Act.043:タイトルの無い生活Ⅱ(後編)
放課後となった。放課後となっても、アレックスはまだぼやいていた。世の中は不公平だと不満に思っていた。
「くそ~」
カオス程でなくともいいが、ある程度は女性にチヤホヤされたいとアレックスは思っていた。女の為に努力をすると言ったら大袈裟かもしれないが、そう思える女性がいないと張り合いが無いのも確か。
アレックス君、ステキー♪ アレックス君、さすが~♪ アレックス先輩、だーい好き♪
そう満面の笑みで、本心からチヤホヤしてくれたならば、やる気は億千万。『さすごしゅ』ならば、兆を超える! アレックスはそう思い。
「嗚呼、何処かに俺の男としての良さを分かってくれるヒトはいねぇもんかなぁ」
そうぼやきながら、帰路に着いた。教室を出て、廊下を歩いて、下駄箱に着く。そこで下履きを出そうと下駄箱の扉を開くと、そこには靴以外に見慣れない物が一つ入っていた。
「封筒?」
一見すると手紙のようだった。靴を取るのも忘れて、アレックスはその封筒を手に取る。宛名は『アレックス・バーントさんへ』、自分宛で間違いないようだった。裏を見ると、ハートのシールが貼ってあるが、差出人の名前は書かれていなかった。
まさか、ラブレター?
期待はしたが、その期待をすぐに打ち消した。違ったら、とても虚しい気分になるからだ。とりあえず、中身を見ればその内容が分かるので、少し呼んでみようと考えた。その時だった。
「ぬあっ!」
アレックスの手元から、その封筒が消えた。その封筒が幻だったのかと一瞬考えたりしたが、それはありえないので、アレックスは左右と下をくるりと見渡した。
そのアレックスの上、下駄箱の上でその封筒を奪った者が躊躇いも無くその封筒を開ける。そして、その中に入ってる手紙を朗読し始めた。
「え~っと、何々? 『一目見た時から、アレックス先輩が心から離れません。明日の昼休み、体育館裏で待っています。会って下さい』か」
「カ、カオス!」
自分によこされた手紙を、下駄箱の上で堂々と朗読したカオスにアレックスは叫んだ。もう、何をしたところで手遅れではあるのだが。
「へぇ。ラブレターじゃん♪」
カオスはニヤニヤと笑っている。その顔を見て、アレックスは不機嫌そうにカオスの手元からその手紙を奪い返した。読み終えたカオスにはもう、その手紙にはもう用はないのであっさりとアレックスに返す。
その時、その下駄箱にルナ達三人もやって来た。そのいつも以上の大騒ぎを見て、ルナは訊ねる。
「どうしたの、そんな大騒ぎして? と言うか、カオス。アンタ、下駄箱から降りなさい。行儀が悪い」
「おお、お前等か」
カオスはルナ達の顔を見ると、ニヤニヤ顔を三割増しにした。愉快な話を聞かせる相手が現われたのだ。カオスは下駄箱から降りて、ルナ達の方に近付く。
「お前等、すっげー運がいいぞ。お前等は今、歴史的瞬間に立ち会ってんだからな。何せアレックスがなぁ」
「失敬な!」
アレックスが、と言ったところでアレックスはそう言い捨てる。自分がラブレターを貰ったことを口が羽よりも軽いカオスがバラすのは既定路線だが、そんな奇跡の出来事のように言われるのは心外だったからだ。
カオスは手紙の内容をルナ達に話す。だが、アレックスは止めない。止めようとすれば止めようとする程、アメリアやサラが余計に聞きたがる。つまり、止められはしないと分かっていたからだ。
「…………」
カオスの話を聞くと、ルナ達三人はしばらく絶句していた。アレックスにしてみれば、ルナ達は腹が立つ程驚いた顔をしていた。
「アレックス史上、初のラブレター? 確かに、これは歴史的大事件ね。何度も訊きたくなるけど、果たし状じゃないんだよね?」
と、サラ。
「ああ。でも、最初で最後の出来事ってのも結構多いのよねぇ?」
と、アメリア。
何も言わないルナも言葉を失ってるだけなので、アレックスにしてみれば四人のどの反応も失敬極まりないものだった。これ以上ここに居ても腹が立つだけなので、アレックスは先に一人で帰ることにする。
「失敬な! 帰る!」
手紙を鞄に突っ込み、靴を替えてアレックスは帰宅しようとする。そんなアレックスに、カオスは挨拶代わりに言葉を投げかける。
「返事は何にしろ、会ってやれよー。それが礼儀ってやつだからなー」
「分かってる!」
それが愛の告白だとしても、この手紙を差し出した者が分からないので、それに対するYES or NOは会わなれば出来ない。それ故に、どちらにしても会うのに変わりは無い。アレックスは最低限それだけは決めていた。
会う。
そこでアレックスはカオスの方に振り返る。そうなった場合、カオスがやりそうなことは目に見えている。
「でだ、お前等! 絶対見に来るんじゃねぇぞ! 特にカオス!」
そう、野次馬だ。ここは誠実に、きちんと誠実に! そう思っていたアレックスは、何も言わなければ99.9999…∞%野次馬に来るカオス達に、そう言って釘を刺しておいた。
「はいはい。分かったから、はよ帰れ」
過度に真面目モードになっているアレックスに少し呆れながら、カオスは首を縦に振ってやった。
アレックスとしてはそう簡単にカオスが言うことを聞くと思っていなかったが、そうやって承諾したのではこれ以上言うことも無いので、そのままドシドシと校舎の玄関を抜けて帰宅していった。
「全く、アレックスの奴も馬鹿を言うもんだ」
校舎の玄関から見えるアレックスの後姿がゴマ粒程に小さくなると、カオスはそう言って溜め息をついた。そして、ニヤッと笑う。
「そんなん、何言われたって見に行くに決まってんじゃねーかよ」
「コラコラ」
覗きはいけないので、ルナは一応そう言ってカオスを止める。が、勿論その言葉には力も何も含まれていなかった。それが分かってるカオスは、ルナの方に向かって笑いかける。
「そんな真面目なこと言ったって、どうせお前も気になってるんだろ~? どんな変わり者が、もとい物好きが現われるのかさ」
「…………まあね」
◆◇◆◇◆
そしてXデー、次の日となった。その日もルクレルコ魔導学院では、普段通りに授業が行われていた。今の時間カオス達のクラスは、カオスの姉であるマリアの授業だ。ルナ、サラ、アメリアは当然真面目に授業を聞いている。カオスも居眠りしようものなら後が怖いので、ちゃんと聞いている。しかし、アレックスは心ここにあらずだった。
今は午前最後の授業である。この授業が終わったら? さすごしゅタイムの始まり?
「…………」
もうすぐ、もうすぐ、あの時計の針がああ回れば? さすごしゅタイムの始まり?
そうやって何度も時計をチラチラと見てるアレックスに、マリアから先生としての注意が入る。
「アレックス君~、さっきから時計ばかり見て~。この後デートなの~?」
ジョークも交えて。
カオスからラブレターについて聞いていないマリアにしてみれば、それは100%ジョークだった。ニアミスだったとは、知らなかったのだ。
「あ、いえ、その、すんません」
その注意を聞いて、アレックスは焦る。そして、そのマリアのジョークとアレックスの反応に教室内は大爆笑に包まれたのだ。カオス達事情を知ってる者を除けば、後の連中は皆、「そんなのありえねぇ!」と思っていたからだ。だが、事情を知っているカオス達四人は別の反応をする。
アメリアはラブレター一つでこんなにも落ち着きを無くしているアレックスの不甲斐なさに苦笑い。
サラはそんな図体の割に小心者なアレックスに呆れ。
カオスはそんなアレックスのうろたえ振りを愉快な物を見る目で見て。
ルナはそんなカオスがどうにかならないものか、と溜め息をつきながら頭を悩ませていた。
そんな皆の思惑と共に、午前の授業は終わって昼休みとなった。アレックスは授業が終わった途端、教室をダッシュで飛び出していった。全力のダッシュだ。そして、あっと言う間に体育館裏に到着する。
そこにはまだ誰もやって来ていなかった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ! 流石に、早かったか?」
全身全霊の猛ダッシュでやって来たアレックスは体育館の壁に体を預け、息を整えながらどんな後輩の女の子がやって来るのか色々と思案、妄想をしていた。自分を好きだというその子が、可愛いという保証は何処にもないが、やはり可愛いに越したことはないなと思っていた。
その時、自分がやって来た方向とは逆の方向から人がやって来る気配、足音がしたので、アレックスはその方向を振り向いた。小動物のような素早い反応で。
「…………」
アレックスはその人物を見て溜め息をついた。その人物は、明らかに男だったからだ。比較的小柄ではあるが、明らかに男の制服を着ていた。男だ。そして、その彼を見てアレックスは自分を少し笑った。
此処は誰でもやって来れる場所だ。つまり、その手紙を出した人物以外もやって来る場合がある。そんな簡単なことさえ気付けずにいたので、そこまで自分はテンパっていたと気付かされたのだ。
ま、それより、どんなコだろうか? いいコだったらいいよな~。
アレックスはまた妄想に戻る。その時、その通りすがりの男の子がアレックスに話しかけた。
「いい天気ですね」
「ん? ああ。良く晴れてるしな」
無視するのも感じ悪いので、アレックスは適当に返しながら妄想を続けていた。天気なんかどうでもいいから、早く来ないかな~と思ってた。
そのアレックスの横でその男の子は立ち止まって、またアレックスに話しかける。
「アレックス先輩、手紙の方は読んで頂けましたか?」
手紙。手紙。手紙?
その言葉に、口から心臓が飛び出る程にアレックスは反応した。脂汗を垂らしながら、アレックスはその男の子に訊ねる。
「ぬぁなななな、まままま、まさか?」
最近自分にやって来た手紙らしき物は、昨日のアレしかない。それをアレックスは思い返していた。脂汗を垂らしながら。
そのアレックスを真っ直ぐに見据えて、その少年は意を決したような表情で叫ぶ。
「一目見た時から好きだったんです! アレックス先輩の筋肉が理想なんです! 僕と付き合って下さい!」
「ぬべらぐぇるぅあぇああああっ!」
アレックスは脂汗を垂らしながらひっくり返りそうになった。ひっくり返って、気絶しそうだった。それどころか、いっそ気絶して今日をやり直せたらと思っていた。
そんなアレックスの耳に、愉快そうな高笑いが聞こえた。
「ひゃーっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
それは近くの草叢の影から姿を現す。
「ぬぁっ、カオス! やはり居たか!」
そう、カオスだ。アレックスはこんな場面を他の人間に見られたくはなかったのだが、それを見逃すカオスではないのも、過去の経験上分かっていた。
カオスはそのあまり予想しなかったオチ、もとい結末に愉快そうな顔をして笑っていた。そして、笑いながら紹介する。
「俺だけじゃねぇよ」
そう言うと、別の草叢の影からルナとサラとアメリアが現われた。要するに、全員集合だ。
「カップル誕生だな。おめでとう。おめでとう! はーっはっはっはっはっは!」
「うるせぇ、こんチクショー!」
オチにはしましたが……
念の為、言っておきますか。俺にもカオスにもLGBTを差別する意図はないと。
……こんなギスギスした世の中だしねぇ。




