Act.030:魔獣強襲Ⅱ~謎の魔獣~
まずは、どうすっかなぁ?
カオスはその魔獣の様子を見た。動きが緩慢なのはいい。それだけならばスピードで振り回せば簡単に倒せるだろうが、そう簡単に行かないのは明確。そのネックとなっているのは腸みたいな触手に思えた。
「あの触手がウゼェな。とりあえず、あの触手を焼き払っちまえばいいんじゃねぇか?」
炎は衝撃云々とは関係ない。そして、あの魔獣は身体の表面は普通の獣に似かよっている。触手とて燃えはするのだろう。
その触手が焼き払われて無くなれば、衝撃系統の攻撃も通用するようになる。こっちとしては非常に有利な展開になる。
ルナはそんなカオスの意見をすぐに理解した。
「そうね。って、えっ?」
そう、すぐルナは気付くハメとなる。この場で炎系統の魔法をマトモに使えるのは自分しかいない、自分があの魔獣の触手を焼き払わなければならないのだと。
とは言うものの、氷系統のカオスと土系統のアレックスでは向かないというのも事実ではある。
「そういうことだ。ま、頑張れ」
「な~んか納得いかないのよねぇ。分かりはするんだけど」
だからこそ、ルナはスッと戦闘の構えを取って魔力を充溢させ始めた。
「ギ!」
すると、その魔獣はルナから出始めた魔力に反応して、敵意ある視線をルナ達三人に向けた。それを感じ取って、アレックスは叫ぶ。
「来るぞ!」
「キシャァァアアアアアアアアッ!」
魔獣は牙を剥き、両腕を振り上げる。だが、それはカオスの予測通り緩慢な動きで、こちらから攻撃の隙を窺わせる動作の一つとして捉えられた。
ルナは魔力を充溢させながら軽やかにステップを踏む。すぐさま右手に魔力が充溢し、それは炎へと形を変える。
態勢は右足を前に置き、左足を後ろにしてしっかりと地面を踏みしめる。それから左手を後ろに流すと同時に、右手の平手を真っ直ぐ前へと突き出した。
ルナの右手から炎が数本の火炎の矢となって、魔獣に向けて突き進んだ。トラベル・パスの試験前に、ルナがカオスに向けて放った技と同じ技だ。
「キシャァ? キシャァアアアアッ!」
魔獣はルナの火炎魔法を目にして、また咆哮する。すると、その咆哮に応じたかのように、その魔獣の触手が素早いスピードで動き始めた。
触手は蛇がとぐろを巻くように円状の形をいくつか形成すると、それは盾となって魔獣の前に現われた。魔獣はその触手の盾を素早く動かしながら、ルナの火炎魔法に軌道を合わせた。
ルナのさっきの火炎魔法は矢のよう、つまり軌道は真っ直ぐである。
火炎の矢は全て触手の盾にぶつかった。触手の盾は少し後方に後ずさりながらも、その激突した衝撃を和らげながら完全にガードした。そのルナの魔法は、触手の盾を前に完全に消滅させられたのだ。
「なッ!」
「触手で防ぐとはな」
本体の緩慢な動きとは対照的に、触手の動きの素早さと、そのトリッキーさにカオスとルナは驚きを隠せなかった。だが、アレックスは驚いた表情は見せなかった。それは、さっき一人の時に見たからだ。
アレックスは解説する。
「そう、触手であの弾力性の高い盾を作って、どんな強い攻撃も防いでしまうんだ」
「ふーん」
「そう」
「「って、分かってたんならさっさと言え、大馬鹿野郎がっ!」」
納得したと見せかけて、ツッコミ代わりのカオスとルナのツインパンチがアレックスに炸裂した。アレックスは宙を舞い、また元居た場所に落ちた。
ドサリ。
「触手で防ぐって言った」
「盾までは聞いてねぇ」
理不尽なツッコミのように思えて、そう抗議するアレックスを、カオスはバッサリと切り捨てる。そう、データは一部だけ聞いても仕方ないのだ。ある情報は全て入手した上で、そこから策を練らなければならない。その点では、今回は完全にアレックスの咎だったが。
その咎をいつまでも気にしていてもしょうがない。気にしているだけでは、魔獣は倒せない。
「で、どうする?」
「んー、そうだなぁ~」
カオスにまた訊ねるルナに、カオスは少し頭を捻ってすぐに回答を出す。
「よし。これだな」
「何か思いついたの?」
「逃げちまおう」
逃げる。逃亡。退却。
「って、またかい!」
トラベル・パスの実技試験時の、対ガイガーの時を思い出しながらルナとアレックスはそうツッコミを入れた。あの時やろうとしたことと、同じように見えたのだ。だが、その時の判断はカオス自身も覚えているので、今回はただ逃亡を図っただけの前回の策とは違うと説明する。
「まぁ、逃げると言っても、今回は前向きな撤退だがな」
「前向きな撤退?」
逃げるというのは、常に後ろ向きな判断から出された結果なのではないか?
ルナはそう考え、それ故に首を傾げる。そんなルナに、今回の撤退は対象を倒す為の途中経過としての逃げである、とカオスは説明する。
「逃げるといっても、ただ逃げる訳じゃねぇ。逃げて時間を確保し、戦況が俺達に有利になるように地の利を変えるんだ。落とし穴を掘って、そこに落とし、油等を撒いて燃やしたりするのさ」
いくら弾力性の高い盾を持っていようと、油を浴びた上での炎ならば、衝撃ではないので防げないだろう。アレックスはその策に落ちて燃えゆく魔獣を想像しながら、勝利を確信して笑みを浮かべた。
「いい作戦じゃねぇか」
「だろ?」
「だが」
いい作戦だ。アレックスはそう思いながら、その作戦がなかなか施行出来ない事に気付いてしまった。
「だが、いくら何でもあの魔獣を落とす位の落とし穴なんてそう簡単に掘れないぜ? その作戦のそこの穴はどうするんだ?」
すぐに這い上がれるような穴に落としたところで、それには意味は無い。這い上がれない位の大きな穴に落とすからこそ、この作戦には意味がある。だが、そんな穴を普通に掘るには、どんなに柔らかい土だとしても優に一時間はかかるだろう。その時間、人間の匂いで追いかけてくる魔獣が待ってくれる訳が無い。
普通に考えればそうだ。これは使えない策だ。だが、そうやって駄目な策だと思うのは発想が貧困な証拠。カオスはアレックスの発想の貧困さに溜め息をついた。これを解決するのは簡単なのだ。
「手じゃなくて、魔法で穴掘れよ」
シャベル等でちまちまと穴を掘ったら時間がかかってしょうがないが、強力な魔法を地面に叩きつければ、それだけで大きな穴を作り上げることは可能。
「あ」
カオスの一言で、アレックスもそれに気が付いた。
「ああ、そうか。それだったら一瞬だな」
「ド阿呆が」
カオスはそう言いつつ、視線をアレックスからその魔獣に戻した。そして、逃走前のカモフラージュとして、殺気漲る目で魔獣を睨みつけた。そして、大きな声で叫ぶ。
「行くぞ!」
カオス達が動こうとした。その瞬間、魔獣はニヤッと笑った。ルナの時と違って、カオスの殺気に対抗せず、ただ少し愉快そうに少し口元を歪めた。そしてその魔獣は、腹から出ている触手を何本か前面に残したのみで、残りの触手を全て地面に突き刺した。
モグラの行進のような音を立てながら、触手は地面の中を素早く這いずり回っていった。そして、一定の所まで到達すると、向きを90度上にして地面の外へと突き出した。
嫌な音を立てながら、触手は再び地上へと姿を現していく。その触手はそれによってカオス達を攻撃する事はなく、ただ伸び続けてグルッとカオス達とその魔獣を囲うようになった。つまり、その触手がカオス達とその魔獣を囲う檻となったのだ。
「触手で囲まれちまったか。これでは逃げ道はねぇ」
「早速作戦失敗ね」
しかも施行する前に。
「お前が逃げたから学習しちまったじゃねーか!」
カオスのほとんど八つ当たり同然な鉄拳が、アレックスに炸裂した。
「ンな無茶苦茶なー!」
アレックスはそう叫びながら、青空を舞った。そして、地面に落ちる。ドサリ。
自分が逃げたから、こうして三人で戦っている。そして、こうして三人で戦ってるからこそ、そのカオスの作戦は誕生した。つまり、自分が逃げなければ、その作戦も何もあったもんじゃないのだ。
そう分かってるからこそ、アレックスはカオスの鉄拳制裁がただの八つ当たりにしか思えなかったのだ。
「り、理不尽」
「やかましい!」
カオスはそんなアレックスに聞く耳持たなかった。カオスは、ただ失敗した苛立ちをどうにかしたかっただけだったのだ。無茶苦茶である。
そして。
「グヒャフヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
そんな無茶苦茶なカオス達の状況を見て、その魔獣は愉快そうに笑った。笑ってるように見えた。
「笑ってる?」
魔物、しかも人の言葉を解せず、人の形もしていない下級魔族が笑うとは聞いたこと無いが、それでもアレックスにはそう見えた。そんなこともあるものなのかとアレックスは首を傾げたのだが、その魔獣がカオス達を笑っているのは明らかだった。
まるで、ただの獣が人間を馬鹿にして大笑いしているかのように。
「すっげームカツく。マジ、ブッ殺す」
「そうね」
それがカオス、そしてルナの苛立ちを助長したのは言うまでもない。
◆◇◆◇◆
その一方でルクレルコ魔導学院職員室では、緊張が走っていた。学院理事長であるセシル・ハートが、普段滅多に見せない真面目な顔をしているからだ。真面目な顔をして、全職員を呼び、自分の前に立たせていた。
セシルは凛とした顔と声をして職員に通達する。
「緊急事態よ」
彼女はそう言いながら、手を翳す。ポーズ自体はよくやるふざけた様子と大差は無いが、そのいつもとは違う雰囲気から、何かしらイレギュラーが発生していると職員達は察知した。
「理事長、どうかしたんですか?」
リニアが訊ねる。
「下級魔族ではあるものの、正体不明の魔獣がこのルクレルコ・タウン近辺で目撃されたわ」
「こちらです」
セシルのサポート役の男性教師がそう言い、皆の注意を黒板の方に向ける。そこには近隣住民の目撃情報等から描いたイラストが大きく貼られてあった。
「これが目撃談を元に作成した魔物の全貌です」
右と左に二つずつある四つの目、両肩に無数に生えている棘、腹からうじゃうじゃと出ている触手、頭のてっぺんから尻尾の先までずっと続いているたてがみ。
イラストには、そんな魔物の容姿が事細かに描かれてあった。それを棒で指しながら、そのサポート役の男性教師は解説をする。
「グレンビーストに似てなくもないですが、明らかに違います。グレンビーストには触手は無いですし、目も左右に一つずつの二つですからね」
確かに。パーツの一つ一つが違うな。雰囲気が似てはいるのだが。
教師陣は解説する言葉に納得するように賛同する。それを聞いて、サポート役の男性教師は解説を先に進める。
「グレンビーストではない。では、これは一体何物なのか? 短期間ですが、図書館の書物等で調べてみました」
「で、どうだったんだ?」
「分かりませんでした。魔物に関する書物等に、この魔物に関して一切載っていないのです。つまり、人間界的に言えば、このような魔物は存在しないんです」
「だが、こうして存在しているのだろう?」
「ええ。ですから、考えられる可能性としては四つ。まずは目撃者の見間違い。とは言え、既に複数の目撃者もいることですし、この可能性は非常に少ないでしょう。残りは三つ。まず一つ目は、グレンビースト辺りの似た魔獣が突然変異か何かでこう変化した。次は魔界に住む、似てはいるが我々の知らぬ魔界の別種が何かのはずみでこちらへ来てしまった。そして最後は、グレンビースト辺りの魔物を何物かが違法改造して放ったかのどれかです」
突然変異、別種、違法改造。
職員室で魔物の徘徊の事を聞きながら、マリアは不安に駆られていた。彼女にしてみれば、このような場所で問答をしている時間など無いのだ。
外には弟が居る。
それが、マリアをどうしようもなく不安な気持ちにさせていた。




