Act.039:地上最強の魔女Ⅷ~次の行き先~
鳥が群となって青空の彼方へと飛んでいく。時の流れが止まっているようなこんな場所でさえ、時は無常に流れゆく。別れの時もやって来た。
「じゃ、そろそろ帰るか」
カオスは切り出した。闇の魔法についての収穫はあったし、現段階でこれ以上ここに居ても何にもならなそうだ。ならば、さっさと帰った方がいいだろうと考えたのだ。
異分子である客人が長居するのをよしとしないマリフェリアスだから、そんなカオス達を止めようとはしない。ただ、最後だからと一つだけアドバイスをよこした。
「帰るんだったら、ここまで来たついでに月朔の洞窟まで足を伸ばしたらいいよ。まぁ、時間があればだけど」
「?」
カオスの頭の周りにクエスチョンマークがいくつも飛んだ。
「は? 足を伸ばしたって、行ったところでどうせ中には入れねぇんじゃねぇのか?」
入れない場所に行っても意味は無い。普通、そう考える。
「まぁ、そうだけどね。でも、一度行っておけばそこが瞬間移動魔法のリストに加えられるでしょう?」
「ああ、そうか。そう言われてみりゃそうだな。そうすれば、当日は探索に専念出来るってことになるな。余計な時間も体力も使わねぇで済む」
「そういうこと」
と言うか、言われなくても気付けよ!
マリフェリアスは声にはしなかったが、その顔にはそんな言葉がばっちりと表れていた。わざと。だが、それは彼女にとってはどうでもいいことであった。マリフェリアスは、カオス達に月朔の洞窟の詳しい場所を説明する。
「場所はステラからレジーナ方面の汽車に乗り、その途中のエレニスで降りる。そこからはすぐよ。まぁ、ステラから大体2~3時間といったところでしょう」
「分かった。まぁ、ついでだし行ってみるよ」
「ああ、あと一つ」
マリフェリアスは加える。
「何だ?」
「アンタ達三人の魔力はジャミングしたから、他に誰か異分子を連れてこなければ、瞬間移動魔法で直接ここまで来れるようにしておくわ。だから、もし何か訊きたいことがあったら、たまになら来てもいいよ」
マリフェリアスは、ことさら『たまに』を強調した。しょっちゅうは来るな、ということらしい。
それはカオスにも分かっている。だが、自身の成長の糧となる者が増えたのに変わりは無い。だから、お礼を言うべきだと思った。
「そいつはどう」
「別にアンタ達を思ってやってあげようとしてる訳じゃない」
も、と続けようとした所でマリフェリアスに遮られた。彼女自身お礼を言われるようなことをしていると思っていなかったので、そんなものは言われたくなかったのだ。
「私は他人より長く生き続けてはいる。けれど、私の知る限りでは、闇の魔法の使い手は人や魔族等種族を問わず、魔王アビス以外に知らない。無論、私自身も使えない。それどころか、さっき挙げた魔王アビス軍の幹部、魔の六芒星にも使えた者は一人もいなかった。だから、その行く末に個人的に興味がある。それだけよ。礼を言われるようなことじゃない」
まぁ、そんなところだろうな。
カオスは気付いていた。と言うか、マリフェリアスが初対面である自分の為になるように、色々と尽力してくれるような人物とは思えなかったのだ。何かしら自分の為となる動機があることは気付いていた。
ただ、それでもとカオスは思う。
「動機はなんだっていい。結果として、俺の役に立つ。それだけで礼を言うには十分な理由だ」
故に、有難う。
「…………」
人との接触を必要以上に避けているマリフェリアスにとって、お礼は非常に慣れないことだった。だが、カオスの言葉に裏は無い。分かっているから、嫌な気分はしなかった。
「じゃ、またな」
「そうね」
カオス達三人は、並んで帰っていった。マリフェリアスとその従者である少女二人は、転送ゲートで三人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
そんなカオス達の姿が完全に見えなくなってから、ミリィはマリフェリアスに向って嬉しそうに微笑む。そんな彼女の様子にマリフェリアスは首を傾げ、そして訊ねる。
「何か良いことでもあったの?」
「良かったですね。楽しみがまた一つ見つかって♪」
「ああ、そのことね。まぁ、そうかしら?」
確かに、未知との遭遇は楽しみ以外の何物でもない。その点で言えば、ミリィの言葉は的を射ていると言ってもいいだろう。マリフェリアスは元国王である以前に、魔法の研究者だと自負していた。それ故に、どれだけ人よりも長く生きていたとしても、未知の魔法に触れられること、知ることが出来るのは何よりの喜びとなる。
その上で、とマリフェリアスは思う。カオス達が此処に来てくれて良かったと。
「まぁ、それよりもあのカオスって子供、とても運が良かったじゃないの」
「え? 何でです?」
ここに来たのが幸運だとすれば、ラシルの試験を突破したのも幸運になる。マリフェリアスが、そのような過小評価はしないと分かっていた。だから、ミリィはマリフェリアスが何に対して幸運だったと言っているのか推測出来なかったのだ。
分からない。そうであろうことは、マリフェリアスにも容易に想像がつく。だから、ミリィ達に丁寧に説明する。
「彼、カオスの属性は魔王アビスの属性と同じだとは言ったでしょう?」
「え? ええ。でも、それが?」
「もし、それを私以外の三人、特に彼等の自国の王であるアーサーに言っていたらどうなったかしら? 訳も聞かず、問答無用で殺そうとしたでしょうね。あの子の本質は臆病だから」
魔王アビスの魔法と同じエレメントを持つのだとしたら、それに連なる者であるに違いない。魔法のエレメントは六つしか無いのだから、いくら闇魔法がレアと言ってもその思考は短絡的過ぎる。だが、今までのアーサーの行動を見れば、それもまた大袈裟な言い方ではないのも事実。
勇者である筈のアーサーが恐れる?
そう聞いて、ミリィは少し不安になった。何か、恐ろしいことになってしまうのではないかと危惧したのだ。
「マリフェリアス様は、いいのですか?」
「構わないわ」
マリフェリアスは即答する。
「そこまであの子につきあってあげる必要性も、義理も無いもの。私はあの坊やの部下になっている訳じゃないからね。この位勝手にやっても構わないのよ。あの子の考えはあの子の考え、私の考えは私の考え。強要出来るものではないからね」
楽天的だ。アーサーが問題視しそうな事柄を目の前にしても、全く意に介さないどころか、その成長をマリフェリアスは見守ろうとしている。促そうとしている。ミリィには、それが良いのか悪いのか判断しかねていた。
「大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ」
マリフェリアスは即答する。
「人にしろ、魔族にしろ、何にしろ、一人の力によってこの世界がどうかなってしまうなんてことは絶対に無いわ。仮にそのように見えたのだとしても、いくつもの要因が折り重なってそのように見せているだけ。たまたま、その中心にその人物が居るだけの話よ」
世界がどのようになろうとも、たった一人の手によって滅ぶように見えたとしても、その中心になってしまった人だけを責めるのはお門違いである。マリフェリアスはそう言う。
「大きな流れというのは、人一人でどうにかなるものではないわ。だから、仮にその中心となる人物がいなくなったとしても、別の誰かがそこに納まって、同じような結果になるの。世界とはそのようになっているわ」
マリフェリアスは空を見上げた。青空と大海の彼方に、カモメが数羽飛んでいた。人も、魔族も、他の種族も、皆あのカモメと同じ。個々の存在の有無は、世界にとっては砂の一粒に等しい。誰が死のうと、世界は予定通り廻り続けるように。
そう、全ての時の終わりのその時まで。
◆◇◆◇◆
カオス達はその頃、転送ゲートを通じてステラの街に戻り、そこからLifterに乗ってステラの駅へと向かっていた。駅で駅員から聞いた通りに道を辿り、汽車の行き先を確認しながら地下のホームに到着していた汽車に乗り込んだ。
「後は、2~3時間乗るだけだな」
「だね」
「姉ちゃん、マリフェリアスの言っていたそのエレニスってのはどういう場所なのか知ってるか?」
「エレニス? さぁ、知らないわ~。ただ、あの辺りは比較的乾燥している地域だというのを聞いたことがある程度かしらねぇ」
「そうか」
それでは地理の授業と変わりは無い。つまり、マリアとしても何も知らないという訳だ。ならば、行く先をどうこう話したり、考えたりしても仕方ない。カオス達は他愛ない雑談に花を咲かせる。
そうしてカオス達が乗り込んでから数分経つと、列車の出発を告げる警笛が辺りに響き渡った。それと共に、アナウンスによって列車の案内がされる。
『まもなく、ヴェーチェル経由レジーナ行きの列車が出発致します。この列車は当駅を出発した後はシヴィル、ニムラム、ミルア、セシル、ライラ、イリーナ、バスティ・シティ、マイストーン、アプリコット、ルタ、リンネ、リシェ、ネリー、ジェイド、オニキス・タウン、ヴェーチェル、エレニス、ナイア、ヴォルガの順に各駅停車致します』
ずらずらと長く述べていく駅名の中で、カオス達ははっきりと『エレニス』の言葉を聞き逃さなかった。最初から、それだけを聞こうと注意していたからだ。
「電車、間違ってなかったな」
「そうね~」
「間違ってたら焦るよねぇ」
どんなに確認しても初めての場所であるから、多少の不安は拭い去れない。だが、このアナウンスで大方の不安は除かれた。だから、カオス達は初めての場所へ行くワクワク感を味わえるようになったのだ。
警笛が大きく鳴った後、汽車は少しガタッと揺れて、それからゆっくりと走り始める。始めはゆっくりと地下の線路を。横目に看板を見ながら走りを感じていると、だんだんと汽車はスピードを上げていくのが分かる。その列車が地下を抜ける頃にはもう、かなりのスピードになっていた。
列車が地上へ飛び出して、視界は暗闇から一気に開かれる。車窓から見上げる空は、遠く離れたルクレルコ・タウンで見るのと同じように何処までも青かった。