Act.042:タイトルの無い生活Ⅱ(中編)
「またか」
カオスと台風少女が去って、静かになった屋上にて、アレックスがボソリと呟いた。
「また? ああいうのが前にもいたの?」
サラが訊ねる。
「ああ。Cクラスパス受かった頃かな。ああいうのが、カオスの周りに度々起こるようになったようだぜ。流石のカオスもちょっと辟易してるみたいだな」
「からかって追うのは好きだけど、追われるのは嫌がるからね。基本的に猫みたいな奴よ、カオスは」
ルナはカオスの近況を説明するアレックスの言葉に、カオスの性格を加えて補足する。長年カオスとの付き合いがあるので、ある程度女性にもてるというのも、それで何を考えているのかも、大体なら分かるのだ。だから、カオスの今回の状況にも驚きは見せない。サラやアメリアも、驚きはしなかった。
そんな中で、アレックスは溜め息をついた。
「一種の怪奇現象ってやつだな」
そう言い捨てる。
「あらそう? 別に、最近モテるようになったのは不思議じゃないじゃないの」
そんなアレックスに、女性三人は反論する。
「カオス・ハーティリー、ルックスはいいけれど実力、その中身の方はどうか?」
と、アメリア。
「Cクラス受かったんで、最低限無くはないと証明された、と」
と、サラ。
「性格の方も、『根』は悪くないからね。茎は腐ってるけど」
と、ルナ。
「…………」
アレックスはその女性三人の説明を聞いて、一応は納得した。理論的には自然であるし、予定調和のように聞こえた。しかし、アレックスの中でちょっとその理論にひっかかるものがあった。だから、反論する。
「でも、それは関係ないんじゃないか?」
「何でよ?」
「なぜなら、俺もCクラスパス受かったというのに、俺の方はな~んも変わらんからだ!」
「そりゃ、そうだ。だって」
サラはあっさりとアレックスの反論を斬り捨てる。そして、他の二人もそれと同じ意見だった。そして、その理由をそれぞれ付け加える。
「そもそもルックスからして違うし」
と、アメリア。
少し華奢っぽくて、黙っていれば美少年に見えなくもないカオスに対して、アレックスはブサイクとは言わないが、ただの暑苦しいマッチョだ。
「何か色々とくどそうだし」
と、サラ。
言ってる内容、行動、見た目、何処から見てもあっさり風味には見えない。
「暑苦しいしね、何かと」
と、ルナ。
クールに物事を進めるカオスに対し、アレックスの発言や行動は無駄に熱血している。無駄に熱いのだ。それすなわち、鬱陶しいのだ。
女性陣はそうやってアレックスの良くないところを次々と指摘する。アレックスは心情的には反論したかったのだが、反論するとそれが三倍になって返ってくるだけだと分かっていたので、それは出来なかった。
もう、自分には負けしかない。だから、この場にこれ以上居る気にはなれなかった。針のむしろだからだ。
「ちくしょう!」
アレックスは叫びながら、屋上から逃げていった。その後姿を見送りながら、サラはアメリアに向かって苦笑いする。
「全く、アメリアはアレックスをいじめて~」
「ええ? それはサラでしょ~?」
二人は笑いながら言い合う。その言い合いを見ながら、ルナは二人共自分自身分かっているんだな、と思った。
いじめていたのはどちらかではない。二人共だと。
「あ、そう言えば」
サラは思い出したように話を切り出す。そして、ルナの方を振り返る。
「ルナもあれから別にもてるようにはなって、いないよね?」
確実ではないので、少し自信なさ気にサラは訊く。ルナも美人の部類に入るし、カオスと同じ条件でモテるようになるのならば、それでモテるようになってもおかしくはないのだが。
「確かに、そんなことはないね」
ルナ自身も否定する。Cクラスの試験以降、特に告白された記憶も、ラブレター貰った記憶も無い。
「ま、別にもてようとなんて思ってないからいいんだけどね」
ルナは補足する。たくさんの人に言い寄られても、鬱陶しいだけで良いことは無い。カオスを見てれば、それは十分に分かる。
ただ、サラの中に疑問は残った。
「何でなんだろう」
何故、モテるようにならないのだろう?
そんなサラの疑問に、それは予定調和だと言う声が聞こえた。その者は言う。
「仕方ないさ」
「え?」
ルナ達三人がその者の方を振り向くと、そこにはカオスが座っていた。カオスが座り、アメリアが作った弁当のエビフライを食べていた。
「カ、カオス!」
カオスは食べながら、先程言ったルナがモテないという予定調和についての説明をする。
「シンプルに言ってしまえば、俺が男で、ルナが女だからだ」
「カオスが男で、ルナが女?」
「ああ。多くの男ってのは、恋人よりも自分の方が優位でありたいと思ってるからな。だから、大抵の男は優秀な女に対してコンプレックスを持つのさ。それでそいつ等は、こんなダメダメな俺なんかにあのヒトを愛する資格なんかねぇよって敬遠しちまうのさ。努力をして追いつこうとするのではなく、ただ諦めるのだ。情けねぇことにな」
ムシャムシャ食べながら、カオスは説明する。説明しながら、一口カツに手を伸ばす。
「ふ~ん、そう。で、アンタ、いつからそこに居たの? つか、戻ってきたの?」
カオスの説明は納得のいくものではあった。だが、別にモテたいとは思わないルナにとって、それはどうでも良かった。それより、神出鬼没のようにパッとそこにやって来た方が気になっていた。
別に隠すことではないので、それについてもカオスは説明する。
「サラが『あ、そう言えば』って言った辺りだったな。正確な時間は知らんが」
「よく振り切ってきたね?」
カオスに告白してきた少女の姿は、ここにはない。つまり、あのどう拒絶してもへこたれなさそうな少女の追跡を振り切って、カオスはここに居るのだ。
別に難しくはない。カオスはそんな平然とした顔をしながら、返事をする。一口カツをムシャムシャと食べる。
「そりゃあ、魔法を使ったからな。ああ、アメリア。次はその栗をくれ」
「これ?」
「そうそう」
魔法?
ルナの中で、色々な魔法が思い浮かんだ。いくらしつこいと言っても、カオスが自分に敵意を向けない女性に対して攻撃魔法を使うとは考えられない。つまり、逃げとして使える魔法を使ったことだ。
それは?
「インスタンテ。瞬間移動魔法か!」
ルナは叫ぶ。それならば、この屋上を到着点としてイメージすれば、簡単にあっと言う間に逃げられる。
そんなルナに、カオスはそれが正解だと答える。
「イエ~ス。あ、次はその煮豆ね」
「これ? これはちょっと失敗作なのよねぇ」
「構わねぇさ」
瞬間移動魔法、それはカオスの姉であるマリアも使えていたが、知っている限りカオスは使うことが出来なかった。ルクレルコ魔導学院の意向で、生徒にその魔法を教えないというのもあったからだ。
それでもカオスはここに居る。それは、カオスの言葉は本当なのだろうし、そういう見栄を張るカオスではないとルナ自身分かっていた。
では、とルナは再び訊く。
「で、アンタ。いつからそのようなことが出来るようになったのさ?」
「今朝。ああ、この煮豆はちょっと固いかもなぁ」
「やっぱり? ちょっと想像以上に固い豆だったのよね。でも、こっちは自信作よ?」
「…………」
瞬間移動魔法を教えたのはマリアであろう。ルナは、分かっていた。そして、カオスが魔力や体力を上げる為の基礎トレーニングだけでなく、技のバリエーションを増やす為のトレーニングもきちんとやっているのにも気が付いた。
しかし……
「おおっ。こっちの煮物はいける。すっげぇ、いける!」
「でしょ~♪」
「カオス、そっちの玉子焼きも美味いよ」
談笑しながら弁当の続きを楽しんでいるカオス達を見ると、ルナは真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた。そんな事は、今さらどうでもいい気分になった。
だから……
「もういい。あたしも食べる!」
「おう、ルナ。お前の好きな鳥の唐揚げまだ残ってるぞ?」
「あ、このグラタンもいいね♪」
自分も輪に入ることにしたのだ。色々考えるのは後で良い。
野鳥はそんな青空を暢気に飛び、唄っていた。そんな平和な日の出来事だった。




