Act.017:港町戦争Ⅵ~繋がった水面下~
『親友よ、YOUにこの子は任せた。大切に育てておくれ。HAHAHAHAHAHAHAHA』
『親友よ、MEに任せたまえ。立派な男に育ててしんぜよう。HAHAHAHAHAHAHAHA』
その後、カトレア・ハーティリーに赤ん坊を託した親友は死去。赤ん坊はカオス・ハーティリーとして今日まですくすくと育つこととなった。
「と、義母は言っていたぜ」
「嘘ぉ」
カオスとは物心がつく前から同じ町の近所に暮らしているが、ルナはそのような話をカオスやその家族、その他の人々から全く聞いた覚えがない。
初耳なのだ。だから、それはカオスの冗談か何かだろう。ルナは、そう思いたかった。しかし、カオスはそれをあっさりと否定する。
「いんや、ホントホント。俺とハーティリー家は一切血の繋がりはねぇんだ。義母が生きてた頃に言ってたぜ。さっきのあのノリでな。まあ、アレは元々シスターだったくせに噓吐きだから、何処までホントなのか分かったもんじゃねーけどな。ただ、アレの腹から生まれた訳じゃねーのは確かなようだ」
「あ、アンタ、不幸な生い立ちをえらく軽いノリで喋るわね」
いくらカオスとはいえ、本人がそこまで言うのならば本当なのだろう。ルナはそう認めざるをえないと感じていた。しかし、カオスの自分の不幸な生い立ちをまるで他人事のように話す姿勢はどうかとも感じていた。
悲しくないのだろうか? ルナは自分がそうだったら悲しくてしょうがないだろうと思っていたが、カオスはクスッと笑う。
「不幸不幸言われても、その頃は赤ん坊だった訳だし、なーんも覚えてねぇからな。どんな不幸があったにしろ、俺にとってそれは人づてに聞いた『記録』でしかないのさ。悲しいなんて思いようがない。あ、そうって感じさ」
「そういうもんなの?」
カオスがそう言うのならそうなのだろうか? 分からない。だが、カオスの一挙手一投足からは悲しみに似た感情は感じられなかった。納得するしかない。ルナはそう思い始める。
カオスはそんなルナに首を縦に振る。
「ああ。どーでもいいことだ」
それは納得しよう。ルナは、そう思った。だが、それはいいとしてもまだ納得出来ないところはあった。
ルナは訊ねる。
「でも、それはいいとしても、今までにそういうことを話してくれても良かったんじゃない? アンタとは物心つく前から、約16年のつき合いがあるんだからさ」
水臭い。
ルナは、そう思った。学院の同級生程度というような仲じゃないのだから、そういう重要なことは話して欲しいと思っていたが。
「訊かれなかったしな。姉ちゃん達と血が繋がっているかって」
「普通訊くか! と言うか、そんなこと普通疑わないわっ!」
訊く訳が無い。ルナは怒鳴る。カオスとマリアの外見がまったく似ていないというのなら別だったかもしれないが、カオスもマリアも金髪碧眼で似てなくはない。性格は真逆と言ってもいいくらいだが、カオスの性格に関してはカオスとマリアの亡き母親にカオスは似ていた。
言ってみれば、何かしらキッカケでもない限り他人であるとは思いようがなかったのだ。それ故、そういう大事なことはカオス達側から言ってもらわないと困る。ルナはそう思った。が、カオスはそんな思いをサクッと斬り捨てる。
「ま、そんな機会無かったしな。隠すようなことではねーけど、わざわざ機会を作ってまでして話すようなことでもねぇ。何度も言うが、どーでもいいことだ」
「…………」
そうかもしれない。カオスにとって、その過去は『記録』でしかないようだから、そうなのだろう。
ルナはそう思った。だが、それでもカオスと今まで共に過ごしてきた16年が否定されてしまったようで、不快に感じていた。
でもカオスはそのような事、血の繋がりなどどうでもいい事だと言う。
「血がどうなんだろーと、姉ちゃんは姉ちゃん。家族なのは変わりねぇからな」
「そうねぇ♪」
カオスは笑い、マリアも笑う。
それからカオスは少し笑った後、少し沈黙を置いた。ルナともマリアとも、他の人達とも目を合わせないように別の方向を向いて何の言葉を発しなかった。
それはどのくらいの間だったろうか。おそらく数秒から10秒程度だったのだろう。だがルナやマリアには、それは短いようで長いように思われた。
その後、カオスは独り言のように言葉を紡ぐ。
「だから、俺は今さら自分の本当の家族がどうなんてことはどうでもいいが」
カオスは視線をルナとマリアの方へと向ける。
「俺は、その自称妹とやらに会いに行くよ」
「「!」」
ルナとマリアは、そのカオスの発言に驚きの表情を隠せなかった。カオスのことだから、「そんな奴なんかどうでもいい。とっとと家帰ろうぜ」とでも言うと考えていたのだ。だが、実際はその予測とは正反対だった。
カオスは話を続け、その理由を述べる。
「俺の両親が、どうして俺を手放したのかは知らねー。その後死んだってのも何処から来た情報なのか、義母は終ぞ教えてくれなかった。だから、向こうの事情は分からん。知ったこっちゃねぇ。だが、妹は別だ。そいつがホントに俺と血の繋がった妹だとしたらな。親のやったことに関して、その子供にその咎をどうこう言うのはナンセンスだ」
まあ、確かに。
ルナは、そう思った。カオスの本当の両親は、何かしらの事情があってカオスを手放さなければならなかったのか、それともただ捨てたのか。親に関しては、そのどっちかで会うか会わないか決めかねるのだろう。けれどそれが妹ならば、どちらにしても彼女に責められる謂れは無い。
ルナは理解した。そして、カオスは続ける。
「俺が本当にそいつの兄貴なんかは分かんねぇ。でも、そいつはどっかで兄の存在を知って、何かしらの事情と共に探していた。だとしたら、会う位はしてやってもいいんじゃねーかって思うんだよ」
「成程ね」
「まあ、カオスちゃんの言う通りね~」
ルナとマリアは納得する。だが、その笑顔の中でマリアの心中は複雑だった。
養子であるカオスちゃんが本当の家族と出会えて幸せになれるのならば、それはそれで祝ってあげなくてはならないと理解はしている。しかし、そうなったら自分はどうなってしまうのだろうか。
マリアは考えてしまう。父は自分が生まれる前に戦死し、母は数年前に病死した。家族と呼べる者は自分にとっては血の繋がらない弟だけだったのに、その弟まで去ってしまったら一人ぼっちになってしまう。それは嫌だけれど、弟の為になるのならば、自分は笑って送り出してやらねばならない。そこに葛藤があった。
「じゃ、行くとするか」
そんな姉の心中を他所に、カオスはトイレにでも行くような気軽な声でそう発する。そしてカオスはクルリと振り返り、マリアの方に片手を差し出す。
「さあ、姉ちゃん。そこに行こうぜ」
行ってくるじゃなくて、行こうぜ。
マリアは、そんなカオスの言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。カオスはそんなマリアに、そのマリアに似たような穏やかな微笑みを見せる。
「今、俺がここに居るのも、姉ちゃんがいてこそだからな。せっかくここに居るんだ。その妹に見てもらわなきゃなんねーだろ?」
「ええ、分かったわ~♪」
マリアは満面の笑みを見せる。カオスの言葉に嘘偽りが無いのは、16年もの姉弟としての付き合いから何も言わなくても分かっていたからだ。
カオスはカオス。血の繋がりがどうとか問題にしない。何も変わりはしない。改めて、マリアはそう確信し、それが何よりも嬉しかったのだ。
「…………」
ルナはその様を見て、嬉しく思うと同時に、家族として強い結びつきを持つ二人に対して、少し嫉妬のようなものを感じていた。カオスとは16年もの付き合いがあるのは自分も同じ。では、家族という肩書きがあるマリアに対し、自分には何があるのか、と考えていた。
胸の中に何か残る。そんな気持ち悪い思いだった。
「カオス」
ルナは努めて明るい様子でカオスに話しかける。カオスは、何も気にしていないような様子でルナの方を振り返り、何か用かと訊ねた。ルナは、先程カオスがマリアに向けていった言葉を、問いに変えてカオスに投げかける。
「ひょっとして、そのカオス形成にはあたしは入ってないのかしら?」
「ん?」
カオスは右を向く。左を向く。ルナの方を向く。そして、笑う。
「そりゃ、勿論入ってるに決まってるだろう」
「その間は何? その間は!」
ルナはそうツッコミを入れながらも、それはカオスのカオスなりのその場を和ませるためのジョークなのだと分かっていた。カオスは少しの間ニヤニヤした後、またちょっとしたシリアスな顔にまた戻ってルナに話しかける。
「じゃ、お前も一緒に行くんだろ? 俺の形成者の一人として」
「あ? うん」
「じゃ、すぐ行くからさっさとしろよ?」
「分かった」
「あ、ここで待っているそうですよ」
カオス達のやり取りが終わったのを見計らって、トラベル・パスのセンターの女性係員がそう言いながらカオスに紙切れを1枚渡した。カオスはそれを受け取ると、無造作に広げてその中に書いてある事柄をざっと見た。そこには地図が記してあり、ここからの道順が分かりやすく書かれていた。
「ん?」
カオスはそれを見ながら少し首を傾げた。
「町外れの空き家? ホテルの一室とかじゃねえのか?」
もしくはどこかの広場や店等を待ち合わせ場所にするのが普通だと思うが、空き家をそれにするとは初耳だった。女性係員はその待ち合わせ場所を告げられた時のことを一つ一つ思い起こしながら、カオスににこやかにその理由を説明する。
「ホテルに宿泊したりするお金が無いんだそうです」
「成程」
カオスは納得した。
その妹は、昨日今日探し始めたのではないのかもしれない。いや、例え昨日今日探し始めたにしても、先の見えない長い旅をする覚悟はしていたのだろうから、ホテル等でお金を無駄遣いする訳にはいかないのだろう。
カオスはそう解釈していた。無論、それと同時に彼女の言う通り本当にお金が無いというのも考えてはいた。
「さて」
カオスはセンター側から渡された地図の描かれた紙切れを畳んでポケットにしまった。そして、マリアの方に微笑む。
「それじゃあ、その自称妹とやらに会いに行くとするか」
「ええ」
◆◇◆◇◆
一方、アヒタルの電波塔の頂上付近のテラスで、エマムルド強盗団のリーダー・ラシュトはアヒタルの町並みを見下ろしていた。四月も終わりの初夏の季節とはいえ、高い所に出るとやはり幾分風は冷たく感じられていた。
「風か」
昨日も一昨日もここで風の強さを感じていたが、晴れているとはいえ少々風は強いように思われたが。
「この程度では、計画の遂行には何の問題も無い」
ラシュトは目を閉じ、少し笑った。風の状況次第で町の被害状況も変わってゆくのだろうが、上のここでの風の強さがこの程度で済んでいるのならば、下の方はたかが知れている。
それは問題にならない。そう安心すると共に、ラシュトの心の中にはある種の満足感のようなものが湧き上がってきていた。
もうすぐ終わる。何もかも終わらせることが出来る。そう思うと、ラシュトは少し感慨深いものを感じていたのだ。
その時、ラシュトの後ろで電波塔のエレベーターがラシュトの居る階に到着し、そのドアが重い音を立てながら開閉するのがラシュトの耳にも届いた。
そうしてやって来た者は、当然というような足取りでずんずんとラシュトの方へと近付いていった。その足取り、足音からは、その場に居るラシュトに対する警戒心は感じられない。
ラシュトはその者の方向を振り返らない。その者とは既に長年の付き合いがあった。見なくても分かる。
「ヤズドか」
その者が自分の近くで歩みを止めた時、ラシュトは外の景色を眺めたままの体勢で話しかける。その者は、一度だけ首を縦に振る。
「ああ」
「今日のお前の仕事、依頼人の護衛は終わったのか?」
「ああ。もう、奴は家に戻った」
「そうか。ご苦労だったな。お前はもう休んでいいぞ。後は俺がやる分だけだ」
「……」
いつものやり取りだった。ラシュトの物言いは事務的で、感情をほとんど挟もうとはしないが、ヤズドはそれを嫌だと思ったことは無かった。寧ろ、それがいつものことなので心地良いとすら感じることもあったが。
今日はその「いつも」は要らない。ヤズドは、ラシュトに対して話を切り出す。
「それより、ラシュト。俺の問いに答えろ」
「問い?」
ラシュトは外の景色から視線を変え、それをヤズドに向けた。ラシュトの表情には、ヤズドの問いに対する興味のみが表れており、そこに後ろめたさのようなものは見当たらなかった。
「何だ? 言ってみろ」
ラシュトは興味深そうに訊ねる。何かしら問うどころか、自分から話しかけることすら少ないヤズドだ。それが自分から自分に質問をする。その滅多にない珍事に、ラシュトは少し興味を感じていた。
そんなラシュトに対し、真剣な表情のヤズドは表情を崩さずに問いかける。
「カイを殺す。モスル=カルバラが言っていたのだが、それは本当か?」
嘘だ。知らない。
ヤズドは殺しをしない盗賊として、ラシュトにそのような答えを期待していた。だが、その期待はラシュトによってあっさりと裏切られる。
「ああ、そうだ。本当だ。言わなかったか?」
ラシュトは飄々としていた。その様子からは人を殺すこと、子供を殺すことに対して何らかの躊躇いがあるようには思えなかった。それが、ヤズドには信じられなかった。
ヤズドは激昂する。
「何故だ? 俺達は今まで殺しだけはやってこなかった。殺し屋じゃねぇんだ。殺しはしない。今までも、そしてこれからもな! ましてや、カイのような小さいガキ相手じゃ尚更だ!」
ヤズドは思ったことを次々と並べ立てた。このどれか一つでもラシュトの心に届いて、ラシュトの心が変えられれば良いと考えていた。だが、ラシュトはヤズドの言っていることの一部のみを聞き、そこから早々にヤズドが何を言いたいのか理解した。そして、全部まで聞くつもりは、彼には無かった。
殺し、特に子供殺しはしたくない。
盗賊の中にしては比較的愚直であるヤズドの性格を考えれば、彼がそう言い出すのはラシュトにしては分かりきったこと。その当たり前の出来事にラシュトは少し軽く息を吐き、ヤズドに話しかける。
「ヤズド、お前。俺達が何なのか知っているのか?」
「は? エマムルド強盗団だが?」
何を訊いているのだ?
顔なじみの者に名前を問うような、ラシュトの一見愚かしく思える問いにヤズドは首を傾げる。だが、ラシュトはそのヤズドの頷きに少し強めに同調してみせる。
「そう、『強盗』だ。エマムルド強盗団のやることは『強盗』だ。こそこそ盗みを働くコソドロや空き巣なんかと一緒にすんじゃねえ。ガキだろうが、ジジィだろうが、働くにあたって、そんな奴等の命なんざ知ったこっちゃねーんだよ」
ラシュトはヤズドから視線を離し、また外の景色に視線を戻す。
「強盗っつーのはそういうもんだ。それが出来ねーってんなら、辞めちまえ」
「…………」
強盗は盗みを働くに当たって、被害者の命など顧みない。死人に口無し。死んでもらった方が逃げるのには都合がいいし、わざわざ生かしておくデメリットはあってもメリットは無い。
ラシュトのいうことは、理には適っている。ヤズドは分かっていた。だが、誇り高きエマムルド強盗団の一員として納得したくなかった。
少し長い時間だったろうか、それともほんの少しの間だったのだろうか。ヤズドは、少し沈黙を保っていた。そこからラシュトはヤズドの頭の中の思考を読み取り、クスッと笑う。
「悩んでいるようだな、ヤズド」
そして、ラシュトは少し間を置いてからヤズドに言い渡す。
「だが、お前はもう悩む必要は無い」
「は?」
悩んでいたヤズドは、その悩みをラシュトによって急に遮断され、少し間の抜けた表情をした。ラシュトは、そんなマヌケ面のヤズドは放っておいて話を続ける。
「ヤズド、お前はクビだ。前々から思っていたが、お前は強盗稼業に向いてない。強盗ってのはくそったれな稼業だ。やっていること自体が犯罪、クソだ。誇り高き強盗団なんてのは、綺麗なウンコと言うようなもんで、ハナから矛盾している。誇りを求めている時点で、お前は強盗に向いてないって訳だ。
さあ、今すぐここから立ち去り、二度とツラ見せるんじゃねぇ」
「ラシュト?」
クビ。クビ。クビ?
思ってもみなかった言葉に、ヤズドは言葉を詰まらせる。思考がショートし、言いたい事も詰まって上手く出て来そうになかった。そんなヤズドに、ラシュトは背を向けながら優しい口調で言葉を紡ぐ。
「カタギに戻れ、ヤズド。お前なら出来る筈だ」
「…………」
「去れ!」
小さな時からエマムルド強盗団に居た。だが先人達が死んだり逮捕されたりし、アルダビルも逮捕された。今では、ラシュトと二人切りになってしまった。もう、ここには昔のエマムルド強盗団としてのファミリーは無くなっていた。そのことに、ヤズドは気付かされた。
もう、エマムルド強盗団は無くなった。居場所ではない。そして、それはラシュトの自分に対する気遣いであることもヤズドは知っていた。
ここでは、もう役には立てないだろう。寧ろ、足を引っ張るだけだ。
ヤズドは何も言わず、エマムルド強盗団最後のリーダーに会釈し、後ろを振り返った。そして、それからは一度も振り返らずに去っていった。
ラシュトは外の景色をずっと眺めながらも、段々小さくなってゆくヤズドの足音を聞いていた。そして、ヤズドの足音も気配も完全に消え去った事を確認すると、ラシュトは視線を下の景色からまっすぐの方向に持ち上げた。そして、自分の両膝を平手で叩く。そのラシュトの顔には、笑みすら浮かんでいた。
エマムルド強盗団が消え去ってしまうのは、寂しい気持ちもなくはない。ラシュトの中にそんな感情はあった。だがラシュトは、それよりもこれまでとこれからを見据えていた。
今回がエマムルド強盗団としては最後の仕事になる。それすなわち、自分にとっては人生の集大成だ。ラシュトはそう考えると、嫌でも気合いが入ってきたのだった。だから、ラシュトは微笑みを浮かべる。
この日の為に生きてきた。彼はそんな気がしていた。
オフの都合上時間を取るのが難しく、1/28のUPはお休み。
次は1/30の予定。




