Act.005:デンジャラス・テストⅢ~実技試験に向けて~
ある晴れた穏やかな休日の朝だった。カオスは朝食を食べ終え、リビングでまったりとしていた。姉であるマリアもその近くで優しく微笑んでいる。そんな穏やかな至福の時間を二人は過ごしていた。
ああ、こんな風に一日を過ごせたらいいな。そんな望みを抱きはしたが、それは当然叶わない。その平穏を打ち破る黒い影は突然現れる。バーン!
その黒い影はノックもしないで景気良くカオス達の家の玄関のドアを開けると、その中へと入ってくる。そして、その黒い影はリビングでまったりしているカオスを発見すると、カオスに向かい大声で叫ぶ。
「特訓よ、カオス!」
「あ?」
カオスは渋い顔をして、その声の方向をチラッと振り向く。するとそこには黒い影、もといルナが朝から無駄に元気な様子で立っていた。
やれやれ、また面倒くせーことになりそうだなぁ。
カオスはそう思って嫌な顔をしていたのだが、言うと余計に面倒臭いことになりそうだったので口にはしない。ルナはそんなカオスの心持ちに気付いた様子も無く、またマリアは逆に面白いことになりそうね~、とでも言いたいような満面の笑みを見せた。
ルナは続ける。
「特訓! トラベル・パス二次試験突破の為に特訓するよ!」
あくまでも『しようか?』とか、『しない?』ではなく、スパッと『するよ』と言うのが、ルナらしいとカオスは思った。最初から特訓は決定事項であって、カオスには拒否権というモノは彼女の中には存在しないらしい。
カオスは改めてチラッとルナの目を見てみた。一昔か二昔前の青春ドラマのように、彼女の瞳は燃えていた。カオスとしてはまったりとした休日を満喫したかったので、特訓なんて野暮な事は断りたかったのだが、そうすると後でどうなるか分かったものでない、ということも同時に悟っていた。
仕方がないので、カオスはしぶしぶ承諾する。
「分かった。分かった。行くよ」
当然、そうよね。
カオスのその返事に対し、ルナはそう言っているかのような勝気な笑顔を見せる。そして、カオスを誘い終わったルナは、マリアの方も誘う。
「マリア先生も来て頂けますか? 実際にトラベル・パスを持っている先生からアドバイスを貰えれば、それに即した特訓がきちんと出来るかと思いますし」
「いいわよ~。今日は休日ですもの~♪」
ルナが言い終わらない内に、マリアはその誘いに乗る。
「それじゃあ、早速始めましょうか~。カオスちゃん行くわよ~♪」
「ああ」
カオスは二人の女性を交互に見た。無駄に気合いの入ったルナと、楽しそうな笑顔の姉。どう考えてもロクなことにならなそうな気がしていた。
何が起きるのかは分からないが、少なくとも平穏でまったりした休日がすっ飛んだことだけは確かであった。
◆◇◆◇◆
ルクレルコ・タウン北西の丘陵。カオス達のいつもの特訓地。そこに、四人の男女が集まっていた。カオス、ルナ、そしてここへ来る途中で出会ったアレックスが、今日の講師であるマリアに向かって立っている。
そこで今日の特訓の主催者であるルナが、特訓を始める前に喋り始めた。
「特訓をするにあたって、その前に重要なことがあります」
真面目に発言するルナに、カオスはその続きを予想して言ってしまう。
「名前だな」
「は?」
「そう。する事が特訓とはいえ、こうしてグループになったからには、そのグループを呼ぶ名前が必要不可欠となってくる。とりあえず、これがリストだ」
カオスは適当にグループ名となりそうな名前を羅列してゆく。
<NAME LIST>
01.しょんぼりさんチーム
02.とってもがっかりEX TEAM
03.坊主丸儲けウハウハGO! GO! サークル
04.スーパーグループ「怒りのコンニャク」
05.ワカメの味噌汁美味しいな倶楽部
06.他愛の無い悪戯愛好会
07.Revolver TO・RA・U・MA
08.DXチーム・匂いマツタケ味シメジ
09.とってもイカレぽんちーず
10.フロンガス大放出委員会
11.全国ハイレグ拡張団
「え、ええ? ロクなのが無いねぇ~、って違うッ! テストの傾向よ! ケ・イ・コ・ウッ! 名前なんかどうだっていいっ!」
溜め息をついた後、ルナはそう言いながらカオスの前でどアップになって怒鳴る。それからまた脱力したような深い溜め息をついて、仕方ないような感じで解説を始める。
「テストの傾向をきちんと把握しないで、もしも実際やるテストと全く違った特訓をしてしまっていたら、それはテスト対策としては何の役にも立たないでしょうが。だから、特訓を始める前にきっちりとテストの傾向を把握しておく必要があるってことよ。と言うことで、マリア先生。合格の経験者として一言お願いします」
ルナはマリアを促した。マリアはいつもと同じ穏やかな笑顔のまま解説を始めた。
「分かったわ~。とりあえず、トラベル・パスCランクの二次試験は実技だってことは分かっているわねぇ? でも、そのテストはただ単に腕っ節の強さで判断する訳ではないみた~い」
「強ければいいって訳ではないと?」
カオスがそう訊ね、マリアは頷く。
「ええ。カオスちゃん、その通りよ~。でも、ちょっと考えてみればすぐ納得いくわよねぇ? だって、武器って危ない物の所持を認めるかどうかの試験なんですもの~」
「つまり、武器や力をどう上手く利用できるか? ではなくて、そういった力を持ってそいつが世の中にとって安全かどうかを見るっちゅーことだよな?」
「ええ、そういうこと~♪」
マリアは笑う。
「では、カオスちゃ~ん。これは姉さんからプレゼント~♪」
マリアはそう言って、カオスに鞘に入った刀を手渡した。カオスは姉から渡されたその刀をまじまじと眺めながら訊ねる。
「これは?」
「刀よ~♪ 勿論、真剣ー」
「んなこたぁ分かってる。俺が訊きてぇのは、何で今こんなモンを俺に渡すんだってことだよ」
ちょっとひきつった顔で、当たり前の質問をカオスはする。そんなカオスを、マリアは笑う。
「うふふふ。あらあら、もう♪ カオスちゃんったらとぼけちゃって~。ホントは分かってるんでしょ~?」
カオスは顔を背ける。やはりアレか、と思っていた。あのガルイーヴルの時と同じこととなるのだろう。そう分かっていた。そして、そのカオスの予想は的中する。と言うか、既に予定調和だ。
そんなカオスの心境など全く考慮しないまま、ポーンとマリアは魔獣の卵を放り投げた。卵は放物線を描きながら地面に落ち、そして割れて中の魔獣は解放された。
いつものように魔獣は恨みの籠った咆哮を解き放つ。
「ウギャォオオオオオオオオッ!」
四足のドラゴンのような胴体から、その首が大きく空へと上がった。その姿を見て、マリアはその魔獣をカオス達に紹介する。
「グレイムヴィーストちゃんでーす。3人で倒してね♪」
オイオイ、『ね♪』じゃねーだろが。
カオスはそう思っていたが、他の二人は根がクソ真面目なのか、真剣な顔をしていた。真剣な顔をして、自称トレーニングに立ち向かう。
アレックスが体育会系のような気合いの入った号令をかける。
「いくぞ!」
その号令に対して、ルナは目付きを鋭くし、カオスは「あーしょうがねぇなぁ」といった感じで適当に返事した。そんなやる気がイマイチ感じられないカオスは置いておいて、アレックスは早速戦闘体勢に入る。
「はぁああああああああっ!」
アレックスに魔力が充溢してゆく。大味な感じは否めないが、ルクレルコ魔導学院の一般生徒と比べてもかなり優秀な部類に入るであろう魔力の容量と鍛錬の具合が、そこから感じられていた。
アレックスは魔力の篭った左の手のひらを魔獣に向ける。
「いくぜ。先手必勝! クラッド連続パンチッ!」
アレックスは魔力の篭った両手を交互に魔獣に向かって突き出す。普通の拳によるパンチではまだ間合いの外ではあった。だがアレックスの拳を纏う魔力が、魔獣に向かって放出されながらその容貌を岩の塊へと変化させ、それが魔獣にいくつもいくつも直撃した。
大したスピードではない攻撃だったが、魔獣は回避しなかった。避けるまでもないと考えたのか、何かしらの理由で避けることが出来なかったのかは分からないが。
「ゥガァオオオオッ!」
魔獣は倒れなかったが、悲鳴を上げて少し後ずさりする。その様子を見る限り、後者だったようだ。つまり、大したレベルの魔獣ではないとカオスはその時点で理解した。その上でカオスは出動する。
後ずさった魔獣の隙をぬって、剣光がさらにその魔物の肌を切り裂いた。カオスは一、二と首筋の頸動脈を切り裂き、そして動けないように左前足を切り落とした。それは電光石火の攻撃だった。
「ァアアアア、アオオオオオオオオォッ!」
カオスによって首筋を切られた上、左前足を失った魔獣は、悲鳴を上げながらよろめき倒れる。だがまだ生を諦めていなかった魔獣は、その渾身の力でもって首を持ち上げ、視線を上に持っていた。そこから反撃に移るつもりだったのだろうが。
そこには魔力を充溢させていたルナがいた。
ルナから魔法の火炎が発射される。炎はマトモに動けない魔獣をあっと言う間に火達磨へと変えた。そしてその火達磨はあっと言う間にただの消し炭となった。魔獣は断末魔の叫びをフェイドアウトさせながら死んだ。そう、この戦いはカオス達のチームの圧勝であった。
パチパチパチパチ。
その戦果を見て、マリアは三人に拍手して褒め称える。
「良かったわー、みんな~。人一人がやれることなんてたかがしれているわぁ。でもぉ、こうやってみんなが力を合わせればやれることの範囲はとても広がるのよぉ。それを忘れちゃ駄目よぉ~」
三人の生徒達は揃って返事をする。
「ああ」
「はい」
「ウス」
と、カオス、ルナ、アレックスが順に返事した。そんな統一性の無い返事に、マリアは苦笑いする。
「何か締まらないわねぇ」
と、その時に、丘陵の下方からカオス達に向かって声をかける者達がいた。
「お~い」
その者達は大きく手を振りながら、カオス達の方に近付いてきた。段々とその人達が近付いてくると、その姿が誰なのか認識出来るようになってくる。
女性三人。そして、その中の一人を見てルナは驚いたような声を上げる。
「お母さん! それにサラとアメリアまで」
長い黒髪のルナとは逆に、同じ黒髪を短くまとめているルナの母親は、後ろにサラとアメリアを引き連れ、大きめのバスケットを携えてカオス達の特訓場にやって来た。ルナの母親は、バスケットをカオス達の前に掲げて笑顔を見せる。
「お弁当、作ってきたんだよ」
ルナの母親がそう言うと、カオスは素早くその母親の真横に立ち、彼女に問う。重要な問いだ。
「だし巻き玉子ある?」
「うん。作ったよ」
マリアとしてはもう少し訓練しておこうかと考えていたのだが、中断することにした。この場は、最早そういう雰囲気ではなくなってしまっていたし、ルナの母親やサラやアメリアのように特訓とは無関係な人がこの場に居ると、危険なことになりかねないからだ。気が散ることもあるだろうし、特訓による魔法の流れ弾か何かを受けて怪我とかするかもしれない。
マリアは仕方なさそうに笑う。
「それじゃあ、ちょっと早いけれどお昼ご飯にしましょうかー」
その声を合図に、ルナの母親達は丘陵の雑草の上にシートを敷いた。そしてその上にバスケットを載せて、その蓋を開けた。
「お♪」
中には美味しそうな色とりどりの弁当が詰まっていた。そのバスケットの蓋が開いた途端、カオスの手がだし巻き玉子にのびた。それを皮切りにし、みんなの手が次々とそのバスケットの中の弁当にのびていって、弁当はみんなの胃袋の中に消えていった。
残ったのは、みんなの満足そうな笑顔。
そんな穏やかな休日の一日だった。どうやら、カオスの嫌な予感は外れたようだった。そして、そういうこともあるものだと知った
◆◇◆◇◆
それから数日経ったある日、トラベル・パスCランクの二次試験当日となった。その日の午前10時、ルクレルコ・タウンから少し離れた場所にある岩山の中腹辺りに、カオス達受験者は集められた。男女併せて100人余りの受験者が、そこで試験の開始を緊張した面持ちで待っていた。
そこには色々な人がいた。カオス達のような未成年もいれば、年老いた人もいた。普通の顔した人もいれば、明らかに何処かおかしいんじゃないかって感じの人もいた。千差万別、そんな多種多様な人が同時に受ける試験。
カオスはルナとアレックスの三人でその試験場に臨む。
「いよいよか」
「そうだね」
ぞろぞろと集まっている受験者をまた見て、カオスはボソッと呟くように言った。ルナもそんなカオスに相槌を打ち、そしてカオスに問う。
「カオス、ちゃんとマリア先生のアドバイスは覚えている?」
「ああ」
当然だ、とでも言いたげな笑顔でカオスは答える。だがその具体的な回答の前に、人混みの中から馬鹿丸出しの声でカオス達に話しかける者が出て来た。
「はーっはっはっはっはー! まさか、逃げ出さずにこの試験にやって来るとはねぇ!」
「!」
三人がその無礼者の方を向くと、案の定そこにはプライドばっかりの馬鹿野郎こと、ウェッジ・ディアコードが偉そうな態度で立っていた。
「ウェッジ!」
三人は今日のこの場で一番会いたくなかった人間に会ってしまったその不運を嘆いた。そして三人共、言うまでもなくさっさとどっか消え失せろよ馬鹿野郎、とでも言いたげな不機嫌な顔になったが。
ウェッジはそんな3人の不機嫌な様子に気付くこともなく、偉そうに自分の言いたい事だけを述べる。
「まあ、その勇気だけは認めるけどね。でも、世の中には勇気だけではどうにもならないってこともあるんだよ。君達は今日、それを思い知ることとなるだろう」
そう言って、ウェッジは少し自分の言った名言に酔いしれた。最高だ、と感じていた。そして、言いたいことは言い終えたので、この場は去って早々に試験準備に入ろうとした。その間際に、また余計な一言を付け足す。
「ま、同じ学院のよしみではあることだし、怪我をしないように祈ってるよ」
そう言って、ウェッジはカオス達の返事を待たずに去っていった。そこに不機嫌そうな三つの顔を残して。
アレックスは視界から消えかけたウェッジの背中を見ながら、不機嫌丸出しな声で言う。
「ったく、相変わらず憎たらしい奴だな! つか、てめーは去年不合格になってんじゃねぇか。偉そうに言える立場か、このクソボケが」
だがカオスはアレックスとは逆で、いつもと同じ調子で隣に居るルナに話しかける。
「要するに、アレだ」
「え?」
「簡単に言やあ、姉ちゃんのアドバイスってのはさ、あの馬鹿のようになっては駄目だってことだろ?」
「そ、そうだね」
ウェッジには悪いと思いはしたが、カオスの言っていることは明らかに正しいので、ルナはそう言って頷いた。そして、今年の二次試験がどういう内容なのかは分からないが、あの様子では彼は今年も不合格であるだろうと確信していた。
◆◇◆◇◆
それから大体5分位経つと、にわかにカオス達の前方の人混みがざわめき始めた。そのざわめきを見て、カオス達は試験官がやって来たであろうことを感じ取った。
「始まるな」
「そのようだね」
少しずつざわめきは静かになっていった。そして、それがほとんど無音に近付いた時に、人混みの真ん中にある朝礼台のような高台に、前面にTPと記された怪しいマスクを被った人間が現れた。
怪しい! むっちゃ怪しい! カオスは直感でそう感じ取った。
「何だ? あの変態的なコスチュームの野郎は?」
そんなカオスに、ルナは冷静にツッコミを入れる。
「試験官だってば」
前面に記されたTPの文字はTravel Passの略。と言うか、一次試験の時にも彼等は試験会場に現れていたことをルナは覚えていた。その一方で、どうでもいいと思っていたカオスは覚えていなかった。TPもTondemonai Pantyぐらいに考えていた。
そんな変態、もとい試験官は、そんな周りの雑音に囚われること無く、壇上の中央にまで歩いていって、そこで静止した。そして、開口一番に告げる。
「只今よりトラベル・パスCランク、第二次試験を開始する」
「おおおおっ!」
カオス達の周囲の受験生達から声が上がった。そんな声を聞きつつ、カオスは傍にいるルナとアレックスをもう一度ずつ見て、気合いの入った感じで言った。
「よし。じゃ、『しょんぼりさんチーム』行くぞ!」
「だーかーら、名前はいいんだってば。名前はッ!」
ルナはすかさずツッコミを入れたのだった。
2019/01/08 区切り部分に「◆◇◆◇◆」を追加。