Act.049:5vs5④~フローリィとその次に出る者と暇を持て余すカオス~
前回までのあらすじ
アレックスは女神に出会った。完全無欠な曲線を描く乳房に、それにほんのりと紅を差す乳首。完璧なおっぱいだった。
「おおっ!」
その神々しい輝きに触れたアレックスは、歓喜の赤い涙を流した。鼻から。
そして、アレックスはまた新たなる輝きを求めて、ページをめくるのだ。
一部に、偽りあり。
通常なら、あのような子供に負ける要素は無い。必ず、勝てるだろう。
テリブル・アイズはそのように感じていた。だが、どのような勝負にも、それが勝負である以上絶対というものはない。だから、決して油断はしてはならない。最初から全力を尽くそう。
そう考え、左手に持っていたローブに魔力を籠めて飛ばした。
「部屋を覆え! 闇のカーテンよ!」
テリブル・アイズがそう宣告すると、ローブはさっきまでこのテリブル・アイズが着ていたとは思えない程に広がってゆき、あっと言う間にカオス達の居る決闘場の部屋の天井を覆い尽くした。それにより、天井に備え付けられていた電灯が全て隠された。
そのローブの色は白だったので、まだ電灯は間接照明並の明るさがあったのだが、テリブル・アイズが再び魔力を放つと、部屋を覆っていたローブは色を変え、真っ黒に変わった。それにより部屋の灯りは全て失せ、決闘場は完全な暗闇に包まれた。
これがテリブル・アイズの必勝策であった。彼はこれで幾人もの敵を打ち負かしてきたのだ。
「!」
「おおっ」
カオスは驚いた。このような技を見たのは初めてだった。
「部屋が真っ暗になった。これじゃあ、何も見えねーじゃんか」
「さっきの布で、この部屋を覆ってしまったみたいね~」
驚くカオスに、マリアは先程のテリブル・アイズの行動を詳細に解説する。だが、これがフローリィに対して何かしら直接的な攻撃をするようには見えなかったし、その気配も無い。それ、すなわちこの技は……
「視界を奪おうという算段か」
という結論になる。
そんなカオス達のカオスを聞いていたテリブル・アイズは、カオス達の自分のその技に対して肯定する。
「その通り。普通の者では、この暗闇の中では自由には動けなくなってしまう。だが、私は夜目が利くんでね。こんな状況でも昼間のように相手の姿が克明に見えるのさ」
それを踏まえた上で、そこから導き出される結論を付け加える。
「要するに、この暗闇の中で一方的にやられるしかないという訳だ」
ヒット・アンド・アウェーにされれば、無傷での勝利も狙われるかもしれない。視界が無いこちら側としては、反撃も難しい。方向を見失えば、仲間であるこちら側を攻撃してしまう可能性もあるし、下手を踏めばさっきのブラック・ヴォルケーノのように場外へ真っ逆さまだ。
「た、大変じゃないの!」
ルナは驚いた。手が無さそうだったからだ。だが、カオスは落ち着いていた。
「そうか?」
「え?」
「灯りが無いのなら、失ったなら、こちら側で新たに用意すれば済むじゃねーか」
それはフローリィも思い付いていた。さらに、奇しくもフローリィは炎系列の魔法を一番得意としている。
フローリィは、素早く魔力を充溢させる。そして、放つ。
「マグマ」
フローリィの手から炎が放たれ、リング一面を炎で覆い尽くす。その魔法の炎は宙を浮いているテリブル・アイズにダメージを与えなかったが、布で覆われた暗闇の中で部屋全体の灯りとなるには十分であった。
「な、何!」
「ふふふふ」
驚くテリブル・アイズに、フローリィは微笑む。
「見えた♪」
「…………」
その様をリングのすぐ近くで見ていた□は、驚愕した表情で見ていた。リング全体を炎の海にしてしまうという発想も凄まじいが、そうしても尚、息一つ切らしていないフローリィそのものも凄まじいと知った。
テリブル・アイズの策は、落ち着いて対策されてしまうと何の意味もなさなくなる。これはあくまでもその系統の魔法が使えない者に対する誤魔化しでしかないからだ。そして、あのような実力を見せているカオスチームに対して、テリブル・アイズは……
□にはもう、この戦いがどうなるかは分かっていた。だが、止める訳にもいかないし、テリブル・アイズ本人も諦めてはいないと分かっていた。
「ちっ。くそぅ」
意味が無い策を何時までもやっていても、それはただの魔力の無駄である。
テリブル・アイズは部屋を覆っていた暗幕を剥ぎ取った。それにより、決闘場を再び電灯の明かりが照らした。
「あら? かくれんぼはもうお終い?」
「つ、続けるメリットは無い。あれを維持するにも魔力は必要だからな」
互いにそうやり続けて消耗合戦にするのも考えたが、テリブル・アイズは自身の魔力が一般に比べても低い方の部類に入ると分かっているので、それでは分が悪い。そして、テリブル・アイズ側がただの暗幕であるに対して、向こう側は炎である。普通に考えれば、それで攻撃する、もしくはそれを利用した攻撃をしてくるだろう。
そう考えると、続けるメリットが無いばかりかデメリットばかりだった。だから、そこでテリブル・アイズは暗幕を潔く止めたのだ。だが、そんなことはフローリィにとってはどうでも良かった。暗幕が無くなれば、それでいいのだ。
「じゃ、こっちも止めてしまおう」
フローリィもそのテリブル・アイズの動きに応じて、あっさりとその炎の海をかき消した。
「ガ、ガキが。余裕ぶりやがって。痛い目みるぞ」
テリブル・アイズは少し強がってみせた。この炎の海が無くなるのは自分にとっては良かったが、それで喜んでみせると自身の実力不足が露呈してしまう気がしたからだ。
とは言え、そんなものはカオス側にはお見通し。何より、そこから感じられる並以下の魔力がそれを物語っていた。
カオスは笑う。
「はっはっは、そりゃあ仕方ねぇさ。だって、既にお前の実力はヘボだってバレバレだしな♪」
「し、失敬な! 何を根拠にそんなことを言ってるか!」
図星をつかれたテリブル・アイズは、逆ギレ気味にそう激昂する。テリブル・アイズ自身は完璧に振舞っていたつもりだったが、その行動は穴だらけだった。カオスは落ち着いてそれを返す。
「夜目が利くという特性を活かした策だとは言え、いきなりあんなセコイ手を見せられてはな。あんなのは、窮地に追い込まれた奴が苦し紛れにやるやけっぱちでしかねぇ」
カオスは続ける。
「力がねぇから、正々堂々と戦う度量もねぇから、そうやって闇の中でコソコソ不意打ちするしかねぇんだろ? つか、お前の魔力量が下の下だってのは見れば分かるしな。そこら辺の下等魔獣レベルだ。はっはー♪」
「くっ!」
反論の出来ない状況下に、テリブル・アイズは焦っていた。落ち着きをなくしていた。その中で、どうすればこの戦いで勝てるかどうかを模索していた。しかし、当然ながら答えは出て来ない。もっとも、例えどんなに落ち着いていても答えなんか出ては来なかったのだろうが。
その焦る様子を見て、カオスは愉快そうな顔をしている。そんなカオスの横で、ルナは意外そうな顔をしていた。
「アンタ、何かいつも以上にお喋りね」
「暇だからな。喋るしかやることねぇし」
「…………」
お前は無能だ。
テリブル・アイズの脳の中で、過去に言われた言葉が駆け巡っていた。失敗作、恥曝し、役立たず、クズ。色々と罵倒され続けてきた。それなりに努力はしたつもりだったのだが、肉体にも魔力にも恵まれなかったこの異形の身体では、限界はすぐそこだったのだ。
それは自身でも分かっていた。だが、それを認めると己の今までの辿ってきた道は無為になる。
そう思い、テリブル・アイズは己を奮い立たせる。この相手は、相手の中で一番の雑魚。初戦を取り、落としてもいいと差し出した最弱の相手だ。そう思い込むことにした。そして、気合いを籠めて叫ぶ。
「私は強い! 強いんだ! 普通に戦ってもな! それを見せてやる! さぁ、かかって来い! お前を殺してやる!」
そんなテリブル・アイズは気付いていない。カオスがフローリィをこの試合に出したその真意に。
カオスはこの戦いを落としても構わないと思って、フローリィを出したのではなく、無論この戦いも白星にするつもりでやっていた。なぜなら、カオスはそもそも五戦やろうなんて考えていない。勝敗が決したらそこで終了という□の言葉を聞いて、一気に三つ白星を取ってしまうつもりなのだ。そして、そうする為にあらかじめ□に勝敗が決した後を訊ねたのだ。
その上で、フローリィとロージアの戦いを少しでも見ておきたいと考えていたのだ。
結果、後者についてはあまり参考にならなそうだと思っていた。此処の相手はカオスのものも含め、雑魚過ぎた。
「死ね! 死ね! 死ねー!」
「…………」
テリブル・アイズは奮戦しようとしたが、相手は魔の六芒星の一人でもあるフローリィ。下級魔族の下位レベルでしかないテリブル・アイズは、あっと言う間に消し炭となって消えた。
◆◇◆◇◆
圧倒的なワンサイドゲームに唖然とした□ではあったが、気を取り直して審判に戻る。
「そちらの2勝目だ」
「Yeah!」
その宣告にカオス達は素直に嬉しそうな顔をする。
□側のチームとしては油断したのは確かだったのだが、とうとう後が無くなったことにようやく気付かされていた。
「くっ、くそ」
「あ、後が無いな」
「ああ、2戦で1つは取れるだろうと思っていたが、誤算だったな」
「勝ち抜き戦にしておいたら、少しは違ったかもしれないが」
「今言っても詮無きことだ」
☆と×は少し危機感を抱きながらも落ち着いた様子で話をしていた。その☆と×の話を耳にしながら、□も考えてはいた。
確かに後は無い。だが、ここからが本番。それを踏まえると、向こう側の快進撃もここで終わるに違いない。そう思っていたし、そうするつもりではある。けれど、連勝の勢いは強さへと変わるし、残った三人がこちらと比べて弱者であるという保証は何処にも無い。要するに、ピンチに変わりはない。
此処で何とかしてその悪い流れを断ち切る必要性がある、断たねばならないと□は考えた。そして、その思考は一つの結論へと至る。
「よし、次は予定を変更して儂が出ようじゃないか」
ローブと仮面を脱ぎ捨て、そのホームベースのような四角い輪郭に、両脇に角のついた姿を現して、リングの方へと歩み寄る。
その突然のサプライズに、☆と×は驚いた。本来の予定では☆だったのだ。
「え? リーダー?」
「リ、リーダーの番はまだ」
「黙れ!」
□は聞く耳を持たない。それどころではないのは、紛れもない事実なのだ。
「何はともあれ、この悪い流れを変えなければならないのだ」
「そりゃあ、そうだけどさ」
「ま、しゃあないか」
☆と×は不満そうではあったのだが、それでも納得はした様子だった。順番そのものはあまり意味が無く、中堅だったのが副将になったところで、何か自分にとって不利になるとは思わなかったからだ。それより、敗戦後に出るより、勝利の後に出る方がモチベーションは上がり易いので、それは却って有り難くもあった。
「ま、何はともあれこれでやっと1勝か?」
「だな」
リーダーが勝てば、勝利の余韻の後に参戦出来る。仮にリーダーが負ければ、自分達の闘いの場は無い。何にしろ、敗戦の余韻の後に闘わねばならないという事態は無くなった。それに☆と×は少し安堵感を感じていたのだった。
その反対側で、カオスチームの中堅として出る予定であるロージアは、真っ直ぐに敵陣の様子を窺っていた。そして、隣で向こう側とは対照的にお気楽に構えているカオスとフローリィに、自分の予定について訊ねる。
「こっちは、予定通りでいいのかしら?」
カオスは対して考えた様子もなく同調する。
「ああ。ボスが嫌なら、棄権してもいいぜ。こっちは後一つ勝ちゃあいいんだからよ。一番困るのは苦戦して長く時間をかけてしまうことだ」
「それもあたしのおかげ~♪」
「…………」
無理はしなくていいという気遣いだろう。ロージアは、そう解釈する。だが、向かい側でウォーミングアップしている□を見て、判断する。
「問題ないわ」
ホームベースのような四角い輪郭に両脇に角のついた□は、ロージアにとって強敵には見えなかった。それ故に、ロージアはそのようにカオス達に向かって発言したのだが、それが□達の側の耳にも届いていた。そして、それが彼等を激昂させる。
「なっ!」
「あの銀仮面」
「貴様、儂をナメておるのか?」
□は少し驚愕の表情を見せた。彼はここでリーダーを張っていることに少なからず誇りを持っていて、その為に自身が相手にナメられるような態度を取られるとは思っていなかった。
それは☆や×にしてもそうだった。
「そうだ。見た目と違い、リーダーは元エリートなんだぞ。って、こう言うのも失礼か」
☆は言う。そのホームベースのような四角い輪郭に、両脇に角のついた姿で、中年のオッサンみたいな顔からは、□はただのレベルの低い魔族にしか見えないのだろうが?
「あ~あ、怒らせちまって。嬲り殺しにされっぜ?」
×も言う。少し嘲るような色を含めて。だが、□は☆や×の言葉だけでなく、カオス達の言葉も胸を張って誇らしげに聞いていた。
「嬲り殺し? ふふっ、ちょっと悪口を言われたところで、激昂してそんな愚かな子供のやるような真似はしないさ。そうしてしまうのは、中途半端に力を持った下流でしかない」
□は顔はブサイクな下っ端魔族でしかないのに、ナルシストばりにポーズをきめてみせる。そのポーズが、実に気持ち悪かった。ルナは、そんな汚物から目を背けながらカオスに話しかける。
「な~んか、あの男。さっきから喋ってばかりだね」
「クチだけなんだろ?」
カオスは言い捨てる。その佇まいから感じる魔力だけで言えば、あの□よりもロージアの方が圧倒的に上であるし、振る舞いもロージアの方が上級魔族の上級らしい落ち着いた振る舞いに見える。
そのカオスの言葉に対し、□は少しピクッときた。そして、ほんの一瞬カオスを睨みつけたのだが、それは最高級の魔族の振る舞いとして相応しくないと考え、視線をすぐに他へ移した。
□は愉快そうに笑いながら自分の演説を続ける。
「だが、この儂のように超一流の者になってしまえば、こんなにも寛大になれるのだ」
そう妄言を吐いた上で、下品な大声で笑い出したのだ。その馬鹿な声を耳にしながら、カオスは大きく溜め息をついた。出たばかりの頃は、もっとマシな奴かと思っていたのだが、予想以上の雑魚だったようだ。
「自分に酔ってるな」
「馬鹿丸出しよね」
カオスがボソッと言うと、フローリィも呆れたような顔をして同調した。魔族という大きな括りではあの者達と同類に属するフローリィではあるのだが、同じにしてもらいたくなかった。
そんな言葉も当然、□の耳には届いていない。自分をエリート魔族だと思い込んでいる彼にとって、それらは全て嫉妬故の虚言でしかないのだ。
「全く愚かな連中だ。だが、儂は寛大な男。よし、土下座をして深く謝れば、今回の無礼は許し、命だけは救ってやろうじゃないか。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
「…………」
ロージアは□の言葉にうな垂れていた。大した力が無いのは、そこから感じられる魔力の脆弱さから分かるが、それはあくまでも現段階の状態であって潜在能力までは分からない。だが、このあまりにも常軌を逸した馬鹿な振る舞い等を考慮すれば、それも皆無であろうことは容易に感じられた。
それ故にロージアは「こんな馬鹿の相手をいつまでもしていたくない」と、思うようになってきたのだ。
「いつまでも無駄話なんかしていないで、さっさとかかってきたらどうかしら?」
ロージアは既にリングの上に居た。無駄な時間など何処にも無いのだから、さっさと戦って、さっさと終わらせて欲しかった。
そんな言葉にも□は笑う。
「無知というのはお気楽なものだな。そうじゃ、いつでも怖いもの知らずでいられるからのう」
それから力と魔力を籠める。
「だが、それもすぐに恐怖へと変わるじゃろう。なぜなら」
□は少し間を置いてから名乗るのだった。
「なぜなら、儂の名前はグレン。魔王アビス軍の副将だった男だからな!」
元・魔の六芒星のリーダー、魔王アビス軍副将だったグレン。
□はそう名乗ったのだ。名乗ってしまったのだ。




