Act.033:地上最強の魔女Ⅱ~LIFTER.14~
人間界の何処かの閑静な海岸沿いに建つ一軒家。その家の中の窓辺で、一人の長い黒髪の女性が椅子に座って揺られていた。初夏の太陽は真上に上り、柔らかく照らしていた。アレクサンドリア連邦のルクレルコ・タウンでは早朝でも、時差のあるこちらでは、そのルクレルコ・タウンの日にちの前日の昼だったのだ。
いい天気だった。だが、その黒髪の女性は外で遊んだりせず、出掛けて何かをするというようなこともせず、自室で女の子を模ったぬいぐるみを作っていた。
「ふふふふ」
ぬいぐるみの完成が近づき、彼女はぬいぐるみの自分の思い描いた形に近い出来栄えに、満足そうに微笑む。その時、部屋のドアがノックされた。
時間的にそうかしら?
彼女はそのドアの方に視線を向ける。そして、そのドアの向こうの気配だけで外に誰が居るのかを理解する。
「ミリィちゃんね。ふふふふ、どうぞ」
「失礼します」
丁寧に挨拶をして、ミリィと呼ばれる少女は部屋の中にトレーを持って入った。そのトレーの上には、サンドイッチやスープ、コーヒー等が載せられてあった。それを見て、黒髪の女性は何をしに来たのか察知した。
「あら、もう昼食の時間なのね」
「はい」
そう言って、トレーを持ちながら入室してくるミリィと、自分の手にある作りかけのぬいぐるみを見比べながら、黒髪の女性はミリィに頼んだ。
「そこのテーブルに置いておいて頂戴。こっちはもうすぐ終わるから、やり終えたら頂くわ」
「分かりました」
ミリィはハキハキと返事をして、昼食の載ったトレーを指定されたテーブルに丁寧に置いた。そして、自分の主人である黒髪の女性をチラッと見る。ミリィは、彼女の顔を見るとすぐに感じた。
「ご機嫌そうですね、マリフェリアス様」
「そう?」
長い黒髪の女性、マリフェリアスは嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、ぬいぐるみが上手に完成しそうだというのもあるけれど、やっぱり」
「やっぱり?」
「何か、楽しいことが起こりそうな予感がするからかしらね♪ 勘だけど」
地上最強の魔女マリフェリアスはそう言って、ご満悦そうな顔をした。ミリィはそんなマリフェリアスの様子を見て、彼女が楽しそうならばそれだけで嬉しく感じたのだった。
◆◇◆◇◆
その頃エスペリア共和国首都ステラ、魔法玄関の出口の所にある入国管理局の受付に、カオス達はやって来ていた。管理局の職員は、ニッコリと笑ってカオス達に応対する。
「それでは、観光ですね」
「ええ~♪」
マリアもその営業スマイルに負けない笑顔で対応する。その横でルナは真面目な顔をして、カオスは適当な顔をしていた。
「では、良いご旅行を」
「はい♪」
マリアの後、当然自分達にも同じように訊かれるんだろうと思ったカオスは、その職員がどうこう訊く前に言ってしまった。
「俺たちも同じだ」
と。
その為、カオスとルナはトラベル・パスを見せるだけで、マリアと比べると幾分短い手続きだけでそこを通過出来た。
入国管理局を通過した後、カオス達はロビーに辿り着いた。案内役のマリアはずんずん進んで、ロビーの端にあるドアの所までカオス達を連れて行った。だがマリアはすぐにそのドアを開けずに、ドアの横の壁についているスイッチを押した。
「ちょっと待ってね~」
マリアがそう言うので、カオス達は言われた通りに何もしないでその場で待っていた。すると、そのドアは自動で開いたのだ。マリアが先に行って、カオス達を中に入れる。ドアの先は小さな部屋になっていて、マリアが壁についているボタンを押すと、その部屋は下に向かって降り始めた。要するにエレベーターである。
そのエレベーターは指定された階に着くと止まり、カオス達はそこで降りた。
「何ちゅーか、すげぇ技術のトコだよなぁ」
「そうね~♪」
降りたエレベーターの方をまだ見ながら、カオスは感嘆したような声を上げていた。だがすぐ飽きたのか、視線を真っ直ぐに戻して、マリアにこの先の事を訊ねる。
「で、姉ちゃん。まずは何処に行きゃあいいんだ?」
「は?」
そのカオスの問いに、ルナは呆れたような顔をした。ごく基礎的な、知っていて当たり前のようなことを訊いているような気がしたからだ。
「魔女マリフェリアスは王なんだから、王宮に居るに」
「いないわ~」
「え?」
マリアはルナが当たり前と思っている事を即座に否定する。だから、今度はルナが驚く番だった。王に会いたいなら、王宮に行くしかない。その常識が覆されたのだ。
どうしてなのか? マリアは説明する。
「エスペリアは共和制で、なおかつ民主制になってるの~。だから、王宮というモノは何処にも存在しないのよ~」
マリアはそう説明するが、カオスはその答えに対してさらに問う。
「民主制? 何だそりゃ?」
カオスには聞いたこと無い言葉だった。
「王や大臣が国の全てを決めるんじゃなくて、国の政治は国民全てで決めるというシステムよ~」
マリアは簡易に説明する。
国民全てで政治を決めるのは直接民主制、国民によって選出された代表が会議を開いて政治を行うのは間接民主制、その二つの違いがあり、このエスペリア共和国では国民の人数の関係上、間接民主制を採っている。
そんな補足説明もあったのだが、これ以上どうこう言っても脳ミソがパンクするだけなので、マリアはそれ以上言わなかった。
「ま、何にしたって面倒くせーシステムだな。好き勝手やられねぇ分幾分マシって言っちゃーマシなんだろうけど」
「一説によると、魔女マリフェリアスが面倒臭がってそうなったんではないかって話もあるわ~♪」
面倒臭がって?
「誰かに似てるわ」
「やかましい」
思わず感想を漏らしたルナに、その誰か、カオスは間髪入れずに文句を垂れた。その横で、マリアは苦笑いを浮かべていた。
このまま無駄話をしていても時間的には良かっただろうが、自分にとって良い展開にはならないだろう。カオスはそう分かっていたので、早々に話を変える。
「とにかく、だ。マリフェリアスはこの国の代表だけど、それは今では表面上だけだって訳だろ?」
「そうよ」
それじゃあ、ここ、首都に居るのかどうかさえも怪しい話だなぁ。
カオスは肯定したマリアの言葉にそう補足する。国王だから、首都に居る。それは王としての職務を行う為であって、その職務を全て譲渡して、王という地位が形骸化してしまったのなら、その理論は意味を成さなくなる。
魔女マリフェリアスへの道はフリダシに戻ったのだ。
「で、姉ちゃん。これからどうすんだ?」
「そうねぇ~」
マリアは少し考えてから、カオス達に意見を出す。
「それじゃあ、魔法研究所に行ってみましょうか~♪」
「魔法、研究所?」
ルクレルコ・タウンには無い施設なので、ルナにとっても聞いた覚えがない場所らしく、不思議そうな顔をした。だが、聞いた覚えがない場所とは言っても、その言葉からどのような施設かは想像出来るので、訊くまでには至らない。
まあ、文字通り魔法を研究する場所なのだろうと。だから、カオスも言う。
「ま、確かに。字面からしたら、そこに魔女とかが居そうな感じだな」
仮にそこに魔女が居なくても、何かしら魔法や魔女について新たな手がかりが入手出来そうな予感のする場所のような気がした。もしくは、闇魔法について分かることがあれば、それでいい。
故にまずマリアが提案した通りにその魔法研究所に言ってみるのが一番である。カオスとルナもそう思ったのだ。
「で、そいつはどこにあるんだ?」
そうマリアに訊こうとして、カオスは視線をマリアの方に変えようとした。その途中の壁に、魔法研究所への案内の看板が掲げられてあった。
『ステラ魔法研究所 LIFTER.14 ⇒』
看板にはシンプルにそう書かれてあった。カオスはその方、その向きの廊下の先に目を向けると、看板の掲げられてあった壁とは逆側の壁に、色々なナンバーが振ってあるLIFTERのプレートが貼られてあった。
カオス達のすぐ側にあったプレートは『LIFTER.08』。案内に従って廊下をずっと歩いていけば、いつか魔法研究所に至る『LIFTER.14』に辿り着ける。それを理解した。
「じゃ、行ってみようか。ここでボーッとしていてもしょうがないしね」
逸る気持ちを抑えながら、ルナはカオス達をそのLIFTERへと急かす。だが、カオスはルナとは対照的にテンションは低かった。
「ま、そうだな」
カオスは適当に相槌を打つだけだ。そんなカオスに、ルナは不満そうな顔をする。
「テンション低いわねぇ。地上最強の魔女よ? 魔法を習う者として、会ってみたいと思わないの?」
「あ? そりゃあ、しょうがねぇだろよ。だって、16年前に活躍した魔女だろ? つーことはさ」
カオスはそこで強調する。
「ババァじゃん!」
「「!」」
ルナとマリアに衝撃が走った。ババァ、ババァ、ババァ。カオスの言葉が、脳内で何回もリフレインされていた。
「そうだった。カオスはこういう奴だった」
16年前の対魔戦争で活躍した勇者の一人である魔女を、ババァ呼ばわりすることは失礼千万、許されざる所業であるが、カオスとはそういう人物であることにルナとマリアは改めて気付かされた。
「な、何はともあれ魔法研究所に行きましょうか~」
「そうだな。ちゃっちゃとしようぜ」
何とか気を取り直して、マリアはカオスとルナにLIFTER.14の方に急ぐよう促す。その一方で、何一つとして気に留めていないカオスは、普段通りマイペースで図太い態度のままだった。
大物か、それともただの馬鹿か。まあ、多分後者だろうけど。
ルナはカオスについてそう考えながら歩いていた。足取りは、さっきより随分と重くなってしまった気がしていたが、それでもLIFTER.14の前へは1分も歩かない内に到着出来た。
あの看板からすぐ近くだったらしい。
「これね」
マリアはLIFTER.14のプレートのすぐ下にあるボタンを押した。それがLIFTERの呼び出しスイッチであり、そのLIFTER乗ると、それが自動的に目的地、魔法研究所まで運んでいってくれるのだ。
チンッ。ガーッ。
LIFTERは既に魔法玄関の所にやって来ていたらしく、その部屋のドアは全く待たずに開かれた。
カオス達はその部屋の中に入り、LIFTERに乗った。マリアはLIFTERの前方にあるスイッチ群を触り、それを操作する。LIFTERのドアを閉めると、その外側の部屋のドアも自動に閉まった。それからは、起動スイッチを押すだけだ。
マリアは立ち上がり、カオス達に声をかける。
「それじゃあ、行くわよ~。危ないから何処か掴まっていてね~♪」
「はい、掴まった♪」
「いやん♪」
カオスは掴まったと称してマリアを後ろからそっと抱きしめた。そんなカオスに、ルナの無言の鉄拳が飛ぶ。カオスは宙を舞い、また元居た所に落ちる。
殺すつもりの攻撃にしてはそうでもないかもしれないが、ボケに対するツッコミにしてはキツ過ぎる。そのことに、カオスは不満を漏らす。
「お約束じゃねぇか」
「やかましい!」
そんなカオスに、ルナは取り合わない。何だか理由は説明できなかったし、彼女自身する気も起きなかったのだが、とにかくルナは腹が立っていたのだ。その一方で、ここまでがいつものワンセットであるような気もしていた。
ルナでもルナ自身が良く分からない。そのことに、ルナ自身気付いて。
「というところで、出発しま~す」
いつも通りのカオスとルナの口論が始まりそうな寸前で、マリアがそう言って全てを中断させた。カオスとルナはビックリしたような顔をしたが、マリアはルナ以上にカオス達の感情を取り合わなかった。
「問答無用でーす。このままじゃ、いつまで経っても魔女マリフェリアスには会えませーん。魔法のことも何も分かりませーん」
「ま、そうですね」
「姉ちゃん、言葉に感情入ってねぇよ」
とにかく先に行こうとするマリアに、乗る者と乗らない者がいた。が、マリアはそれでも強制的に先に進めようとする。そうしないと先に進まないのは、重々承知していたからだ。
「それでは、出発進行ーっ♪」
「おー」
最後は楽しそうに言うマリアに、カオスがやる気も何も無い棒読みの返事で返したのだが、それもマリアは気に留めずにLIFTERの出発スイッチを押して動かした。
ガタンッ。
LIFTERは少し揺れた後、すっと前方へと進み始める。最初はゆっくりと、そして少しずつ速度を上げていった。動力らしき物の見当たらないLIFTERは、静かな音のままカオス達を運んでいく。それが、そういう物に今まで触れたことの無いカオス達にはカルチャーショックだった。
「う、動いてる。馬も何もねぇのに」
「ホント。不思議よね」
「…………」
金属の箱が動いているだけで驚き、その驚きを語り合うカオスとルナの横で、マリアは絶句していた。何を言って良いものか分からなくなっていた。
動く物は動く。仕組みは分からないが、利用する者にとってはそれだけでいいのだ。LIFTERは速度を上げてゆく。そして、それと共に暗かった視界は次第に明るくなっていく。
「街に出るわ~」
マリアがそう言った途端、カオス達の視界は大きく広がった。LIFTERが壁から外に出て、ステラの街中を走り始めたのだ。LIFTERはチューブ状の道路を走ってるとは言え、ガラスのように透明な天井や壁からは、ステラの街の様子がとても良く分かった。
そのステラの街が、カオスとルナを驚きの淵に叩き込む。
「げげっ! 何じゃこりゃー!」
アヒタルとルクレルコ・タウンの違いは、乱暴に言ってしまえば海があるかないかだけのようなものだった。だが、このステラと、カオス達の住む町ルクレルコ・タウンは全く違っていた。
ステラでは10階や20階にもなる異常に高い建物が建っていた。ルクレルコでは、せいぜいルクレルコ魔導学院の4階建てが精一杯だ。
ステラでは馬が引かない鉄の車がたくさん走っていた。ルクレルコでは、車は馬車か牛車か人力車くらいしかない。
ステラでは空にも車のような物が飛んでいた。ルクレルコでは、空を飛ぶのは鳥か虫か魔物くらいだ。
それらの上でさらに、行き交う人の数や街の規模などはルクレルコはステラの足元にも及ばず、ステラはルクレルコの100倍以上もの大きさがあるように見えた。
「これが、世界一の大都市ステラよ~」
マリアは驚くのも無理はないと言う。世界にある4ヶ国の首都の中でも一番の大きさを誇るこのステラ、そして世界で一番の科学技術を誇るステラを初めて目にした者は、全てそのような反応をするのだ。
「はー」
信じられる光景ではないが、今こうして目の前にある。カオス達は、その大きさに少し怯みつつも、興味深く感じていたので、チューブから見えるステラの街の景色を存分に堪能していた。
カオスとルナ、二人は完全に田舎から出てきたばかりのお上りさんだった。そんなお上りさんにとって、目に映る全てのものが興味深く映っていた。楽しいものに見えた。
ただ、そんなお楽しみの時間もすぐに終わる。LIFTERが、ライトを光らせながら終わりを告げる。
「モウスグ、ステラ魔法研究所ニ到着シマス。モウスグ、ステラ魔法研究所ニ到着シマス」
「もうすぐ到着するわよ~♪」
マリアはカオスの方に微笑みかける。が、カオスはそんなマリアに少し困った顔をした。
「いや、わざわざ代弁しなくても俺にも聞こえてるから。分かるから」
補足説明する必要は無い。そうツッコミを入れる。
カオスはそうしつつ、LIFTERがステラ魔法研究所に到着するまで、これから出会うかもしれない魔女マリフェリアスがどのような人物なのか想像してみていた。
彼女は大きな黒い帽子を被り、黒いマントを羽織っていた。その黒いマントの中には、上には白いブラウスを着ていて、下には黒いミニスカートを穿いていた。そして、足には網タイツと共にガーターベルト、手には魔女らしい黒いステッキが握られていた。
ブラウスの下には衣服でも隠せない爆乳が潜んでおり、そこから目が離せない。ミニスカートの下から覗く白い太ももを、ガーターベルトがそのセクシーさを際立たせており、やはりそこからも目が離せない。腰掛けて、ステッキを掲げて、こちらに向けて取るポーズ全体も極まっており、その全体像からも魅力が溢れていて、その美からは絶対に目が離せない。
なんて都合のいいことはないんだろうなぁ。
カオスは勝手に妄想して、勝手に絶望した。その様を見ながら、ルナは黙って一つ溜め息をついた。
どうせこんなもんだ。
カオスは妄想を続ける。今度は悪い方に。
16年前に活躍した魔女、つまりババァ。顔中皺だらけで、顔のえらが張って、顔は人一倍大きくなっていた。その顔には、皺だけでなくシミも溢れていた。そこには、美の欠片も存在しない。
と妄想していたら、カオスはこの先に行く気力がどんどん萎んでいっていた。出来るならば、今すぐ帰ってエロ本でも堪能していたいと思っていた。そう思いながら、カオスは首を横に何回か振った。
そんなカオスの様子を眺め、ルナはまた一つ溜め息をついた。その様子や素行から、カオスの考えている内容が丸分かり過ぎて、怒る気にもならなければ、ツッコミ入れる気にもなれなかったのだ。
そう、ただ呆れるだけだった。




