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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter2:港町アヒタル
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Act.024:港町戦争・後始末(前編)

 Bomb!

爆発による音と光は結界でも遮断出来ず、爆音と共に閃光が辺りを包み、全ての者の視界を奪い去った。だが、それでも極限まで狭めてパワーを上げた結界の力は強く、周りに居た者には何の被害も出ないで済んでいた。

 一瞬だか数秒だったか、閃光で視界を奪われた者達の視界は次第に戻っていった。だが、その視界が戻り、外野であるカオス達が目にしたのは、凄惨な光景だった。

 石畳は砕け、バラバラになっていた。土は舞い上げられ、辺りに散らばっていた。そして、モスルの身体は原型が止められない程にグチャグチャになっており、その中のあちらこちらに臓物や骨の破片等を散布させていた。

 Bは必要なくなった結界を解き、爆心地を開放する。その為、爆発で宙に舞ったモスルの身体の破片の一部分は、結界の外で爆発の影響を受けていない石畳、ラシュトの目の前等にも落ちていた。

 ラシュトは黙って自分の足元に落ちた父親の破片を見下ろしていた。そして、それを何の躊躇いもなく踏みつけた。その死肉を憎々しく踏みつけ、より粉々に、より灰燼へせんとした。

 それが終わるとラシュトはそこから足を離し、モスルの死体の破片を、ゴミを蹴るように蹴飛ばした。そしてその行方を全く見届けず、ラシュトは踵を返して結界を張ってくれたBの方に視線を向ける。


「終わりだ。行くぞ、B」

「ああ」


 目的である『モスルの完全なる死』を達成したラシュトは、「もうここには用は無い」とばかりに、アヒタルそのものに対して背中を向けて立ち去ろうとする。しかし、それを止めようとして声を出した者がいた。警官であるコルラだ。


「待て、ラシュト・ダマバンド!」


 ラシュトの気持ちは分かる。だが、それでもこのラシュト・ダマバンドは罪人である。だから、警察の手によって逮捕しなければならない。

 コルラはそう考え、そう叫びながらラシュトの方に腕を伸ばした。だが、Bと共にラシュトはその声を無視し、コルラの手に触れられないままその姿を消した。コルラの伸ばした手の先には、ただ空虚な空間が残るだけであった。


「消えた?」


 コルラは驚きを隠せなかった。しかし、その後ろでカオスは平然とした顔をしている。自分がさっき体験した魔法と同じであり、別段驚くような事ではないからだ。

瞬間移動魔法(インスタンテ)か」

「だね」


 同じと予想したカオスの言葉に、フローリィも同意する。二人、そしてエクリアを始めとする警官連中を除いた他のメンバーは、どうでもいいような表情をしていた。本当にどうでもいいからだ。モスルが死のうと、ラシュトが逃げようと、どうでもいいと思っていた。声に出さなくても、心の底ではそう思っていた。

 ただ、エクリアは悔しさを噛み締めたような顔をしていた。やはり、エクリアは根っからの軍人、治安を守る為に生まれたような女だった。モスルが死んだのはそれすなわち仕事に失敗したということ、どんなにモスルが救うに値しない男であったとしても、エクリアにはそれが彼女は悔しくて仕方がなかったのだ。

 ただ、いくら悔しがったところで死んだ者は戻ってこない。そう、もう全ては終わったことなのだ。



◆◇◆◇◆



 それから少し時間が経った。モスルが死に、ラシュトがアヒタルから去り、港町アヒタル爆破の可能性が限りなくゼロになった。それにより、港町アヒタルはいつもの様相を取り戻しつつあった。木っ端微塵になったモスルの死体は綺麗に片付けられ、雁間亭の看板も偽りの『Restaurant KATANA』から、従来の『雁間亭』に戻されていた。表面上はいつもと何ら変わらなくなっていた。

 エクリア等警官と、エクリアの妹であるリスティアは警察署に戻った。フローリィもモスルが死に、ラシュトが去った後すぐに瞬間移動魔法(インスタンテ)で仲間の居る場所へと戻っていった。雁間亭にはカオス、アレックスと、電波塔から走って戻ってきたルナとマリア、そして雁間亭の住人であるカイとツキナだけが残っていた。

 カオスは出されたお茶を飲みつつ、椅子でふんぞり返る。


「まあ、これで終わったんだよな?」


 カオスの顔は明らかにどうでもいいような感じだった。結局最後まで自分は蚊帳の外のような存在で、空気でしかなかった気がしていた。

 結局カイは殺されなかったし、ツキナも無事で済みはした。それは良かった。だが、悪辣な人間とは言えど目の前で殺される結果となっては、手放しに『めでたし、めでたし』とは言いづらかった。

 ただ、何度も言うようだが終わりではあるのだ。


「そうねぇ、まあハッピーかどうかはともかく、エンドではあるわね~」

「まあ、別に何かをした訳じゃねぇけどな~」


 カオスはぼやく。どうせ巻き込まれてしまったんだから、何かしら物語のキーを握る人物でありたかったのだ。今回も前回(トラベル・パスCランク実技試験)も自分の活躍が思い出せない。思い描けない。それが、カオスの中で不満の種となっていた。


「ん~」


 そんなカオスの横で、アレックスはずっと首を捻っていた。何かしら考え事をしているように見えなくもなかったが、彼が答えを出せるとは思えなかった。


「何唸ってんだ、お前? クソしたいなら、さっさとトイレに行け」

「馬鹿野郎! 考え事だ、考え事! ちょっと解せないことがあったんで考えてたんだよ!」

「何を?」

「いやな、あの眼帯野郎がモスルとか言うオールバックジジィを刺した時に、『カイ殺しの報酬を貰いに来たぜ』とか、そんなことを言ってたじゃん? でも」

「僕は生きてるよ」


 それを聞いていたカイは、そのアレックスの疑問に乗っかる。

 カイは生きている。それどころか、怪我一つしていない。カイを殺すのがラシュトの請け負った仕事だったとすると、その仕事はされなかったことになる。それなのに、あの時ラシュトが仕事は成功したように言っていた。それは、明らかにおかしい。

 アレックスはそう疑問に思い、ずっと考えていた。カオスはそのアレックスの疑問を聞いて大きく溜め息をついた。


「カイは『生存』している。だが、もうこの街には住んでらんねーだろ?」


 何だ、そんなことか。そんな簡単なことをいつまでも思い悩んでいたのか。そんなの簡単じゃねーか。

 そう思いながらカオスは口を開き始め、その話をツキナに振る。ツキナは少し考え込んだような仕草をして、カオスの言葉に首を縦に振る。


「そうですね。雁間亭の経営をも考えると、ここに残るのはなかなか難しい状況ですね」

「ああ、そうか!」


 ルナはそのツキナの言葉を聞いてピンときた。そして、ルナが解釈した、カオスが考えたであろうラシュトの『仕事の成功』を説明する。


「この街にはもう住めない。それすなわち、『アヒタル市民としての死』だった訳か!」

「その通り」


 カオスは肯定する。そして、ラシュトがそうするに至った訳を予想する。


「奴が何考えてそうしたのかハッキリとは分かんねーが、多分ガキの頃からどうしようもねぇ大人共に囲まれていたらしい奴だ。そんな奴等と同類にはなりたくはなかったんだろうな」

「そうなんかね?」


 アレックスは訊ねる。


「多分な。だって手っ取り早く片付けるんなら、街角で会ったあの時に爆弾を使ってカイを爆死させりゃあ、それでお終いだったからな」


 カイを殺すつもりだったのなら、それが一番手っ取り早い。ラシュトの持ち駒が見える今では、そう理解出来る。だが、ラシュトはそうしなかった。そうしなかった訳は、その手が思いつかなかったか、思いついてもやらなかったかのどちらかだ。

 カオスはそれを後者だと考えた。前者である程の阿呆ではないように見えた。では、何故後者なのかとなると、それは性格的なことだろう。それは、つまり。



「甘かったな」



「ん?」


 その声にラシュトは振り返る。港町アヒタルから遠く離れた広い草原、ラシュトとBはそこから動かずにいた。Bは言葉を繋げる。


「あんな子供など殺しても構わなかったんじゃなかったのか? 色々と回りくどいことして、結局は命を奪わないようにしていたように見えたが?」


 あの子供。

 ラシュトはそれがカイ、雁間亭の子供を言っているのだ、とすぐに理解する。


「殺しても構わなかったさ。構わない。だが、それすなわち殺さなくても構わないってことだ」

「ま、まあ、それはそうだが」


 屁理屈ではないか。

 Bはラシュトの言う事を即座にそう理解した。殺したくない感情を、理屈で固めて誤魔化しているだけに過ぎない。そう分かっていたが、それを指摘するのは野暮のように思え、言葉にはしなかった。

 ラシュトはそれに気付かず、己の理屈を続けて意見を完成させる。


「不必要な殺生はしない。獣でも守っている掟だ。そして、それはこのエマムルド強盗団でも変わらない」


 ラシュトは少し空を見上げる。クビにしたヤズドを思い出していた。

 強盗ではあるが、防衛目的以外で殺しはしない。それがエマムルド強盗団の掟であり、そしてそれを抜きにしてもヤズドは人殺しが出来るような人物ではない。それどころか、何を間違って強盗団なんかに入ったのか疑問に思える程に善良な人物であった。だからこそ、モスルを惨殺する前にヤズドに足を洗わせたのだ。

 仲間を失った今となっては、さすがにヤズドは強盗をやめるだろう。そして、今度は自分である。


「全ては今日で終わりだ。」


 どんな理由であれ、防衛目的以外で人を殺した。掟に背いたので、自分もクビだ。


「エマムルド強盗団は、今日をもって消滅する」


 最後のメンバーである自分がクビになったのだ。

 そうして全ては終わる。消えてなくなる。だが、ラシュトは悪い気がしていなかった。モスルを殺す為に今日まで生き、小さい時からエマムルド強盗団と共に歩んできていた。それが、今全てリセットされたのだ。新しい自分になるには、もってこいだ。

 ラシュトは失明した右目をずっと覆っていた髑髏柄の眼帯を投げ捨てる。


「そして、俺も強盗をやめる。だからB、お前ともここでお別れだ」


 そんなラシュトの口元の微笑みはとても自然なもので、悪徳な意図を孕んだ歪んだ笑みではなくなっていた。そのラシュトの笑顔を見て、Bは少しだけ口元を緩める。

 この男はもう、強盗ではない。そして、これから悪事を働くつもりもないだろう。

 それが少し嬉しくもあり、寂しくもあった。だが、それもこれもラシュト自身が決めたのだから、自分がどうこう言うつもりは無かった。だから、否定しない。


「そうか。好きにするがいいさ」

「ああ」


 ラシュトはもう一度笑顔を見せ、歩き始める。Bの横を通り過ぎ、そのままBから離れていく。ラシュトはそうしてゆっくり歩いていたが、不意に歩みを止める。歩みを止め、少しBの方を振り返る。


「B! 結局、お前の正体は分からねぇままだった。だが、お前が居たおかげで俺の一生の願いは無事に叶えられた。感謝する!」


 それからは、全く振り返らずにラシュトは歩いていった。

 今後、何か特別なことでもない限り、ラシュトと再び会うことは無いだろうとその時のBは思っていた。

 そう、ラシュトの言う通りラシュトはBの正体を知らない。魔界にあるアビス城に忍び込み、魔獣の卵を盗み出す。そんな人物が普通の『人間』なんかである筈がなく、強い力を持っている上級魔族であることも。



◆◇◆◇◆



 出会いがあれば、別れがある。

 港町アヒタルでも一つの別れがあった。カオス達は雁間亭のドアを出てすぐ、看板の前に立っていた。日も暮れ始め、自分達の町であるルクレルコ・タウンに帰る時間になったのだ。

 もうお別れ。しかし、もしカイ達がここに居続ければ再び会うこともあったかもしれない。だが、それはない。

ツキナは言う。準備が整い次第母子でアヒタルを離れ、別の町に住むことにすると。


「そうか」


 決めたことなら仕方ない。そして、そうなることは何となく分かっていた。今日みたいなことがあっては、もうこの街には居たくない。街の人々のことをもう、信じられないだろうから。

 カオスは目を閉じる。ツキナは寂しそうに微笑みながら話す。


「ええ、私達は雁間亭を閉めてこのアヒタルから出て行きます。思えば、ここで雁間亭を続けていたのも死んだあの人との想い出に縛られていたからなのかもしれません。いつまでも亡くなった夫との想い出に縋っている訳にもいきませんから。その点で言えば、今回は良いきっかけだったかもしれません」


 このアヒタルには、もういたくない。居続けることは出来ない。その事実が、この場所へと自分を縛り付けていた未練を断ち切らざるをえなくした。だが、これは前進である。そう受け止める。だから、顔を上げて微笑むのだ。


「アテも無いですし、何処へ行くかはまだ何も決めていません。例えそれが何処であるにしろ、何も知らない場所で一からやり直す不安は確かにあります」


 ツキナはそう言うと、隣に居る息子、カイに少し視線を向けてから、もう一度カオス達に視線を戻した。そして、言葉を繋げる。


「でもこの子が、カイがいるならばどんな場所でも大丈夫ですから」


 あの眼帯男、ラシュトの母親も同じように考えたのだろうか?

 マリアの瞬間移動魔法(インスタンテ)の発動の為に、カイ達から少し距離をとり始めたマリア達に近付きながら、カオスは不意にそう思った。だから、振り返ってカイに最後の言葉を投げかける。


「カイ」

「何?」

「母さんは、僕が守る。確か、そう言ってたよな?」

「うん。当然だよ」


 カイは無垢な笑顔を見せる。それが無垢であればある程、カオスはラシュトのあの姿とのギャップを知る。あれはカイのような子供が上手くいかなかった時の未来の姿、バッドエンドなのだ。

 そうなって欲しくないとカオスは思う。


「お前も頑張れよ。あのラシュトみてーになんないようにな?」


 当然だよ。

 そう言っているように、カイは親指をグッと突き出し、笑顔を見せる。ラシュトのようにはならない。ハッピーな話はいつまでも続いていくんだ。そのように主張しているようだった。

 カオスはそのカイの笑顔を見て自分も笑顔を見せる。自分には、家族が義理の姉であるマリアしかいない。シチュエーションは少し違うが、状況としてはカイと大して変わりはしない。

 ラシュトのようにはなるな。

 それはカオス自身においても当てはまる言葉だった。カオスもカイに向けて親指を突き出す。そして、悪ガキ二人は笑い合った。


「何処にいたって生きてりゃ会うこともあるだろう。だから、さよならは言わねぇぜ?」

「うん」

「じゃあ、またな」

「うん。またね」


 カオスとカイは、手を振り合う。それを横目で見ながら、マリアは嬉しそうに微笑んでいた。

 だが、時間は訪れる。魔法の準備の整ったマリアは、ルクレルコ・タウンに向けての瞬間移動魔法(インスタンテ)を発動させる。


瞬間移動魔法(インスタンテ)


 その刹那、閃光がカオス達の周りを包んだ。すぐさま魔法の風がカオス達の周りで具現化し、カオス達をロケットのように空へ飛ばして、そこから消し去ってゆく。そして、後にその場に残るは緩やかな風だけだった。その場に、カイとツキナだけが残された。

 ツキナは魔法を使えないが、瞬間移動魔法(インスタンテ)の概要だけは聞いたことがあり、知っていた。瞬間移動魔法(インスタンテ)を使えば、どの町にだって数秒もあれば十分に辿り着く。だから、彼等はもう自分たちの居るべき場所に戻ったのだろう。そう分かっていた。だが、ツキナはカオス達が去っていった空を見上げながら、まだ微笑んでいた。見送っていた。


「いい人達ね」

「うん」


 彼等が居たから、こうして生きていることが出来た。その感謝はいくらしても感謝しきれない。

 さらにこうして新しい場所へと旅立つ勇気が持てたのも彼等が居たからなのかもしれない。そうとも思っていた。ただアヒタル市民の暴挙に怯えるだけだった自分とは違い、アヒタル市民やラシュトと渡り合える勇気と度胸を見せてくれたから。

 そんな彼等を見たから、同じように強くなろうと最初の一歩を踏み出す勇気が湧いた。そう、今度は自分達の強さを見せる番だ。

 ツキナは微笑み、息子に手を差し出す。


「それじゃあ、私達も行きましょうか」


 ツキナの差し出す手はもうか細い細腕ではなく、頼りがいのある強い手となっていた。その手を見て、カイは微笑む。


「うん!」


 カイはその手をぎゅっと握り、母親と共に歩き始めた。自分もこの手に負けないように強くなろう。カイは、そう決心していた。

 そんなカイ達の後ろで夕日は沈みかけていた。一日の終わりを告げる夕日に笑顔でさよならをして、新しい一日を始める。そんな夕日が、暖かく、そして優しくカイ達の背中を照らし続けていた。



 暖かい春風に吹かれ、看板は軽く揺れる。

 雁間亭にかけられた看板は、今でも『CLOSED』。そして、この看板がもう『OPEN』になることはない。だが、彼等が後悔することも決してないだろう。なぜなら何が一番大切で、何を一番守るべきなのかを彼等は十分に分かったのだから。


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