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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter1:トラベル・パスCランク試験
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Act.006:デンジャラス・テストⅣ~邂逅L~

「まずはこれだ」


 TPの文字が額についている怪しいマスクを被った試験官が、自分の周りに居る試験のサポーター達に合図を送る。それに応じ、サポーター達はそれぞれが大きな籠を持って、受験者達に一つずつ折りたたみ式のコンパクトミラーのような物を配布した。

 6人のサポーターに対し受験者は100人余りなので、受験者がバラバラに並んでいるとはいえ、5分とかからずにそのコンパクトミラーのような物は受験者全員に配られた。

 怪しいマスクをした試験官は受験者全体を大きく見渡して、指示した物が配り終わったように感じると、改めて確認を取る。


「配られた物は全員に渡ったか?」


 その声を聞いて、カオスは手元にあるコンパクトミラーのような物に目を向ける。


「これでいいんだよな」

「そのようね」


 ルナも自分の手にある物を見ながら頷く。

 試験官はもう一度受験者全体を高台から見渡しながら、慎重に確認を取る。


「全員持っているな? 持っていない者は近くに居る係りの者に速やかに告げ、必ず貰うように」


 それからサポーターと受験者間で少しやり取りがあり、そして少し間を置いてから試験官は説明を始める。


「では、始めようか。その係りの者から渡された物に、真ん中に切れ目のようなものがあるだろう? そこから開けられるので、まずはそれを開くんだ」


 渡された物を、カオス達受験者はコンパクトミラーのように大きく開けた。すると、その物の横からコウモリの羽のようなものが左右に飛び出し、パタパタと開けた者の周りを飛び始めた。

 パタパタと多くの怪しいものが空を飛び始めた様を試験官は目視で確認すると、それについての説明を始める。


「その羽が飛び出て、君達の周りを飛び回っているのは魔法で作られた擬似生物だ。役目としては監視カメラのような物となる。それは、今からこの試験中君達一人一人を追尾するようプログラミングしてある。そして、それがこれからの君達の試験の監視員となるのだ。

 さて、そのように言えば察しがつくであろうか? そう。これから君達には我々の目を離れて行ってもらいたい場所がある」


 そう言いながら、試験官は少し振り返り、自分の後ろの方を向いて、奥に見える山の中腹辺りを指差す。


「この私の横の道を山の方に向かって真っ直ぐ進んでゆくと、その先に洞窟の入口がある。君達には、これからあの中へと入ってもらうのだ」


 この場からでも、試験官の指差す道の奥の方に確かに洞窟の入口らしきものがハッキリと見えた。カオス達も少し背伸びをして、他の受験者の頭上からそれを確認した。

 試験官はテストの説明を続ける。


「あの洞窟はトンネル状になっていてね、山の向こう側と繋がっているようになっているのだ。そういう訳で、テスト内容とはここから各自出発し、あの洞窟に入って、そこを通り抜けて山の向こう側に辿り着くことだ。そして、洞窟という性質上、通り道は少々複雑になっているが、ルートもその分多くなっているので、迷って出て来れなくなるということはおそらく無いだろう」


 少々長い話にルナは真面目な顔をしたままで、アレックスは無表情なままで、カオスは腕組みしながら、とりあえず皆黙って聞いていた。


「中には所により宝みたいな物を発見するかもしれない。が、それらは学術的にも金銭的にも二束三文にすらならないような代物しか無いらしいので、どれでも勝手に持っていって構わないそうだ」


 宝と聞いて、カオスは少しだけ楽しみそうな顔をしたが、『二束三文にもならない』と聞いて、文句の一つでも言ってやりたいような顔をした。思わせぶりなことを言って、ぬか喜びさせた試験官に少しだけ腹を立てたのだ。

 そんなカオスには構わず、試験官は説明を続ける。


「ゴールに着く時間は別に遅くても構わない。日が暮れるまでは試験を行っているので、それに間に合えばそれでよい。だが、あの洞窟の中には大勢ではないが魔物が棲んでいる。それらと対面した時、重々気を付けることだ」


 魔物が居る?

 カオスはどういう魔物が居るのか、最近遭遇した魔物を元に想像してみた。マリアによって、特訓用に魔獣の卵から解放された魔物はどれもあの洞窟には入れない位に大きかった。だから、どんなに運が悪くてもああいうのには遭遇しないだろうな、と高を括っていた。


「あそこでは、受験者であれば何人で同時に進んでも構わない。まあ、通路はそんなに広くはないんで、そうそう大勢では通れないとは思うがね」


 そこまで話し、試験官は話の締め括りに入る前に、ゴクリと少し唾を飲んだ。


「試験官が常に傍にいる訳ではないので、あの洞窟内に入ってしまうと試験中は基本的に棄権が出来なくなってしまう。もし、この説明を聞いて棄権したくなった者がいるのならば、係りの者に言ってその擬似生物を返却して棄権するように。実技試験は常に危険と隣り合わせの試験の為、それを恐れる者は受けない方がその者の為となろう」


 試験官はそう言って、覚悟の無い者に対し棄権を勧めた。それに応じ、何人かがパラパラとその集団から離れるのが目に見えた。

 そんな様を見てはいたが、それでもカオスはその数人に混ざる気にはならなかった。ここまで来ておいて逃げるもクソも無いだろう、と考えていたのだ。

 試験官は棄権した者達数人に少し視線を移したが、またすぐ受験者達に視線を戻した。


「では、少しでも試験時間が長いほうが良かろう。早速試験を始めようじゃないか」


 試験官は力強く、洞窟の入口を指差す。


「さあ、行け! 試験開始だ!!」


 ワアアアアアアアアアアアアッ!

 試験官による試験開始お宣言とほとんど同時に、受験者達から次々と喚声が上がった。そして受験者達は皆、我先にと駆け出し始めた。


「急げ!」

「どけ!」

「俺が一番だ!」

「殺すぞ!」


 受験者達はスタート直後のマラソン選手の群のように駆けだしていた。カオス達の横も、受験者達がカオス達を追い越してどんどん走っていった。

 その様子をカオスは突っ立ったまま、腕を組んでただのんびりと眺めていた。ルナは少し振り返り、全然動こうとしないカオスを見て、焦ったように急かす。


「ほら、カオス! 何ぼーっとしてんの? あたし達も急ぐよ!」


 急げ! 急げ! 急げ!

そう言わんばかりにルナはカオスを急かすが、カオスはそんなルナとアレックスの服の袖を引っ張って止める。


「まあ、待てや。焦ってんじゃねーよ」


 そんなのんびり屋のカオスに対し、ルナはテンパったように焦りを見せる。


「ちょっ、カオス! 何してんのよ! さっさと行かないと!」


 不合格になってしまうかもしれない。あんなに先に行かれて大きなハンデになってしまったではないか。そう言いたげな二人に対し、カオスはそれでも平然とした顔のまま止め続ける。


「まだだ。まだ、行くべき時じゃない。周りの煽りに流されんじゃねぇ」

「え?」


 自分と違い、非常にクールなままのカオスにルナは驚いたような顔をし、その動きを止める。アレックスも、友人の二人を置いて先に行くつもりまではなかったので、ルナに倣いそこに立ち止まった。


「まだだ。まだまだ」


 カオスは独り言のように呟き続ける。その間にも、カオス達の横を次々と受験者達が追い抜いて洞窟の方へと駆けて行った。

 試験開始から1~2分経った。試験の集合場所であり、カオス達が今居る場所には人影がほとんど無くなった。山間部の綺麗な空気がカオス達三人を包んだ。カオスは背伸びをして、リラックスした感じでその空気を身体いっぱいに吸い込んだが。

 そんなカオスの様を見ても、他の二人はそんな気分にはなれなかった。彼等の中にはまだ、大きな焦りがあったのだ。


「ちょっと、カオス! 受験者が誰も居なくなったじゃないの! どーすんのよ!?」


 ルナは、カオスに向かってそう怒鳴る。だが、深呼吸したカオスはまた腕組みをして、飄々とした面持ちでせっかちなルナを鼻で笑う。


「バ~カ。これからじゃねぇか、行くのは」

「え?」


 ルナとアレックスは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。その時、彼等の後ろの方から機嫌良さそうな笑い声と共にカオス達に近付いてくる女性がいた。


「ふふふふ、同じことを考える人って居るものですね」


 カオス達がその声の方を振り向くと、そこには長く紅い色をした前髪で顔の鼻から上を隠した女性が、ゆっくりと歩いてきていた。彼女は読んでいた本を閉じて、それをポシェットにしまう。


「だ、誰だ?」


 アレックスは、女性とはいえ見るからに怪しい者が近付いてきたので、少し警戒気味にそう訊ねた。だが、彼女は名乗らずに焦らない理由の方を説明し始める。


「洞窟の入口は狭いです。試験開始時、その近辺はパニック状態となります」


 驚いた顔をするルナとアレックスに対し、カオスは平然とその彼女の説明の続きを足す。


「それに巻き込まれると、無駄に体力を失っちまうし、下らねぇ怪我もするだろう。一緒に来た仲間ともそこではぐれちまうかもしれない」

「特別厳しい時間制限がある訳ではないですし、ここで少々待つデメリットはありません」

「どうせ数時間の内の数分でしかなかったしな」


 そして、二人ハモる。


「だから、ここは人の波が過ぎ去るまで待つのが吉」

「ということだ」

「ということです」


 と、カオスと赤毛の怪しい女性。


「はぁ」


 まあ、納得はしたかな、というような顔を、ルナとアレックスはした。だがそれは置いておいて、アレックスはさっきから持っていた疑問を再び彼女にぶつける。


「それより、アンタ誰?」


 赤毛の怪しい女性は、そのアレックスの疑問にちょっと沈黙があったが、初対面な上に名乗ってもいないことを思い出し、しまった、というような苦笑いをした。


「ああ、そう言えば名乗っていませんでしたね。私はリスティア・フォースリーゼと申します。アナタ方は?」


 疑問が解消したカオス達は、これも礼儀なので順番に名乗る。


「カオス・ハーティリー」

「ルナ・カーマイン」

「アレックス・バーント」


 リスティアは、ゆっくりとカオス達の名前を頭の中で反芻してきっちりと頭に入れると、早速別れの挨拶をする。


「では、皆さんごきげんよう。私は先に失礼させて頂きますわ」


 そう言うが早いか、彼女は人影の消えた洞窟に向かって駆け出していた。カオス達が一瞬呆気に取られている間に、彼女の姿はすぐに点となり、そして視界から消えた。


「は、速いな」


 カオスはリスティアの通った道程をざっと見渡した。学院内で屈指の足の速さを誇る自分と比べても、他所で見た足の速い連中と比べても、リスティアのスピードは遜色ないように思われた。

 寧ろ、それよりも早いように見えた。やはり世の中には色々な人がいるらしい。そう感じていた。


「それに」


 少々驚いた顔をしているカオスの横で、ルナは付け足す。


「彼女、強いよ。多分相当に」


 まあ、そうだろうな。

 カオスはそんな顔をした。あのスピードで平然と進めるような人間が、普通の人間レベルの強さの訳が無い。常人レベルを軽く超えた実力の持ち主であることは間違いないだろう。

 その一方で、そんなことを全く気に留めていなかったアレックスは、のほほんとした顔でいつまでたっても進もうとしないカオスとルナの二人を急かす。


「それより俺達も行くんだろ?」

「そうだな」


 カオスは笑う。

 そうだ。リスティアのスピードが速かろうが、リスティアが強かろうが、今は何の関係も無い。テストは彼女と戦ったり競争したりする訳ではないのだから、この試験には彼女がどうであったところで何の意味も無い。

 カオスは両手で自分の腰を叩き、少し気合いを入れる。流石に、ここまで来たからには受かってやろう、とカオスは考えていた。カオスは、ルナとアレックス二人に呼びかける。


「よし。それじゃあ『しょんぼりさんチーム』行くぞ」

「だから、名前はいいって~の!」


 同じボケをしつこく振るカオスにルナがツッコミつつ、カオス達は受験者達の中の最後の三人として、試験会場である洞窟へと余り急がない足取りで出発した。

 その後姿を、怪しいマスクをした試験官とそのサポーターの一人が見送っていた。怪しいマスクをした試験官は、カオス達が視界からほとんど消えると、自分の隣に居る古株の女性サポーターに話しかけた。


「分かるか? いいねぇ、最後の四人は」

「そうですね。しっかりと考えた上での行動が出来ていて、そこに良い素質が感じられます」


 女性サポーターは、嬉しそうに微笑む。


「あの四人は何かが無い限り、ゴールに着いた時点で合格だ。文句は言わせないぞ?」

「ふふ、ありませんよ。それに、きっと大丈夫ですよ」


 思わぬ逸材を発見したように感じた彼等は、それからしばらく嬉しそうに笑い合っていた。

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