Act.032:地上最強の魔女Ⅰ~教えを乞いに~
「闇?」
カオスは怪訝な顔をした。あの魔獣を倒した後、マリアが到着して、状況確認もそこそこにカオスの使った魔法は闇魔法だろうと告げたのだ。そんな言葉に、カオスはピンとこなかった。
マリアは自分の言葉を半信半疑で聞いている弟はひとまず置いておいて、自身の説明を優先して進めていく。
「そう、闇の魔法よ~」
「闇? ンなもん、聞いたことねぇが?」
魔法の属性は光、炎、風、土、氷の五種類であるとカオスは、皆は、少なくともルクレルコ魔導学院の生徒は、そう教えられてきた。そして、魔法を使う者は皆、その五種類の内のどれかを必ず得意にしているということも含めて。
マリアはその教えを翻して、他に魔法にはもう一つの属性、闇属性の魔法があると言った。そして、カオスが得意としている魔法は闇属性であろうと。
それはカオスにも、そしてその場に居るルナにも容易には信じられないことだった。そして、二人がそのような反応を示すのは、マリアにも予想済みだったので、その反応に驚きも何もせず、マリアは自分のペースを保ったまま説明を続ける。
「そうねぇ。学院では魔法は五つの種類があると教えてきたでしょ~?」
「ええ。光、炎、風、土、氷の五種類ですよね?」
ルナは真面目に答える。
魔法のエレメントは五つの種類に分類され、それが五芒星となって表現されている。頂点に光(雷)を置いたならば、そこから時計回りに土、氷、風、炎の順に配置されている。どんな魔法の達人でも、その中で得手となるエレメントは一種類のみ。そして、そのエレメントから近い位置に位置されている魔法、隣り合っている二つのエレメントも、一番のもの程ではないが、そこそこ使えるようにはなる。だが、離れている二つのエレメントに関しては、いくら鍛錬を積んだところでそのエレメントを得意としている者を凌駕することは出来ない。それ故、魔法の修行を始める際には、自分が得意としているエレメントをいち早く知ることが最重要なのである。
真面目にそのように説明したルナに、マリアは同調しながらその説明を補足するように話をする。
「そうよ~。でも、ホントは氷と風の間に闇があるのよ~」
「氷と風の間、ですか?」
「そう。だから、エレメントの表も本当は五芒星ではなくて、六芒星になるのよ~」
魔法のエレメントは六つの種類に分類され、それが六芒星となって表現されている。頂点に光(雷)を置いたならば、そこから時計回りに土、氷、闇、風、炎の順に配置されている。それぞれの術者が最も得意とするエレメントと、最も苦手とするエレメントは向かい合わせの位置にある。例としては光と闇、炎と氷、風と土である。だが、闇のエレメントがその存在を否定され、その上抹消された為、魔法のエレメントは五芒星に書き換えられてしまったのだ。
マリアはそのことを、逸話のような物を交えながら二人に分かりやすく説明した。
「闇のエレメントっつーモンがあるのは分かった。と言うか、別に姉ちゃんを疑っちゃいねぇんだがな」
「そうね、カオス。マリア先生、どうして闇のエレメントというものは抹消されたんですか?」
「そう、それだ」
カオスとルナは、闇のエレメントが抹消されてしまった理由がなされてないことに気付き、マリアに訊ねた。だが、そうやって訊ねたものの、カオスとルナは何となくその理由をイメージしていた。
闇、危険、恐れ、そのような観点からであろう。そのように考えていた。だが、即答したマリアの答えはそれとは違っていた。
「いないらしいわ~」
マリアは言う。
「いない?」
「そう。今まで人間の中で、闇の魔法を使えた人は全くいないらしいのよ~。今までの人間全員かどうかは分からないけれど、少なくとも少しでも名の知られた使い手の中ではゼロらしいわ。それで、いくら説明しても人間の中に存在しないエレメントについてとやかく言ってもしょうがないと考えて、無かったことにしたんじゃないかしら~? まあ、ここは推測だけどね」
人間の中で、今まで闇の魔法を使いこなせた者はゼロ。どんなに口頭で説明しても、人間には見る機会すらない魔法。マリアは、そうカオス達に説いた。
今まで誰もいない。
長い説明の中で、その言葉がカオスの中に大きく響いていた。カオスは、マリアの説明を聞きながら嬉しそうに笑った。今まで誰も使えなかった魔法を、自分が使いこなせるかもしれないというのは、彼にとってこの上ない喜びだったのだ。
「この俺が人類初? いいね、いいねぇ。超レアじゃん♪」
「要するに、骨の髄まで変わり者だってことでしょ?」
「シャーーーーッ!」
喜ぶカオスにルナがサックリと冷たいツッコミを入れ、それに対してカオスが吠えた。そんなカオスに、ルナは愉快そうな顔を浮かべていた。カオスは、そんなルナにぎゃあぎゃあ言っていた。だが、勿論カオスは本気で怒ってる訳でも、吠えてる訳でもない。そしてルナも、本気でカオスを馬鹿にしたようにからかってる訳ではない。二人にとって、それはいつも通りのコミュニケーションなのだ。
それはずっと二人の様子、成長を見守ってきていたマリアには百も承知の事で、そんな彼等を暖かな目で見守っていた。が、いつまでそうしても話が一向に進まないので、マリアは手を何回か叩いて二人の注意を自分に向けた。
「ともかくぅ、このままじゃカオスちゃんは、魔法の力を伸ばしてゆくのに、どうトレーニングしていったらいいのかさえ分からない状態だわ。どの文献にも無いだろうしねぇ」
確かに、誰もつかえない魔法について知っている者はいないだろうし、いたと仮定したところでそんな知ってもしょうがないものを記そうとは思わないだろう。そう考えると、マリアの言う通り文献を調べてトレーニング方法を知ろうとする行為は、ただの時間の無駄のように思われた。
では、どうすればいいか?
「自分で試行錯誤しろと?」
誰も知らないのなら、自分自身でそれを模索していかなければならないだろう。カオスはそう考えた。
「そうねぇ。それもいくらかは必要ねぇ。でも、最初からそれじゃあ、モノになるまでにどれ位時間がかかるか分からないわ~」
マリアはカオスの考えに同調しつつ、その考えの穴についても指摘する。その穴がある事に、カオスもきちんと気付いていた。だが、それ以外思い浮かばなかったのも事実。
「では、どうすればいいと?」
カオスは問う。そんなカオスに、マリアはあっさりと答える。
「この世界で一番魔法に詳しい人に会ってみましょ~♪」
「「…………」」
カオスとルナは、そのマリアの答えに唖然としていた。二人は察したのだ。この世界で一番魔法に詳しい人は誰なのかを。そして、それが容易には会えない人であることを。
その奇妙な様子になった訳が分からず、マリアは不思議そうな顔をして二人に訊ねる。
「どうしたの? 2人共」
「一応訊こう。姉ちゃんが会ってみようって言っている奴は誰なんだ?」
「地上最強の魔女、マリフェリアス」
マリアはあっさりと答える。その答え方は、まるで隣に住んでるおばちゃんを言ってるかのような言い方だった。だが、実際は地上最強の魔女と謳われるマリフェリアスはそんな気安い存在ではない。
16年前の対魔戦争にて、勇者アーサーと共に活躍した魔法使いである。マリフェリアスという名をした人は、もしかしたら他にもいるかもしれないが、地上最強の魔女と呼ばれる人は他にはいない。
カオスはもう一度問う。念の為に。
「で、姉ちゃんが会ってみようって言っている奴は誰なんだ?」
と言うか、カオスはさっきのマリアの言葉を聞かなかったことにしたのだ。
「ふふふ、だからぁ、地上最強の魔女と謳われるマリフェリアスよ♪」
「マジかい!」
「ええ、マジよ♪ マ・ジ♪」
「あ~、そりゃあ無理だ。超絶的に無理。俺等のような一般人になんか会ってくれる訳ねぇ」
魔女マリフェリアスは対魔戦争終結後、世界の国が四つになったことを受け、その中の一つであるエスペリアの元首、女王となったのだ。そのような女王に、カオス達一般人が面会を申し込んだところで、門前払いになるのは火を見るよりも明らかである。
カオスの考えは、至極当たり前だった。普通の一般人が王と接する機会は無いし、そんな機会があったとしても、接することが出来るのはトラベル・パスのBクラス所持者、騎士クラスの人間だけである。そしてそのBクラスのパスも、マリフェリアスに会うにはエスペリアのBクラスを取らねば意味は無いのだ。
マリアはBクラスのトラベル・パスを持ってはいるが、それはここアレクサンドリア連邦のものである。それはアーサーに会うには意味があるかもしれないが、マリフェリアスに会うには何の効力も無い。
複数国のBクラスを所持することも可能ではあるが。
「姉ちゃん、エスペリアのBクラスは持ってねぇだろ?」
「ええ。ないわ~♪」
「駄目じゃん」
カオスは心の底からそう思った。マリフェリアスに会いたいのに、それに会う為に最低限必要なエスペリアのBクラスパスが無い。それは、喩えるならばレストランで食事したいのに金が無いようなもんだ。
それは話にならないのだが。
「為せば成るわ~♪」
「成んのかよ!?」
成らねーよ!
カオスはそう叫びたかった。だが、そう完全に決めつけてしまうのもどうかと思ったので、そんなグレーゾーンな言い方をした。
後ろ向きなカオスに、あくまでポジティヴなマリア。そして、今までカオスの隣で黙っていたルナも、マリア的なポジティヴな意見を口にする。
「エスペリアのBクラスパスが無ければ、魔女マリフェリアスには会えない。だったら、そのパスを得ればいいだけじゃないの?」
「ま、そりゃあそうだけどさ」
エスペリアと限定せずとも、Bクラスのトラベル・パスを持っている者は、この世界には数える程しかいない。現実的には、そのパスの入手は難しいだろう。
それをカオスは分かっていた。だが、そう嘆いて何もしないのは愚者のする事。例え結果として駄目だったとしても、そこに至るのを目指して何かを成し遂げようとアクションを起こすのは、何かしらのプラスとなるだろうと分かっていた。
その為、エスペリアのBクラスのパスを取ろうとすることに、カオスは反対しようとは考えなかった。だから、言う。
「確か、トラベル・パスのBクラスは各国でそのテストは違うんだよな?」
少なくとも自分よりは多くを知っているマリアに、カオスはそのテストについて訊ねる。
「そうよ♪」
「確か俺達の国、ここアレクサンドリア連邦では、毎年夏に首都で行われている武道大会の上位者四人に与えられるんだよな?」
「ええ。その通りよ~♪」
それだけはカオスも知っていた。
何故なら、とカオスはマリアを指差して笑う。
「三年前のチャンピオンが此処にいると」
「ふふふ~♪」
マリアは三年前のその武道大会で優勝し、このアレクサンドリア連邦のBクラスのトラベル・パスを手に入れていた。武道大会という方式を取っている為か、その入手方法はとても有名で、魔導学院で学んでいない者でも一度は耳にするものであった。
そうは言うものの、そうやって一般レベルにまで知られているBクラスのテストは、このアレクサンドリア連邦だけなのだ。
「まあ、それは置いておいて」
カオスはマリアに訊ねる。
「姉ちゃん、エスペリア国のBクラスパスの取り方は知ってるのか?」
「ええ。聞いたことあるわ~♪」
「ふ~ん。って、マジで?」
マリアがあまりにあっさりと答えたので、カオスはマリアを一瞬スルーしていた。だが、そのマリアの言葉をきっちりと理解すると、その肯定に驚き、目を見開いたのだ。
「ええ。マジよ♪」
「で、それはどうすんだ?」
「ん? それはねぇ、魔女マリフェリアスの気分次第、ですって♪」
「「!」」
気分次第?
気分。
気分!
その言葉が、開いた口が塞がらなくなったカオスとルナの中に響き渡った。絶望から希望になり、希望からまた絶望に戻ったのだ。
「つまり、だ。魔女マリフェリアスに会うのにはBクラスパスが必要なんだが、そのBクラスパスを入手するには最低限その魔女マリフェリアスに会わなければならねぇじゃんか」
気分だろうが何だろうが、それを知る為にはその本人と接しなければどうにも知りえない。マリアはニッコリと微笑む。
「そうよ~♪」
「ああ。それじゃあ、Bクラスパス入手の為にそのマリフェリアスに会わないとな♪ って、話が矛盾してるじゃねぇか!」
Bクラスのパスを手に入れる為に、Bクラスのパスが必要となる。だが、マリアは気にしない。マリアにとってはマリフェリアスに会えるか会えないかはどうでも良く、カオスの成長だけが彼女の問題なのだ。
だからこそ、優しく諭す。
「ま、確かに魔女マリフェリアスに会うのは無理かもしれないけどぉ。彼女が統治していたエスペリアに行くのは、ここでもやもやと考えてるより建設的だし、何かしらカオスちゃんの糧となるわよ~」
「ま、そうかもな。何もしねぇよりはマシってだけかもしれねぇが」
「そうよぅ。じゃ、今度の休日に私の瞬間移動魔法で、その首都のステラに行ってみましょうか~♪」
「ああ」
カオスは笑った。魔法と、それに伴う科学の発達した国エスペリア。何が待ち受けているにしろ、これが生まれて初めての海外旅行になるカオスは、その未知への冒険に胸が高鳴っていた。
楽しみだ。
カオスはそう思いながら、次の休日までの期間をワクワクしながら過ごしていた。