Act.031:魔獣強襲Ⅲ~禁断の魔法~
突然変異、別種、違法改造。そのようなことを当のカオス達は気にする暇も無かった。その魔獣と交戦中のカオス達には、そういったことを考える余裕もなかった。考えるべきは、いかにすればこの魔獣を倒せるかのみ。
まずはパワー。
「ぐはぁああああああああっ!」
アレックスの体に魔獣の振り上げた拳がクリーンヒットした。アレックスの身体は弾丸のように真っ直ぐ後ろに吹き飛ばされた。
「アレックス!」
叫ぶカオスとルナの横を矢のように通り抜け、アレックスは飛んでいった。飛んでいって、そのすぐ後ろに生えていた大木に背中を強く打ち付けて、アレックスは止まった。
「くはっ!」
アレックスは吐血をしながら、木の根元に倒れ掛かった。大木はその衝撃で枝を揺らし、幾枚かの葉を落とした。カオス達は手で軽くその葉を払いつつ、アレックスの元に駆け寄った。
「いっつつつつ」
アレックスは強打した背中をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。口元に漏れた血を少し拭いながら、ニッコリと笑う。
「全然平気」
「説得力ねぇよ」
強がるアレックスに、カオスが間髪入れずにツッコミを入れる。強がったところで何にもならない。アレックスは満身創痍。それは曲げようのない事実。その上で、あの魔獣を倒す方法を考えなければならない。
カオスはもう一度じっくりとその魔獣を見た。アレックスを殴り飛ばした左腕に何本か自分の触手を巻き付けていた。そして、それがブースターのようなものとなり、その魔獣のパワーを上げているのだろう。
イメージとしては拳に魔力を加えるといったところだ。よく考えていた。
「奴は、下級魔族にしては結構頭がいい」
獣のような形をしていて、人の言葉を解さぬ下級魔族は、一般的に愚かであると言われているが、この魔獣は戦闘における思考回路に関しては、本能のみで動く一般的な下級魔族や獣よりよっぽど切れているようだった。
カオスはそう判断する。そして、その判断にルナとアレックスも同調する。
「そうね」
「だな」
「と、後一つ残念だが分かったことがある」
そう言って、カオスはアレックスに視点を向ける。アレックスは自分だけに何かを言おうとしているように見えるカオスのその行動に、少し首を傾げた。
「何だ?」
「馬鹿力が自慢のアレックスではあるが」
そして、視点を魔獣に戻す。
「魔獣、奴の方がずっと上。上には上がいるってことだな」
「まあ、そうだな。コンチクショウなことだがっ!」
「つまり?」
「俺とルナの力はアレックスよりも下。つまり、パワー押しは意味がないってことだ」
「他の手を考えろってことだよね?」
「ああ、どうやれば奴を殺せるかってことをな!」
「「殺っ?」」
ルナとアレックスは絶句する。具体的に殺害するイメージを今まで持っていなかったのだが、カオスはハッキリと明言したのだ。あの魔獣を殺すと。
「ああ、殺す。殺すしかねぇ。学内のお稽古とは違うんだ。これは純粋な殺し合い。いかに奴を騙し、罠に嵌め、弱点をついて殺せるかが大切だ。ただ馬鹿みてぇに突っ込んでないで少しは頭を使わねぇと、死ぬのは俺達だ」
「「カオス?」」
確かに、自分達の考えが甘かった。ルナとアレックスはそう感じていた。
負けると、殺される。
その結果のイメージが、何処か欠落していたのだ。
「じゃ、今度は俺だな」
このような場所で、立ち止まっているつもりは毛頭無いからな。
カオスは魔獣を睨みつけながら、右手のみに魔力を充溢させ始めた。魔力は白い光を放ちながら、その姿を見せ始める。そして、白から滑らかな動きで青白い色へと変化していった。氷の魔法の発現だ。
そのカオスの姿を見て、ルナはカオスの成長を知った。
安定した魔力の発現、その魔力を滑らかな動きで氷魔法へと変化させてゆく姿。
それらはどれもきちんとした基礎トレーニングを積まないと出来ない。それを、カオスが苦も無くやってみせている。それすなわち、カオスはきちっとした基礎を積んでいるということに他ならない。
ルナはそんなカオスを見て感心した。そして、それはアレックスもそうだった。アレックスも魔法を使えなくはないが、そこまで安定した魔法は使えない。
「じゃ、行くか」
「ギ?」
カオスの言葉に反応したのか、魔力に反応したのか、魔獣はカオスの方を睨みつける。そして、それを合図にカオスは魔獣の方へと飛び出した。
「キェアオォオオオオオオオオッ!」
魔獣は挨拶代わりとばかりに、檻と左腕のパワーアップに使ってる以外の触手数本を、真っ直ぐカオスに向けて放った。
それは直線的な動きだった。
カオスはその触手の動きを早々に見切る。そして、そのまま流水のように滑らかな動きで、自分の進行方向を直線から右方面へのカーブに変える。
放たれた触手は、そのままカオスの左横を通り抜け、虚空を切る。触手を避けたカオスは、進行方向をすぐさま魔獣方面へと訂正し、その方向へと駆け出す。そして、すぐさま魔獣の左隣、触手を巻いた左腕の隣に体を寄せた。
コレが奴のキー。
カオスはそこで足を止めると、そのまま全く間を置かずに左回りへくるっと一回転した。それと同時に、回転しながら、冷気を纏う右手を魔獣の触手が巻かれてある左腕に当てた。
それは触る程度だった。だが、かなりの低温度となっていたカオスの冷気は、その動きだけでその魔獣の左腕を凍らせるのに十分だった。
氷が魔獣の腕の一部を包み、魔獣の左腕の一部は完全に凍結した。
「ギッ!」
カウンターをマトモに喰らった魔獣は、その冷気のダメージに軽く悲鳴を上げる。そして、そのダメージを受けた左腕に視点を向けると共に、カオスを睨みつけようとした。
が、それもまた隙の一つ。
カオスはそれを逃さない。体を一回転させた遠心力も使い、右足でその魔獣の左腕の凍結した部分に思い切り蹴りを入れた。
「ギェアアアアアアアアアアッ!」
魔獣の大きな悲鳴が、丘陵に響き渡った。カオスの回し蹴りは、氷で壊死した筋肉を簡単に破壊し、魔獣の左腕を触手ごと二つに分けた。
蹴り飛ばされた魔獣の左腕の一部はそのまま地面に叩きつけられた。破壊された腕の切り口からは、少しずつ魔獣の緑色の血液が流れ出していた。
「か、カオスの奴、腕を蹴り飛ばしやがった」
「氷魔法で腕の筋肉を壊死させたようね」
そのカオスの流れるような連続攻撃に、ルナもアレックスも感心していた。アレックスは苦戦しながらもこれといって魔獣に負傷させられなかったのに、カオスはあっと言う間にその魔獣を五体満足ではなくしてみせたのだ。それは、感嘆に値していた。
そこまでのカオスの動きは完璧だった。だが、回し蹴りをし終わった際足が予定以上に回ってしまい、一瞬とはいえ魔獣に背中を見せてしまっていた。今度は、カオスに隙が生じた。
その隙を、魔獣は見逃さなかった。
「ギェアオァアアアォアアアアッ!!」
痛みで悲鳴を上げながらも、尻尾を振り翳してカオスにクリーンヒットさせた。その大柄な身体から生ずるパワーで、力強く振り翳した尻尾で、強烈に攻撃されたカオスの体は先程のアレックスのように簡単に空を飛んだ。
攻撃の後、隙は生じやすい。だから、攻撃に成功した時こそ、より警戒を強めなければならない。それは鉄則だ。だが、今回それを守れなかった。
飛ばされながら、カオスは自分の未熟さ、至らなさを痛感していた。
俺もまだまだだな。
そう思いながら、カオスは空中で身体を反転させる。そして、そのままだと叩きつけられていた大木に足をつけ、体のバネを利用してその衝撃を緩和させ、叩きつけられるダメージをほぼゼロにした。それから、カオスはゆっくりと体勢を整えながら地面に降り立った。
ダメージはほとんど無い。尻尾の攻撃を喰らった腹に多少の痛みは残っていたが、それも身体に支障をきたすようなものではなかった。出血も無かった。だから、先程の攻撃は無かった事にしても問題ないようなものだったが。
それでもカオスは不機嫌だった。ダメージはなくとも、雑魚である筈の下級魔族にやられた事には変わりなく、そんな自分の無能ぶりに腹が立っていた。
目指すのはこんなところではない。あんな下級魔族、ゴミ魔獣を倒した程度で満足する気は無い。楽勝で当然、てこずっている場合ではないのだ。
だから、もっと上へ。もっと上へ。もっと上へ!
それはまだまだ出来ていないこと。そんな自分の至らなさに腹が立っていたのだ。
「クソが。クソがっ!」
もっと強くならなければならない。フローリィよりも、ロージアよりも、そしてマリアよりも。そうしないと、いつまで経っても自分は守られる立場のままだ。対等に並べはしない。
そんなクソからはすぐに脱却したい。
「このクソ野郎がーっ!」
カオスは意図的に自分を怒らせた。
カオスの瞳は青から真紅に変わり、その目つきは鋭さを増した。それと同時に、カオスの周りにどす黒いオーラのようなものが一気に噴出した。
「!」
ルナはそのカオスの真紅の瞳に見覚えがあった。カオスがガイガーを惨殺した時、見せた時と全く同じものだったのだ。
真紅の瞳と、吹き出る邪悪な気配。
木々はざわめき、鳥は逃げるように羽ばたいていった。ひとしきり雑音が木霊した後、その場には戦場らしからぬ静けさが漂っていた。
その周りの異変、カオスの異変に魔獣は気付き、少し後ずさりをした。その魔獣の少し怯える姿を見て、カオスは愉快そうに口元を歪めた。
「死ね」
◆◇◆◇◆
不気味に静まり返るルクレルコ・タウン外れの丘陵へと向かう林道を、マリアは急いでいた。動物達は声を潜め、ただ不気味な気配がいつもカオス達とトレーニングをしている丘陵の方から漂っていた。
何か悪いことが起こっている気がする。
そう思いながら、マリアはその道を急いで駆け上がっていた。そのマリアは、その途中でその両の眼に見ることとなる。
丘陵で起こった現象の一部を。
黒く光る一本の太い魔法の光線が、上空に向かって放たれてゆくのを。
「あれは?」
マリアはその攻撃を見てすぐにピンときた。あの大砲のような攻撃は、カオスがアヒタルで強盗団の一人を飛ばした時の攻撃の雰囲気に似ていた。
これが、カオスちゃんの力?
これが本当にカオスによるものだとしたならば、思った以上の素養である。そのサプライズに、マリアは呆然と口をあけていた。
「クククク」
一方、その大砲のような魔法光線を放ったカオスは愉快そうに笑っていた。元の青い目に戻ったカオスは、極大魔法を放った余韻を感じながら、目の前に残る魔獣の死骸の欠片を眺めていた。
これを、カオスは狙っていたのだ。
ルナの話等を信じるならば、ガイガーを殺したり、強盗団のデブを突き飛ばしたりした時、何かしら特別な力、強大な力を発揮していたことになる。そして、その二つに関して少し考えると、それらは一定の状況下で起こっていたことも分かる。死にかけと、キレ気味の怒り、どちらにしても我を失っていたということだ。
そこで、カオスは考えた。それが本当なら、もしかしたらそれに似た状況下に自分を追い込めば、その力を自分でも見られるのかもしれないと。だから、カオスはわざと自分を追い込むような思考を繰り広げたのだ。
結果はカオスのシナリオ通り。カオスはルナの話していた力をその目と身体で確認することに成功した。さっきまで苦戦していた魔獣は、たった一回の攻撃で粉々に吹き飛んだ。
これ以上愉快なことは無かった。
「はーっはっはっはっは!」
この力を完全に自分のものとする。それが、強くなっていくための道程である。はっきりとした道程が見えたことが、カオスにとってはこの上ない喜びであった。
一方、マリアの方は丘陵に向かう途中で立ち尽くしていた。そして、自分が小さな子供だった頃聞いた、遥か昔の話を思い出していた。
カオスの放った魔法に似たような魔法は、幼心になぜか強く残っていた昔話、母が話してくれた御伽噺に出ていたのだ。
魔法のエレメント表からも抹消されてしまった禁断の魔法。
禁断の『闇』魔法として。




