Act.057:苦難の道Ⅵ~その先へ~
切れ味が悪い。それだけで、魔法剣は普通の剣よりも劣る。だから、魔法剣よりも普通の剣を使った方がいい。普通に切るだけならばそうだ。だが、その短絡的な考えには穴がある。
カオスには自信があった。そんなカオスに対し、影は無造作に右腕を突き出した。何の策も感じられないただのパンチだ。
カオスはそれを左側に流すようにして避ける。それにより、ちょうどパンチを繰り出した影の背中を取った形だ。そうする為にその動きでカオスの体は少し浮いてしまったのだが、カオスはすぐに腰を落とし、体勢を整える。
それから魔法剣を左の腰辺りに持ってゆき、納刀のような態勢となる。そして、すぐにそれを抜刀する。影の首を後ろから叩き落そうという狙いだ。
その動きは影も見ていた。見たというより、感じ取った感じだ。影はそのカオスの方を振り返りながら、素早くバックステップで斬撃を回避しようと試みる。
「お!」
苦難の道第二の番人は、その影の動きを見てニヤリと笑った。上手いと思ったのだ。影の動きは的を射ていて、そのままでは影の位置はカオスの刀の間合いのギリギリ外になっていた。カオスの刀は影の首の前を通り過ぎ、その空振りによりカオスには隙が生じる。間合いのギリギリ外に体を置いていた影は、すぐに攻撃に移れる。隙だらけのカオスに、全力の攻撃を叩き込めるのだ。
その筈だった。だが、それは出来ない。
影はすぐにそれを実感した。だが、その時にはもう遅かった。
飛んだ。
影の首は造作もなく宙に飛んだ。影は特殊な魔族だったらしく、緑色の血を噴き出しながら斬撃の勢いのままに首を飛ばされた。その首は床に落ちて何回かバウンドした後、その動きは止まった。首から上を切り離された胴体は間欠泉のように勢い良く緑の血を噴き出した後、バランスを失ってそのまま倒れた。そして、傷口から血は流れているものの、その胴体は動きを見せなくなった。
当然、即死である。
「な、なななななっ!」
苦難の道第二の番人にとって、その光景は俄かには信じられない光景であった。だが、影の首がああして刎ね飛ばされたのは事実であり、偽りでも何でもない。だが、彼の中では解せない気持ちでいっぱいであった。
「何故だーーーー?」
彼はそう叫ぶのを抑えることは出来なかった。
「何故あの位置で刃が当たる? 影は避けた。そして、あの位置は剣の間合いの外だったじゃないか! 斬れる筈がない!」
「簡単なことだろ?」
カオスは苦難の道第二の番人を一瞥して、そのように投げかける。
「刃のある所に首があった。それだけの話じゃねぇか」
そう言いながら、カオスは影の緑色の血のついた魔法剣を消し去る。魔法剣は虚無へと還り、その刃についていた影の血は、そのまま床のシミとなった。
苦難の道第二の番人はそんなカオスの仕草を全く見てはいなかった。話も聞いていなかった。ただ、己の誤算に対するショックに打ちひしがれていたのだった。
「そんなことが。そんなことが、ある訳ない。ある訳ない!」
まさか、こんなにあっさりとやられるとは思ってもいなかった。その内負ける可能性はあっても、少なくとも苦戦はする筈だった。だが、この戦いは秒殺と言ってもいい位のワンサイドゲームであった。それが、苦難の道第二の番人には信じられなかった。
そんな思考は、カオスにも見えていた。だが、彼の中の疑問を晴らしてやる気はカオスには全く無かった。さっきの自分の策は、バラしてもメリットは全く無いので、そのまま謎にしておこうと考えたからだ。
カオスの策、それは魔法剣という物の特性の中にあった。魔法剣とは、基本的にその全てが術者の魔力によって形作られるものである。今回カオスが作った氷の魔法剣も同様だ。つまり、それが意味するのは、対戦相手を切り裂く部分である刃が魔力によって作られているということだ。それすなわち、刃の形状や長さなど術者の意志でどうにでも変更出来るということだ。
それを考慮に入れると、間合いというものは意味を成さなくなる。影が間合いを読んで避けるのは見通しがついていたが、それは永遠に伸び続ける槍を後方にやるのと同じ愚行。だから、魔法剣の斬撃をかわすには、その軌道の外に行くしかないのだ。
間合いを殺す。それが、魔法剣の普通の剣よりも優れている箇所だった。
「さて、と」
カオスは自分の戦いが終わったので、フローリィの様子のほうに目を向けた。
すると、フローリィはちょうどフィニッシュをきめるところだった。そして、フローリィも無傷だ。
「はああああっ」
フローリィの右手に魔力が充溢してゆき、それが影の方に向けられる。完全に弱っている影は、回避も抵抗もままならない。そんな影に、フローリィは容赦なく止めを刺す。
フローリィから放たれた炎の矢はまっすぐに影に当たり、影を炎に包む。強力な炎に包まれた影は、すぐに意識を失ったのか、それとも死んだのか、比較的おとなしく燃え尽きていった。そして、ものの数秒で影の肉体は灰となり、消え去った。
「…………」
こちらもか。
苦難の道第二の番人は、今度は驚かなかった。カオスがあのように秒殺したことを踏まえれば、もう片方もそのようになるのは不自然ではないからだ。ただ、そのようになってしまうことそのものは、この苦難を始める前には全く予想出来なかった事柄ではあった。
力が互角、それイコール相手は大苦戦をする。そう決まっていた筈だったのだ。だが、結果は苦難の道第二の番人側の惨敗であり、惜敗にも何にもなっていなかった。話にならなかったといっても過言ではない。
苦難の道第二の番人は、結果は結果として受け入れなければならないと思っていたが、それでも納得出来ないものがあった。
「何故だ」
だから、叫ぶ。
「何故だーっ! 何故負けるっ?」
まだ、分かっていない。苦難の道第二の番人は、実に愚鈍らしい。カオスは嗤う。だから、苦難の道第二の番人に答を出してやる。こっちの答はどうでもいいのだ。
「お前は言ってたじゃねぇか。奴等は、俺達の体力や魔力、力、スピードに、バランス感覚を、身体能力をコピーした魔物だってな」
「そうだ! だから、勝てることはなくても負けることも絶対にないのだ! ましてや、あんな惨敗になってしまうなどな!」
「ってことはだ」
カオスは苦難の道第二の番人のどうでもいい主張を無視して結論付ける。
「頭脳やテクニック等に関してはコピーしてねぇ、出来てねぇって訳だろ?」
「ぬ!」
図星をつかれた苦難の道第二の番人は、狼狽した。影は相手の身体的能力はコピー出来るのだけれど、相手の技術面や戦略面等、目に見えぬものはオリジナルであり、コピーはしていない。出来ない。そこまでのコピーは不可能だったのだ。だが、そこに相手との差は生まれる。
カオスはそれを指摘する。
「テクニックがなきゃ、力は上手く使えねぇ。そして、頭脳がなけりゃ、使いどころが分からず、宝の持ち腐れだ」
「…………」
確かに、カオスの言う通りだ。
苦難の道第二の番人は分かっていた。戦術面や技術面は、経験がモノを言う。そして、今までずっと外に居たカオス達に比べて、この洞窟内にこもっているだけだった自分達は、そういう点では圧倒的に劣っているとも。
その上で尚、そんなにすぐに負けるとも思っていなかった。そこまでの差があるとは思っていなかったのだ。結局、そういう点を素早く見抜いてしまうという点で言えば、相手がただものではない。そのように結論付けられる。納得せざるを得ない状況となるのだ。
苦難の道第二の番人は悔しかったが、駆忌途大王と同じく戦闘能力が皆無に近い彼には、もう何も出来ることはなかった。このまま先へ行かせるしか出来ない。
それはカオスも感じ取っていた。だから、言う。
「じゃあ、これで第二の砦はクリアだな。オー、イエー♪」
それはチェスにおけるチェックメイトと同じ。苦難の道第二の番人には、もう何も出来ることはない。後は、道を開けるだけだ。
「出口は私の後ろだ。お前達は勝ったんだ。通るがいいさ」
「よし」
「じゃあね~」
カオスとフローリィは、苦難の道第二の番人の横を通り抜けていって、先の道へとその歩みを進めていった。その後姿を見送りながら、苦難の道第二の番人はこの砦の先を思う。
ここの砦の先は、最奥までここや駆忌途大王の所のような砦もなければ、侵入者を撃退するような仕掛けもない。その上、人を迷わすような別れ道もない。ただ、真っ直ぐに最奥へと続く道があるだけだ。その道は長くはあるが、今から夜明けまでに間に合わなくなるような距離ではない。
それを踏まえると、最奥のさらに奥のブラックエンド・ダークセイバーを手に入れるのは簡単なように聞こえるかもしれない。だが、ここにブラックエンド・ダークセイバーが安置されるようになってから数百年、未だにそのブラックエンド・ダークセイバーを手にした者はいない。皆無である。
なぜなら、その最奥の場所に最大の難関が待ち構えているからだ。そこでたくさんの者が殺されて、死体の山の一部とされてきた。その生き残りが、自分達のような砦の番人とされたのだ。つまり、今までの砦も何もすべて本番前の余興であって、その最奥の仕掛けがあれば後はどうでも良い事なのだ。
その最奥をカオス達が突破して、ブラックエンド・ダークセイバーを手に入れれば砦の番人達はこの月朔の洞窟から解放される。だが、そのような淡い期待は持てないと苦難の道第二の番人は思っていた。カオス達がどんな潜在能力を秘めているかは分からないけれど、力の上下、頭の良し悪し、その程度で突破が予想出来るものではない。
入手可能性はゼロ。
苦難の道第二の番人のその見解は、どうやっても変わらない。そして、それは単なる負け惜しみではない。過去にここを通り過ぎて言った者達の結末は全て同じだったから、そのように断言しているのだ。
それを踏まえた上で、死んでいったそれらの者達と、今通っていったカオス達の間に、何かしら決定的な差があるともとても思えなかったのだった。




