Act.037:地上最強の魔女Ⅵ~魔女マリフェリアスの家~
そこはステラから離れた所に位置する孤島であった。非常に小さな島で、此処にはマリフェリアスの家以外には転送ゲートしかなかった。他に民家は一つも存在しない。そんな島の中で、マリフェリアスの家は転送ゲートからすぐ近くの場所にあった。
此処には本当に人がいない。マリフェリアスとそれに仕える少女達が幾人かいるだけ。そのことを、カオス達は道すがら聞いた。
マリフェリアスの家はオーソドックスな石造建築ではあったが、通常の平民が住んでいるようなこじんまりとしたもので、とても王だった者が住むような場所には思えなかった。ルナがその点を指摘すると、マリフェリアスは「ここは私が王になる前からの持ち家だからね」と言って笑った。愛着があるらしい。
そんな家の窓から穏やかな海風が入り込んでくる部屋、そこが応接間だった。塩の匂いと、メルティの運んできたコーヒーの匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。
「さて、用件を訊きましょうか。何かあるんでしょう?」
カオス達三人を自分の向かいに座らせて、マリフェリアスはカオス達に視線を動かしながら問う。
「魔法について訊く」
「あら、平凡ね」
魔女に魔法について訊く。確かに、平凡な問いではある。だが、ここで虚飾した言葉や、婉曲な言い回しは無意味だ。単刀直入が一番である。カオスはそう分かっていたのだ。
それ故にここも正直に言うのだ。
「闇の魔法についてな」
「それを何処で知ったの?」
マリフェリアスは思わず立ち上がった。これは、彼女にとって平凡ではなかったのだ。
闇の魔法とは、魔法研究の世界の中でも抹消されてしまったエレメントである。一般人はおろか、その方面の研究をしている者でさえも知る方法は殆ど存在しなくなっていた。
「誰から聞いたの?」
「俺はこっち」
カオスはチョンチョンとマリアの方を指差した。すると、マリフェリアスは視線をカオスからマリアに変えた。
「貴女はどこで聞いたの?」
「母から聞きましたわ~」
「そのお母様は誰から?」
「♪」
マリアは黙って人差し指をマリフェリアスに向けた。
話したのは、他ならぬマリフェリアス自身である。その指が、それを語っていることは一目瞭然であった。それを当然マリフェリアスも理解する。
「私? 話したっけ?」
「ええ♪ 私がまだ小さい頃、母と一緒に修道院に居た時にぃ、そこに遊びに来て子守りの昔話代わりに話していたらしいですよ~。それを、母が良く覚えてましたし~♪」
「…………」
マリフェリアスは上を向く。下を向く。右を向く。左を向く。腕を組んで、過去を思い起こそうとするが、記憶は曖昧だった。闇の魔法について誰かに話した記憶も無いが、話さなかったという記憶、証拠も無い。
ただ、16年前の対魔戦争終結直後のある日、暇潰しにその時はまだ存在していたラディエル王国首都カロンにあったカロン第二修道院に慰問しに行ったのは朧気ながらマリフェリアスも覚えていた。
とは言え、そこでの言動一つ一つまではとても覚えてはいない。そこで会った人達のことも正直覚えていない。だから、見たばかりの闇魔法についてあれこれ喋ってしまった可能性は多分にあったので。
「そんなこともあったかもね」
これ以上考えるのも面倒だったので、そういうことにしておいた。
それにしても、禁断の闇魔法か。
過去に一人、二度だけその力を目の当たりにした闇魔法。16年前に苦しめられたその魔法のエレメント、もう忘れ去ってもおかしくない月日が経ってから、その魔法について訊かれるとは。
「想像もしなかったわね」
そう言いながらも、マリフェリアスは不愉快そうな顔はしないでカオス達の方にまた向き直った。訊かれて不愉快なことではないらしい。
マリフェリアスはカオス達に話を返す。問う。
「禁断の闇魔法。そのように言ってしまったけれど、何故そんな扱いにされたのか分かる?」
「ん? ああ。俺は今までそいつを使える人間がいなかったからと聞いたけど?」
「そう。それも間違いではない」
マリフェリアスは答える。実際、マリフェリアスが見た闇の魔法の使い手も、正確な意味では『人間』ではない。それ故に『人間で使える者がいなかった』というカオスの解釈は、外れではない。だが、正確でもない。
カオスもそのマリフェリアスの言った『も』に気付き、自分がマリアから聞いた闇魔法についての話は、完全なものじゃないと気付いていた。
「も? では、他に」
「そう。後は、その危険性からよ」
「危険性?」
カオスにはマリフェリアスの言葉はピンとこなかった。理解出来ないでいた。
「危険って、闇だろうが何だろうが、ただのエレメントの一つじゃねぇのか?」
「まぁ、そうなんだけどね。でも」
火や氷等の通常のエレメントと、闇のエレメントは違いがあるとマリフェリアスは説明する。
「闇のエレメントは他のエレメントと比べて非常に攻撃的なエレメント。だから、同じレベルの魔法でも、他のエレメントの魔法に比べれば破壊力に勝ってしまう。それだけならいいけれど、その力故に、術者までその力に翻弄されかねない。暴走しかねない諸刃の剣なのよ」
マリフェリアスにとっても16年前までは文献で見ただけだった闇の魔法だったが、あの時に暴走した闇の魔法を目の当たりにして、それが真実だと知った。
その一方、ルナはトラベル・パスCクラスの実技試験の時を思い出していた。カオスが魔の六芒星であるガイガーを惨殺した時に使った魔法がそれだとするならば、あの時のカオスは完全に暴走していた、闇の魔法の力に翻弄されたことになる。マリフェリアスの言葉を念頭に入れると、あの時の出来事も納得出来た。
とは言え、それはそれ。過去はどうでもいい。それはあくまでも学習材料に過ぎず、現在もしくは未来が重要なのだ。それはルナにとってもマリフェリアスにとっても同じであった。マリフェリアスは話を続ける。
「ま、そうは言っても、普通の人間には使いこなせるものじゃないでしょ」
マリフェリアスは今まで優秀な魔術師や、そうでもない魔術師、ダメダメな魔術師等多くの人を目にする機会はあったのだが、実際にそういう人間はいなかった。闇魔法を使いこなせる人間どころか、使える人間自体見たことなかった。
それどころか魔族でさえその使い手は殆ど見たことなく、マリフェリアスがその使い手としてみたのも魔王アビスだけだった。
「で、そんなこと訊いてどうすんの? 使おうと思っても使える代物じゃないよ?」
と、訊いた時にマリフェリアスは、闇魔法を使いこなせるようになる人間がやって来たかもしれないという期待と、ただ単に興味本位で闇魔法について知りたくてやって来たんじゃないかという、現実的でつまらない考えの二つを頭の中で巡らせていた。
「何でも、俺の得意となるであろうエレメントはそれになるらしいからな」
カオスは正直に答える。その回答を聞きながら、マリフェリアスは少しだけ愉快そうに笑った。やはり、面白い前者だったらしい。真実かどうかは別にしても、少なくとも彼等の中では。
「まぁ、そんなところでしょうね」
「気付いてたんかい」
「確認よ。さっきのも『質問』ではないわ」
その上でマリフェリアスは少し考える。この男、カオスが闇魔法を得意とすると考えるのに至るのに、何かしらの痕跡なくして思う訳が無い。その考えに至った理由を、原因を知りたいと思ったのだ。
とりあえず、痕跡は?
「で、現段階でその闇魔法と考えられるものはどれ位使えるのかしら?」
訊ねる。
カオスは先日の自分の戦いを思い起こしながら答える。
「下級魔族を一発で葬り去る程度かな」
「ふーん。そう」
マリフェリアスの反応は、『現段階ではそんな程度か』といったようなものだった。ならば、暴走しようが何しようがさしたる問題は無いと考えたのかもしれない。
ただ、それはカオスが認識していられたものだけであって、問題はそんな程度のものではないのをルナは知っていた。覚えていた。
「あの」
それ故にルナは口を開く。
「ガイガーってご存知ですか?」
「ガイガー? 魔王アビスの直下の武将『魔の六芒星』のガイガー?」
マリフェリアスはカオスからルナに視線を移す。
「ええ、そうです」
「それなら知ってるわ。16年前の戦いで六芒星も半分死んだから、その穴埋めがされたらしいんだけど、アレは生き残り組みだからね。末期にちょろっと顔を見た程度で戦いにはなったことないけど、過激派らしいんで此処でも一応手配扱いになっているけど? そのガイガーがどうかしたの?」
「殺しました」
ルナはあっさりと答える。カオスが闇魔法と思われるもので瞬殺したと。
そのルナの発現を聞いて、マリフェリアスは驚いた顔をした。その話は聞いていなかったからだ。
「え? アレ、死んだの?」
死体の確認もしないで死んだとは信じ難いが、否定もしようがないので、その場を見ていないマリフェリアスでは一概に嘘だとも言えなかった。言わなかった。
『そんな訳ない』とか、『お前達からそんな力は感じられない』とか言って、聞く耳も持ってくれない可能性も思っていたルナではあったが、その反応から一応マリフェリアスは聞く耳は持ってくれていると判断して、その場の状況を簡略的に説明し始めた。
「魔の六芒星のガイガーを名乗る者が現われて、私達が殺されそうになった時、暴走し始めてあ~っと言う間に闇魔法と思われるもので惨殺しました」
「…………」
闇魔法が本当かどうかは分からない。そして、それは彼等自身にとってもそうであろう。だが、その可能性はゼロではない。マリフェリアスはそう考えるようになった。他のエレメントの魔法では、そんな破壊力の爆発的向上を引き起こす暴走はありえないからだ。
それ故にガイガーをその魔法で惨殺したのは本当であると信じたのだ。ここでルナがカオスについて見栄を張る必要性も無ければ、メリットも無い上、ガイガーでは見栄を張るのには不十分。つまり、上級魔族であるガイガーを殺すだけのパワーがあるのは真実。
それが本当に闇魔法によるものだとしたならば?
「それだけパワーがあるのならば、確かにきちんとコントロール出来るようになる必要があるわね。さもないと、暴走した力は全てを破滅へと導いてしまうのかもしれない」
「かもな」
大げさな話と思うカオスではあったが、ルナの話も念頭に入れると、そういう事態もゼロではないと分かっていた。そして、そうならない為に何かしら自分がやらなければならないのも理解していた。覚悟したのだ。
全ては周囲の者達を守る為。
「けれど」
マリフェリアスは少し困った顔をした。
何か困難があるらしい。カオスはマリフェリアスの顔からそう解釈した。
「けれど、何なんだよ? すっげぇ大変だって言うのか?」
その辺りは、ある程度なら覚悟出来ている。そう言ってもいいかな~って具合のカオスではあった。が、マリフェリアスはそうではないと否定する。
「困ったことにね、私はその方法を知らない。どうしたらコントロール出来るようになるのか、私は知らないのだよ」
知らない。
マリフェリアスは断言する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
微妙な空気がしばらく場を支配していた。
ここまで来たのは、全くの無駄足だったんだろうか? そのような想いが、カオス達の中で少しずつ芽生え始めていた。だが、カオスは信じない。信じたくはなかった。
なので、もう1度訊ねる。
「マジで?」
「そう。マジで」
「って、ちょっと待て、ババァ! さんざん引っ張ったその結果がそれかい? ざけんじゃねー!」
カオスは逆ギレする。
「ちょっと落ち着きなさい」
マリフェリアスは年長者らしく若年者の逆ギレを落ち着いた態度で諌め、治めようとした。と見せかけて、その漆黒の瞳がギラリと光った。
「と言うか?」
そして、鉄拳が飛ぶ。お約束に従って、カオスの体は宙を舞い、死体のように地面に落ちた。
マリフェリアスは激昂する。
「ババァって何? ババァって! 失礼な! 若くて美しく、上品で可憐なお姉様と言いなさい!」
言ってろ、ババァ。ババァはババァだ。ボケてんじゃねぇよ、くそババァが。
自分の辞書の中に『反省』という文字がなさそうなカオスは、懲りずに頭の中で失礼度3.7倍の思考を繰り広げていた。そして、それはマリフェリアスにも如実に伝わってしまう。
マリフェリアスの鉄拳が、再びカオスに炸裂する。再びカオスの体は宙を舞い、鳥の糞のように地面に落ちた。その落下地点の近くに、マリフェリアスの身の回りの世話をしているもう一人のポニーテールの少女、ミリィが立っていた。ミリィは落ちて来たカオスを見て、特に驚いた表情はしなかった。
「あらあら、ハイジャンプの練習ですか? 楽しそうですね」
ただ、すっとぼけたことを言うだけだった。だが、その後にちゃんとマトモなことを付け加えた。
「ああ、そうそう。オバサン扱いをすると、マリフェリアス様は烈火のように怒るのでご注意して下さいね♪」
「遅ぇよ」
営業スマイルのようにニッコリと笑うミリィに、カオスは少しブスッとした顔で答えた。
そう、もうそれで既に二回も空を飛んだのだ。とは言え、小さな子を巻き込むのは悪いので、それは言わないでおこうと思うカオスであった。
3/17は諸事情によりお休みです<(_ _)>




