Act.036:地上最強の魔女Ⅴ~転送ゲートのその先へ~
トラベル・パスBクラス、エスペリア共和国合格。
それはカオス達にとって青天の霹靂であった。ラシル達にとってはさっきまでの事は試験でも、カオス達はそう意識して行動していない。試験を試験と思わずに行動していたので、いきなり合格と言われても、カオス達は何のことだかピンとこなかった。
カオス達はただ、呆然としていた。開いた口が塞がらない状況だった。
少し経ってから少し我を取り戻し、噂として聞いていたエスペリア共和国のBクラス試験と、今回の試験(?)の違いについてラシルに訊ねた。
ラシルは笑い、それはわざと流したデマ情報だと説明した。
「合否は魔女マリフェリアスの気分次第と言うのは、秘密を守る為に流したデマ情報なんですよ。本当はノーヒントでここまでやって来る。それが、このエスペリア共和国Bクラスパスの取得条件となのですよ」
何処にいるか分からないマリフェリアスを探し出し、会う手段を探し出す。それがこのエスペリア共和国でのトラベル・パスのBクラスの取得条件、マリフェリアスに自由に合うことの条件だったのだ。
図らずも今回のことで、カオス達は魔女マリフェリアスに会う資格を得ることに成功したのだ。
◆◇◆◇◆
ラシルが居た部屋の、入った扉とは別の扉から外に出ると、また廊下が続いていた。それは一本道で、それが少し歩いた後は階段となり、下へと通路を変更させられた。扉を開けたらすぐにその転送ゲートとやらに辿り着くと考えていたカオスだったが、その思惑とは違う方向の流れに、少し不安を覚えたが、ラシルは断言していた。
この先は一本道です。真っ直ぐ進んでゆけば、直ぐに転送ゲートへと到着します。それを使えば、あっと言う間に魔女マリフェリアスの家に辿り着きますよ。
そんなラシルの言葉を信じて、進んでいくしかなかったのだ。もっとも、彼女が嘘をついたとは思えなかったし、実際に手にしたトラベル・パスBクラス(エスペリア共和国)を考えれば、その動機も無いことに気付いたので、カオスの不安は無くなったのだ。
カオス達は黙って階段を下りてゆく。階段を一階か二階分降りると、また廊下となった。しかし、今度の廊下ではさっきまでの閉塞的な両脇が壁だった狭い廊下とは違い、少し歩くと両側が開けた橋のような通路となった。周りが薄暗いので良くは分からなかったが、その橋は水、地下水の上を架けられているようだった。
そこまで、罠も何も無い。
罠を気にしなくていいのは良いが、セキュリティーとしてどうなんだ? そう思わざるを得なかったが、先には罠も何も仕掛けていないと言った時に、ラシルは言葉をこう付け加えていた。
「セキュリティー? 問題ありませんよ。自分で言うのもナンですが、人を見る目はあると自負しておりますし」
「人を見る目? 面接のようなものをした覚えはねぇけど?」
「書庫内での様子は、擬似生物で全て見ておりました。そして、貴方達が訊ねた司書、エルナからの報告もあります。さらに、あの隠し扉のすぐ後の引き戸は、私の遠隔操作によって鍵の開け閉めが出来るようになっていたんです。つまり、あの書庫内で既に面接試験は行っていたのです。終わっていたのですよ」
「…………」
「そして、我々が何もしなくとも、あのお方を殺せる人間がこの地上に存在するとは思えませんからね」
自分達が信用されているのか、されていないのか、カオスは分かりかねていた。だが、それはどうでも良かった。魔女マリフェリアスに会えるという事実さえあれば、闇の魔法について何かしら知る機会が出来れば、後は何でもいいのだ。
ラシルに言われた通りに橋を渡ってゆくと、その先に小島があり、そこにそれらしき小さな建物が建てられてあった。その建物は屋根とそれを支える4つの柱と床しかなく、壁は4方共に存在しなかった。床には魔法を思わせる模様が描かれてあったが、それだけで他にはそれらしきものは何処にもなかった。
カオス達がその模様の上に乗ると、カオス達の周りをまばゆい光が包み、カオス達の視界は真っ白になった。カオス達が思わず目を閉じてしまったのだが、少し経つと光が止んだせいか、目を開けるようになってきた。
カオス達は少しずつ目を開いていった。
「「「!?」」」
そんな彼等の目には、信じられないものが映っていた。妙な建物の中に居るのは変わらないのだが、そこから見える景色は全くの別物となっていたのだ。
さっきまで見えていたのは、地下空間の小島だった。けれど、今自分達の目の前に映っている光景は、それとは全く別のものだ。上では何処までも続いている青空で、空には鳥が囀りながらその翼を広げる。青々とした草が広がり、色とりどりの花がそれに華を添えていた。
そんな光景だったのだ。
◆◇◆◇◆
何処までも青く広がってゆく空。その下で鳥は自由に羽ばたいていた。季節を過ぎた花は散り、その花弁を宙に舞わせていた。一人の小さな少女が緑の絨毯に腰掛けて、その花弁の粉雪を受けながら小動物と戯れていた。
彼女にとっては、それは日常の光景。
何も変わらぬ、穏やかで幸せな日常であった。
そんな彼女の目の前で、異変は起こった。近付いてはならないと注意されている建物、4本の柱に屋根がついているだけの奇妙な建造物が、突然光を放ち始めたのだ。
「!」
何事?
彼女は少しの好奇心と少しの恐れをもって、その現象を細くした横目でチラリチラリと見ていた。
光はすぐ治まり、彼女の視界は晴れていく。目を少しずつ開きながら、その建造物のほうを見ていると、その異変にすぐ気付かされた。
見知らぬ人が三人も現われたのだ。その三人の内の一人、カオスは緊張感のない声で呟いた。
「やはり、これが転送ゲートで良かったみてぇだな」
「そうね」
「てことはだ。此処は、やはり」
「魔女マリフェリアスの家でいいんでしょうね」
カオスは転送ゲートの床から外に踏み出した。草と土の感触が、靴越しにカオスの足に伝わった。魔法研究所の地下にあった転送ゲートの近辺の床は全てタイルだったので、その感触がカオスに見えているこの景色が幻でも何でもない現実と教えた。
では、ラシルの言った転送ゲートでこの地、魔女マリフェリアスの家に辿り着いたのだろう。しかし、ここが魔女マリフェリアスの家であるという保証は無い。嘘ではないと思うが?
「ま、あそこに女の子が居るから一応訊いてみるわ」
ルナは草原に座って小動物と遊んでいた少女を見付け、彼女に近付いた。
「ねぇ」
「きゃ」
ルナは普通に声をかけたつもりだったが、少女の表情には明らかに怯えの色が現われていた。その怯えは、単にこんな地では知らない人に出会う機会が滅多にない点から来る人見知りでしかなかったのだが、それを知りようのないカオス達は、ただ単にその少女がルナを怖がっているように見えた。
カオスはからかう。
「ルナー、恐ろしい顔して脅かしてんじゃねぇぞ~?」
「誰が脅かしているか!」
ルナのツッコミ代わりの鉄拳が飛んだ。
カオスの方からルナの顔は見えなかったが、ルナはその少女に対して恐ろしい顔をしている。そんな訳ないと分かった上で、カオスはからかい、ルナもそれは重々分かった上で返していた。だが、それでもルナは今一つ納得出来、したくなかった。
その為、それからカオスとルナのドツキ漫才としか思えぬ口論が始まったのは言うまでもない。
それを見て、その少女は少し笑った。悪意ある人が狙う可能性の高いこの地に、今回やって来た異邦人はそんな悪人ではない、ただの面白い人達だと分かったからだ。
「俺たちは怪しいが、とりあえず邪じゃないんで、安心してオッケー♪ かも」
そんな少女の背後で、いつの間にかドツキ漫才を終わりにしていたカオスが、ボソッと呟いた。その少女は驚き、声が出せない状態だったが、そんなカオスの言葉にルナが速攻でつっこむ。
「どうでもいいけど、『かも』って何よ? 『かも』って! ハッキリ断言しなさいよ!」
善か悪、どちらかはっきりしておいて貰った方が、カオス達サイドとしても少女サイドとしても良いのではないか。ルナはそう思ったのだ。
そんなルナに、カオスは笑う。
それは分かってるのだが、そうせざるをえねぇ理由があるのさ。
カオスはそう言いたげな顔をしたのだ。両手を広げて、大袈裟に表現する。
「いやな、俺だけだったらいいんだ。俺の心は、掃除したての水洗便所も裸足で逃げ出しちまうくれぇクリーンだ。姉ちゃんも大丈夫だろう。でも、ルナ。お前はどうよ?」
と言った途端、無言でルナの鉄拳がカオスに炸裂した。カオスの体が、弾丸のように空を飛ぶ。
「って、いきなり何すんだテメーはっ!」
「三人の中で一番邪なのはお前だーっ! それもぶっちぎりでっ!」
「○×☆√∀■Λ†♂!」
「♀∴▼#♭∵∫$¥!」
「*@&ΘΩ〒%¢⇔∧!」
「‰ÅДЁ=※〓∞Я⊥◆!」
カオスとルナはお決まりパターン通りに口論を始めた。そんな二人はいつも通りなので、マリアは特に何もせずにただニコニコしていた。放っておけば、その内終わると分かっているのだ。
その一方で、そんな事情を知らないその少女は、目の前で喧嘩を始めたその二人にどうしたらいいか分からず、ただオロオロしていた。そんな彼女の後ろに人影が現われた。
「あらあら、賑やかそうね」
漆黒の衣を纏った女性が少女の後ろからゆっくりと現われる。その姿が、彼女が誰であるのかマリアに直感で悟らせた。マリアはルナと楽しく口論しているカオスの背中をつついて合図する。
「カオスちゃん、来たわ~」
「ん?」
カオスはマリアの合図に返事をして振り返る。ルナも湯気を吐くのをやめ、その方に視線を向ける。
「成程。アイツだな。アイツが」
魔女マリフェリアス!
地上最強と謳われている魔女を目の前にして、カオス達はちょっと構えた。だが、そんなカオス達の様子など気にも留めず、マリフェリアスは小さな少女に話しかける。
「メルティちゃん、お客のようね?」
「そうですね、マリフェリアス様」
マリフェリアス。
腰まである長い黒髪に、奈落のように深い黒の瞳、そして漆黒のローブ。肌は高価な陶器のように白く、カオスが想像したような皴など一つもなかった。妙齢な美女と言っても良いだろう。だが、そのそれ故にマリフェリアスの姿は現実離れしているように思えた。
そのマリフェリアスは突然の来客に対して不機嫌な表情は見せなかったが、愛想のいい微笑みも見せなかった。外見通り、まるで作り物のようだったが、コソコソとその少女、メルティに言っている内容はそれに合わないものだった。
「何にせよ、このような場所では来客自体珍しい。一応、歓迎しましょうか?」
「あんまり追い返したりすると、ラシルさんとかが口煩そうですしね♪」
「そうなのよねぇ。あのコ、真面目なのはいいんだけど、少し融通が利かないところがあるからねぇ」
マリフェリアスとメルティは少しそうやってやり取りした後、カオスの方に向き直る。
「ここで立ち話もナンだから、こっちに来なさいな。お茶かコーヒーくらいなら出すわよ」
国の要人云々を除いてここにやって来たということは、ラシルの試験を突破してきて、この国のBクラスのトラベル・パスを取得したということだ。何らかの正当な理由が無い限り、無下に帰す訳にもいかないだろう。
初対面で嫌った訳ではないのだが、正直面倒臭かった。だが、面倒臭がってばかりもいかないので、マリフェリアスはカオス達を招待することにした。お茶を出すのも、何をするのも、みんなメルティ達で、マリフェリアスは話を聞く以外は何もしないのだが。
「こっちよ」
マリフェリアスが先導して、カオス達を自宅へと招待した。そうして、殆ど偶然ではあったが、地上最強である魔女マリフェリアスとの対面が実現することになった。
それはカオスにとって、ルナやマリアにとっても重畳であった。