Act.050:5vs5⑤~偽物~
「この儂が、元魔王アビス軍の副将のグレンだ」
□はそう名乗った。元魔の六芒星のリーダーでもあったグレンであると。その対戦相手である現役の魔の六芒星であるロージアは、その者の発言に唖然とした。
「はあ?」
まずは怒りでも憤りでもなく、呆れだけがあった。
グレンを知らないカオスから見ても、アレが元魔王軍の副将だとはとても思えなかった。もし本当だと言うのならば、それなりの才気が感じられてもいい筈だが、カオスにも□からはそれに相当するだけの才気は感じられなかった。そして、アレならばガイガーの方が何万倍もマシであると。
さらに言うと、ガイガーよりもロージアやフローリィの方が強く見える。それを踏まえると、アレが魔の六芒星を名乗っていいようなレベルではないのは一目瞭然だった。だが、もしかしたら普通には感じ取れない他の才気がある可能性もなくはない。
カオスは一応隣のフローリィに訊ねる。
「アレ、本物か? 何かすっげーイカサマくせぇんだけどよ」
「偽物に決まってるでしょ。馬鹿言わないで頂戴」
苛立ちからフローリィは、地面に唾を吐き捨てる不良のような顔をして、そう言い捨てた。
偽物。
そのようなことは、名乗っている□本人が一番分かっていた。自分はグレンではない。ましてや、魔王アビスの配下でもなかった。対魔戦争の時に、怯えて影で震えていただけの雑魚でしかなかった。
とは言え、それは認めてはならない。自身の虚栄を相手に認めさせなければ、今までの自分のアイデンティティーは損なわれてしまうのだ。だから、何とかして自分は『グレン』であると認めさせようと、悪あがきをする。
まずは、逆ギレ気味に。
「違うに、決まってる? 失敬な! 何を根拠にそのような戯言をぬかすのだ!」
「理由も何も、あたしは『遺影』でその写真を見た」
「そう言えば、そうだったな」
カオスは思い出したようにフローリィの言葉に同調する。
「俺もグレンの写真は見た記憶はあるし、故人だとも聞いた。仮に生きていたのだとしても、ああはならねぇだろって感じだったな」
写真のグレンは、赤毛だった。□には、そもそも毛が無い。
写真のグレンは、大きな瞳の持ち主だった。□の瞳は、ゴマ粒のように小さい。
写真のグレンは、美しい部類に入る容姿だった。□の容姿は、醜い部類に入る。
その上で、グレンは聡明で落ち着いた性格で、義理人情に溢れる人物だったらしいが、あの□にはその面影は無い。何らかの理由があって実は生き残っていて、その容姿も損なわれてしまったのだと仮定しても、あそこまで容姿も性格も激変する事は無いのだ。だから、やはりアレは偽物である。
カオスもフローリィもそう言い切るのだ。
「やはり、偽者だな」
「ククク、憐れ、憐れな」
論破された□は、開き直ったように笑う。だが、それでも自分が偽物と認めてはならないのだ。だから、無理があると自分でも分かっていながらも、何かしらの手段で弁明しようとする。
「お前達はそいつに騙されておるのだ。そいつがグレンと偽っておるのだ。悪い奴がおるもんだのう。わははは」
「ああ、もう! ロージア! 死者を辱めるその無礼者をさっさと殺しなさい! ゴミクズの妄言を黙らせない! 何ならあたしがもう一度出て、その偽物の汚い頭を粉々に吹っ飛ばしてやるわ!」
「まあ、待ちなさい」
フローリィは激昂し、リングに乱入しようとしたが、それをロージアは手で制して止めた。そうした上で言う。
「私も許すつもりはないわよ?」
「ああ? 貴様等に何故許しをこわねば」
「私は魔王アビス軍、魔の六芒星ロージア。先の副将であるグレンとは私の先生。早くに親を亡くした私は、あの方に色々なことを教わり、育てて頂いた。あの方は私にとって、父親同然な方。そして、あそこにいるフローリィはそのグレン先生の実の娘。偽物よ、貴方が『グレン』を名乗る度に私達の父の名が穢されていくの。そんなふざけた輩、許せる訳がないでしょう?」
マシンガンのようにロージアは喋り、そして吐き捨てるように言い放つ。
「地獄の底で苦しむがいい!」
それと共に、ロージアから感じられる魔力が桁違いにアップした。それは魔の六芒星の一員として名乗るのに相応しいもので、目の前に居る紛い物との格の違いを見せ付けるに十分過ぎるものだった。
そう、ロージアもまたかなり怒っていたのだ。それを見て、カオスは呟いた。
「成程。気持ちは分かるかな」
「ん?」
フローリィはそんなカオスを見て、ちょっと首を傾げる。
「ああ、もしああいう醜くて馬鹿な小物が、俺の義母と偽ったとしたら、キレるに違いねぇからな」
「ま、普通そうよね」
フローリィはそう言って、視線をリングに戻した。その様子からは、少し気持ちも落ち着いたようだった。
「…………」
ロージア達の言葉を耳にして、□はこれ以上自分が何を言ったところで相手が納得することは無いと知った。そんな彼にとって、自身の偽りを保つ為に取れそうな道はただ一つ。
死人に口無し。
相手であるカオスチームを皆殺しにしてしまえば、自分が偽物とバラされることはない。☆と×はこの洞窟という密室の中で、いつでも納得させられる。つまり、相手を殺せば自分は『本物』のままでいられる。□はそう考えたのだ。
「問答はこちらもするつもりはない! 人を偽物呼ばわりし、侮辱する無礼な輩め! 死ぬがいい!」
魔力を充溢させ、□は素早く構える。そして、気合いを入れてロージアに向かってかかっていった。
「シャアアッ!」
「…………」
そんな□を見ながらも、ロージアは落ち着いている。心情とは裏腹に、仕草や行動は落ち着いた戦士のものだった。そして、床に向かい手のひらを向けて、□が来る前に言葉を唱える。
「アイシー・バンブー」
するとリングの一部が凍結し、そこから植物の芽のようなものが素早く顔を出した。青白い氷の芽は、常軌を逸したスピードで素早く成長してゆき、タケノコとなった。そして、そのタケノコの先は□に向かって一気に伸びていった。
「なぬ?」
予想だにしなかった出来事に□は驚き、体を少し硬直させた。そして、それによって隙が生じ、青白いタケノコの先端は□を捕らえ、その体を一気に上方へと運んでいった。
「ぬぬぬぬっ!」
魔法のタケノコはどんどん成長していく。そして、それと共にタケノコの外皮は落ち、その姿はきちんとした竹に変わっていった。
「た、竹になった。芸が細かいなぁ」
カオスは凄いとは思っているのだけれど、素直にそう思えないような気持ちでいっぱいだった。なぜなら、そこまで細かい芸にする意味が分からないので。
その隣でフローリィも「ロージアは、結構細かいトコが気になるタチだから」と言って笑っていた。
「ぬぬぬぬ?」
□は魔法の竹によって軽々と持ち上げられていって、決闘場の天井近くでやっとその動きは止まった。□の体は、天井近くで宙ぶらりんの状態となる。
「捕らえた」
ロージアはその□の状態を見てそう言った。
「捕らえた? この儂をか?」
魔力そのものでは銀仮面の方が上であると□自身も感じていたが、そこで□はロージアはとても愚か者だと思ったのだ。
魔法の竹によって体は高く持ち上げられはしたものの、下りられない高さではない。この程度の高さならば、落ちたところで上級魔族に属する自分が死ぬ訳がないと思っていたし、竹があるのだからそれを伝って下りるのも可能。
そのように考えたのだ。□の体は、少し黒ずんだ。
「クククク、こんな空中に運ぶだけで、どうしようもなくなってしまう儂ではない。ここからすぐさま下りて、貴様を八つ裂きにしてやるから覚悟しておけ」
そのように言い放ち、□は馬鹿にするように笑った。□の体は、また少し黒ずんだ。
「ふふふふ」
そんな□を見て、ロージアも笑った。完全に□を馬鹿にした、見下したものだ。□は何も分かっていない。この『アイシー・バンブー』という技は、ただ単に相手の体を上方へ運ぶだけの技ではない。
□の体は、また少し黒ずんでいった。それを見ながら、ロージアは挑発するように□に笑いかける。
「下りられるものなら、下りてみなさいな。そして、八つ裂きに出来るものなら、してみなさいな。貴方には出来ないでしょうけどね」
「何?」
その言葉は□の癪に障る言葉だった。この竹を伝って下りることすら出来ない、臆病な小さな子供のような扱いをされて、馬鹿にされた気分にさせられたのだ。だから、怒りを孕んだ怒声をロージアに浴びせる。
「いい度胸しておるじゃないか! その言葉、すぐに後悔させ、て、ゃ?」
怒声を浴びせるのだが、その途中でだんだんと声が出せなくなっていって、□は喋ろうとしたその終わりまで、きちんと喋ることが出来なかった。
殺す! 殺す! ブチ殺す!
口にして己を鼓舞したいが、□の口は全く動かない。喉の調子が悪くなったのか。ならば、それは省略してさっさとこの竹から下り、銀仮面を八つ裂きにしてやろう。そうとも考えたのだが、口だけでなく手足も全く動かなくなっていた。どのように動かそうと試みても、体は全く動きを見せる気配は無い。
□はその訳の分からない状況に戸惑っていた。だがその一方で、ロージアは一仕事終えたような完全にリラックスしたような態度をしていた。そして、それはそうだ。それが、彼女の狙いなのだから。
「五月蠅いのがやっと静かになったわ」
ロージアはリラックスした感じのまま、魔法の竹によって吊るし上げられた□を見上げる。端から見れば、ただ吊るし上げられたようにしか見えないのだが、□を何らかの方法で黙らせ、動けなくさせる手段をやっていたことは、ただの見物人であるカオスにも理解出来ていたし、馬鹿な□にも理解出来ていたが。
それが何かまでは分からない。だから、カオスは訊ねる。
「どういうことなんだ?」
「フフフフ、竹とは強い植物」
ロージアは自分の放った技についてきちんと説明を始める。
「何処にでも地下茎を伸ばしていって、芽を出して成長してゆく。そう、何処にでもね。だから、竹が床下を突き破って家の中に生えてしまったという逸話も珍しくはない。そして、それはこの氷の竹でも同じ。この魔法の竹は体内に侵入し、神経を分断し、さらに細胞を壊死させる働きを持っているのよ」
「!」
そこで□は自分が何故動けなくなり、喋れなくなったかを知った。ロージアがそれを見越してああいう言動をとっていたことも含めて。
「…………」
成程。
カオスの横で、マリアも納得していた。細胞を壊死させる働きを持つ。その為、さっきから□の肌の色がどんどん黒ずんでいったのだ。それが、はっきりと理解出来た。
それについても、ついでだからというようにロージアは説明してゆく。
「体内に竹が侵入していったことに気付けなかったのは、神経の分断の働きのせい。神経が分断され、その情報が脳にまで届かない。脳に届かなければ、それを感覚として捉えることは出来ない。そして、神経が分断されて情報の伝達が出来なくなり、その部分の体も動かせなくなるってわけよ。そして」
「…………」
聴覚はまだ生きている□は、ロージアの言葉を耳にしながら自分の過去を思い出していた。走馬灯が駆け巡っていたのだ。
あの時、ブラック・ヴォルケーノと名乗る魔族と拳を交わしていた。拳を繰り出し、それがブラック・ヴォルケーノのみぞおちにヒットする。ブラック・ヴォルケーノの体は飛び、数メートル後方に倒れる。
ブラック・ヴォルケーノはゆっくりと起き上がりながら、自分と相手との実力の差を思い知る。そして、強き者として相手を認め、敬意を示すようになる。
「つ、強いな。アンタ」
「お前はまだまだだな」
確かに、ブラック・ヴォルケーノは未熟で馬鹿だった。晩年でもそうだったが、当時はもっと力任せで、動きに無駄が多かったのだ。
「ここまで強いとは、さぞかし名のある方に違いねぇ。アンタ、何者なんだ?」
本当の名はグレンアルドリッチで、それをきちんと名乗ろうとしたが。
「儂の名はグレン、ア」
「ああ、あのグレンか! 魔王アビス軍の副将を務めたグレン様か!」
アルドリッチを言う声はかき消され、ブラック・ヴォルケーノの耳には届かなかった。そして、思い込みの激しいブラック・ヴォルケーノは、聞く耳も持っていなかった。
「いやぁ、魔の六芒星のリーダー方が相手じゃ、俺が負けるのも無理はねぇな。さすがはグレン様だぜ。その実力に偽りなしだな」
「…………」
その日、グレンアルドリッチという低レベルな魔族は、グレンという最上級の魔族に祀り上げられた。そして、その名と共に地味に快進撃を続けていく。そうしている内に、グレンという偽りの名で呼ばれていることに対する抵抗感、罪悪感が次第に薄れていっていた。
儂は、グレンアルドリッチ。いや。
儂は……
儂は……
儂は……
「儂はグレンだ」
そうしている内、自分でも名乗るようになっていた。そしてこの現在に至るのだが、今ここでその真のグレンを知る者と対面して、その偽りのメッキはあっさりと剥がされてしまっていた。
全て自業自得である。それは、グレンアルドリッチ自身が一番良く分かっていた。嗚呼、偽物。偽物。偽物。
そんな偽物に対し、ロージアは背を向けて別れを告げる。
「この竹は今でも生長し続けている。じゃ、さよなら」
ロージアがそう言った。その途端、さっきまで止まっていたかのようだった魔法の竹が、また一気に伸びだし始めた。竹はグレンアルドリッチの体を突き破り、その葉を広げる。グレンアルドリッチの皮膚も、肉も、臓物も、骨も、何もかもバラバラになって宙を舞った。
グレンアルドリッチの醜い血は飛沫となり、そして雨となり、リングと場外の穴に降り注ぐ。その凄惨な光景に、誰もが口をつぐんでいた。魂を抜かれたようになったのだ。
グレンアルドリッチがバラバラの肉片と化すと、その目的を達した魔法の竹もまた、その役目を終えて虚無へと還っていった。そして、すぐにリング上には何も残らなくなった。残ったのは偽物の破片だけ。
ガツーン。カツン。カツーン。カツーン。
静寂な決闘場の中に、ただグレンアルドリッチの破片が落ちる音だけが響いていた。ロージアはそれらに目も向けず、耳も傾けずにカオス達の元へと戻っていった。
「…………」
☆はバラバラになったグレンアルドリッチの屍を見下ろしながら、一つ溜め息をついた。あのリーダーのことは薄々グレンではないと気付いてはいたが、確証までは無かった。だが、やはり偽物だったらしい。
とは言え、そのようなことは今更どうでもいい。この戦いの結果もどうでもいい。
☆と×はそう思っていたので、この戦いの結果が負けになってしまっても、焦りもしなければ、悲壮感を漂わせもしなかった。異常な程、ずっと平常心のままだった。
次から3日か4日に1回のペースになるかと思います……




