Act.038:地上最強の魔女Ⅶ~魔女マリフェリアスの指示~
マリフェリアスの家の窓の外から、心地良い初夏の風が入ってきていた。そよ風は花瓶の葉を揺らし、花の香りを運んできてくれる。マリフェリアスは花の香りと、コーヒーの匂いを楽しみながら、穏やかに答える。
「と、まぁ。確かに、私自身は闇魔法の制御や扱い方を知らないが」
「それを知る者、もしくはそれの知り方を知っているって訳か?」
カオスはマリフェリアスの言葉の『私自身は』と『知らないが』から、それを推測した。そして、その通りであるとマリフェリアスは認める。
「その通り。闇を制御、コントロールするのは闇。闇を操作するには闇を知ること。そして、闇を知っているのもまた闇」
マリフェリアスはまた暗号のような言葉を吐いた。闇、闇、闇、闇と連呼するので、カオス達の頭の中は少し錯乱した。
「Yami? Yami! Yammy!! ってな感じで分かりづらかったけどさ、要するに一番闇なヤツが知ってるんだろ?」
「乱暴に言ってしまえばね」
マリフェリアスは少し間を置いてから、先程の穏やかな表情と打って変わってひきしまった顔つきとなった。その上でカオス達に告げる。
「一番闇ということで、魔剣ブラックエンド・ダークセイバーを手に入れなさい」
そのように指示を出すのだ。
魔剣ブラックエンド・ダークセイバーという名はカオス達は聞いた覚えがないが、魔剣と言うからには剣であって、何かしらの稀少価値のある武器なのであろう。そう予測がついた。
ただ、何故その剣を探さなければならないのか? カオスには話がいきなり飛んだようにしか思えなかった。
「は? 魔剣を手に入れろって、誰か人に会うんじゃねぇのか? それとも耄碌しちまったか?」
「いいんだよ、それで」
耄碌という言葉は気に食わなかったが、アレの存在を知らないのなら、そう思ってしまうのも仕方ないとマリフェリアスは分かっていた。だから、今度は鉄拳が飛ばなかった。
そのカオスの隣で、文献等である程度ものを知っているマリアが、マリフェリアスの言葉がどういう意味なのかを理解し、カオスとルナに説明する。
「その魔剣ブラックエンド・ダークセイバーはぁ、きっとインテリジェンス・ソードなのよ~」
「そう。その通り」
「インテリ、ソード? 何か鼻に付きそうな感じだなぁ」
「インテリジェンス・ソード。生命を持った武器よ~? 利口ぶった似非エリートではないわぁ~」
勘違いしているカオスに、マリアは説明する。
インテリジェンス・ソードとは生命、知能や意志等を兼ね備えた武器全般を指す言葉であり、その存在は一個の生命体とさほど変わりはない。だから、その魔剣ブラックエンド・ダークセイバーが闇魔法について詳しく知っているのならば、それについて訊くのも不可能ではない。
「ふ~ん。成程ねぇ」
存在そのものは半信半疑だったが、カオスは一応生きている武器が存在すると言う話だけは納得した。そして、想像する。生命を持つ魔剣、ブラックエンド・ダークセイバーがどのようなものであるかを。
◆◇◆◇◆
ステージの上、両の手足を持った剣が背中を向けて立っている。陽気なBGMにのせて振り返り、客席に向かってニッコリと微笑んで挨拶する。そうしながら振り返る。
『Ladies & Gentlemen! Are you ready? Do you know who am I? I’m a Sword!!』
自己紹介が終わるとカウントとなり、ライブのスタートだ。
『A One! A Two! A One,Two,Three,Four!!』
そうして歌が始まる。
『Bon! Bon! She is a girl! She is a pretty Girl!! Do-pappira! Do-pappara!!』
歌い続ける。
『Hey! Hey! Close to me! Close to my soul!! Zunzuba-zubi! Duviduvi-duva!!』
さらに歌い続ける。
『Hey,Hey,my pretty girl! Have a ride on my tractor! You can have a favorite rapture!! Shava-duvi duva! Do-Pappara!!』
歌い上げ、ショーは完成する。
『Yeah!! Thank you!! Thank you!! See you soon!! Good-bye!!』
ステージの光が舞い降りる紙吹雪を照らし、視界を白日に染め上げる。観客の熱き拍手喝采と共に幕は下りてゆく。ステージは成功だ。大成功だ。今日のショーは今までに無い位に最高だった。
そんな妄想。
◆◇◆◇◆
「あ~、カオス?」
あっちの世界に旅立ってしまったカオスに、ルナが少し困った感じで話しかける。
「何想像しているか分からないけれど、それはありえないから」
「確かにね」
隣でマリフェリアスも同調する。マリフェリアスとしても、カオスが魔剣ブラックエンド・ダークセイバーの名前から何を想像したのかは知る由もなかったが、現実とはとてもかけ離れた想像をカオスがしたことだけは、何となく感じ取っていた。
とは言え、そんなカオスの想像などどうでも良かった。皆にとってだけでなく、カオスにとっても。それよりも大切なのは何なのか、皆が分かっている。だから、カオスは問う。
「で、それ。何処にあるか知ってるのか?」
「知ってるよ」
そんなカオスに、マリフェリアスはあっさりと答える。
「このエスペリア共和国の北部、月朔の洞窟の最奥に安置されている、と何処かの文献に書いてあった」
「げっ、朔?」
朔とは新月の晩を指す。そのように、月の暦を洞窟の名前に付けるならば、そこに何かしらの意味があるに違いない。カオスはそう考えた。
その上で訊ねる。
「朔ってことはさ、その洞窟」
「そう。月の出ない新月の日の夜にしか出入り出来ないよ」
朔の夜?
各国で時差はあれど、ルクレルコ・タウンもその月朔の洞窟も北半球に位置しているので、月の暦自体に変わりは無い。季節も変わりがない。
ルクレルコ・タウンと同じように考えて良いことではあったが、カオスは首を傾げる。
「月の出ない夜? 月齢までは良く分かんねぇけど、多分結構先だよなぁ?」
月の暦についてカオスは良く知らないが、昨日見た月はまだ真ん丸同然だったと記憶していた。
「そうねぇ。一昨日が満月だったから、まだ二週間弱あると思うわ~」
マリアはカオスの問いに詳しく答える。月暦は約30日周期で、円を描く満月となった時がちょうど15日となり、ニュートラルとなった時が朔となる。故に、一昨日が満月なら後12~13日位で月は新月となるのだ。
地球とそれは変わらない。
「ま、それまでは焦ることはないか」
カオスは呟く。マリフェリアスの話からすると、無理に入ろうとしてどうにかなるような代物ではなさそうだ。そうすると、それまでは何もすることが無い。月朔の洞窟がどのような場所なのか分からない以上特別な準備は必要ないし、無意味だ。せいぜい中での危険を少しでも削ぐ為にトレーニングを積んで、体力を蓄えてその日に臨むくらいしか出来ないだろう。
カオスはそう踏んでいた。だが、それはルナからすればただの危機的状況の先延ばしでしかないように見えた。
ルナは怒鳴る。
「な、何言ってるの? アンタ、そんなのんびり出来るような状況じゃないでしょうが!」
のんびり?
確かにジタバタドタバタ、アタフタオロオロはしていないが、今の状況下では待つしかないのも事実。怒鳴られる謂れは何処にもない。カオスはそう思った。
「何で? 何もしようがねーじゃん」
「ぬぬぬぬ、カオス。アンタ忘れたの?」
すぐ殺しに行くから覚悟しておきなさい。
「って言われたでしょうが! 魔の六芒星のあの女に!」
確かに、魔の六芒星のフローリィは銀仮面女と何やら訳の分からない話し合いの後、そのように言って立ち去っていった。その言葉に、偽りは無いだろう。
ただ、あそこで出会ったのも偶然だから、そうそうそんな偶然が続くものではない。忘れて構わないだろう。忘れてしまおう。カオスはそう考えていた。実際言われるまで忘れていた。
「あ、ああ。そんなこともあったっけなぁ?」
「でも、まぁ。ガイガーを殺したのが本当ならば、それも自然だろうね」
そんなカオスに、マリフェリアスはさらっと告げた。
「魔族と言えど、仲間を想う気持ちは人間と変わらない。それは16年前も同じだったよ」
そう前置きをした上で、マリフェリアスはルナに訊ねる。カオスはマトモに答えないが、ルナなら真面目に答える。この短期間のやり取りで、それを知ったからだ。
「で、誰に狙われてるの?」
「魔の六芒星の、確かフローリィと名乗ってました。小柄で、金髪のツインテールの少女のような外見でした」
マリフェリアスは手を口の辺りに当てて少し考え込む仕草をした。記憶を一つずつ遡っていったのだ。だが、それにあたるようなものは何処にも存在しなかった。
「少なくとも、16年前のあの戦争の時にはいない。いなくなった魔の六芒星の跡継ぎになった者かしら? まぁ、何にしろ魔王軍も16年も経てば世代交代されたんでしょう。参考までに、16年前の魔の六芒星はこんなだったわ」
マリフェリアスは少し驚いたような、それでいてほっとしたような表情をしながら、チェストの引き出しの中から1枚の大きな紙を取り出した。その紙は6つのブロックに区切られてあり、その一つ一つに人物の写真とその下にその者と思われる名前が載せられてあった。
左上からアリア(Aria)。長い栗毛を三つ編みにして、左肩から前へと垂らしていた。魔族とは思えない程穏やかな女性に見えた。
そこから右に行ってアイン(Ein)。金髪をボブカットにした金髪碧眼の女性だ。ただ、アリアとは対照的に非常に攻撃的な顔つきをしていた。死亡確認済み。
さらに左下に行ってガイガー(Geiger)。白い髑髏に赤いモヒカンヘアをつけたヘルメットを被った独特の格好をした男だ。最近になってカオスが殺した。
その右に行ってグレン(Gllen)。男にしてはそこそこ長めの赤い髪の男だ。大きい眼をしているが、それでもその鋭さは隠せない。左耳にイアリングをつけているのが特徴的。死亡確認済み。
そこから左下に行ってラスター(Luster)。長い黒髪を無造作に横に分けている細目の男だ。額に3つ目の眼球らしき切れ目があるのが特徴的。
最後はスマック(Sumac)。全身のほとんどを白い布で覆い隠している。その上に、鎖が幾重にも巻かれていた。そこから、表情のようなものは窺えない。死亡確認済み。
「…………」
カオス達は絶句した。もの凄い物を出したような雰囲気ではあったのだが、結局出された物は殆ど役に立たなそうな物だったからだ。
役に立たない。なぜなら?
「殆ど死んでんじゃねぇか!」
カオスが殺したガイガーを含めると6人中4人が死んでおり、顔が分かるのは2人しかいない。しかも、その2人の内の1人は既にアヒタルで出会っている。これから会う可能性が少しでもあり、かつ初めて見た顔は一番穏やかそうな表情をしているアリアだけだからだ。だから、そのような物を見せられても、何の得にもなりそうになかった。そう考えるのも無理はなかったのだ。
ただ、それはマリフェリアスとしても重々承知していた。
「ま、そうだけどね」
その紙のガイガーの欄に『死亡』と書きながら、マリフェリアスは微笑む。
「でも、それはこれからの世代を担うアンタ達がやるべきことなんだよ。いつまでも先輩に頼っては駄目」
先輩らしく、後進を導く指導者の如く、マリフェリアスはそう諭した。若年者であるカオス達は、その言葉に従ってこれからの世界の平和を担っていかねばならない。そう理解した。
カオスは右を見た。そして、左を見る。少し納得いかなかったのだ。
「いい言葉のように聞こえるけどさぁ、結局はただの手抜きだろ?」
「!」
マリフェリアスの鉄拳が飛んだのは言うまでもない。




