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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter3:地上最強の魔女
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Act.041:タイトルの無い生活Ⅱ(前編)

 アレクサンドリア連邦ルクレルコ・タウンの空は今日も晴れていた。何処までも澄み渡っていた。そんな爽やかな日に、ルクレルコ魔導学院の体育館の裏では緊張感を孕んだ空気が漂っていた。

 緊張はしている。だが、少女は決意に満ちた瞳で切り出す。柔らかいロングヘアーが優しい風に揺れ、瞳の輝きを青空に映す。


「す、好きです」


 一度言ってしまえば、後は勢いだ。


「私の彼氏になって下さい! カオス先輩!」

「!」


 カオス、カオス・ハーティリーに衝撃が走った。

 カオスは現実逃避、もとい気を紛らわせる為に青空を見上げた。やはり、空はどこまでも青く眩しくて、どこまでも遠く澄み渡っていた。

そんな爽やかな青空の日の出来事だった。



◆◇◆◇◆



 嗚呼、心地良い快晴の日は、昼食も外で食べたくなるものだ。カオス達は午前中の授業が終わった後の昼休み、弁当を持って屋上へと繰り出していた。カオスにルナ、アレックスとアメリアとサラの五人が揃っていた。

 そこでアメリアの作ってきた弁当を広げる。見ただけでその美味しさが分かるような、眩しい輝きを放ちながらその弁当は顔を見せた。

 カオスは箸でその中から一番手前にあった物を摘まんで口の中に入れた。しっかりとした味わいと、濃厚な味の深みが、渇いていたカオスの舌を潤おす。


「あ、美味い」


 誰が食べても、そうとしか言いようがない。きっと百人食べて、百人が美味いというだろう。カオスは正直にそう感想を漏らす。アメリアは嘘の無いカオスの感想を聞いて、嬉しそうな笑顔を見せる。


「確かに、アメリアの料理は美味いからな~」


 アレックスも満足そうな笑顔を見せる。


「アメリアには逆立ちしても勝てないからな~」


 料理が苦手なサラは、また一つ落ち込んでいた。

 そんないつもの昼休みだった。そんな平穏に、一人の闖入者が現われた。その闖入者は弁当箱と満面の微笑みを持っていた。

 その者は大きな声で挨拶する。


「カオス先輩!」


 カオスに告白した件の後輩の少女が、元気にやって来る。そして、その持っている弁当箱を差し出そうとする。


「お弁当です! 食べて下さい!」

「…………」


 カオス達に沈黙が流れた。カオス以外の面子は、この少女とは面識がなかったからだ。見ず知らずの女の子が突然ドカドカとやって来たので、どう応対すれば良いのか分からなかったのだ。

 とりあえず、名前を訊こう。ルナはそう思い、その少女の名前を訊こうとした。


「あなた、だ」

「おう、来たか。まぁ、いい。こっち来て一緒に食えや」


 誰? そう訊こうとしたところで、カオスがその言葉を阻害するようにその少女を昼食に誘った。何だかんだ言われる前に、飯食わせた方が得策だと考えたからだ。

 そんなカオスの対応にルナが反応する。


「カオス、この子を知ってるの?」

「まぁな」


 カオスはニヤッと笑う。


「全てはこのっ!」


 カオスはそうゆっくりと言い出して、自分の懐にしまってあった本を取り出す。そして、それを高らかに掲げながら笑う。


「この、本年度版の『ルクレルコ魔導学院女子大図鑑(カオス・ハーティリー編著)』が知っているからなっ! わはははははははは!」

「!」


 ルナ達に衝撃が走った。お前馬鹿か? こんなのに手間暇かけてんじゃねぇ。何考えてるんだ? 考えてる内容は様々だったが、呆れてるという点では一致していた。

 そんな中で、カオスに告白した例の少女だけは平静な顔をしていた。それが、カオスには面白くなかった。


「って反応(リアクション)なしかい!」

「ふふふふ。だってその本、嘘ですよね?」


 つっこむカオスに、少女は平然と言ってのける。その本は本物ではない。『ルクレルコ魔導学院女子大図鑑』など存在しないのだと。


「ぬなっ」


 図星を指されて、カオスは少しうろたえる。


「え?」


 そうなの?

可能性として低くはないと踏んでいたルナではあったが、それがジョークであると言い切れないのも事実。だが、その少女は躊躇いも無く言い切った。それでちょっと首を傾げたのだ。

 少女は微笑む。理屈もあるのだ。


「だって」


 もしそのような物が実在するのなら、自分が告白した時の反応はおかしかったからだ。あの時の反応は、された彼にとってはあくまでもサプライズだった。もし自分を知っていたのなら、もっと別の対応を彼はすると感じていたからだ。

 とは言え、そうグチグチ話すより一見した方が早い。少女はカオスの本に向かって手を出す。


「ほら、ちょっと見せて下さい」

「やめんか。これには乙女の秘密の」


 追う少女に、逃げるカオス。そんなカオスの横で、恐ろしき追跡者が一人増えた。ルナだ。


「いいからさっさとよこしなさい!」


 横から不意をつき、ルナはカオスの持っている本を強奪する。本の表紙のカバーには、確かに『ルクレルコ魔導学院女子大図鑑(カオス・ハーティリー編著)』と書かれてあった。ルナはそのカバーを外す。

 すると、中からは別のブックカバーが現われた。そこには。


「タイトル『宗教と紅茶』か。普通の本にダミーのブックカバーを被せただけのようね」


 ルナは一応中身もパラパラとめくって見てみたが、やはり書いてある中身は思った通り『宗教と紅茶』であって、『ルクレルコ魔導学院女子大図鑑』ではなかった。


「チッ」


 ジョークがバレたカオスは、舌打ちをする。バレるのは元から想定していたのだが、こんなに早くバレるとは考えていなかったし、バレ方もかけた手間の割りにつまらなかった。それがとても不満だった。


「………」


 そのことで、カオスが不満を抱いている事は少女にも分かっていた。だが、それでお茶を濁されたくはなかった。そして、自分が何かしらしないとそのままカオスはお茶を濁すというのも分かっていたので。

 少女は再び切り出す。


「さて、カオス先輩。それじゃあ、今度は誤魔化さずに返事をして下さいね。と言うか、首を縦に振って下さいね♪」

「嫌」


 カオスは即答する。その素早い反応に少女は驚き、少しの間言葉を失った。その間をぬうように、ルナの鉄拳がカオスに炸裂した。

 轟音を上げて、カオスの体は空へと飛んで、空の星となった。という程ではないが、カオスは確実にノックアウトされる。

 倒れているカオスに、ルナは鋭く目を光らせて説教モードに突入する。


「カオス! 今度は何をやらかしたの? 誤魔化さずちゃんと答えなさい!」

「やらかしたって、人を犯罪者のように」


 言うな、と言いたかったが、言ったところでルナが自分を信用するとはカオスには思えなかった。そんなカオスに、その少女が助け舟を出す。やはりここで話を元に戻さないと、カオスはそのまま脇道へと話の方向をシフトしてしまうからだ。それも少女は分かっていた。


「カオス先輩は何もしてません!」

「え?」


 叫ぶ少女に驚き、ルナはその少女の方を向いた。


「カオスが何かやらかしたんじゃないの? 下着泥棒とか、セクハラとか、痴漢とか」

「つか、どうでもいいけど、どうしてみんな性犯罪なんだよ?」


 カオスはツッコミを入れる。ルナは開き直ったような表情をして、本人であるカオスに向かってのうのうと言ってのける。


「だってアンタ、エロエロじゃないの」

「ふ、馬鹿め」


 カオスは鼻で笑う。そのような低俗なスケベ野郎と、自分を一緒にされたくはなかった。


「俺はセクハラや痴漢のように、女性を辱めるマネは絶対にしないし、下着そのものにさしたる興味もねぇから、それを盗んだりもしねぇ」


 そう前置きした上で大声で主張する。心の底から叫ぶ。


「俺が興味あるのは中身だ! 裸体だ! 下着だろうが、何だろうが、それが最終的に女体にいきつかなきゃ、俺にとっちゃそれらは何の意味も持たねぇのさ!」

「!」


 他の面子に衝撃が走る。カオスは大仰に主張しているが、普通それは声を大にするような内容ではない。馬鹿じゃなかろうか。そんな思いが、彼等の中によぎった。

 そんな中で、カオスに告白した少女はすぐに我に返った。


「って、やっぱり誤魔化してません?」


 これもカオスの策だと分かっていたからだ。馬鹿なことを言って展開をグダグダにして、結果を有耶無耶にして煙に巻くのはカオスの常套手段である。


「チッ」


 カオスは舌打ちする。ここまでしつこくて、へこたれない女性は初めてだったので、どう扱ったら良いのか分からなくなってきたのだ。

 何か誤魔化して、ここから去らせることは出来ないだろうか?

 カオスは色々と策を思い巡らせる。だが、少女としてはこれ以上無駄話をされて時間を失うのは嫌だったので、カオスに時間を与えずにストレートに自分の想いを伝える。


「私はカオス先輩の事が好きなんです!」


 人目は関係ない。そのようなものを気にしていたら、このカオスを相手にいつまで経っても想いは伝えられなくなる。だから、少女はルナ達の目を気にせずに再び告白する。


「本気です!」

「悪いな。俺は本気じゃない。だから、つきあえない」


 熱気を帯びている彼女に対し、カオスはあくまでもドライだった。女は好きだが、この少女はその女の中で面倒臭い部類に入るものだと分かっていた。おいそれと付き合えない。


「じゃあな」

「先輩!」


 カオスはこれ以上ウダウダ言われないように、言いたいことを言い終わったら手を振って、さっと立ち上がってそこから逃げ出した。

 少女は逃げるカオスを追っていった。


「…………」


 カオスと、その少女が去っていた後に沈黙が残った。嗚呼、こんなに良く晴れた日だというのに、それはまるで台風であった。

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