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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter3:地上最強の魔女
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Act.026:タイトルの無い生活Ⅰ(前編)

 港町アヒタルでカオス達がトラベル・パスを入手した五月初めの休日のさらに翌日、ルクレルコ・タウンのルクレルコ魔導学院では普段通り授業が行われる日となっていた。

 その日の朝、カオスは学院の前まで一人でやって来ていた。そんな人気の無い場所、カオスの前に一つの壁が立ちはだかっていた。

 校門が閉まっているのだ。


「むう」


 やはり遅刻だったか。

 カオスは苦笑いをしながら、腕を組んで考える。それは分かっていた。学院の門は本鈴が鳴ってから少し経ってから閉まるシステムになっているそうなので、今日の遅刻は惜しくも何ともない完璧なアウトだとその門を見ただけでカオスは理解した。と言うか、そんなものは門を見るまでもなく分かっていたことだ。

 ものすごい遅刻。メッチャ遅刻。

 とは言うものの、そんな遅刻も今回が初回ならばまだいいだろう。しかし、遅刻は今回を併せて何回になるのか既に分からないし、数えたくもない状態であった。流石に今回の遅刻はバレるとマズイ状況な気がした。停学や退学にはならないが、何かしらグダグダと説教垂れられるのは必至であろう。

 やはりサボっちまうか。

 カオスは一瞬そう考えた。だが、そうすると後々さらに嫌なことになるのは分かりきっているし、姉であるマリアが学院で講師をしている以上仮病も使えないのは当然であった。故に、頭の片隅に少しだけ出たそのアイディアはすぐに脳内で却下された。

 ならば、とカオスはニヤッと笑う。バレないように学院内に潜り込み、いつの間にか席に座って、遅刻を無かったことにすればいいのだ。出席を取った時は腹の調子が優れなかったとかどうとかで返事出来なかったとか、言い訳は腐る程ある。

 カオスはそれを早速実行に移すことにした。まず第一歩として、気付かれないように校舎内に入らなければならない。カオスは音を立てないように静かに跳躍し、閉まっている校門を飛び越えて学院の敷地内に入った。膝のバネを上手く利用して音を立てずに着地したカオスは、そのまま流水のように滑らかに姿勢を変えて校舎に向けて走り出した。

 正門から校舎まではどうしても目立ってしまうので、ここは素早く移動する。ここが今回のミッションの大きな山場であり、ここを突破出来ればミッションは成功出来るだろう。カオスはそう踏んでいたのだが。

 その企みは失敗に終わる。

 走り始めたカオスの姿勢は、走り始めてすぐにその姿勢を崩してしまう。倒れ、地面にその胸をつけてしまったのだ。それが、誰かに足を引っ掛けられたことによるものだとカオスは転ぶ瞬間にきちんと把握していたので、こうして誰かにバレてしまった時点で自分のミッションは失敗であると理解していた。

 カオスはチラッと顔を上げる。そのカオスの視界に、カオスを地面に擦り付けた凶悪な足が入ってきた。黒いストッキングにパンプス。視点を上げていくと、それにピッタリと合うシャープなスーツを着こなす女教師の姿が目に入ってきた。その顔を見て、カオスは顔を青くする。彼女の顔には見覚えがあった。

 ルクレルコ魔導学院教師、リニア・ロバーツ。カオスの姉であるマリア・ハーティリーと同じく、B級のトラベル・パスを持つ美人教師としてとても有名だ。だが、性格はそんなマリアとは対照的だということをカオスは重々と分かっていた。


「遅刻常習犯、カオス・ハーティリー」


 リニアは左手を腰にあてて下に転がっているカオスを見下ろし、その名を呼ぶ。学園屈指の美人教師でありながら、非常に堅物で融通の利かない女教師と、遅刻常習を初めとして生活態度がお世辞にも良いとは言えない不良生徒。有名なのはお互い様だった。


「や、やあ。リニア・ロバーツ先生。今日もお変わりなくお綺麗で。あは、あはははー」


 無駄とは分かっていたが、カオスは何とかこの場を誤魔化せないものか考え、試行錯誤していた。だが、そんなカオスに対してその堅物教師の言うことはシンプル極まりないものだった。


「校庭20周」

「服もシャープな感じでカッコイイのになぁ。これで優しさが少し垣間見れたら、世の男共は放っとかないのにぃ」

「問答無用」


 聞く耳も持ってくれない。カオスの策は、繰り出すことすら出来なかった。

 校庭20周のランニング。カオスの遅刻のペナルティはここに決定した。一般の罰と比べて随分と多いような気もするが、それも遅刻の累積によって罰も累積させられた結果なのだった。



◆◇◆◇◆



 カオスは校庭を走る。走る。走る。走り続ける。その間、カオス達の教室では朝のホームルームが終了し、1時間目の授業までのつかの間の休息時間となっていた。

 そんな時間にアレックスは1点をじっと見つめていた。最初はシリアスな顔だった。だが、すぐに口元が緩み、目尻が緩み、顔全体が緩んだ。そして、終いには気味の悪いにやけ顔となっていた。


「へっへっへっへ」


 アレックスは昨日手に入れたトラベル・パスのパスを眺めながら薄気味悪く笑っていた。Cランクに合格したのがそれだけ嬉しいというのは訊かなくても分かるが、それを加味しても端から見たら気味の悪い笑顔だった。

 アレックスと同類と思われたくないので、アレックスから少し離れた場所にルナ達は立っていた。ルナはいつまで経っても気味悪い雰囲気のままのアレックスを、少し冷や汗を垂らしながら指差す。


「何なの、アレ? 気持ち悪い」

「Cランクのトラベル・パスを手に入れてからずっとああみたいよ」


 アメリアもそのアレックスの気味悪い様子に辟易している感じだった。

 トラベル・パスのCランクは、確かにDやEと比べると試験が2回に渡っている分だけ入手するのは難しい。だが、学校や会社等の入試と違い、Cランク以下は定員の決まっていない試験である。端的に言えば、全国民が合格出来る試験だ。ハッキリ言って、合格しても大したことではない。

 受かったのは嬉しいけれど、そこまでじゃないよなぁ。

 同じ試験に合格したルナは、アレックスの喜びように完全にひいていた。サラもそんなアレックスに冷たい視線を送る。


「ったく、みっともない男ねぇ。図体に反して器が小さいと言うか、何と言うか」

「全くだ。あの程度のテストで心乱されるとはな」


 そうやってアレックスを小馬鹿にしたことを言ったサラに、同調する者がルナ達の背後から現われた。その同調した男は、調子に乗ったように言葉を続ける。


「所詮、アレックスもその程度の男か。奴もまた、カオスと同様に無能だということだな」

「!」


 ルナ達はその男の方を振り向いた。そしてその男の方を向いた後、ルナ達は真面目な顔をして互いの顔を見合った。ルナ達は男の顔をチラッチラッと見ながら、ボソボソと話し合う。

 首を傾げながら。


「あ、あの男、誰だっけ?」

「確か、えんじ、何とかだったような?」

「いやいや、エリマキでは?」

「違う違う。電気、何とかという記憶がなくもなく?」


 その男は、ルナ達三人全員の記憶から完全に消去されていた。そんな三人の様子からその男は激昂する。激昂しながら名乗る。


「ウェッジだ! ウェッジ! ウェッジ・ディアコード! クラスメイトの顔を忘れるとは失敬な!」


 作者からも存在を忘れ去られた男、ウェッジは顎が外れる程大きな口を開けて抗議をしていた。

 その騒音から、アレックスも自分の周りで騒いでいることを察知し、パスを畳んで自分の席から立ち上がった。そして、ルナ達とウェッジの居る場所に歩いて近寄った。気味悪さは若干薄れてはいたが、アレックスの顔には笑みが残っていた。

 アレックスはウェッジに声をかける。


「よう、ウェッジ。いい朝だな」

「何か用か? アレックス」


 ウェッジは仏頂面で返事をしてはいたが、内心では若干喜んでいた。自分の名を忘れているルナ達とは違い、アレックスは自分の名前をきちんと覚えていたからだ。だが、それをプライドだけは何よりも高いウェッジは、絶対に顔に出さない。口に出さない。アレックスも口に出さない。そもそも気付かない。

 アレックスはニヤニヤした顔でウェッジをからかう。


「ウェッジよお前、『また』Cランクのトラベル・パスのテスト不合格だったんだってな。わははははっ!」


 アレックスは豪快に笑う。その一方で、ウェッジは少し顔色を悪くする。そんな彼にさらにアレックスは追撃をかける。


「お前は四月生まれだから、俺達と違って去年も受けられたんだよな? と言うか、去年も一次試験突破したってメッチャ自慢してたもんなぁ! ぶははははっ!」

「さぁて、何のことか知らんなぁ」


 苦しいと分かってはいたが、ウェッジは誤魔化しにかかった。そのうろたえるウェッジを見ながら、アメリアは穏やかな微笑みを浮かべる。穏やかな微笑みを浮かべながら、心を鋭く突き刺すような言葉を発する。


「あの程度のテストに二連敗した人は、当然ながら一発合格した『無能なアレックス』よりもさらに無能君になるわよねぇ? そうだとすると、ウェッジ君は」


 ウェッジの言葉を引用するところが、とてつもなく嫌味だった。だが、ウェッジを除くルナ達他の面子はそのアメリアの言葉にパッと乗っかった。そのアメリアの言葉の続きを、ルナ達は次々と言う。


「超無能」


 とルナ。


「激無能」


 とアメリア。


「スペシャル無能」


 とサラ。


「スーパーデラックスハイパー無能」


 とアレックス。

 ルナ達が言うごとに、ウェッジの顔色は次々と悪くなっていっていた。彼の敗北は決定済みなのだ。最早、ウェッジが何を言っても「ウェッジ=無能」という事は覆せなくなっていた。だが、自身のプライドに固執しているウェッジは、それでも無駄な足掻きをやめようとしない。


「フ、あのトラベル・パスの試験は、無能であればある程に合格する試験なのさ。騙されるなよ」


 ウェッジ自身、それは苦しい理論だと分かっていた。そして、案の定サラからそれに対する厳しいツッコミが入る。


「騎士団を始めとして、警官連中に至るまで全て無能だと? えらい無茶苦茶な言い訳だなぁ」

「くっ!」


 カオスだ。サラの中にカオスが居る。

 アレックスは相手の心をザクザク切り裂くようにツッコミを入れる楽しそうなサラに、カオスの姿を思い浮かべた。思い浮かべながら、自業自得とは言え野球で喩えるならば既に100 - 0のコールド負け並みに旗色の悪いウェッジに、アレックスは少し同情していた。最早、ウェッジには打つ手など何もありはしないのだが。

 それでも尚、ウェッジは開き直ったように笑う。そして、何にしろここにこれ以上止まり続けるのは無意味であると彼自身分かっていた。これ以上ここに居続けても、傷付くだけだというのも含めて。


「ま、負け惜しみを言いたければ勝手に言ってるがいいさ。あ、もう授業が始まるか。これ以上無駄話をしている場合ではないな。自分の席に戻る。では、また会おう」


 これ以上何も言われたくはなかったので、ウェッジは隙間を挟まないようにそう言葉を続け、返事を待たずに踵を返して自分の席の方に戻っていった。追いかけてこなければいいと願いながら。

 サラはウェッジを追いかけなかった。他の面子も追いかけなかった。ウェッジなんて、彼女等にはどうでもいいことだったからだ。だから、去りゆくウェッジの背中にサラが呟いた言葉は非常にシンプルだった。


「もう来んな」


 ルナやサラ達の周りはそんな楽しい雰囲気、もとい殺伐とした雰囲気になっていた。そんなサラ達の背後から、一人の男がのらりくらりとした様子で近付いてきた。カオスだ。


「楽しそうだな。俺も混ぜろや」


 ウェッジがやられて敗退した様を遠めで見ていたカオスは、何やら楽しいことになっていると思ってそう話しかけた。その声に、ルナ達他の面子は今まで居なかったカオスがやっとやって来たことに驚き、一斉に顔をカオスの方に向けた。カオスはそんな他の連中の表情を見ても全く動揺せず、普段通りの顔で他の連中と接する。


「おう。みんな早いな」


 朝のホームルームはとっくに終わっている。そんな重役出勤でありながら、カオスの態度はとても尊大だ。

 お前が遅いだけだろうが!

 誰もがそう思ったが、誰もそれを口にしない。出来ない。なぜなら、口にする前にルナの鉄拳がカオスに炸裂したからだ。それにより、カオスの身体はロケットのように宙を舞い上がり、カオスは空の星の一つとなった。ご臨終だ。ということは勿論無いが、それ相応の衝撃がカオスに与えられた。


「何でお前にいきなり殴られなきゃなんねーんだ!」


 出会い頭に突然ぶっ飛ばされたカオスは激昂する。余りに理不尽で、無茶苦茶のように思えたからだ。だが、ルナの中ではそうするに至った理由はある。だから、ルナも怒鳴る。


「遅刻すんなと散々昨日言ったでしょーが!」


 遅刻するな。

 カオスは上を眺める。右を眺める。左を眺める。下は眺めない。


「ああ。そう言やぁ、言ってたような言ってないような、そんな気がするな」


 カオスは昨日の出来事を少しずつ思い出しながらそう言った。確かに、ルナはそのように昨日の別れ際に言っていたのだ。だが、それも今思い出されたこと。ついさっきまでは頭の片隅で眠り続けていた上、それは既に過ぎ去ったことだ。

 カオスは開き直ったように笑う。


「でもまぁ、遅れちまったもんはしょーがねぇじゃん♪」


 反省の色、無し。

 そのカオスの行動がルナの怒りの温度をどんどん高めてゆく。魔力は充溢してゆき、口から湯気を吐き出さんばかりになっていた。

 攻撃に移り。

 そうなった時、ちょうど授業開始を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。


「さぁて、授業開始だな」


 カオスはルナの相手を切り上げて、さっさと自分の席の方に向かっていく。ルナの怒りの炎は、授業開始という壁に阻まれて自然鎮火を迎えなければならなかった。そして、その結果も当然全てカオスの計算内だった。サラ達も苦笑いをしながら自分の席へと戻り、授業の準備をしながら教師が教室にやって来るのを待つのであった。

想像以上に長かったので前後編です。

と言うか、Ⅰの前編、Ⅰの後編って何だよ?

とは自分でも思っている(笑)

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