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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter3:地上最強の魔女
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Act.029:魔獣強襲Ⅰ~カオスのちょっとした訓練~

 ある日の午後4時頃、アレクサンドリア連邦の東にあるルクレルコ・タウンの北東の外れにある山の丘陵の部分、いつもトレーニングしている場所にカオスは一人でやって来ていた。授業終了後の放課後に、ここへ自主トレーニングにやって来たのだ。

 制服の上着を鞄と一緒に木の根元に置いて、そこから少し離れた場所に直立する。息をゆっくりと吐きながらまだ硬い体をほぐしていく。そこからゆっくりと力を入れながら、魔力を充溢させる。

 カオスの周りに魔力がオーラとなって現われる。トレーニングし始めの時はとても不安定で、すぐ消えてしまう儚い炎のようだったが、それに比べると幾分安定し始めているのではないか。カオス自身でもそう感じられるようになっていた。

 慣れてきたかな?

 カオスはそう感じ、少し満足する。だが、そこが終着駅ではない。カオスは欲を出し、そこからさらに一歩前へ進めようと試みた。

 一歩前、そう魔法の発現だ。

 カオスは、ゆっくり右手を真っ直ぐ前に出した。それから、右手を視界の真ん中に捉えながら意識を集中させる。そうしながら、自分の得意魔法となるのではないかと思われる氷魔法を発現させんと、氷をイメージし始める。

 氷、氷、氷、氷。

 カオスの右手に冷気が宿り、氷を形作っていった。短期間とは言え、今までの基礎トレーニングの効果は出ているらしく、トラベル・パスの実技試験前の時よりも強い魔法が生み出せるようになっていたのは確かだった。

 氷、氷、氷、氷。

 マリアに言われた通り、自分の限界の力を出すようにカオスは努める。そうする為に、より一層氷のイメージを強めようとしていた。

 氷、氷雪、氷、氷雪。

 氷や雪と言えば雪女であろう。カオスは雪女のイメージを強くし始めた。雪女は暗い雪原の中を、それとは対照的な純白の着物を身に纏い、舞い踊り、氷雪と戯れる。吐く息からは雪が生まれ、辺りを真白に染める。

 冷たいながらも美しい雪。

 冷たいながらも、艶やかな微笑みを浮かべる雪女。

 そう、俺は雪女。美しい雪女。

 うっふん(^ε^)-☆Chu!!


 

 その瞬間、カオスの右腕の氷は消えた。



「ノウッ!」


 集中力を欠き、魔法を終わらせてしまった自分の浅はかさに、カオスは頭を抱えたい気分になった。馬鹿、ドジ、大ボケ、詰めが甘い。そういった色々な悪口が形となり、自分の頭上に落ちてきた気がした。

 俺もまだまだ未熟だな。

 別に慢心していた訳ではないが、カオスは改めてそう感じていた。だが、カオスはそれをすぐに前向きに捉える。未熟なのは百も承知。だから、こうしてトレーニングを積むのだ。

 まずは魔法発動中の集中力を高めていこう。カオスはそう考えた。これ以上無い位の凄まじい集中力を得ようと。


「そう、裸婦の前でも大丈夫なようにっ!」

「何、卑猥なことを口走ってるかーっ!」


 思わず決意が口からだだ漏れしたカオスに、突然何者かの鉄拳が炸裂した。カオスは宙を舞い、地面に落ちる。


「不意打ちは卑怯なり~」


 倒れながら文句を言うカオスの横に、鉄拳の主、ルナは口から湯気を吐いているんじゃないかというような表情、恐怖心から思わず目を逸らしたくなるような表情で、仁王立ちしていた。

その仁王像の前でカオスは、その不意打ちにより大ダメージを受け、回復が。


「と、それはどうでもいいんだけどな♪ 盗み聞きは良くない趣味だぞ、ルナよ」

「そんなことしなくても、あの馬鹿みたいな大声は嫌でも聞こえたわ」


 カオスはヘラヘラと平然と立ち上がり、ルナに向かってヘラヘラとした声で、ヘラヘラとした態度で接する。そんなカオスに、ルナは付き合いきれないと思いながら、少し顔を引きつらせていた。

 カオスとマトモに相手していたら、間違いなく頭がおかしくなってしまうわ。

 ルナはそう思い、話を変えることにした。自分とて、何も理由無しにここに来た訳ではない。


「まあ、いいわ。それよりカオス。アンタ、本格的に修行を始めたんだって?」

「あ、ああ」

「何でまた突然に? 何の風の吹き回し?」


 今まで全く真面目にトレーニングをしようとしなかったカオスが、いつまで続くかは分からないけれど、こうして真面目にトレーニングしているからには、そこに至った何かしらの理由があるに違いない。

 ルナはそう考え、カオスに詰め寄る。カオスはそんなルナを見ながらゆっくりと息を吸い、溜め息のようにゆっくりと吐いた。そして、もったいぶったように話し始める。


「俺はね、肝心なことに気付いていなかったのさ」

「肝心なこと? 何さ、それ?」


 アヒタルでのカイや、ラシュトを見たことで、大切なものを守る為にはそれ相当の力が無ければならない。力が無い者は、奪われ、失意の底に沈むハメとなる。だから、何も失わないように力をつけておく必要性があるのだ。

 とは、言わない。


「それはな、何にしたって強い男は弱い男よりもモテるんだってな!!」

「アンタは結局それかーーーー!」


 当然のように、ルナの鉄拳が炸裂した。そして、それによりカオスは本日二度目の飛行を楽しむハメとなった。

 ということはやっぱりどうでも良く、カオスはへラッとしたままだ。


「ルナよ。スケベをナメるなよ?」

「何よ?」

「大概の男の行動原理なんざそんなもんだ」

「…………」


 ルナは頭を垂れた。強さをより求めて、己を高みへと導いていく。それこそが修行の王道と考えているルナだった為、そのカオスの言葉は邪道のように感じていた。だが、その邪道な方法を自分の行動のパワーとしている者がたくさんいるのも、また事実なのだ。

 アレックスがはまっている『俺TUEEEE小説』とやらも、最強の力を発揮した主人公が色々な異性にモテモテになるというのが殆どだ。読者がそれを求めているというのならば、その彼等の動機もまたそうなのだろう。

 認めたくはないが。


「何だ? ルナ、どうかしたか?」


 ルナの考えていることを概ね分かっていながらも、カオスはルナにそう問う。ルナは首を少し横に振りながら、唸っていた。


「ああああ、何だか説得力はあるんだけど、納得はしたくないと言うか、何と言うかね」

「カオスー!」


 そうやってルナが複雑な顔をしている時、カオス達の所から離れた場所から、大きな声でカオスを呼ぶ声がカオスの所に届いた。

 アレックスだ。『俺TUEEEE小説』大好きっ子、アレックスだ。チート得る為の努力をしていますか? と、それはどうでも良く。

 そんなアレックスが丘陵の下の方でカオスの姿を見つけて、カオスの方に駆け寄って来ながら大きく手を振って、大きな声を出して呼んでいたのだ。


「こ、ここに居たか。良かったぜ」


 アレックスは全速力で走ってきたのか、息を切らし、汗を垂らしていた。カオスはそんな暑苦しい感じのアレックスを見て少し嫌な表情をした。

 汗臭いし。嫌な予感しかしないし。


「何だ、アレックス? うっさい声出して暑苦しいな」


 この時点で、既にカオスはアレックスが面倒を持って来ている気がしていた。そして、その通りになる。


「実は困ったことがあってな」

「そうか、大変だな。自分で解決しな」


 カオスは全く迷わず即答する。そのカオスの即答ぶりに、アレックスの脳ミソは一瞬真っ白になった。


「って、冷たッ!」

「甘ったれるな。俺が力を貸すのは、美女か美少女か美幼女だけだ。野郎なんかに貸す力など何処にもねぇ」


 堂々と言ってはいけないことを、カオスは堂々と胸を張って言いのけた。その余りの堂々振りに、アレックスとルナは絶句した。二の句が告げない、とはこのことだろう。二人はそう思っていた。

 この時点でカオスの積極性は望めない。だが、このままでは良くない。アレックスはそう考えた。だから、アレックスはさっきのやり取りは無かったことにした。アレックスは、カオスが承諾したものとして話を進める。


「でな、実はな」

「だから、聞いてねぇっつーの」


 言うまでもなく、それは通用しない。それは当たり前だったのだが、アレックスはそんなカオスの反応に逆ギレする。


「か、勝手な!」

「お前もな!」


 それから10秒程度、カオスとアレックスの間に沈黙が流れた。アレックスはどうやって自分の問題にカオスを巻き込むか考えていた。そしてそれに対してカオスは、特に何も考えていなかった。

 10秒。それはとても長い間のように感じられ、ルナはそれに耐え切れずにカオスに妥協するように話しかける。


「話くらい聞いてやったら? 力になるかなんてそれから決めればいいんじゃない?」

「そりゃそうなんだけどさぁ、なーんか嫌な予感しかしねぇんだよなぁ」


 ルナにそう返事をしつつ、カオスは非常に嫌な顔をした。面倒事も、大変なことも御免だ。とは言え、このまま睨みあっていてもしょうがない。カオスは聞くだけ聞いてやることにした。


「まぁ、いい。話せ。聞いてやる。力にはなってやらねーけどな」


 力になれ!

 そう言いたいところではあったが、そう言うとカオスの気が変わるのは火を見るより明らかだったので、アレックスはそれは全く気にしないことにして、すぐさま自分の困っている物事について話し始めた。


「実はな、このルクレルコ・タウンの外れでちょっと大きめな下級魔族を見つけたんだ。で、ルクレルコ魔導学院の生徒として、町を守る為に倒そうと思った訳だ」

「で、倒せなかったのか?」


 困っていると銘打ったのだから、そうであろう。カオスはそう予測を立て、その通りだとアレックスは首をたてに振る。


「ああ。俺としては色々な攻撃を仕掛けたんだが、そのどれもが殆どダメージを与えられなくてな。どうしようもなかったんで、無念ではあるが逃げることにしたんだが」


 そう言いながら、アレックスは自分が元来た道を振り返った。すると、その遠くから明らかに魔獣と思われる影が見え始め、明らかに魔獣としか考えられない咆哮が聞こえ始めた。その姿を目視で確認出来るようになってから、アレックスはその魔獣の姿を上から下までざっと見る。

 右と左に二つずつある四つの目、両肩に無数に生えている棘、腹からうじゃうじゃと出ている触手、頭のてっぺんから尻尾の先までずっと続いているたてがみ。

 間違いなかった。


「俺の攻撃で怒りを買っちまったらしい」

「「この大馬鹿野郎がーッ!」」


 あちゃーというような感じで笑うアレックスに、カオスとルナの怒号がハーモニーとなって飛んだ。カオスはお馬鹿さんなアレックスに、怒号から説教へと続ける。


「君子、危うきに近付いちゃイヤン、バカン♪ ダメ~、って昔からよく言ってるじゃねぇか!」

「下らん説教より今はあの魔獣が先ッ!」


 何処かおかしいカオスの説教に、ルナのきついツッコミが入ったのは言うまでもない。

カオスは面倒くせぇ、面倒くせぇと、ブツクサ文句を言いながらアレックスが怒りを買った魔獣に目を向けた。そして、ざっとその魔獣の様子を窺った。


「とりあえず、動きは余り速くなさそうだな」


 カオスはそう判断する。あの魔獣に、そう判断させる材料があったように見えなかったルナは、カオスに不思議そうな顔をして訊ねる。


「何でそう思うのさ?」

「簡単だ。アレックスの足でここまで差をつけて逃げられたんだからな」


 アレックスの足は、そんなに速くない。そのアレックスの逃げ足で、ここまで結構な差をつけて逃げてこれたというならば、その魔獣の移動速度自体大したことないという結論になる。

 カオスは多くは言わなかったが、それだけでルナは十二分に納得したのだった。


「ああ、成程ね」


 そう言いながら笑い合うなんて二人共酷い!

 アレックスはそう思ったが、実際それは事実なので、反論は出来なかった。アレックスは少し鬱な気分になったが、それでもこの魔獣をどうにかして倒さなければならない、という考えは萎えずに生き続けていたので、気を取り直して魔獣と向き合った。

 アレックスは油断しているようなカオスとルナに忠告するように言う。


「確かに、移動速度は速くないかもしれない。だが、奴はパワーがあって、その上こっちの攻撃をあの触手で防いでしまうんだ」

「触手? あの飛び出た(はらわた)みたいなヤツか?」


 カオスは魔獣の腹から出ている触手を見ながらそう言った。アレックスはそんなグロテスクな喩えはどうかと思ったが、実際にあの魔獣の触手は腸に見えなくもないので、「ああ」と適当に相槌を打った。


「面倒くせぇが、どうせ逃げても臭いを嗅ぎ分けて追っかけてくるんだろうな」

「だろうね。ここまでアレックスを追って来たのも、それを元にやって来たんだろうし」


 じゃあ、この場で倒すしかない。カオスはそう考えた。ルクレルコ魔導学院に連れ込めば戦力も増えていいのではないかとも一瞬考えはしたが、それをしては町の中にある学院にあの魔獣が辿り着くまでに、一般の町民が多大な被害を被ることとなる。言うまでもなく、それは絶対に避けなければいけない。

 ならば誰か一人が学院に助力の要請に行けばと考えたが、その間はこの場を残った二人で切り抜けなければならない。それはどの組み合わせでも非常に厳しい。それならば、この魔獣を三人で倒してしまった方がいいだろう。そう考えたのだ。


「クッソが。倒すしかねぇか。行くぞ!」

「「おうっ!」」


 カオスの声にルナとアレックスは応えた。

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