Connect07:ステラ魔法研究所司書エルナの忘れたい思い出(但し、そう言いながらも別に重い話という訳ではない)
「ええ。じゃあ、こっちも少しは楽しみにしながら待つとするわね。じゃ♪」
ラシルは通信を切った。エルナもその通信のスイッチを切って、それをまた机の中へとしまった。そうしながらカオス達が行った跡に視線を向けていると、エルナは少し前の出来事を思い出したのだ。
愚鈍でどうしようもなかった来客を。
◆◇◆◇◆
「畜生、何だここはっ!」
長く伸びた汚らしい黒髪をオールバックに纏め、口元と顎にナマズのような髭をたくわえ、カッコばかりの黒マントを羽織った中年男性がそう怒鳴り散らした。彼もまた魔女マリフェリアスの功績を求めてやって来ていて、エルナに案内された通りに図書室内見学を行ったのだ。
彼は魔女マリフェリアスの著書を見つけたものの、その内容に絶望し、憤って、戻ってきたのだ。
「あの程度の魔術書ならば、儂がハナクソほじりながらでも書けるわ!」
エルナの姿を見つけると、男は彼女に怒鳴りつけた。
「女ァっ! 魔女マリフェリアス秘蔵の魔術書は何処だ? 今すぐ出せ!」
エルナはその男の口調にも、言葉遣いにも、態度にも、その何もかもに腹が立っていた。だが、ここの司書としての立場上その怒りを露わには出来ないので、努めて事務的に応対する。
「あれで全てですよ」
その言葉を男は信じようとはしない。
「馬鹿を言うな! マリフェリアスは稀代の魔女であろう? あれしきで終わる訳が無い! それとも、マリフェリアスの高名は偽りと申すのか?」
「…………」
エルナはもう、怒りを感じなくなった。その男の余りもの愚鈍振りに、怒りを通り越して呆れるしかなかった。ある意味、哀れでもあった。
何故マリフェリアスが地上最強の魔女と呼ばれるようになったのか。それを全く理解していないらしい。マリフェリアスは変わった魔法をするタイプではない。普通の魔法を最高レベルで行うのだ。
そのマリフェリアスは悠久の魔術研究者であり、教師でもある。エルナもラシルもその教え子であり、もっと言えば勇者アーサーさえも彼女の教え子である。エルナ達はマリフェリアスから禁呪のようなものは当然ながら教わっていない。
それを踏まえれば、此処に置かれる彼女の書物は初心者向けの教本に限られ、彼女が書いたという意味合いでしか価値のない代物になると理解出来る。ちょっと調べれば予想出来そうなことではあるが、男はそんなことを考えようともしないらしい。
どうしようもない愚鈍で、救いようのない愚図だ。
「ここは図書室です。ここにある書籍は、どなたでも閲覧出来ます」
そう、貴方のようなどうしようもない愚鈍で、救いようのない愚図だとしても。
そんな意味も含んであったのだが、その男は気付かない。気付けない。気付こうとすらしない。
故にエルナの言っている言葉の意味も通じない。
「それがどうしたと申すのだ?」
ホント、駄目な男ね、コイツ。
そう思いながらも、エルナは説明を続けてやる。
「知ったからと言って使えるとは限りません。が、強大な力の使い方を広く知らしめてしまうのは、それすなわち危険を広く拡げてしまうことになるのです。そのようなこと、このエスペリアの国王として、魔女マリフェリアスとしてどうして出来ましょうか」
「クククク」
そのエルナの言葉を聞きながら、その男は含む笑いをしていた。エルナの言葉が、彼にとっては愉快だったらしい。
「国王としての心配か? まあ、それはしょうがあるまい。だが、この儂に対してその心配は杞憂だ。なぜなら、既に儂は世界で五本の指に入る魔法の使い手だからだ。このままでも世界の人々からしたら、儂の魔法力は脅威じゃろうな。神と言っても良いレベルだ。故に、マリフェリアスの最高傑作魔法を使えるようになったところで、元より神だったのがさらに強くなるだけ。地を這う虫けら共には大差ないことだ。はっはっはっは!」
男は高笑いする。その高笑いを見て、エルナはガックリした。彼女は、ここまで無能で馬鹿で自惚れ屋で救いようの無い人物を見るのは初めてだった。
「今からそれを感じさせてやろう。さあ、見るがいい! 貴様は幸運だ!」
男はエルナの呆れ顔にも気付かず、力を込めて魔力を充溢させ始める。呼吸を整えながら、少しずつ魔力を上げてた。汗をかき始め、目は血走る。それが彼にとっての全力なのは、聞かれなくても一目瞭然だった。
上手くいった。彼はそう思ったのだろう。エルナに対して胸を張る。
「どうだ? これが儂のパワーだ! これが神の御業だ! 驚いたか?」
「ええ」
エルナは非常に驚いていた。彼女の思った以上だった。
「思った以上にダメダメなようですね。素人に産毛が生えた程度でしかありません」
このような馬鹿にはハッキリ言ってやった方が身の為と思い、エルナはキッパリと切り捨てる。どう見ても、その男の魔力は並以下、テストで言えば赤点レベルだった。何処をどうしたらそこまで自惚れられるのか、却ってそこが凄いと思っていたが。
知らぬが仏、世界で五本の指に入る程愚鈍なこの男は、その冷酷な現実に全く気付けず、エルナの言葉に激昂する。キレる。
「な、生意気な小娘が! その身体でもって、己の無知を嘆くがいい!」
男は魔力を極限まで上げて、それを両の掌に集中させる。それを見ながら、エルナは何もしない。逃げもしなければ、構えもせず、それどころか椅子から立ち上がりもしない。
そんなエルナの舐めきった様子を男は歯牙に掛けず、男は自身の必殺技をエルナに向けて発射する。
「究極奥義! ヴォルケーノ・フィーバーキャノン!」
男の両の掌から炎の大砲が打ち出され、エルナを急襲した。その直後、一つの体が宙を舞い、飛んでいった。身体は飛んでいって、壁にぶつかった。そのぶつかったのは、急襲した男自身であった。その男は早々に気絶した。
何故そうなったのか? それはエルナが男の攻撃を反射したのだ。
そう、男の渾身の攻撃をエルナは溜めもせず、立ち上がりもせず、座ったまま片手で軽く打ち出した魔法で消し飛ばし、さらにその男自体を吹き飛ばしたのだ。
「あらあら、どっちが無知なんだか」
利き手ではない左手を下ろしながら、エルナは溜め息をついていた。このような者の相手はもう勘弁して欲しいと思っていた。そう思ってあの人にも言ったのだが、あの人はただ「能無し程良く吼えるものよ。馬鹿馬鹿しいから一々相手しないで、気にしない方がいいわ」と言っただけだった。
まあ、ここまで無様にやられれば、意味なく築き上げられたプライドもその腐った心ごと打ち砕かれてくれただろう。それでも尚、魔術の上を目指すというのならば、罪を償ってからやればいいとエルナは思った。
そう、彼には司書を脅した脅迫罪、魔法をぶつけようとした暴行未遂罪、そして公務執行妨害罪といったもので現行犯逮捕されたのだから。
エルナは警察に輸送され、もとい連れて行かれる彼の後ろ姿を見送りながら、そんなことを思った。そして、すぐに頭の片隅に追いやって忘れた。
◆◇◆◇◆
それをカオス達の姿を見て、エルナはそんな出来事をちょろっと思い出していた。あまりにも対照的だったから。
さて、今回の『試験』はどうなるのか?
現在にちょっと期待を寄せながら。




