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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter2:港町アヒタル
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Act.014:港町戦争Ⅲ~雁間亭の母子~

 港町アヒタルのとある暗い部屋では、二人の男が不機嫌そうに煙草を咥えていた。エマムルド強盗団の二人だ。眼帯男、ラシュトは壁にかかっている振り子時計を見ながら呟く。

 待ち人は帰ってこない。


「奴は、帰ってこねぇか」


 街角で雁間亭の子供に対する強盗に失敗してこの場所に戻ってから、既に1時間以上の時が経過していた。怪我してはぐれたとは言え、無事な状態でこのアジトに今も戻ってこないとは考えられない。

 ラシュト、そして髭面スキンヘッドのヤズドがそこから導き出した答えは一つ。


「アルダビルの野郎、逮捕されやがったか」

「あの状況じゃ仕方ねぇ」

「まあ、そうだがな」


 予定外の敵に殴り飛ばされ、ホテルの中に突っ込んだ。命に別状は無くとも、怪我や気絶くらいはしたのだろう。その状況で警察に会ったならば、簡単に逮捕されるだろう。そのシーンがラシュトとヤズドの2人には簡単に想い描けていた。

 納得は出来る。同情も出来る。

 ラシュトはソファーに座りながら少し前かがみになり、不機嫌そうに空になった煙草の箱を手の中でクシャクシャに丸めて弄んでいた。そして、自分が咥えていた煙草を手で挟み、灰皿に灰を落とす。


「だが、ヤズド。問題はそんなことじゃねぇ」


 警察に強盗団の一味が捕まった。となると、その捕まった者が警察からされる事は一つしかない。

 取調べ。

 エマムルド強盗団は文字通り強盗団。強盗することを生業としている。そんな団員が1人でも拘束出来たなら、拷問でも何でもして何かしらのデータを引き出そうとするだろう。その様は、ヤズドの頭にもすぐにイメージされた。


「口を割らないか、か」

「その通りだ。俺達の保身の面もあるが、依頼者の保身もかかっている。おかしな言い方だが、こいつには俺達エマムルド強盗団としての『信用』がかかっているんだ」


 強盗と言ってもただ盗みを働く場合もあれば、裏のネットワークによって仕事として盗みを働く場合もある。後者の場合、スポンサーだけが捕まったとしても強盗団自体には損傷は無いかもしれないが、その名前には確実に傷が付く。裏のネットワーク内での名は落ちるのだ。

 それは阻止しなければならない。ラシュトとヤズドは、何処にも視線を合わせたくない様子で下を俯く。そして、ヤズドは誰かが発しなければならないその言葉を紡ぐ。


「掟か」

「ああ、そうだ」


 掟。

 自分達の代になる前から、この強盗団内で定められていた掟。

 それは依頼されて強盗を働いている場合、警察に捕まった時には出来るだけ早く自殺、もしくは他のメンバーによって処分すること。それは本人の意志等に関わらず、依頼人に関しての情報が警察の何かしらの手法によって引き出される可能性がある。その可能性を、少しでも潰すための措置。

 警察の手法は、誘導尋問、拷問、特殊な魔法と、挙げればキリが無い。だからアルダビルからの情報漏洩を防ぐには、その掟に従うしかないのだ。

 子供の時から苦楽を共にしてきたアルダビルを。

 とは言え、それもまた仕方の無い。ラシュトとヤズドは目のやり場が無く、ただ煙草の煙の先を目で追いかけていた。


「失礼」


 その時、不意にそのアジトの出入り口のドアをノックする音が聞こえた。その声から、ラシュト達はそれが今回の依頼者だと察した。


「どうぞ。鍵は開いてる」


 不機嫌な様子ながらもラシュトはそう返事をし、ヤズドはそのドアを開けた。その中に、一人の男が少し不機嫌な面持ちで部屋の中に入った。入室を確認すると、ヤズドは周囲の視線を気にしながらさっとそのドアを閉めた。

 ラシュトはその男の顔を見ながら、さらに少し不機嫌な顔になった。


「やっぱアンタか。来ると思ってたぜ」


 ラシュトに話しかけられた男は少し口元を歪め、不愉快な感情を露わにする。


「失敗、したそうですね」


 彼の口調は穏やかではあったものの、それの発する一音一音はその穏やかそうに思える台詞とは関係無いような冷たいものだった。口で言い表せないような威圧、それもまたカタギのものではない。だが、そんな彼の威圧に全く動ずること無く、ラシュトはアルダビルを非難する彼に対し、アルダビルに落ち度は無いと反論する。


「要らぬ邪魔が入ったからな」

「言い訳は結構です。大体、一人逮捕されたそうじゃないですか。そんな様で大丈夫なんですか? 貴方達には大金を払っているんですから、それに見合う仕事をして頂かないと」

「黙れ」


 五月蝿い愚痴モードになりそうな彼に対し、ラシュトは一言そう言ってそれを止めさせる。


「パクられ、生き恥を晒すくらいなら死ね。俺よりも前の代からのエマムルド強盗団の鉄の掟だ。その点は心配無い。アンタのことがアルダビルから出回る心配は無いだろう」

「ええ。私もそれが気がかりでしてね。私の名を出されたら大事ですから」

「そいつを契機に強攻策に出る。作戦もきっちり立っている。すぐにカタがつく」


 ラシュトが自信たっぷりにそういうと、その彼は醜く口元を歪めて笑った。


「それを聞いて安心しました。では、失礼しますよ」


 彼は、そう言葉を残してその部屋から出て行った。ラシュトはその彼にそれ以上言葉をかけず、ただ黙ってその背中を見送った。その面持ちは、仲間であるアルダビルの処刑の確定時よりもさらに不機嫌なものだった。

 ラシュトは、その彼の背中に向けて心の中で、心底その彼を愚弄した言葉を吐き捨てる。

 この色呆けジジィが、と。



◆◇◆◇◆



「母親?」


 雁間亭に向かいながら、カオス達は今回の事柄について少しずつ話をしていた。カオスは、黒髪の少年の言ったことをもう一度確認する。


「うん。あのクソジジィ、キッチン・ローラのオーナーは僕の母さんをモノにしようとしてるんだ」


 黒髪の少年はそう言った。

 キッチン・ローラは、雁間亭を潰そうと画策している。だが、それは経営上の策略ではない。なぜなら、雁間亭はただの小さな料理屋でしかない。雁間亭を潰そうと画策しなくても、広告展開等で派手にやっているキッチン・ローラにとっては敵にもならない。

 では、何故キッチン・ローラは雁間亭を潰そうとするのか? それは、キッチン・ローラのオーナーが雁間亭の主人であるこの黒髪の少年の母親を我が物にする為に違いない。その少年は、そう解釈し、カオス達に説明していた。

 その少年の解釈は主観的な要素が多い。警察がそれを信用せず、食中毒事件等とエマムルド強盗団の件を別個にして捜査してきた理由も分かる。だが、それでもカオス達はその少年の話に何処かしら的を射た真実味があるのではないかと思っていたが、そこでふと疑問に思う。

 母親を狙う?


「父親は?」


 そうカオスは訊ねる。


「死んだ。僕がずっと小さい頃に病気で死んじゃったらしいよ。だから、僕は父さんのことを全く覚えていないんだ」


 ルナはカオスの後ろを歩きながら、カオスは不味いことをこの少年に言わせてしまったんじゃないか、と少し不安に思った。だが、すぐにルナは思い直した。

 カオスもこの少年と同じで父親がいない。母親も数年前に病気で失っている。自分には両親は健在だけれど、カオスには隣にいるマリア(姉)以外の家族はいない。それならば、自分がどうこう言うよりもその少年の気持ちを理解出来るのかもしれないと。

 そう思ったからこそ、ルナは何も言わなかった。自分の出る幕は何処にも無いからだ。そして、そのルナの思った通り、カオスとその少年は目的地である雁間亭に着くまで、他愛の無い話を楽しそうにし続けていた。

 それから五分位歩いた大通りから少し外れた街角にある建物の前で、少年は歩みを止める。カオス達が視線を少年の先に向けると、その建物の入口の前に出されていたメニュー看板に『雁間亭』と書かれていた。目的地に到着したのだ。


「着いたよ」


 少年は躊躇いもせずにそのドアを開けて、その中に挨拶しながら入る。そして、カオス達もそれに続いた。


「ただいまー」


 ドアの鐘の音と少年の声が店内に響き渡ると、店の中から一人の女性が出て来た。


「あら、お帰りなさい。カイ、遅かったのね」


 黒髪を短く切りそろえた美しい女性、その少年の母親らしき人が、穏やかに微笑み自分の息子を迎え入れる。

 これが、この子供の母親?

 カオスはもう一度視線をその母親に戻し、その姿と立ち振舞いを眺めて、右手の拳を強く握り締めながら強く確信した。

 母親を狙っている? 納得!

 口には出さなかったのに、後ろからマリアのチョップによるツッコミがカオスに入り、その様をルナとリスティアは苦笑いしながら眺めていた。

 それはそれとして、港町アヒタルの町の中心から少し外れた、通り沿いにある一軒の料理屋雁間亭。そこの店の息子を送ったという事で、客でもないのにカオス達はそこにお邪魔していた。

 そこの主人である黒髪の少年の母親は、エマムルド強盗団に絡まれたという事で帰りが遅くなり、それに伴ってカオス達に家まで送ってもらったのだ、というここまでの話の経緯を自分の息子であるその少年から聞いていた。その話を聞いて、自分の息子が危険に晒されてしまった事に悲しみの表情を見せ、だがそれと共にこうして無事に帰ってきたことに安堵の表情も見せた。

 そしてカオス達に顔を向け、笑顔を見せる。


「すみません。この子が迷惑をおかけしてしまったようで。私はこの子の母親で、ツキナ・シュヒテンバークといいます。あなた方は?」

「僕はカイだよ」


 カオス達が送り届けた黒髪の少年カイとその母親ツキナが、そうカオス達に向かってにこやかに自己紹介する。カオスはそれを見て、勝手にここはボケる所だと解釈して、何処かの馬鹿丸出しのナルシストのようなポーズを取ってみせる。そして、自己紹介する。


「俺は天がこの荒れ果てた大地に使わし」


 が、それは途中で、クソが果てなく続く程に真面目なルナにどつかれ、遮断されてしまう。そして、倒れたカオスに代わってルナが普通に紹介する。


「あたしはルナ・カーマイン。この倒れている阿呆はカオス・ハーティリー」

「私はマリア・ハーティリーよー」

「私はリスティア・フォースリーゼ」


 カオス以外に羽目を外すメンバーがいないので、カオスが倒れたことによって何の変わったこともふざけたことも無く、互いの自己紹介はあっと言う間に終わった。


「この人達が助けたくれたんだよ」


 これまでの経緯を母親に説明していた黒髪の少年、カイはカオス達のことをそう補足説明する。すると、そのカイの母親、ツキナは笑顔のままだけれどその笑顔の中に、迷惑をかけたカオス達に対しますます申し訳ないような気持ちが加味されていった。


「あらあら、本当にすみません。この子がとても迷惑をかけてしまったようで」

「いえいえ、大したことはしてませんよ」


 そのように恐縮するツキナに対し、ルナはさわやかな笑顔でそう謙遜する。だが、その後ろでボソッとカオスがツッコミを入れる。


「大したも何も、お前は何にもしてないだろうが」


 ヤズドとか言う髭面スキンヘッドを倒したのはアレックス。

 アルダビルとか言うデブを倒したのはカオス。

 そのアルダビルにやられた、アレックスの傷を治したのはマリア。

 確かに、ルナはずっとその場にいる事はいたのだが、直接は何の役にも立っていない。敢えて言えば、警察への説明をしたくらい。それは、ルナ自身も分かっていた。だが、この場で言うことではない。

 問答無用。ルナの鉄拳によってカオスは宙を舞った。それにより、カオスとルナのどつき漫才のゴングが鳴ったのだ。

 いつもと同じカオスとルナではあるが、それに慣れていないツキナは、どうしていいか分からず少しの間狼狽していた。だが、息子の恩人達をそのままにしておくのは無礼なので、何かしらの形でお礼のようなものはしなければならないと考えていた。だから、そっと提案する。


「あの、お礼と言ってしまっては物足りないですが、お昼ご飯を作りますのでよろしかったら召し上がっていって下さい」


 お昼ご飯をご馳走。

 それを聞いて、カオスは自分の浅はかさを知った。顔全体で、身体全体でそのショックぶりを表した。それを見て、ルナはクスッと笑う。


「馬鹿ねぇ」


 ショックを受けるカオスと、それを笑うルナ。

 その二人を見て、ツキナは何かしら自分が無礼なこと、もしくは言ってはならないような禁句を発してしまったのではないかと不安になった。不安な面持ちでツキナは訊ねる。


「ど、どうかしたんですか?」

「さっきの警察内での取調べ中にラーメン食べちゃったんだよ」


 不安な面持ちで訊ねる母親の横で、カイは淡々とさっきの警察の詰所でのカオスの飲食を母親に説明する。一人で勝手に昼食を取ってしまったと。それを聞いて、ツキナは目の前でのカオスとルナのあの様子に至った理由を理解した。


「あらあらまあまあ」


 何というバッドタイミング。

 ツキナは決まり悪そうに苦笑いをした。でも、彼にだけ何も出さないというのは不公平感があるので、何かしらの形で出せないか思案していた。

 そして、すぐに思いついた。ツキナは、カオスに提案する。


「それでは、お腹にたまらないようなあっさりとした物を召し上がりますか?」


 自分だけ除け者にされないで済みそうになったカオスは、ツキナに向かって100万ドルの笑顔で親指を立ててみせる。


「サイコー。お母さん、サイコー」

「…………」


 ついさっきまで大ショックの様子で暗い空気を背負っていたカオスが、今では周りがキラキラ輝かんばかりの100万ドルの笑顔を見せる。そのあっと言う間の変わり身に、ツキナはどう対応していいものか戸惑っていた。


「コイツにあまり優しくしないほうがいいですよ。つけ上がりますから」


 そう言うルナの忠告も、虚しく天井辺りを舞うだけだった。



◆◇◆◇◆



 その一方で、港町アヒタルの町外れの空き家。そこで、一人の上級魔族がイライラしていた。フローリィだ。


「来ないっ!」


 イライラしながら、フローリィは拳を握る。そんな今にも暴発しそうな上司を目の前にして、部下の二人はただハラハラする他にしようが無かった。

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