Act.035:地上最強の魔女Ⅳ~ステラ魔法研究所書庫~
図書室の奥の扉を開き、カオス達は書庫へと足を踏み入れた。鼻を突く紙の臭いに少し気圧されながらも、ドアの近くにあるスイッチを押して灯りをつける。
周囲が明るくなり、カオス達の視界は次第に広がっていった。その広がった視界で初めて分かる。此処がどういう場所であるか。
そう、カオス達は絶句する。マリアは苦笑いをし、ルナは困った顔をし、カオスは心底嫌そうな顔をした。
「この量、ひょっとして表に出てる量よりもずっと多いんじゃねぇか?」
「かもねぇ」
景観や使い易さも考慮して並べてある一般向けの図書室とは違い、ここの書庫では通路部分の空白以外は全て本棚で埋め尽くされていた。本棚一つ一つも高さが非常に高く、3メートル近くある天井に届かんばかりであった。その光景がずっと奥まで続いていた。そして、周囲の様子から推測すると、この書庫自体の広さも先程の図書室くらいの広さがあるようだった。
書庫にある蔵書の数は、軽く見ても表の図書室の倍以上。
カオスが愚痴っぽく呟いたその言葉は、的を射ていた。そんなやる気を失くす光景だった。だが、この図書室の中から目当てのモノを見つけなければならない。後戻りしたところで何にもならない。分かっているから、先へ進もうとする。
「まぁ、あの司書の姉ちゃんは奥だって言ってたからな。何もねぇってオチはないだろ。じゃ、とりあえず行ってみるか」
「だね」
カオス達は愚痴を言わず、書庫の中へと入っていった。一応通り道の周囲はざっと確認しつつ、とりあえず書庫の奥の方へと行ってみた。一番奥に辿り着いたなら、そこを中心として少しずつ近く範囲を広げていこうという魂胆だ。
カオス達は書庫に並んでいる書籍の背表紙を見ながら、だらだらと歩いていく。だが、その背表紙を目に入れても、『正しいヤモリの焼き方(ウェルダン編)』、『How to丑の刻参り』、『毒とマンドラコラと私』『下剤魔法薬を求めて三千里』等々、読みたい気にさせる物はほとんど存在しなかった。
それを考えると、ここにあるのはマリフェリアスの蔵書を除くと、魔法関連ではあるけれど、誰も読まないようなどうでもいい書籍の眠っている場所となってしまっているように思えた。
何か、ますます怪しいな。
そう思いつつも、前に進むしかやるべきこと、やれることは無いので、カオスは愚痴を言わずに書庫の中を進んでいった。そんなカオス達を、観察している目が一対あった。
随分と、早いね。
カオス達の進み具合を見ながら、その観察している者は感心していた。この書庫に置いてある魔女マリフェリアスの著書は、魔力の強い者程、より強くその場所へと惹きつけていく仕組みとなっている。ここに入ってきたカオス達はそれを意識しているか、していないかは定かでは無いけれど、どちらにしても海千山千の魔術師に比べると、かなりのスピードで魔女マリフェリアスの著書に近付いているようだ。
カオス達を観察している者、ラシルは前の無能魔術師を思い出していた。ドジョウのような髭を垂らした、カッコだけは一人前のあの中年男性は、そこに辿り着くまでに二時間以上かかった。だが、カオス達はそこまで三分とかからずに辿り着いた。その時間の差が、両者の潜在能力の格差となっていた。だらだらと歩いていた点も考慮に入れると、両者の差はさらに歴然としたものとなろう。それどころか、測っていないのではっきりとは言えないが、これまでの挑戦者の中で一番の早さのようにも感じられた。
「此処か?」
カオス達は魔女マリフェリアスの著書の前に立つ。ルナとマリアは、その本棚の中からめぼしそうな物を手に取って、その中身をパラパラと確認し始めた。そんな三人の様子を、書庫の天井付近に飛ばしてある擬似生物のカメラからラシルは観察し続けていた。
彼女は感心する。カオス達にも、司書のエルナにも。彼等に期待した、エルナの人を見る目は鋭いらしい。それを思い知らされた。
とは言え、試験はこれで終わりではない。次は頭脳、そして細かい観察眼が試される。その試験を突破した者は今まで全くおらず、普通に考えればカオス達も失敗するであろう。しかし、ラシルはこのカオス達に少し期待してみたいと考え始めていた。理由はラシル自身も分からないが、そんな気にさせられていたのだ。
楽しみね。
ラシルは笑顔で、モニターの先の擬似生物からの映像を眺め続けていた。
「…………」
カオスは本棚に置いてある魔女マリフェリアスの本を見るどころか、手にもせず、じっと腕を組んで考え込んでいた。
ここには、何かある。ありそうだな。
そう考えていた。何か秘密があるのだと感じたのだ。そう思うと、先程の司書の言動にも何かしらを隠しているような素振りがあったように思えてきていた。
一つ一つ考える。ここが共和制とやらになったのは、王である魔女マリフェリアスが面倒臭がったという噂がある。噂はえてして無責任なものが多いが、その反面火の無い所に煙は立たないとも言う。仮にその噂が真実であると仮定すると、そのマリフェリアスは人と会うのも面倒臭がりそうな感じだ。トラベル・パスのエスペリアのBクラスが事実上殆ど合格不可能だと言うのも、そういう謂れからだと考えられる。
その一方で試験という形式を残さなければならない以上、何かしらそのBクラスを得る方法はあるのだろう。全く無いという可能性も無くはないが、結構高い可能性で今回のこの書庫訪問は骨折り損にはならない。何かしら、プラスの収穫はあるだろう。そう感じていた。
その瞬間にカオスの体は宙を舞った。カオスの体は弧を描き、そして床に落ちる。カオスは立ち上がり、その不意打ちの拳の主、ルナに文句を言う。
「いきなり何すんだ、コラーッ!」
「ボーッとしてないで、カオスも本に目を通しなさい!」
ルナは何もしてないように見えたカオスに文句を言う。が、今までのルナ達のそれは骨折り損となっている。カオスは、見なくても理解する。だから、カオスは言う。
「どうせ当たり前のこと、ありきたりなことしか書いてねぇだろ?」
「「え?」」
そのカオスの言葉を聞いて、ルナとマリアは驚いた顔をした。ちっとも本に触れていないカオスの言う通り、今まで二人が目を通した著書の中には、カオスの言う通り当たり前で、多くの人が知っているようなことしか記されていなかった。
此処にあるのは多くの魔法学院の学生向けのテキストのようなものばかりだったのだ。
「何故?」
ルナは訊ねる。何故、見もせずに分かるのかと。
「ンなモン、そこらに置いといたら危険じゃねぇか」
「そうね。でも、だからこそこんな書庫の奥の方に」
「こんな場所に置くくらいなら、全て自分の手元に置いておくか、書かずに済ませた方が安全じゃねぇか。そして、曲がりなりにも王なんだ。それ位の意見を通す発言権なり、何なりはあるだろ」
そこまでカオスが言うと、マリアはそのカオスの言っていることを補足出来る。
「それじゃぁ、やっぱりここにあるのかもねぇ~♪」
魔女マリフェリアスに出会う手段が!
カオスとマリアは微笑み合う。だが、学校の勉強は出来ても比較的頭の固い部類に入るルナは、そこまで考えが至らない。その為、カオス達は何がそんなに嬉しいのか分からない。
ルナは訊ねる。
「何が一体、どうしたのさ?」
一から教えろってことだった。これまで考えを巡らせはしていたものの、一切口に出していなかったので、面倒とは思いながらもカオスはルナにこれまで組み立てていった考えを、詳しく説明してやったのだった。ルナはカオスの言っている事に時々頷きながら黙って聞いた。
カオスが説明を終えた後、ルナは腕を組んで納得したような顔をした。
「成程ねぇ。でも、もしカオスの言う通りだとしたら、これらの本の中にそれらしいのがあるのかもしれないね」
カオスの言っている意見に納得する。でも、自分がこれまでやってきたことも間違いではない。そう言いたげだった。だが、そんなルナの悪あがきの台詞を、カオスはしっかりと聞き逃していた。
「って、人が話してる最中に余所見なんかしてるんじゃない!」
ルナの怒るのは至極当たり前だったが、カオスは全く反省の色を見せない。ただ、黙ってあさっての方向を眺めていた。人の説教を茶化したり、誤魔化したりするのはしょっちゅうだったけれど、そんなカオスの態度は初めてなので、ルナは少し気になった。
「何か見付けたの?」
「いや、そういう程ではねぇんだけどな? 何か、向こうが気になってな」
カオスは魔女マリフェリアスの著書のある本棚からさらに左側の奥の方にある本棚の列を眺め続けていた。周りに何かあったような感じはなかったから、ルナは気のせいだと思った。だが、カオスが言った方向を一応眺めてみた。
「向こう?」
「ああ」
普通の本棚がずっと続いているようにしか見えなかった。だが、その中で少しだけの違和感があった。
「何か嫌な感じね」
具体的な理由は挙げられないけれど、向こう側へは行きたくないとルナは感じていた。ルナは嫌そうな顔をする。その百面相のような顔の変化を見て、カオスは少し笑う。
「だろ? 俺もそう思う」
「それなら放っておけばいいじゃない。それより本の中を見た方がいいんじゃない?」
放っておいても実害は無さそうなので、そのようなものは見なかったことにして、自分がすべきことをやろう。ルナは、そう考えていた。その意見に、カオスも反対する気はなかった。
「それがいいのかもな。だが、俺は思う。思っちまう」
その中で一つだけの疑問が、気味の悪い沈殿物のように残っているのをカオスは感じていた。
「何でだ?」
「え?」
ルナは振り返る。
「何で、俺達はあっちの方が嫌な感じに思うんだ?」
「ええ?」
どうでもいいじゃない。そう思ったのだけれど、確かに何故そのように感じるのか説明出来ない自分がいることに、ルナとマリアは気付いていた。
カオスはおかしいと主張する。
「例えばポルノやホラー、スプラッタ系のコーナーにしてもそうだ。おっぱいドーンとか、血液ドバーッとか、そういった視的イメージが一緒になって、初めてそれに合わねぇ奴が嫌に感じるんだ。だが、あっちの本棚にはそのような装飾のような物は無い。ここと一緒で、ただ本棚が続いていくだけだ」
本そのものに気配があるわけではないので、例えそのような大嫌いな類の本が並んでいたとしても、背表紙を見るか、実際に手に取らなければ嫌悪感は生まれない筈だ。しかし、あちら側の本棚にはそれ無しで嫌悪感を覚える。それも趣味関係なしに。
「そう言えば、確かにそうよねぇ~。嫌悪感そのものが不自然よねぇ~」
マリアは同調する。ルナも首を縦に振る。
「そう言えば、おかしいわね。視的に嫌なモノは見当たらない。そして、近くに何かしらが潜んでいる気配も感じられない」
「何処にも危険はねぇだろ? あんなトコに罠とかも仕掛ける理由はねぇしな。つか、そんなもん、俺なんか気付かねぇだろうし」
最後にさりげなく情けないことを言った気がしなくもなかったが、ルナは聞かなかったことにした。そこに突っこむと、話がこじれて長引くのは目に見えてるからだ。
「でも、嫌なモノは嫌。だから避ける。それも人の性だろうね」
「それを利用して、何かしらをあっちに置いてあるってんじゃねぇか?」
「じゃ、とりあえず行ってみるだけ行ってみようか」
気は進まなかったが、それでもカオス達はその嫌な感じのする方へと進んでみた。少なくとも、何かしらの収穫はあるだろうと踏んでいたからだ。
不自然に感じない程度の嫌悪感に堪えつつ、カオス達はその奥の方の本棚へと足を進めた。周りを見ながら歩いていったのだけれど、やはりその近辺にあるのは普通の本棚で、並んでいるのも背表紙だけで判断すれば普通の本のように見えた。嫌悪感を覚える要因は見当たらない。
ただその中で、カオス達はその本から感じる嫌悪感の強さが一冊一冊異なるのに気付いた。魔力の篭った本の可能性も踏まえ、嫌悪感の弱い本を何冊か手に取ってみて、少し中身を確認してもみたが、それは表にあるような本と何ら変わる所は無さそうだ。『シックス・パック魔導士への道程』や『魔法の籠ったスイーツ・レシピ大全』といった表紙通りのものだ。
ならば、危険性は無い。
そう確信したカオスは、一番嫌悪感の強い本を探し始めた。手を伸ばし、ゆっくり一冊一冊の嫌悪感を確かめる。そして、その近辺で一番嫌悪感の強い本を見つけ、その本に手をかけた。そして、思い切って取り出した。
その瞬間、何かが外れるような音がした。それが何らかのスイッチのようで、何処かで何かがゆっくりと動き始めた音が辺りに響き渡った。罠の作動のような感じにも思えた。それが、カオス達三人を不安にさせた。
「何? 何? 何?」
「ひょっとして失敗しちまったか?」
「さぁ~?」
不安を誤魔化すように次々と喋るカオス達の目の前で、本棚が動き出した。
「ぬぉっ!」
本棚の一つが少し後ろに下がり、それからゆっくりと右方向にスライドした。しかし動いているのはその本棚一つだけで、他の本棚には影響が見られなかった。少し動くと、その本棚のあった場所の後ろの壁がハッキリと見えるようになった。
それからもその本棚は右側へスライドしていき、隣の本棚の後ろに完全に隠れる形となった時、その本棚はやっとその動きを止めた。
そう、隠された道が出て来たのだ。
「あれ?」
その隠されていた道を見据えたカオス達は、目の前に映った光景の一点に気付かされた。通りの最奥に扉があったのだ。あの動いた本棚の後ろに、隠し扉があったのだ。
カオスの引き抜いたその本が、それら全てを作動するスイッチだったのだ。
「要するに、あっちに行けってことだよな?」
「そうね~♪」
マリアはカオスの考えに賛成する。ルナも、反対の気持ちはなかったので、とりたてて何も言わなかった。
カオスはその扉まで距離を詰めてから、それを少し眺めた。その扉はドアノブで回すタイプではなく、ただ扉の右側に少し窪みがあるだけだった。左方向への引き戸らしい。
カオスは手をかけ、思い切って左方向へとその扉を動かした。扉は鍵もないまま簡単に開き、その奥の部屋の眩しい光がカオス達を出迎えた。
部屋の入口の観葉植物がすぐ目に留まり、さらに部屋全体に視線を向けると、部屋の中央に机とその上に何らかの機械が置いてあり、そこの椅子の所に一人の黒髪のショートヘアの女性が座っていた。
「皆さん、転送ゲートへようこそ」
その女性、ラシルはカオス達がやって来たのを確認すると、カオス達に愛想良く微笑んだ。だがカオス達は、そんなラシルの言葉に眉をしかめた。訳が分からなかったのだ。
「転送ゲート?」
聞いたことない言葉だった。だが、それも無理はないとラシルは分かっていた。『転送ゲート』というモノは、殆ど世間に知られていない技術だからだ。だが、別に秘密にしておかなければならない訳でもない。ラシルはカオス達に説明する。
「指定した二つの場所を自由に行き来する門ですよ」
「成程♪」
カオスは笑う。そこまで聞けば、後は何となく察しがついた。
「要するに、ここが魔女マリフェリアスの居る場所への転送ゲートか」
「ええ。ご察しの通りです」
ラシルはあっさりと認める。そして、カオス達に要求する。
「では、トラベル・パスを出して下さい」
「トラベル・パス? 何で俺達が持ってるって分かるんだ? そして、何に使うんだ?」
急に話が変わった感じのラシルに、カオスは少し疑惑の目を投げかけた。カオス達がここの国民じゃないとはまだ一言も言ってないので、トラベル・パスを所持していると分かっているのはおかしいし、何の理由も告げずに自分のトラベル・パスを差し出してしまうのも無防備で愚かな行動でしかない。
まぁ、そう思うでしょうね。ラシルも、その質問は予想がついていた。だから、説明する。
「まず、何故トラベル・パスを所持していると分かったのか。それは、先程の通路です」
「あの本棚から扉までのか?」
「ええ。あれはただの通路ではないんですよ。特殊な魔法と装置によって、トラベル・パスを所持していない者をはじき出そうとするんです。それが作動しなかったのは、三人共トラベル・パスを持っているということなんです」
「はぁ」
どういう魔法や装置なのかは分からないが、それが本当ならば確実に分かるだろう。カオス達は理解していた。ラシルはカオス達の理解度を顔色で把握しながら話を進める。
「そして、トラベル・パスを何に使うかは、トラベル・パスは転送ゲートを通過するのに必要だからですよ」
「成程」
カオス達はトラベル・パスをラシルに差し出した。ラシルはそのトラベル・パスの名前を確認しながら、カオス達に微笑んだ。
「では、カオス・ハーティリーさん、マリア・ハーティリーさん、ルナ・カーマインさん、あなた達はトラベル・パスBクラス・エスペリア共和国、合格第1号です。おめでとう御座います」




