きだ。
「何はともあれ、先に行きましょう」
「そうね~」
ルナ達三人は、引き続き順調に進んでいた。
「と言う事で、それ以上強くなってどうするのか答えなさい」
カオスとフローリィの口論は、とりあえず休戦となった。休戦となると、フローリィはまた元の話に戻した。ブラックエンド・ダークセイバーを手に入れれば、今以上に強くなれるのはほぼ確実。カオスは女にモテモテになる為だと言ったが、そうなるには別にブラックエンド・ダークセイバーでなくても構わない。だが、カオスにはブラックエンド・ダークセイバーでなくてはならない理由がある筈だ。その理由の説明を、フローリィは求めていた。
「…………」
「…………」
カオスは答えない。カオスの答をフローリィはジッと待っていたのだが、そこからカオスは視線を逸らした。
「さっさと答えなさいよ」
堪え性の無いフローリィは、既にイライラし始める。そして、カオスの発言により、そのイライラという休火山は爆発するのだ。
「いや、どうボケようかと思ってな」
「ボケるなーっ!」
そうして、またまた口論が始まると思いきや、ここでは始まらない。カオスはその後にフローリィの質問に対して正直っぽく答える。
「強くなったって別にどうしようもしねぇさ。ただ、強けりゃ強いに越したことはねぇだろ?」
使う使わないは別にしても、力はあるだけいざという時に困らなくなるものだ。そして、暴走するのなら話は別だが、そうでない限り力はあって困るような代物ではない。そのようにカオスは説明する。
そのカオスの回答には一理ある。フローリィはそれは理解した。だが、そこには裏があるような気もしていた。だから、さらに突っ込む。
「力があれば困らない。そして、あわよくば魔王アビスでも倒して、一躍有名になってやろうとか?」
そんなフローリィの懸念を、カオスはすぐ否定する。
「興味ねぇよ、馬鹿ちん」
それは本心だった。だが、フローリィはそんなカオスに意外そうな顔を向ける。出世欲や、そういった欲望は人の人としての本能のようなものだと思っていたのだ。
カオスはそんなフローリィにそう思う理由を説明する。
「有名になったところで、良くなるのは金回りくらいなもんだ。後は、困ったことばかりだぜ」
「そうなの?」
「ああ」
トラベル・パスCクラスに合格して、学院内でプチ有名になったカオスは知っている。金回りは良くならないくせに、そういった鬱陶しいアレコレは増えたからだ。
カオスは説明する。
「金目当てのハイエナ野郎共や腰巾着共がぞろぞろ現われるだろうし、厄介事にも巻き込まれ易くなる。面倒が増えるだけなんだよ」
ナンパはし辛くなるし、エロ本は買い辛くなる。立ちションも気軽に出来やしねぇ。とまでは、思ってもカオスは口にはしない。
「そして、魔王アビスに対して個人的に恨みなんかねぇしな」
「ふ~ん。なら、まあいいわ」
魔の六芒星の一員として、フローリィはカオスが自分達の敵対とならないのならそれはどうでも良かった。それはその場しのぎという可能性も無くは無い。だが、カオスの言葉をフローリィは信じようと思ったのだ。
ただ強くなる為。
それを思うと、そこでカオスの中に疑問が生まれる。そして、フローリィに訊ねる。
「つーか、お前こそアレを手に入れてどうするつもりだよ?」
カオスは比較的真面目な動機だった。自分の魔法は闇属性なので、それを得れば強くなれるのは十分過ぎる程に分かる。だが、フローリィにはそれはない。フローリィの得意とする魔法は明らかに炎系統であるし、同行者のロージアは氷系統だ。例えブラックエンド・ダークセイバーを得ても、彼女等には意味が無いような気がしていた。
そんなカオスにフローリィはしれっと答える。
「あたし? あたしは父様の誕生日プレゼントにするのよ」
「!」
それはカオスにとっては凄まじい衝撃であった。もう一度問いただしたい気分だった。なぜなら、そのフローリィの答は、カオスにとってはとてもとても信じられるような答ではなかったのだ。
カオスは叫ぶ。
「頭おかしいんじゃねぇのか? 伝説の魔剣を誕生日プレゼントなんかにするんじゃねぇよ! 肩たたき券でもやりゃぁいいじゃねーか!」
「っさいわね! どう使おうがあたしの勝手でしょうが!」
「∑ёΓ≒♀∽⌒!」
「∮∞仝〆♂Åх!」
そこで口論が始まるのは、最早お約束である。