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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter2:港町アヒタル
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Act.025:港町戦争・後始末(後編)

 人の住む場所から遠い場所にある魔界、そこの魔王アビス領内のアビス城、そこの会議室にて魔王アビスと魔の六芒星五人が揃って会議をしていた。現在の内容は死んだ魔の六芒星であるガイガーについてだ。


「そうか」


 アビスはラスターの発言に対して驚いた様子も無く、まるで予想通りであるかのような反応をした。だがそれはラスターとしても同じであり、そういう反応をすると分かっていた。


「ガイガーを殺した者に遭遇しましたが、その言動や状況等からして間違いないのではないかと。そう、ガイガーの死は自業自得という結論です」

「まあ、そんなところだろうな」


 アビスも同調する。


「ガイガーの奴は生前『人間等皆殺しにしてしまえ』と言う過激派に属するような輩だったからな。2~30年位前まではそうでもなかったのだが」


 アビスはそうやって少しガイガーを思い出していたが、すぐに首を横に振ってそれをやめにする。


「まあ、いい。昨今では、犠牲は最小限に止めたい俺とは意見が食い違うのも少なくなかった」

「そうですね。ガイガーの言うようにしてしまっては、結局事は大きくなり過ぎて宜しくないかと。言ってはいたんですけどねぇ」


 残酷なようではあるが、ここでガイガーが消えたことは今後の作戦遂行をスムーズにするのに都合がいい。皆の脳裏にそう浮かびはしたが、それは死人に鞭打つ残酷な現実であるので、誰も口にしようとはしなかった。


「ま、いなければいないで少し寂しいものはあるがな」


 アビスは少しガイガーに対して同情の意を示していた。だが、それはすぐに終わりにする。短く息を吐き、この場のトップとしてすぐに心を切り替える。


「まあ、自業自得では仕方あるまい。文句を言える筋合いは無いな」


 それでガイガーの話はお終い。アビスは銀色仮面、ロージアの方に視線を変える。


「それよりもロージア、Cの方の調査はどうなんだ? 順調に進んでいるのか?」

「あれからグラナダは残って調査を続けていますが、もうすぐであると思います。現在の筆頭候補はCとしてあらゆる意味で可能性は高く、もし何かしら決定的な証拠が出ればほぼ確定と申しておりました」


 ロージアは言葉を一つ一つ区切り、はっきりと調査経過をアビスに報告する。そのロージアの報告を聞きながら、フローリィは今日の出来事を思い出していた。

 Cの筆頭候補、カオス・ハーティリー。今日出会った金髪碧眼の男だ。探し出すべき男であるCは金髪碧眼であるのは分かっている。だが、それだけだ。名前の頭文字はCでないかも言われているが、それはCが生きていても変えられるものなので、ハッキリとした証拠にはならないと言っていた。

 今は金髪碧眼ということ、それだけ。

 そんな結論になりはしたものの、フローリィはそこで思い出していた。アヒタルの電波塔のあった丘の上でカオスに見せられたものを。カオスの耳には、自分や魔王アビスのような人間とは違った耳があったことを。

 でも、まさかね。そんなこと、ある訳が無い。

 それでもCではないだろう。偶然の一つでしかない。フローリィは一瞬あのカオスがCではないかと思ったそんな自分の考えを笑った。そして、その間も会議は続く。

今度は別の魔の六芒星、ノエルにアビスは話を振る。


「では、ノエル。Aの方の進み具合はどうだ?」


 ノエル、指名された長い緑髪の少年のような容姿をした少女は、腕を組んだポーズのままこれまでの調査経過を報告する。


「今すぐ実行出来なくはない。だが、今の段階では目標物まで警備が多いんで、時期が悪いと言える。それを蹴散らす位訳ねぇんだろうけど、そうしてしまうのはボク等の美学、理想とは相反するものだろ?」

「ああ、そうだ」


 アビスは笑顔を見せる。その点では、ガイガーとは真逆なのだ。


「人と言えど、命は命。奪う命は可能な限り最低限に止めておきたい」


 それはこの場に居る者達に共通する考えでもある。そして、それは既に浸透している考えでもある。だから、ノエルを始めとして他の面子もそのアビスの発言に対して特別に驚いたりはしない。

 ノエルはそのアビスの返事を受けて、報告を続ける。


「それは分かりきっていた。だが、それでも一時期奴等の警備も薄くなる時がある。それがこちらとしても狙い目ではあるが、その時はまだまだ先だといったところだ」

「つまり、時を待てと?」


 ノエルの言っていることから要点を引き出し、アビスはこれからAにおいてすべき事を理解する。そして、それを確認の意を込めてノエルに問う。


「ああ、そうだ」


 そんな問いにノエルは即答する。


「まあ、それでもそんなに長い時期待たなきゃならない訳じゃない。次の夏だから、せいぜい数ヶ月といったところだろう」


 まだ実行出来ないA。

 それはアビスにとってとても残念なものではあるが、そのノエルの報告にアビスは何の表情の変化も見せない。


「まあ、16年も待ち続けたことだ。今さら馬鹿みたいに焦ったりはしない。焦りはしくじりを産むからな。石橋を叩いて渡るくらいがちょうどいい」


 そうなるのは予想の範囲であったし、16年も待たされ続けた身としては、待つことには慣れていた。今さら数ヶ月待てと言われても、大した差は感じられなかった。

 つまりは今では何もすることがない。それも含めて、アビスは会を閉会にする。


「ノエルは正確な日時を調べておいてくれ。そして、後はCの調査と確認に専念するということで、今回は散会としよう」




 そうして会議が終わった後、フローリィは自室に向かって廊下を歩いていた。その表情には、少しの喜びがあるようにも見えた。その後ろに、ノエルが現われた。その表情はニヤニヤしていた。愉快な物を見つけたような表情だった。


「嬉しそうだな、フローリィ?」

「ノエル?」


 ノエルは背後から現われたので、そのノエルの表情など露知らず、フローリィは何も気に留めずにその声の主に振り向いた。そして、そのノエルの奇怪な表情を見て少し顔を引きつらせた。

 そんなフローリィの内心を知った上で尚、その本人であるノエルはその奇怪なニヤニヤ顔をやめない。


「どんな嬉しいことがあったのかは知らないけどよ、ニヘラニヘラ情けねぇツラしてんじゃねぇよ。みっともねぇ」

「嬉っ!」


 カオスと対立しなくなりそうで嬉しいか? カオスを殺す機会がなくなりそうで嬉しいか?

 フローリィの脳ミソは、ノエルのその言葉をそう判断する。そして、それで自分をからかうような奇怪な表情をしていると判断する。それは、フローリィを激昂させる。


「馬鹿を言わないでくれる? あ、あ、あたしはあんな奴なんかどうだっていいんだからねっ!」


 可燃物のようにあっと言う間に脳ミソがバースト状態になったフローリィは、何を言っているか自分でも分かっていないようだった。だから、その自分の激昂さえもノエルの娯楽の一つになっていることにも気が付けない。


「あ、あ、阿呆なことを二度と言わないで頂戴! フンッ!」


 フローリィはそんな捨て台詞を残し、ノエルに挨拶もしないで廊下の奥へとのっしのっしと歩いていった。ノエルの愉快そうな顔を残したとは知らないままに。

 ホントに分かり易い奴だなぁ。そう思いながら、フローリィの小さな背中を見てノエルは笑っていた。


「ボクは別に、誰がどうとかなんて一言も言ってないのにな」


 ノエル自身は何も言っていない。全てフローリィが勝手に解釈して、勝手に喋って、勝手に怒ったのだ。それがノエルを愉快な気持ちにさせ、フローリィを苛立たせていた。

 とは言うものの、そんなフローリィの苛立ちもすぐに収まってゆく。フローリィは性格上とても熱しやすくはあるが、それと同時にその熱は長続きしないのだ。どんなに腹を立てていても、一晩寝れば忘れる。そんな感じ。

 ノエルに対する苛立ちなどどうでもいいことでもあったので、それよりもとばかりに今日の出来事を思い浮かべ、そして未来を考えることにした。

 生きていれば、誰にでもまた会うことが出来る。

 きっとまた会えるだろう。そう思うと、これから先の日々も楽しみに至るまでの助走に思えて、顔は自然と綻んでいたのだった。

 そう。また。



 また。



 アヒタルだけじゃない。魔界だけじゃない。夕暮れのルクレルコ・タウン。そこでも、その言葉は飛び交っていた。


「じゃあ、また明日ね」


 自宅前に到着したルナは、カオスやマリア、アレックスにそう言って手を振る。


「おう、またな」


 とカオス。


「またね~」


 とマリア。


「明日会おう」


 とアレックスが次々と言葉を交わしていた。そうして、カオスとマリア、アレックスはそれぞれの家の方向へと踵を返した。

 そう。カオスとマリアは同じ家だから、同じ方向。

 物心がつく前から今日まで三人はずっと一緒で、それはこれからも変わらないと思っていた。でも、そのカオスとマリアの後姿を見てしまうと、自分は部外者ではないかというような気がしてならなかった。だが、それは声にしてはならない。全てこの胸の中にしまいこんで、忘れなければならない。

 そう思い、ルナは大きく息を吐いて自分も自分の家の方に身体の向きを変えた。すると、目の前にはカオスが立っていた。ルナの目に、カオスの顔のアップが映る。


「Я☆×Ы≧∂√■¶♂仝~~!」


 余りの不意打ちに、ルナは声にならない悲鳴を上げる。心臓が信じられない速度で鼓動し、喉元から飛び出さんばかりの勢いに感じられていた。そのルナの様子を見て、カオスは新たな発見、愉快なものを見つけたような表情をする。カオスは楽しそうだ。


「失礼な奴だなぁ。ヒトの顔を見るなり悲鳴を上げやがって」

「いくら何でもいきなり目の前に現われたら驚くわっ! と言うか、アンタ家に帰ったんじゃなかったの?」


 ルナは腰を抜かす程驚いたそんな自分を誤魔化すように、激昂したように見せる。だが、そんなルナにカオスは怯まない。


「俺は『またな』と言っただけだぜ? もう、明日まで会わねぇなんて言ってねぇし、それから家に直行するかどうかも俺の勝手さね♪」

「屁理屈言うな!」

「俺から屁理屈取ったら何も残らない~♪」


 くねくねとイカのように踊っているカオスは、非常に楽しそうだ。それは、ルナから見ても手に取るように分かる。だから、これ以上カオスに対して何かを言っても暖簾に腕押し、糠に釘だと重々承知していた。だから、ルナは少々強引にでも話を変える。


「それより、カオス! 明日は学校があるんだから、今日は早寝して明日は遅刻しないようにしなさいよ! いくら姉弟でもあんまり面倒かけるようなことはしないの! いい?」

「あ、何かやぶ蛇な感じ。じゃ、今度こそまた『明日』な」


 旗色が悪くなりそうなので、カオスは手を上げてちょっと離れた所で待っているマリアの所に脱兎のように去っていった。都合が悪くなったら逃げる。そのカオスのいつものパターンにルナは少し頭を抱えながらも、いつものことなので気にしないようにしようと思っていた。

 いつものこと。

 明日、カオスが遅刻しなければいいな。そう思いながら、自宅へと入っていった。そうして、家の灯りに吸い込まれて、ルナの姿は見えなくなった。

 それを目視で確認すると、マリアは隣に居る弟、カオスに微笑みを見せた。


「カオスちゃんは優しいわね~♪ お姉ちゃんは嬉しいわ~♪」

「は?」


 カオスはあの時のルナに負けないくらいの驚きの表情を見せた。「幼馴染とはいえ、余りからかうんじゃないわ~」とか言って叱られると思っていたが、褒められるとは予想だにしなかった。


「さっきのシーンに俺の優しさなんてなかったと思うが?」

「さっきまでルナちゃん、元気無さそうだったもんね~。何か悩みがあったようだったものねぇ? でも、もう大丈夫そうね。カオスちゃんも嬉しいでしょう?」

「いや」


 図星だった。ルナが何か辛気臭い顔していたのが気になったので、何が原因なのかは分からないが、とりあえずそんな表情をしていても何の解決にもならないので、その表情だけでも壊しておこうとカオスは考えていたのだが。

 そんなことを改まって言われるのは恥ずかしく、照れ臭く、嫌なことだった。だから、カオスは何とかしてそれを否定しようと試みる。


「ルナの野郎、スキだらけだったからな。鼻でも摘まんでやろうと思っただけさ」


 とは言え、それはやはり暖簾に腕押し、糠に釘だった。カオスも自分で言って、それはねぇわと思っていた。マリアはそのカオスの言葉に対して何も言わない。カオスのやった動機がそうだと思った証拠も、何も言わない。ただ、マリアは一つだけカオスに言っただけだった。


「私はカオスちゃんのお姉ちゃんだからね~♪」


 血は繋がっていようがいまいが、姉は姉。だから、弟のやることはお見通しである。マリアはそう言うのだった。それを聞いて、カオスは百の言葉を紡ごうが、千の言葉を紡ごうが、全ては無駄な足掻きだなと思い知った。さっきの自分はルナに対して優位に進めていたが、マリアには逆立ちしても勝てないと悟ったのだ。


「さぁて、さっさと家に帰るか」


 これ以上どうこう言っても無駄。ならば、そんな事はさっさと終わりにしてしまおう。

 カオスはそう考え、少しずつ早足になりながら、ルナの家の隣に建つ自宅のドアを開けて、中に入った。それもマリアの予想した行動通りなんだろうな、と分かっていながら自宅のドアを開ける。そこは今朝早く出た時と全く同じ光景が中では広がっていたのだが、それでもカオスは何となく凄く久し振りに帰宅したような気分になっていた。


「何か、やっと我が家に帰ってきたって感じだな~」

「ふふ、そうね~♪」


 弟をからかう趣味は持ち合わせていないので、マリアはカオスに合わせて微笑む。それに乗り、カオスは今日の出来事を振り返ってそれを口にする。


「妹(偽)が出てきたり、色々とあったからなぁ。長く感じても仕方ないか」


 この一日を表す文章が鬼のような長さになっているのは、触れないのが鉄則である。カオスは続ける。


「ま、妹が違ったっていうのはちょいと残念だったけど、面白かったからまあいいか」


 カオスちゃんはいつも一人。血縁者は誰も知らない。だから、自分の真の味方は誰も居ないと思っているのではないか?

 強盗団の事より妹(偽)のことを言うカオスに、マリアは何となくそんな気がしていた。


「カオスちゃん?」


 マリアは少し寂しそうな顔をして振り返り、カオスの横髪を持ち上げる。そして、カオスの普通の人とは違うピンと尖った耳を撫でながら、母親が子供をあやすような優しい声で話しかける。


「例えカオスちゃんが何処の誰なんだとしても、何時でも何処でも絶対に私はカオスちゃんの味方だからね~?」


 分かっている。それは分かっている。姉歴16年だとするならば、カオスの方としても弟歴16年なのだ。

 カオスはマリアの肩におでこを乗せて少し微笑む。

 言われなくても分かっていることだ。それだからこそ、一方的な庇護では許せない自分がいるのをカオスは思い知らされる。

 自分はカイ、マリアはツキナ。

 母子と姉弟、関係は違っても立場は変わらない。だから、カイの気持ちを痛い程に理解出来ていた。今日までずっと、ただの無力な被保護者でしかなかった。それでは嫌なのだとカオスは痛感した。

 今日、カオスは自分の力で成し遂げたことは一つもない。あれこれあったが、終ぞカオス自身は空気であった。それでは雁間亭が受けたような悪意がハーティリー家やカーマイン家を襲ってきた場合、何も出来ないまま悔しがる羽目となる。そうなってしまうことが恐ろしく思え、そして今のままではそうしてしまう自分の無力さが許せなかった。

 戦闘を目的とする気は今でも全くない。だが、力がなければ大切なものを奪われるだけだ。それが許せないならば、道は一つしかない。

 カオスはマリアから離れ、笑顔を見せる。だが、ただ笑っている訳ではない。強い意志を瞳に宿した、そんな笑顔だった。


「姉ちゃん」


 マリアは何も言わない。カオスのその顔を見て、ただ微笑んでいる。


「俺は強くなるよ。誰よりも、何よりもな」


 そのくらいの覚悟と、力が無ければ守ろうとしているものは守れない。守られているだけの立場から脱却して、共に歩んでいけない。カオスは、そう分かっていた。

 これからの道はとても険しいだろう。だがその一歩を踏み出すのを後悔することはない。それだけは分かっていた。

 力さえあれば、自分に与えられた幸せをずっと守っていけるのだから。

ようやく主人公がやる気を出すところまで来た……

俺のやる気を出させるのは……分かっているよね(笑)?

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