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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter2:港町アヒタル
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Connect04:角刈り筋肉ダルマと、とある警察官と、悪徳医師

 港町アヒタルのとある病院内の廊下、二人の男が特に何かしらお喋りすること無く歩いていた。片方の男は非常にご機嫌な面持ちだったが、もう片方の男の表情はこれといって無く、あくまでもその男と仕事だから一緒に居るというような感じであった。

 ご機嫌な角刈り男、アレックスは病院内で少しターンをして見せた。彼としては、そこからさらにダンスパーティーにもちこみたいくらいご機嫌だったのだ。なぜなら、先程の診察で自分の身体は異常無いと診断された。つまり、ナイフで思い切り刺されても大丈夫だったということ。そして、前のトラベル・パスの試験の最中の上級魔族の攻撃にも耐え切った。それすなわち、それだけ自分の体力、防御力は優れている事の証明だからだ。

 決して殺られない最強の男。

 誰かに言われた訳ではないが、自分でそう思えるだけでアレックスは空を舞えるくらいにご機嫌だったのだ。


「あの?」


 そんなアレックスの心中を知らない付き添いの警官は、それまであくまでも職務としてアレックスのやることに関わらないようにしていたのだが、目の前で繰り広げられる奇行に耐え切れず、アレックスに話しかけた。


「だ、大丈夫ですか?」


 何かイケナイ薬でもやっているのではあるまいか?

 彼はそう思ったのだ。だが、そんな彼の心中を知らないただ馬鹿みたいにご機嫌なアレックスは、ただ怪我の心配をされていると思い、にこやかに答える。


「勿論♪ ただのかすり傷だったからな。俺にとって! 俺にとっては! ハーッハッハッハッハッハー!」


 そう言って高笑いするアレックスの後ろで、彼は溜め息をつきながら自分の頭をかいていた。

 心配していたのは腹の傷ではなく、脳の方なんだが。

 彼の心の声は、アレックスに届くことはない。彼自身もそれを理解したので、それ以上アレックスにどうこう言おうとは考えなかった。ただ、どんなに目の前の男がイカレているのだとしても、コレと関わり合いになるのは今日の仕事中だけ。そう思えば気が楽になる気がしなくもなかった。

 さっさと警察署に帰ろう。彼がそう思った時、彼等が通っていた廊下のすぐ横の部屋の中から、誰かが大声で驚いたような声を上げた。


「えーっ! 本当ですか先輩?」


 アレックスとその警官は驚き、アレックスは踊りを、警官は歩みを止めて、その声のする方に注意を向けた。その声の発生地は診察室のような部屋の中で、二人の医師の男が何やら喋っていた。アレックスと警官は、ドアと壁の陰に隠れて、その中の様子を静かに窺った。

 中で立ち話をしている2人の中の1人の男、先輩と呼ばれた中年の医師は、驚きの余りに大声を上げた若年の医師を軽く叱る。


「馬鹿。声が大きい。誰かに聞かれたら面倒になるだろうが」

「す、すみません。しかし、本当にいいんですか? 夕飯ご馳走になってしまって」


 中年の先輩医師と言えど、給料の額は大したものではないと知っていた。だから、若年医師は良い店でご馳走してくれるという先輩医師の誘いを受けるのに少々悪い気がしていた。だが、そんな後輩に先輩医師は笑い飛ばして遠慮する事は無いと言う。


「構わんよ。臨時収入があったからな。だから、たまには後輩にご馳走してやろうと思った訳だ」

「臨時収入、ですか?」


 同じ病院の同じ科に勤めているのだが、自分はそのような物を病院側から貰っていない。それすなわち、病院側からの正規の給料ではないというのだろうか?

 若年医師はそれだけでその程度は察してはいた。だから、何となく訊かない方が良いような気もしていたのだけれど、中年の先輩医師はその臨時収入に浮かれていたのか、聞かれてもいないのにその臨時収入について後輩の医師に喋ってしまう。


「ああ、ちょっと前にチンピラ六人がこの病院に入院したろ? 覚えてるか?」

「あ? ああ、あの連中ですか。六人揃って食中毒の! あはは、覚えてますよ。あんなゴミ食っても死にそうにない連中でも食中毒ってなるもんなんですねぇ。同期の連中と思い切り爆笑しましたよ!」


 若年医師はそのことを思い出し、笑い出した。そんな後輩を中年医師はニヤリと笑う。


「実はな、アレは嘘なのだよ」

「はい?」

「あのチンピラ共の食中毒という診断は偽造なのさ。あの連中は皆、ただの仮病。それをある人に頼まれて食中毒にして入院させてやったのさ。臨時収入ってのはその偽造の報酬だ」


 得意げに話す中年医師の前で、若年医師の顔は青くなっていた。


「先輩、それ犯罪ですよ?」


 法学に関しては素人なので、若年医師には正確にはそれがどのような違反になるのかは分からなかった。だが、それが間違いなく法に触れているというのは何となく分かっていた。

 先輩が犯罪行為に手を染めた。それだけで自分には何の咎が無くとも、彼は何となく自分も悪事を働いているような気がしていた。だが、先輩である中年医師は開き直ったように笑う。


「ははは、そうかもしれん。だが、所詮世の中は金だ。そんなもんなのだよ」


 まだまだ青いな。

 そう言って、中年医師はガハハハと笑った。若年医師はどうしたらいいのか分からなかった。こういう先輩に同調してしまうのは自身の正義感に反するし、反発して告発するのは先輩に対する裏切り、病院の仲間に対する非道な行為のようにも思えたが。

 彼の悩みはすぐに終わる。


「いいですねぇ。私にもその話を詳しく教えてもらえませんか?」


 中年医師の背後から、そんな陽気な声が聞こえた。

 ある御人、モスル=カルバラのそういうお願いは今回で最後ではないだろうと考えていた中年医師は、仲間である医師連中にもその喜びを分けてやろうと考えていた。彼の行為は間違いではあるものの、彼の性格の根は良かったのだ。

 故にその者の方を振り返りながらにこやかに応対する。


「いいだろう。お前は何処の科の者だ?」


 だ? と聞いたところで中年医師の表情は固まった。自分に話しかけてきた者は、医者ではなかったのだ。中年医師はその者の頭から下までじっくりと見直す。その服装は、どう見ても警官の制服だった。アレックスの付き添いをしていた警官だ。

 彼はそんなマヌケな中年医師にニッコリと笑う。


「保安『課』の者です。じゃ、詳しく話して下さいね。警察署で♪」


 中年医師の表情は、グラデーションのように青くなっていった。

 逃げ道は無い。彼の医者人生は終わりを告げたのだ。だが彼も、そしてそこに居る者全てはまだ気付けないでいた。これが、このアヒタルで起きている出来事が終焉に向かう為の第一歩であったことに。


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