Act.018:(自称)妹
カオス達は新緑に囲まれた道を、地図を見ながらハイキング気分で暢気に歩いていた。そうしてアヒタルの中心部から離れて約10分経った頃、カオス達の視界に緑の中にポツンと建っている一軒の古いログハウスが入ってきた。
そこが目的地に違いないな。
他にそれらしき物は全く見当たらなかったので、カオス達はそこが目的地だと断定して歩みの速度を速めた。そして、すぐにその家の玄関の前に到着した。
「ここか」
「みたいね~」
マリアはカオスやルナの見ているログハウスと、自分の持っている地図を見比べながら再確認した。ここで間違いはないようだ。
この中に妹が居る?
カオスは自分の心臓辺りに手を当てる。
「ドキがムネムネするにゃあ」
「胸がドキドキでしょ~」
緊張したような顔をして、自分の胸に手を当てながらそう呆けたことを言うカオスに、マリアはニッコリとした顔でそうツッコミを入れる。すると、カオスはその緊張したような顔を一転して、お笑い芸人のような表情をしてマリアの方を振り返る。
「ま、それはお約束だがなぁー」
右平手をハリセン代わりにして、空気を切るのも忘れない。
「やっぱり~?」
まあ、そんなところでしょうね~。
マリアは何となくそうなると分かっていたので、芸人のようなカオスに対しにこやかなままだった。その顔を見て、カオスはまたそのログハウスのドアの方に視線を戻す。
「じゃ、そーいうことで行くとするか。レッツ・エンター」
「切り替え早ッ!」
生温いお笑いタイムは終わった。だから、また本筋に戻す。当たり前なのだが、そのあっと言う間の出来事にルナは驚き、そんな声を上げたのだ。
カオスはそんな驚きの声を気にせず、ログハウスのドアをノックした。古くなっているが、その樹木の品の良い音がハウスの内外に響き渡った。
ドア入ってすぐの部屋でくつろいでいた三人は、そのノックの音にすぐに気付いた。その音を聞いて、既に似合わないスーツを脱いである甲冑姿のような下級魔族が一番に立ち上がった。
「来客ね」
「俺ガ出ル」
「お願い」
上司であるフローリィの声を受けて、その下級魔族は玄関の方へとゆったりとした歩調で進んでいった。その歩みはゆっくりとしたものではあったのだが、立ち上がった場所から玄関まではほんの数メートルしかないので、その下級魔族はすぐに玄関まで辿り着いた。
そのドアがゆっくりと開かれる。すると、彼の目の前に人間三人の姿がすぐに目に飛び込んできた。
カオス、ルナ、マリアはその下級魔族の姿を見て目を丸くする。
「い、妹?」
そんな阿呆な。
ルナはそう思いつつも、一応そう言ってみる。目の前に居るのは3メートルオーバーの甲冑っぽい姿をした厳つい姿。
カオスはそんなルナの言うことを即答で否定する。
「ど阿呆。コイツは男じゃねぇか」
「NON。残念ながら、そいつは男でも女でもないよ。そいつは魔術によって造られた擬似生物だから、性別ってもの自体ないのさ。分かり易く言えばゴーレムの仲間ね」
自分の部下を男と勘違いしたカオスの声を聞いて、フローリィは不必要と思いつつも一応そう否定して正しいことを教えた。
その声を聞いて、カオスはこの空き家に居るのは目の前に居る甲冑マッチョだけではないんだな、と当たり前のことに気付かされた。そして、その声の方向を向いた。すると、そこにはその声からイメージされる姿と違わない可愛らしい女の子が居た。
背は自分より20cm位低い。長い金髪で、その髪を両サイドで結わえてツインテールにしている。耳は尖っていてエルフのようだが、綺麗なドレスを着ていてその姿は何処かの城のお姫様のようだった。
文句は無い!
カオスはフローリィの姿を見て、一目でそう思った。そして、韋駄天のように素早くフローリィの前に立ったカオスは、自分の前の美少女にニッコリと微笑む。
「おおっ、妹よ♪」
これが妹なら文句は無い。寧ろ、自慢する。メッチャ自慢する。
カオスはそう思うと、顔は自然とにこやかになった。
「な、何? 何なの、コイツ?」
その一方、フローリィは突然目の前に訳の分からない阿呆が出て来て、どうすればいいのか分からずに唖然としていた。そのイマイチどこか噛み合わないカオスと(自称)妹の姿を遠目で見ながら、ルナとマリアは苦笑いしていた。
そんな中、不意にカオスは自分に向けての殺気の存在に気付いた。それと同時に、カオスは(自称)妹を抱えてさっと横に飛んだ。
その直後、大きな破壊音と共にカオス達の居た木の床が穿たれた。カオスがその視線の方向に目をやると、長い鞭のような触手が目に映った。そして、その触手の先からその持ち主の方向に視線を移すと、そこには蛇のような下級魔族が目に映った。
攻撃を仕掛けてきたのはこの蛇のような下級魔族。それに間違いはなさそうだった。
カオスは抱えていた(自称)妹を離し、スッと立ち上がって自分達に攻撃を仕掛けてきた魔族を睨みつける。それと同時に、ルナとマリアも戦闘できる態勢に変化した。
「チッ!」
カオスに攻撃を外されたことで蛇型魔獣は少し苛立ちを見せ、軽く舌打ちをした。その様子を見ながら、カオスはその魔物が自分に対してまだ敵意を持っていると察する。戦闘能力があるかどうか分からない(自称)妹の前に立ち、一応その魔物から守る体勢となる。
「魔物か。後ろに下がってな。今、追い払うから」
とりあえず、カオスは(自称)妹に好意的に接する。そして、カッコイイお兄ちゃんアピールをするのだ。
カオスはそんなことを考えたが、そこから少し離れた場所でルナとマリアは冷静に、その光景がどこかおかしいと判断していた。
「何か変ですよね、マリア先生」
ルナがマリアにそう振る。そして、マリアはそのルナの発言にその通りだと頷く。
「そうね~。カオスちゃんを襲ったあの魔物は~、私達がここに入る前からここに居たみたいだからね~。何かが入れば分かることだし~」
守ろうとするカオスに、それに対峙する蛇型魔獣、そしてそれを冷静に眺めるルナとマリア。そんな中、蛇型魔獣の攻撃から守る名目で、カオスによって受身を取らされたフローリィがパンパンとドレスについた埃を落としながら立ち上がった。その表情は、何処かしら不機嫌なものがあった。
「ったく、いきなり危ないわねぇ。あたしが怪我でもしたらどーすんのよ?」
フローリィは部下である蛇型魔獣に文句を言う。確かに突然で危なかったことについては自分に非はある。蛇型魔族、彼女はそう思い、フローリィに謝る。
「申し訳ありません。しかし」
自分が攻撃を仕掛けた理由も話さなければならない。
「フローリィ様、彼ですよ。あのカオスは」
あの『カオス』?
まだ、名は名乗っていない。カオスは少し首を傾げた。
「ん? 何故、俺の名を知っている?」
そんなカオスの問いは答えられることはなかった。その問いを無視して、フローリィはすたすたと蛇型魔獣の居る方へと歩いていってしまう。
「って、危ないから下がれっちゅーに」
彼女等がつるんでいると知らないカオスは、そう言って手を伸ばして止めようとしたが、フローリィはそれも無視して蛇型魔族の目の前まで辿り着く。そして、振り返りカオスの方に視線を向ける。彼女の後ろにはすでにさっきの甲冑型ゴーレムも立っており、その三人がカオスの方に視線を向けていた。
「!」
さすがに、そこでカオスも気付いた。あの後ろの魔族は、金髪ツインテールの少女には危害を加えようとしていない、寧ろそれに付き従っているということに。それすなわち、彼女等には何かしらの繋がりがあるのだとカオスは理解した。
「初めましてだね」
フローリィは口を開く。
「あたしは魔の六芒星の一人、フローリィ」
フローリィは目の前に立っているガイガーの仇にそう自己紹介する。自己紹介の必要性など全く感じてはいなかったが、これから死に逝く者に自己紹介するのは最低限の礼儀であろうと考えていたのだ。
魔の六芒星、魔王アビスの配下。
カオス達に戦慄が走る。特にルナとマリアは、その少女に対し睨みを聞かせていた。カオスは腕を組みながら、ちょっと視線を左右に振った。
「と言うことは、だ」
カオスは問う。
「アンタは俺の妹ではないと?」
「そうよ。でも、アンタを騙したのはコイツだけどね」
フローリィはカオスの言うことをあっさりと認めつつも、部下である蛇型魔獣を指差して騙したのは自分の咎ではないと主張する。相手が誰であれ、このような姑息で卑怯なマネは自分の望むところではないからだが。
そんなフローリィの言うことを、カオスはほとんど耳にしていない様子で大きく息を吐く。
「そんなことはどうだっていい。だが、それよりそんなマネをしてでも俺を呼び出すということは、それなりの用があるっちゅーことなんだろ?」
そして嫌な顔をする。
「聞きたくなんかねーけど、どうせそうしなきゃなんねーんだろ? 言うだけ言えや」
カオスはおざなりに言い放つ。その前でフローリィはカオスと対照的に真面目な顔をする。
「ガイガーはあたしの仲間だった。特に仲が良かった訳じゃないけれど、それでもかけがえのない仲間だった。それを、アンタは殺した」
魔の六芒星。
ガイガー。
その言葉の一つ一つで、あのシーンをその両目で直視していたルナには、目の前の魔族の狙いが何なのか少しずつ浮かび上がってきた。
トラベル・パス試験でのカオスの上級魔族惨殺。
試験官にはカオスがあの魔族を殺したことは言わなかったが、試験官に会った時試験官は『魔の六芒星』、『骸骨型ヘルメットのガイガー』という言葉を幾度も口にしていた。そして、カオスが殺した上級魔族も骸骨型ヘルメットを被っていたのだ。
「だから、アンタには」
フローリィは言葉を続ける。その先は、ルナには言わなくても分かっていた。
殺す。仇を討つ。
アレが彼女の言うガイガーならば、彼女は仇討ちに来たのだろう。ルナはそう予測をつける。そして、その通りにフローリィの言葉は続く。
「その罪の為に、死んでもらうわ」
「…………」
その場に、少し静かな空気が流れた。
カオスに惨殺されたガイガーの仇討ち。
とは言うもののその時の記憶が無いカオスや、その場に居なかったマリアには何のことなのか訳分からない様子だった。カオスは眉をひそめる。
「は?」
何か謂れの無い罪を問われているような気分になったカオスは、訳分からないと頭を混乱させながらも、もしかしたら自分の知らない何かがあるのかもしれないと思い、とりあえず自分の隣に立っていた姉、マリアに訊ねてみた。
「何の話か知ってるか、姉ちゃん?」
「さぁ~? 分からないわ~」
その場に居なかった彼女が、知りようもない。
「と言うことだ」
「何かの間違いじゃないかしら~」
「カオスと言っても、俺じゃない別のカオスって名前の奴じゃねぇか?」
カオスとマリアは、次々とそう言った。彼等にしては、カオスがガイガーを惨殺したという記憶は無いのだから、あくまでも本気でおちゃらけているつもりもなければ、からかうつもりでもなかったが。
カオス自身にその時の記憶が無いとは知らないフローリィは、カオスがとぼけている、もしくは自分をからかっていると解釈した。そして、それが彼女を激昂させる。
「ふ、ふ、ふざけるなー!」
その激昂の叫びと共に、彼女から感じられる魔力が桁違いにアップした。容姿はただの少女にしか見えなかったが、魔王アビス直属の幹部なだけあって、魔の六芒星という名は虚仮威しではないと見せつける。
「殺す。絶対に殺す!」
フローリィは右腕をサッと振り上げ、構えを取る。彼女の魔力があっと言う間に業火に変換され、彼女の腕に取り巻くように燃え盛り始めた。
「問答無用! 死ね!」
フローリィはすぐにその振り上げた腕をカオスの方に向かって振り下ろす。すると、彼女の右腕から業火が放たれ、カオス目がけて襲い掛かった。
間に合わない?
突然のその業火の襲来に、戦闘準備が完全でなかったカオス達はそのフローリィの急襲に対して、何も対処が出来そうになかった。
え? 死ぬ?
見た目は子供でも、魔の六芒星を名乗る上級魔族が殺すつもりで放った技。喰らえば無事に済まないこと、もしかしたらその命が危ないことを、カオスはその一瞬で予感した。だが、それはその次の瞬間に驚きで終わる。
「え?」
ローブをすっぽりと着た一人の怪しい者が、カオス達とフローリィの業火の間に立ちふさがった。そのローブを被った者は、両手を広げて周囲に魔力を解き放つ。
「氷雪の庭園」
ローブを被った者、彼女がそう唱えると彼女やカオス達とフローリィの炎の間にあっと言う間に氷の庭園のような物が広がり、それから大きく上へログハウスの天井近くまで植物の成長のように伸びていって、それはカオス達を炎から守る壁となった。
その次の瞬間、炎はその氷の壁に激突した。炎と氷は少しの間せめぎあっていたが、その力が互角だったのか炎も氷も相殺し合ってその場から姿を消した。
業火を消し去った氷。
自分達の前に立ちふさがって、それを生み出したローブを着た女らしき者。
その者にも、その者の技にもカオス達には見覚えがなかったが、その行為は明らかにカオス達の命を助ける為にやったように思えた。
「…………」
ローブを被った女は、まっすぐと目の前のフローリィを見据える。フローリィは、自分の仇討ちを邪魔したその目の前の者に不快そうな顔を見せ、その名を口にする。
その上で不機嫌に問う。
「ロージア、どういうつもり? あたしの邪魔をするなんて」
ローブを被った女、魔の六芒星ロージアとフローリィは、まっすぐ対峙していた。




