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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter2:港町アヒタル
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Act.020:港町戦争Ⅶ~カオスvsラシュト 対峙再び~

 年は20歳前後、少女と言うよりレディーと呼ばれる方が相応しい女性が一人、アヒタルの町を歩いていた。目指す場所は警察署。彼女の手には一つの鞄。警察署に居る父親に、家に置き忘れてしまった忘れ物を届けに行く予定だ。

 そんな彼女が警察署に近付くにつれ、彼女の視界に上空へと立ち上がる煙が大きく入り、濃くなってゆく噴煙が目と鼻を刺激するようになる。それでも彼女は歩みを止めなかった。違和感はあったが、まだ何処か他人事のように感じていたからだ。

 そうして彼女はとうとう警察署に辿り着く。彼女の目に映るは、黒煙を舞い上がらせながら炎上する警察署。


「え?」


 嘘でしょ?

 彼女の言葉は音にならない。信じられない光景が目の前に現れ、彼女の思考は麻痺した。

 その彼女の横で、警察署の中から消防団員によって次々と死傷者が運び出されていた。彼女は運び出されている死傷者の姿を眺めながら、父親の顔を思い描いていた。

 父はこの警察署の署員。

 その為、彼女の父親がこの死傷者の列に加わっている可能性が高いことは、思考回路の麻痺した彼女にも考えられた。


「お父さん?」


 彼女は周囲に注意を向けた。父親は見つからず、父親からの返事も無い。


「お父さん!」


 彼女は視線を運び出された死傷者の方に向けた。そして、その中に駆けていった。父親が見つからない不安を抱えたままで。

 彼女の父親の名前はクリストファー・ギルギット。アルダビルの事情聴取を行おうとしたベテラン刑事。アルダビルの爆発を直撃した彼は、警察署の地下で黒い消し炭と化していた。

 それを彼女はまだ知らない。現段階ではまだ知りえないが、それでもこの不条理に降りかかってきた不幸に憤りを感じ、嘆いていた。

 その時だった。アヒタルの町に向けて、ラシュトが電波塔から音声を飛ばしたのは。


『あ、あ、ああああ』


 数秒マイクがテストされ、その声はすぐに本題に入る。


『アヒタルで安穏と暮らしてる愚民共、聞こえるか? エマムルド強盗団のラシュトだ! 今、電波塔をジャックして貴様等に話をしている』


 アヒタルの市民、ギルギットの娘も、エマムルド強盗団をクビになったヤズドも、トラベル・パスのセンターの職員達も、手を休めて電波塔の方に視線を向けた。

 電波塔ジャック?

 列車や船は聞いたことあるが、電波塔は誰も聞いたことが無かった。何がどうであれ、そのラシュトの声を聞いた者の全てが、このアヒタルで何かしら事件性の出来事が起こった事は感じていた。

 町の者が自分の声を聞いているか、聞いていないか。それはどうでもいいというような感じで、ラシュトは話を続ける。


『先程の警察署の爆弾は気に入ってもらえたかな? アレを設置し、爆破させたのは勿論俺だ。アレは今まで俺達に上等かましてきてくれたことに対する、ささやかな礼とでも思っておいてくれ』


 ラシュトは自分の罪状をあっさりと公表する。そのような秘密は彼にとっては些細なもので、誰に知られようとどうでも良かったのだ。それよりも、彼には進めておきたいものがあった。それ故、その秘密をあっさりと公表しつつ話を進めるのだ。


『さて、俺は先程の警察署と同等の威力、もしくはそれ以上の威力を秘めた爆弾を、このアヒタルの町の要所要所にいくつか設置しておいた。それらは俺のこの手一つでいつでも爆破出来る。あの警察署と同じ悲劇が、この町で次々と起こるのだ』


 ラシュトは少し大仰に語る。その口調で、アヒタル市民の焦燥感を煽ろうとしたのだ。


『それらをこの町の何処に設置したかは教えないし、警察署がそうであったように、爆弾はどれもこれも俺でしか解除出来ねぇし、発動直前までは目視も出来ねぇ。つまり、俺の意志一つでこの町をあっと言う間に火の海にすることも可能って訳だ。それは分かるな?』


 ラシュトは少し間を空ける。それにより、ラシュトの言葉をアヒタル市民の心に実感を湧かせようとしたのだ。そして、話す。


『だが、俺は慈悲深い。罪の無いアヒタル市民を傷付けるのは最小限にしたい。だから、今から俺のいうモノを持って来てもらえれば、これ以上の爆破はしないでやろう。次の内のどちらか一つでいい。まずは一つ目。それは今日、我々になめたマネした連中全員の首!』


 それは明らかに、カオス達のことである。だが、カオス達の名前を知らない為か、ラシュトはその連中に関する詳しいデータを言わない。

 誰のことだ?

 そんな疑問が町民に残る事はラシュトにも分かりきっていたが、電波塔からの一方的発信という質問の出せない状況をいいことに、ラシュトはもう一つの方に話を進めてしまう。


『そして、もう一つ! それは、そもそもの事の発端となった雁間亭のガキの首! そのどちらか片方でいい。それを、この電波塔の下の所に警察関係者以外の者が持って来い』


 そう要求しながら、ラシュトは右手に魔力を充溢させ始める。そして、見せしめ用に爆発魔法を1箇所発動させる。口に出す必要はないので、演説しながらその箇所の魔法爆弾を発現させる。

 リモートコントロールボム、No.4アヒタル大通り発動。そして、それをすぐに爆破する。


『Bomb!』


 そのラシュトの声と共に、アヒタルの町の中心部にある大通りで爆破が起こり、上空まで黒い煙が一気に駆け上がる。電波塔の窓からラシュトはアヒタルの町並みを眺め、警察署の他にもう一つ黒い煙が上がったことを確認すると、満足そうに笑った。


『タイムリミットは今日の日没まで。出来るだけ急ぐがいい。町中、こうならないようにな』


 そう言い終わると、ラシュトは用の終わった電波機器のスイッチを乱暴に切り、通信を遮断した。

 これで最終ミッションの第一段階は終了した。引き続き、第二段階へと移行する。

 ラシュトは少しだけニヤッと笑った。自分のアヒタル市民に対する脅しと、それに対するアヒタル市民の今後の動向、そしてそれに伴うアレの今後の動きは、手に取るように分かる。

 これの為に今まで秘密裏に策を練り、準備を進めてきた。失敗する訳が無い。

 ラシュトは絶対の自信を持っていた。それが、表情にも表れていた。だが盗みの仕事がそうであるように、絶対の成功を確信した時に人は傲慢から油断をし、普段では考えられない過ちを犯す。ラシュトは過去の先人達の教えや経験から、自分の頬を叩いて気持ちを引き締め直した。

 最後まで、成功するまでは分からない。

 ラシュトの顔は元に戻り、そこには油断はもう無かった。ラシュトは傍らに置いた箱を抱え、電波塔の通信室から外に出た。すると、そこには頭からすっぽりとフードを被って顔を隠した、漆黒の修道服を着た女性が立っていた。フードの下から覗いて見える赤い唇を緩やかな弧の形に描き、彼女は面白そうに笑う。


「あの内容で良かったのか?」

「Bか。内容? ああ、バッチリだ。何の問題も無い」


 世間話のように話しかけるフードの女性、Bに対し、ラシュトは満足そうに答える。


「人とは脆く、弱い。そして、自分勝手な生き物。それは己の命が危機に晒された時、如実に現われる。良く知らねぇガキの命一つで自分は助かる。そうだとしたら、やることは一つしかねぇ。そして、さらに言えばもう一つの選択肢である『今日我々になめたマネした連中全員の首』だが、俺は誰だとも何人だとも言ってねぇだろ?」


 やはり、わざとだったか。

 その要求の時、出来る限りの詳しいデータを伝えないことについてBは少し疑問を持っていたが、その言葉で納得した。ラシュトは、最初から『今日我々になめたマネした連中全員の首』を獲ようとは思っていないのだ。

 雁間亭のガキの首。ラシュトの狙いは最初からそこだけにあった。ラシュトは、Bの予想通りの話をする。


「誰かがどいつの首を持ってこようと、『違う』と言えばそれでいい。それが誰で何人なのかは俺しか知らないからな。どうとでも言える。さらに、ここへ攻撃しかけたりして俺の要求をはねつけようとした場合、町中の爆弾を一斉起爆される恐れがある。だから、町の人間はカイを殺して捧げるしかねぇのさ」


 ラシュトはそう説明すると、そのBを伴って満足そうに電波塔の階段を下りていった。着々と計画を進めていくラシュトの頭には、次の自分の行動パターンが思い描かれていた。

 今のところ、全て彼のシナリオ通りだった。だったのだが。



「たのもう!」



 そんなラシュト達の前に、カオス達がいた。カオス達がいた小屋は電波塔から非常に近い場所にあり、早急に駆け付けることが出来てしまったのだ。そうしてカオスとラシュトは再び対峙することとなった。

 ラシュトは舌打ち混じりに話す。


「今朝の奴等か。随分と早いじゃねーか。ただ、カイの首を持って来ているようには見えないが?」


 カオス達の首を獲ることを全く考えていなかったラシュトは、明らかに人の首のような物を持って来た形跡の無いカオス達を睨みつける。だが、カオスはケロッとした表情で、開き直ったように答える。


「ねぇよ」

「は?」


 無いなら無いで、自分を誤魔化す為、もしくは時間稼ぎの為に何かしらの策を考えてやってきたのだろう。そう考えていたラシュトは、あっさりとカイの首は無いと認めてしまうカオスの反応に戸惑いを見せた。カオスはそんなラシュトを見ながら、ニヤニヤという感じの笑みを浮かべる。


「だから、その『今日、我々になめたマネした連中の首』とやらを持って来てやったんじゃねぇか」

「首?」


 首を持って来たというカオスの言葉に、ラシュトは怪訝そうな顔をした。首を持って来たと言うか、ただやって来ただけだからだ。


「持って来たって、しっかりと胴がついてるじゃねぇか」

「分売不可!」


 まだ戸惑いを隠せないラシュトに、カオスは堂々と言い放つ。首と胴は常に一緒。その二つを離れ離れにすることは、誰にも出来ないのだと。

 ボケ?

 カオスにとって、それはボケだったのだろう。だがラシュトは笑わないし、それにツッコミもしない。ただ、戸惑いの表情から不機嫌な表情に変化して言った。冗談の通じない彼にとっては、そのカオスの行動も『なめたマネ』の一つであるのだ。


「上等じゃねぇか。そんなにアヒタルの町を爆破して欲しいようだな」


 町を火の海に変える。

 彼にとって、それは武器の一つとして用意した脅し文句であった。デモンストレーションとして街角を爆破したのも、アルダビルもろとも警察署を炎上させたのも、それが可能であると思わせる為の布石としていた。

 そんな脅しに対し、カオスはケロッと答える。


「やれるもんならやってみろよ」

「は?」


 アヒタル市民を見殺しにするようなカオスの発言に、ラシュトは驚いた表情を見せた。だが、それは見殺しではなく、カオス達はきっちりと考えた上でそう言っていた。

 ラシュトには、アヒタルの町全てを火の海に変えることは出来ない。

 カオス達はそう確信していた。精神面では出来るのかもしれないが、そこまで長けた魔法技術は持っていない。街角でアレックスを刺したことも踏まえ、このラシュトという人間がそこまでの使い手とは思えなかった。

 カオスはラシュトに回答する。


「あれだけの威力に加え、遠隔操作。そして、発動直前までは目視が出来ない爆弾。大したもんだよなぁ。大魔導師になれるかもな。それが何の制約も無く出来るっつーんなら」

「!」

「だが、そういうのを自由に使える程の使い手だとは、街角で遭遇した時も思わなかったし、今も思わねぇ。と言うか、あの場で仲間が一人やられたんだ。そんな力があるのなら、あそこで何らかの手段を打てただろうからな。つまり、お前は大したレベルじゃねぇ一般的な使い手だっつー訳だ」

「チッ!」


 図星であった。確かにアヒタルの町を全て火の海と化すことは、技術的に出来ない。少なくとも今すぐやることは出来ない。

 ラシュトは不機嫌そうに舌打ちする。だが、それはカオスに対してではない。自分の能力の限界に、ラシュトは憤りを感じていたのだ。

 確かに、ラシュトの能力である時限爆弾魔法(系列:炎)は、固体であれば生物でも非生物でも何に対してでも時限爆弾を自由に設置出来る。そして、それら一つ一つ全てを自分の意志で爆破することが出来る。起動時間は5秒程度。その上で、起動開始までその爆弾は不可視な上、手で触ることも出来ない。そのようなメリットがある。

 ただし、設置が出来るのは上限5個まで。それ以上は設置出来ず、別の場所に設置するにはどれか爆破して設置した数を減らす必要がある。さらに爆破時間は短いのだが、設置時間は長く、一つ設置するのに10分近くの時間を要する。そのようなデメリットがあり、実戦でバンバン使うのは現実的ではない。尚、今朝の段階でラシュトが設置済みにしていた爆弾は以下の通り。

 No.1 ラシュト

 No.2 ヤズド

 No.3 アルダビル

 No.4 アヒタル大通り

 No.5 ?

 新たに設置出来るのは既に爆破した3と4のみ。とは言え、事前準備に時間がかかるのに変わりはない。

 その詳細までカオス達が知る由は無いのだが、ルクレルコ魔導学院で教鞭を振るっているマリアの居るカオス達だ。そのようなものである、とカオス達は察せたのだ。

 カオスは笑う。


「図星だろ? だから、お前なんか恐れるに足らねぇって訳さ」


 図星ならラシュトは焦るだろう。カオスはそう踏んでいた。だが、ラシュトは愉快そうに笑う。


「クククク、ホントいい度胸してやがる」


 これもまたパターンの一つ。この策は想定以上に早く人が押しかけ、電波塔が人で混乱状態に陥った場合に使おうと考えていたが、こうなるのもまた目的地へのルートの一つでしかない。

 ラシュトはそう考え、電波を飛ばしていた時も傍らに置き、今も持っていた箱を誇らしげに前へと掲げる。


「そんなに死にたいのなら殺してやるよ。コイツでな!」


 そんなラシュトを見ても、カオス達は暢気に構えて焦りを見せない。さっきのフローリィとの対峙に比べれば、平凡な使い手であるラシュトの対峙は緊張走るものではないのだ。


「どうせ出すんだからさぁ」

「早くして欲しいわね~」

「そんな余裕も今の内だけだ」


 ラシュトは箱が開け易いように地面に置いた。そして、その箱をカオス達に向けて開けた。箱自体に鍵はかかっていなかったらしく、その箱の中身はすぐにカオス達にお披露目となった。

 そしてその中身、黒い卵がカオス達の目に飛び込んだ。


「卵?」


 鶏とか、鴨とか、そういったヤツなのだろうか? 首を少し捻ったカオスの横でルナが声を上げる。


「アレは、魔獣の卵!」

「その通り。強いぞ」


 ラシュトは笑う。だが、それでもカオス達は焦らない。魔獣の卵の特性を知っているからだ。


「大丈夫よ~。強い卵は、それだけ封印も強いから簡単には割れないわ~」


 そんなカオス達の暢気さを見て、ラシュトはニヤッとする。そのような事、ラシュトは百も承知なのだ。それを分った上で、それを出そうとしているのだ。その点で、カオス達はまだこのラシュトという男をナメていた。そのことに、カオス達は気付けなかった。

 ラシュトは躊躇わずに動く。


「リモートコントロールボム、No.5魔獣の卵発動」


 そうラシュトが言うと共に、箱の中の魔獣の卵が光を放ち、そこから時限爆弾が現われた。

 落としても割れないような固い封印。殴ってもヒビ一つ入らないような凄まじく固い封印。ならば、自分の魔法である爆弾で殻を吹き飛ばせばいい。ラシュトはそのように考え、用意を済ませてあった。

 封印は解かれる。以下の言葉と共に。


「Bomb!」

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