Act.002:勇者への道-Side.B-
ルナが大型魔獣を倒すトレーニングを完遂し、カオスがミラクルヴォイスを披露した。その日の晩のことだった。良く晴れた夜空も、綺麗な星空も、中途半端な満ち欠けの月も、何もかもがいつものままだったが、ハーティリー家の中だけはそうではなかった。
リビングの椅子に腰掛け、向かいの弟の顔を見ながらマリアは不気味に笑う。笑い続ける。そんな姉に対し、カオスは訝しげな視線を送る。嫌な予感しかしなかった。
「はぁ。姉ちゃん?」
「何かしら、カオスちゃん〜?」
「さっきから何をニヨニヨ笑っているんだ? ハッキリ言って気味悪いぞ」
出来れば触れたくはない。だが、触れないでおくと水面下でソレが進められるに違いない。だからこそカオスは敢えて訊くのだ。
そんなカオスにマリアは答える。
「うふふふ。だぁって、今から楽しみなんですものぉ〜♪」
楽しみ。楽しみ。楽しみ? 何だ、それは? ああ、どうせロクなことじゃねぇんだろうな。トレーニングとか、トレーニングとか、トレーニングとか、トレーニングなのだろう。
カオスは視線をちょっとマリアから外しながらも一応訊ねる。
「楽しみって、何だ?」
「トラベル・パスの試験よ〜♪ カオスちゃんも、もう16歳ですからねぇ〜♪」
「ああ、トラベル・パスか」
トラベル・パス、それはこちらの世界で言うところのパスポートである。身分証明、国内外への往行をスムーズに行う為に所持が推奨されている。それの取得可能年齢が16歳以上なのだ。尚、それ以下の年齢の子供は保護者と同行することによって、その保護者と同じ権利が持てるようになっている。
ただ、トラベル・パスがパスポートと異なるのは、それをランク分けしていることだ。最低ランクのEは往行のみだが無試験で取得可能。経済活動を伴う往行が可能となるDでは筆記試験、武器を所持しての往行が許可されるCは筆記試験&実技試験、その上のBは一回の試験では取得不能。最高のAは国王である四人のみの所持となっている。
カオスは少し安心した。もっと他の何か無茶苦茶なことでも考えているんじゃないかと思っていたからだ。
「ま、俺には関係ねーな。俺は一番下のEを持ってりゃ十分だから、って」
と言いかけたところで、カオスはピンときた。
トラベル・パスの試験受付は、ルクレルコ魔導学院の生徒は皆、学校側で一度その申込書を預かって、まとめて申し込んでいる。そして今目の前にいる姉はカオスの保護者でもあり、そして仮にもそのルクレルコ魔導学院の教師である。
さらに、この姉の性格。
「ま、まさか?」
冷や汗をたらりと垂らしたカオスに、姉は満面の笑みを見せる。
「ええ。私が一番上のソルジャークラスに直してぇ、申し込み直しておいたわ~♪」
「ソルジャークラス? Cランク?」
カオスは一瞬だけCランクを目指す連中の、毎年の様子を思い浮かべてみた。
諸先輩達がいかに大変な思いをして対策を立てているか。
一喜一憂の内、いかに「一憂」の方が多いか。
それらを今まで見せ付けられてきたから、自信を持って言える。
「受かる訳ねー!」
カオスは叫ぶ。だが、そんなカオスの主張も、姉は穏やかな微笑みでさらりと流してしまう。
「そうかしら~。私は16の時に初回で合格したけどぉ~?」
優しく、そして頭脳面・格闘面・魔法面それら全てにおいて優秀過ぎる姉と、そんな姉と小さい時から比べられ続けた自分。だが姉は姉で、自分は自分だとカオスは良く分かっていた。どうあがいても姉のようにはなれない自分を知っていた。
何せ姉はCを初回で突破しただけでなく、続けてBまで取ってしまっているのだ。このアレクサンドリア連邦でBランクのトラベル・パスを取得出来るのは毎年四人だけである。姉はそんな優秀な人材であり、カオスとしてはそんな超人とは比べられたくもなかった。つか、無理。
「俺は姉ちゃんとは違うんだよ」
カオスは吐き捨てるように、諦めきったようにそう言う。だが、そんなカオスに簡単に納得するような姉ではない。怒鳴る訳でもなく、普段と同じように優しく諭す。
「でも~、トラベル・パスってのはCランク以上で初めて使いがいのある代物よぉ~。絶対に合格しなきゃ駄目なんて言っていないのだからぁ、出来るか出来ないかなんて心配してないでぇ、力を尽くしてみたらどうかしら~? 大体、例え落ちたところで何もデメリットがないじゃない?」
「くっ」
カオスは反論出来なかった。
やれるかやれないか、やろうとする前に色々と詮索したところで意味がない。そして、負けたところで負う傷もない。正論である。もう、これはチェックメイトされてしまった後のようなもので、カオスには首を縦に振るしか選択肢は残されていなかった。ベストを尽くすしかなかった。
数年前に母を病気で失い、ずっとずっと昔に戦争で父を失ったハーティリー家。生活費はマリアの働きによって賄われている。その上でマリアが弟を想ってトラベル・パス試験の手配を行った。それに対して弟であるカオスも、何の努力もしないまま「落ちました」と言える程のクズではなかったのだ。
◆◇◆◇◆
次の日のルクレルコ魔導学院。ルナは昨晩のマリアとのやり取りをカオスから聞かされて笑っている。
「まあ、確かにそうね」
「何が?」
「マリア先生の言うのも一理あるなってこと。だって、ランクがDやEじゃ武器の携帯も出来ないじゃない?」
「物騒な奴だな」
そんな特典ばかりに目がいっているルナに、カオスは溜め息をつく。その前に、テストというモノがあるのだ。それを忘れてはならない。テストを突破しなければ、特典もクソも無いのだ。
「でも、普通は受かんねーって。アレは少しずつランクアップしてゆくものだろ~。俺はする気なかったけどさ」
「ま、いいじゃないの。どうせ今すぐ外国に一人で行かなければならない用なんてないんでしょ?」
「まあ、確かにねぇな。今すぐといわず、来年も再来年もな」
「フフ、あたしも無いわ。だから、あたしもCを受けるのよ」
「そうか。ま、頑張れや」
「え?」
妙に他人事なカオスの励ましに、少し場が凍った。そんな場を解凍しようと、ルナは明らかに不自然な笑顔をカオスに向ける。
ああ、雀が仲良く空を飛んでいますね。そんなどうでも良いことが目に入ってしまう程に。
「そうだ。いいこと思いついた」
そう言って笑うルナに、カオスは警戒した。どうせロクなことじゃねぇ。それは分かり切っているのだ。それは隣人同士故なのか、ルナもマリアも変わらない。厄介なニトロなのだ。
そう思いつつカオスはルナの方に視線を向ける。ルナはそんなカオスの心中を意に介せず、楽しそうに笑いながら言う。
「あたしと特訓しようか! Cランクのトラベル・パスの試験には実技試験もあることだしね。それに、アンタとはあの約束があ…」
ルナが楽しそうに喋ってるその途中で、カオスはプッツリとそれを遮断してしまう。
「やめとく」
「ほう。一応訊こうじゃない。何で?」
あまりにはっきりしたその即答に、ルナはずっこけそうになってしまった。が、それでもすぐに立ち直してカオスにその真意を訊ねる。
「ん? 特訓の最中に殺されそうだし」
「こ、ころっ?」
今度は本当にずっこけた。カオスのはただのボケであると知りつつも、それを力いっぱい否定する。
「そんな訳あるかーっ!」
自分はそのような人間ではない。大体、そのようなことをしてしまったら本末転倒どころか、意味がなくなってしまうではないか。
ルナもとしてそれだけは言って、正しておきたかったのだ。そんなルナの様子を見て、カオスは笑う。少しルナをからかって、楽しかったようだ。
「ま、何つーか、ただ単にめんどくせぇだけな」
と、本音がだだ漏れてしまったその時、カオスは先程まで一応笑いながら否定していたルナの顔が、既に笑顔ではないと気付く。
特訓以前に、今死ぬ。
そう勘付いたカオスは、パッと否定する。
「オ、オゥ、というのは冗談DEATH。特訓? 超アリガタァイ。超絶ハイパーデラックス・アリガタァイ。喜んで受けさせてモライマァス。ハイ」
「それならいいけどぉ?」
こうしてトラベル・パス試験に向けての特訓はめでたく始まった。
超・熱血特訓が。
超・体育会系特訓が。
超・地獄のパワハラ&モラハラなんざ知ったこっちゃねぇ鬼畜特訓が。
そう思うとカオスはしくじったかと思ったが、強くなれば強くなっただけ女の子受けも良くなるだろうとも考え、それはそれで結果オーライな気もしていた。それならばそのしくじりさえも利用してやろうかとも考えたのだ。
◆◇◆◇◆
放課後となった。そして、楽しい楽しい特訓タイムが始まった(但し、カオス除く)。ルクレルコ・タウン北西にあるいつもの丘陵で、カオスとルナは対峙しているような感じで向かい合った。
ルナは背筋を伸ばし、良い姿勢を意識しながら左右に少し動きながら考えを巡らせた。その仕草は学院教師であるリニア・ロバーツのものに似ているなとカオスはこっそり思っていた。カオスにちょっと教えるつもりでいたので、ルナも形から入ったようだ。
それから少し考えてからルナは切り出す。
「じゃ、カオス。特訓を始めるけど、その前に魔法の体系って覚えてる?」
「ああ。基本だな。炎と氷(水)と風と土と光(雷)だろう? そんなもん、ガキでも知ってるぜ?」
「そう。そして、どんな天才であっても得手となる属性はたった一つであるというのは?」
「聞いた。姉ちゃんは光(雷)らしい」
「そう。マリア先生は光。あたしは炎。じゃ、カオスは?」
その時、二人の間に沈黙が走った。凍り付いたような沈黙が走った。それはまるで、訊いてはいけないタブーに踏み込んだかのようだった。ほんの基本的なことを訊いただけなのに。
ただ、その間を切り裂くようにカオスはあっさりと答える。
「知らね」
「はーーーーっ」
ルナは大きく溜め息をついた。ガッカリである。このような魔法の基礎中の基礎までカオスがやっていないからだ。しかし、ここで凹んでいても仕方ないので、気を取り直して特訓を再開する。
「それじゃ、まずはどの属性を大きく育てていくのか決めないとね。じゃ、カオス。五つの属性の魔法、一通りやってみなよ。そんなに強くなくて構わないからさ」
「オッケー。オッケー。じゃ、まずは炎からいくぜ」
そう言って、カオスは右手を大きく天に掲げた。そして、大きな声で唱え始める。香ばしいポーズもしっかりと忘れない。
「遥か高く天より来たれ、炎の神イフリートよ! そして、我が腕に宿り、地を灰燼と化す紅蓮の炎となれ! 我が」
「って、ちょっと待ったカオス」
「何だ、ルナ? いいところで」
「その何の意味も無い詠唱が無いと出来ないの?」
「いんや。ただの雰囲気作り♪ こうする方が何かカッコイイ気がするじゃん♪」
カオスは楽しそうに笑う。カオスのそんな行動はいつもと同じとはいえ、ルナは流石に少々呆れ顔をする。ついていけない。ついていく気にもならない。
とは言うものの、それで抑えつけて真面目なものを押し付けたところで良くはならないこともルナは十分に理解していた。幼馴染なので。
で、とっとと進めることにする。
「雰囲気はいいから、さっさとやって頂戴」
そんなノリの悪いルナに、カオスはつまらなそうな顔をする。
「ちぇー、つまんない奴だなぁ。しゃあねぇ。やるよ。いくぜ。ぁぁぁぁああああ、ファイヤーッ!」
カオスが魔力を込めた右手を前に突き出すと、そこから魔力が炎に変わって飛び出した。ボッと。
そう、炎は出た。マッチの火くらいの大きさのものが。しょぼいものが。そんな火は着火に失敗したマッチのように、その姿をすぐに消した。
「炎ではないようだね」
ルナは淡々と判断する。
「では、次は」
氷、風、土、光、カオスは順番に魔法を試していった。五通りどれも同じ強さの魔力で試したところ、氷と風はそこそこの強さで、土は炎と同じ位の強さ、光は話にならない弱さであった。それをトータルで客観的に判断した上で、ルナはその結果をカオスに教える。
「どれか一つが突出している訳ではなさそうだけど」
そう考えると、得意属性は分からない。カオスの言ったことも、また真実であるように思えたのだが。
「敢えて言うならば、氷か風辺りが得意みたいだけど。どっちがいい?」
やるのならば、本人が気に入ったものを伸ばしていく方が宜しいに違いない。
そう考えた上でルナが訊ねたところ、カオスは即決で選ぶ。
「氷っ!」
と。
「氷の使い手。何かクールな感じでカッコイイじゃねぇか」
カオスは訊ねてもいないのに、勝手にその選んだ理由を話す。ルナはカッコイイかどうかで自分の属性を選ぶのに少なからず抵抗はあったのだけれど、それでカオスの特訓に対するモチベーションが上がるというのならば、それはそれでいいのかもしれないとも思っていたので、特にカオスを否定しようとはしなかった。
動機は何であれ、強くなればそれでいいのだ。
「ま、いっか。理由なんてどうでもね。じゃ、実践といきますか」
「は?」
カオスは目を丸くする。
「ん? 実践というのはね、言葉の意味としては実際に行うことで、この場合は」
「って、言葉の意味もこの場合の意味も知っとるわ! ただ俺は、このメッタクソ初心者様な俺には、まだ実践には早いって言ってんだよ!」
「フフフ、問答無用。特訓にはこれを使うよ」
ルナはそう言って、ポケットの中から一つの卵を取り出した。
「そ、それは魔獣の卵!」
「そうよ」
前にマリアによって使われた魔獣の卵である。そこからの展開にカオスはほろ苦い思い出がある訳ではない。気にしていない。何もしていなかっただけなので。
それはさておき、ルナは話を進める。
「そう、その通り。この卵の中に入っている魔物と魔法で闘うのが、今日のカオスの特訓。何が入ってるかはあたしも知らない。我がカーマイン家経営の雑貨屋でワゴンセールになっていたものだからね。そう、何が出るかはカオスの運次第」
ワゴンセールのものを使うってどうよ? 中身が何なのか分かっていないで出すってどうよ?
そうカオスは思ったたが、それを言葉にする前にルナが進めてしまう。
「じゃ、スタート。グッド・ラック!」
ちょっと待て! カオスがそう言う前に、ルナはその卵を投げてしまった。卵はカオスの叫びと共に大きく弧を描き、カオス達から数メートル離れた場所に落ち、そして割れた。
ボッと煙を発しながらその卵の封印は解け、中から魔物がその姿を現し始めた。煙が少しずつ晴れ、カオスとルナの目に映ったその魔物は。
小さな小動物のような魔物だった。体長は30cm程。色は水色。形は水の雫に手足が生えたようなものだった。その余りに戦いとは縁の無さそうな魔物の姿に、カオスは拍子抜けしたような顔をした。そしてルナは。
「かわいい♪」
そう言って笑顔を見せた。
水色の魔物(?)は、出現後少し周りをキョロキョロと見渡していたが、その視界の中にカオスとルナを見つけると、とてとてと歩いて近寄ってきた。とても遅いスピードで、そして危なっかしい足取りで二人の所へ近付いて来て、途中でこけた。その魔物は少し呆然とした後、その両の目から涙をこぼし始め、大声で泣き出した。
「しょ、勝利?」
カオスはやけくそ気味にガッツポーズをする。言うまでもなく、全然嬉しくなかった。
「って、ルナ。俺、何もしてねーじゃんよ」
「おっかしいなぁ。ペット用だったんかなぁ?」
「雑貨屋じゃ仕方ないわぁ~。強い卵は置けないものぉ~」
その時、二人の後方から声がした。振り向かないでも分かる。マリア。カオスの姉だ。二人が振り返ると、マリアはその理由の続きを話し始める。
「まぁ、雑貨屋と言わず、どの店でも強い魔獣の卵は置いてないわ~。だって、危ないじゃな~い」
「う。言われてみれば、確かに」
根本的なことにルナは初めて気付き、そのドジの恥ずかしさに頭を抱えた。そしてカオスは、その姿を見てクスリと笑った。
マリアは別にどうでもいいと思っていたが、それとは別にカオスの様子を見て嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、嬉しいわぁ~♪」
マリアは言う。
「カオスちゃんがこうして真面目に修行してくれるなんてねぇ~♪ だ・か・ら、私からまた一つ出してあげるわね~♪」
そう言うが早いか、マリアは魔獣の卵を投げてしまう。問答以前にリアクションすら許さぬ速さであった。
卵はさっきと同じように大きく弧を描き、カオス達から数メートル離れた場所に落ち、そして割れた。
ボッと煙を発しながらその卵の封印は解け、中から魔物がその姿を現し始めた。煙が少しずつ晴れ、カオスとルナの目に映ったその魔物は。
大きな怪物だった。体長は5m位。そして、それは大きな翼と長い両手を広げて空を舞っていた。マリアはその魔物を見て、二人にその魔物を紹介してやる。
「これは~、ガルイーヴルちゃんね。やっと封印出来た代物でぇ、私に処分するよう頼まれた一品なんだけどぉ~。まあ、大丈夫でしょ?」
「駄目に決まってんだろーが、コンチクショーがっ!」
ガルイーヴルはかなり下級魔族とは言え、かなり強い部類に入る魔物だ。兵士達が束になって戦って、勝てるかどうか微妙なラインといった程の高レベル魔獣だ。一人で戦えなんて、何かのチートでもなければお話にならない。
その兵士への登竜門試験の対策をしているというのに、それが一人で倒せる位なら試験対策なんてハナから必要ない。
「そぉ~お? つまんないわねぇ~」
マリアはつまらなそうな顔をする。ルナはそんなマリアの顔を見て、やめると分かって、少し安心したように息を吐いた。ガルイーヴルは、カオスの言った通り確かに早過ぎると分かっていたからだ。アレは、自分とカオスの二人で戦っても勝てそうにない。それどころか、学院の生徒では勝てる者は誰一人としていないだろうとまで思っていた。
「ま、仕方ないわ~。今回はお姉さんが手本を見せてあげるからじっくり見ておきなさいな~♪」
マリアはそう言って、戦闘準備に入り、その魔力を解放してゆく。身体の周囲に魔力によるオーラが出現し始め、それが周囲全ての生物にプレッシャーを与えるようになる。
絶対的な死の運命。
彼女と対峙した者はそれを感じるに違いない。
「ギャ?」
ガルイーヴルはそのマリアの魔力を感じてその方向を振り返る。ガルイーヴルはそれを殺気と捉えたのだろう。殺られる前に殺れ。そんな獣的な思考回路で、ガルイーヴルはマリアに対し敵意を露わにする。そして、有無を言わさずに襲いかかる。
ガルイーヴルは長い右手を大きく振り翳し、一気にそれを下へと振り下ろす。ガルイーヴルの右手は轟音と共に風を切り、地面を大きく抉った。それによって岩と土が大きく上空へと舞い上がったが、そこには肉片は全く無い。
マリアは跳躍によってその攻撃を軽くかわし、上空に浮いているガルイーヴルの側面にまで到達した。マリアは右手を軽く翳し、魔力を右手に集中させる。光(雷)の魔導師特有の光を放ちながら、マリアの魔力は雷に変換されていった。
隣で大きくなっていく魔力に気付き、ガルイーヴルはその方向を向くが、時は既に遅かった。
「はっ!」
マリアの気合いの声と共に、マリアの雷電はガルイーヴルに向けてまっすぐに射出された。雷電は大砲に勝るとも劣らない轟音と、光の如き猛スピードでガルイーヴルの身体全てに当たり、孕んでいるその超高熱によってガルイーヴルの身体をあっと言う間に消し炭に変え、その身体を跡形もなく消し去った。春の青空には、マリアの姿だけが残されていた。
姉チートである。この力があれば、それこそいつだかの学院の授業でポンチメダが言った勇者アーサーみたいな人物になれるだろう。そんな人材がこんな片田舎で教師をやっていること自体が一つのミステリーである。
カオスは何処で小耳に挟んだそんな世間話を思い出し、弟としてもその通りだと思っていた。
「ふふふ」
上空からマリアは、そんな弟を見ながら微笑んだ。
駄目よ~、カオスちゃん。こんな程度で驚いちゃぁ。だって、貴方の中にはそれ以上の才能が詰まっているんだから。せめて、私を超えるくらいにはなってもらわないとね♪
弟には、それを目指すのが無謀でも何でもない程の才能がある。そう分かっているから、信じているからこそ、その先の楽しみの事を嬉しく思い、マリアは笑うのだ。姉バカとしてだけでなく、一魔導士としてもそう思えていた。
そんな何よりも大切な弟と共に歩いてゆける喜び。
それはきっと、大切な者をただ守るだけよりもずっと嬉しいことだろう。だから、マリアはどの程度の覚悟であるにしろ、カオスが修行を始めたことは嬉しかったのだ。
2019/01/08 区切り部分に「◆◇◆◇◆」を追加。