Act.155:家
カオス&フローリィと、ルナとマリアを中心とするカオス救出隊は対峙する。エスサイバーとしか聞いていなかったので、ここで会えるとは思ってもみなかったカオスと、連れ去られ方から囚われの身となっていると思っていたルナ達。双方にとって意外な形な再会であった。
7ヶ月振り、もとい数日振りのその再会は、非常に緊張感に満ちたものであった。
というようなことは勿論なくて。
「よう、お前等か。久し振りだな」
カオスはあくまでもマイペースだった。
そんなカオスの相変わらずのマイペース振りに、ルナは大きく長いため息をついた。どのようにして連れ戻そうとか、色々と肩肘張って考えを巡らせていたが、相も変わらないカオスの様子を見ると、全てが馬鹿馬鹿しく感じられたのだ。
「何やってんの、アンタは?」
呆れつつ、またため息をつくが、その一方で安心もしていた。この様子を見るからに、酷い扱いを受けているのではないかという心配は、杞憂だと分かったからだ。
そして、その安心通り(?)にカオスは答える。マイペースに答える。
「何やってるか? 今は何もしてねぇ。敢えて言えば、ルナ・カーマインとお話し中さ」
ドカッ!
ルナの鉄拳が飛ぶ。カオスが飛ぶ。
言うまでもないが、そういう問いではない。今やってる行動は、訊かずとも分かっている。と言うか、そこまで呆けてはいない。此処で、アビス城でどのような扱いを受けているのかとか、何故フローリィと行動を共にしているのかとか、そういった諸々を訊いているのだ。
もっとも、カオスはそんな事は百も承知で言っているのだけれど。
「カオス、それよりもいいのか?」
「おおー。良くねぇな」
カオスは立ち上がる。そう。このようにどうでもいいやり取りをしている場合ではない。エスサイバーは何を企んだのか分からないままだし、アナスタシアの安否もまだ分からない。まあ、大丈夫ではあるだろうが。
「だべっている場合じゃねぇな。じゃ、急ぐぞフローリィ」
とっととアナスタシアの所に行って、その無事を確認する。その後はまあ、どうでもいい。適当にやればいい。エスサイバーの誰かが乗り込んでいたのだとしても、アビス城の誰かが対処しているだろう。大騒ぎになって、巻き込まれたら出張ればいいだけだ。
という訳で、カオスはフローリィと共に城の中へ行こうとした。
って。
「待たれよ」
ルナはカオスの肩を掴んで引き止める。
「急ぐぞって何処に行くつもりよ? せっかくここまで迎えに来てやったというのに」
文句たらたら。愚痴ぶつぶつ。説教がーがー。
ルナとしては、言いたいことは山ほどあった。だが、カオスは聞く耳を持たない。
「ああ、悪い。急ぐから、話は後でな」
そう言いながら、やはり城の中へと行くのだった。
「って、ちょっと待ちなさいよー」
ルナや他の面子としては、それを追いかけるだけだった。何が何だか訳の分からないままに。
アビス城の廊下、そこをアナスタシアは1人で歩いていた。周囲に気配はない。それは危険もないということなのだが、アナスタシアは1人だとつまらないから誰かに会わないかな~と考えていた。それだけだった。
そうして、アビス城の中をふらついていた。その時だった。またカオス達と会ったのは。
「おう。無事だったか」
周囲に怪しい者は居ない。そして、アナスタシアにはさっきと何かが変わった様子は何もない。
そのことから、アナスタシアに何かあるのではないかという心配は、楽観的な予想通りに杞憂だったと知った。とりあえず、一安心である。
だが、アナスタシアは文句を言う。すねたような表情をして、カオス達に不満を言う。
「ひどいよ、お兄ちゃん達。アナを置いてどんどん行っちゃうんだもん」
カオス達は侵入者がやって来たという報せを聞いて、大急ぎで城門へと行った。魔の六芒星レベルの者達が大急ぎで動いたのだ。いくらアナスタシアがアビスの娘であっても、まだまだ小さな幼女。そのようなスピードについていける筈もなく、容易に振り切られてその姿を見失ってしまった訳だ。
「ハハハハ。悪い。悪い」
それは考えてなかった。ただ急ごうとしか考えてなかった。そして、それはフローリィやノエルも同じであった。だから、それはカオスだけの咎ではないのだが、あまり物事を深く考えてなさそうな2人と同レベルのことをしてしまったのは、カオスとしてはちょいと不覚であった。
笑うしかない。己の愚かさを。
「HAHAHAHAHAHAHAHA」
「もう、お兄ちゃん。笑って誤魔化さないで~」
カオスの胸をぽこぽこ叩きながら、アナスタシアは抗議する。とは言え、それは兄妹のただのコミュニケーションのようなものだ。それを知っているから、フローリィはお姉ちゃんとして平和なものを見る眼差しでそのやり取りを見守っていた。
が、そのカオス達のやり取りを見て、ルナはますます首を傾げる。ますます訳が分からない。
「お兄ちゃん?」
見も知らぬ女の子が、カオスをお兄ちゃんと呼んでいる。ルナはカオスの家族は養母のカトレアと義姉のマリアしか知らない。聞いていない。16年とちょっとカオスと共にしているけれど、妹なんて何処からも聞いたことはなかった。そのように偽ったフローリィの罠が昔あっただけだ。
しかし、今目の前に見えるのは、そのようなちゃちな罠とは別物に見える。
「何なの、あの子は?」
「妹」
何の考えもなしに、己の疑問を口にしたルナに、フローリィはあっさりと答える。妹だと。
それがあまりにもあっさりし過ぎていたので、ルナは一瞬脳の働きがフリーズしてしまった。何か信じられないようなことをあっさりと暴露されたので、脳がそのデータを受け入れ拒否した。そんな感じだった。
だから、もう一度訊く。
「え?」
その疑問は、ちょっとフローリィの腹を立てさせた。同じ内容を何度も言わされるのは嫌なものだからだ。もっとも、それは短気なフローリィであってもそれだけですぐにキレてしまう程のものではなかったけれど。
だから、フローリィは面倒臭そうにしながらももう一度答える。
「だーかーらー、アレはカオスの実の妹だって言ってんじゃないのよ。血の繋がったね」
「ふーん」
実の妹。親を同じくする者。
ただそれだけである。
「って、ええっ!?」
が、それはルナ達を1人も余すところなく驚愕させた。腰を抜かす程に驚かせた。
信じられぬような真実、それがここアビス城にはある。かもしれない。
「って、カオス! それは本当なの?」
「ん? 何の話だ?」
大きな声で呼ばれたカオスは、ルナの方を振り返った。アナスタシアの相手をしていて、ルナ達の話をちっとも聞いていなかったカオスには、それは本当なのと問われても、どの事なのか皆目分からなかった。
「って、その子のことよ! 決まってるでしょう? その子は本当にアンタの妹なのかって訊いてるのよ!」
少々逆ギレ気味のルナは、畳み掛けるように質問内容をカオスに叩きつける。完全にアウェーであるというこの地からくる不安と、あまりにも想定外の展開であるこの状況からくる混乱が、ルナをそうさせていた。
その反面、カオスは落ち着き払っていた。アナスタシアの頭を撫でながら、あっさりと答える。
「ああ。そうらしいな」
「え?」
「俺も聞いたのは最近だからな。一昨日くらいだったか?」
何かおかしい。
そのように思いながらも、ルナは一応訊く。
「そ、それで、アンタはお兄ちゃんになったというの?」
「おう。いいじゃん。可愛い妹なんだからさ♪」
やはり、カオスはあっさりと答える。近くの花屋で切り花を買ったかのようにあっさりと。
自分の家族が知らぬ間に増えている。もしくは、今の今まで知らなかった。それは言うまでもなくルナの中では、普通の中では驚くべき事件であり、それが真実であったとしてもなかなか受け入れられないだろう。そして、ここが魔界というからにはそれは魔族。ならば、その受け入れ難いTPOは余計に際立つだろう。
が、その一方でルナは知っていた。昔からのことで分かっていた。
そう。カオスという人間は、こういうことを面白がり、喜んで受け入れるタチなのだと。
カオスではしょうがない。
普通では理由にはならないが、ルナはその言葉が自分の中で出て来た時、不思議とそれだけで全てを納得してしまっていた。
だから、それはそれでいい。場もそのような空気になっていた。が、それでも疑問は残る。リスティアはふと思いつき、カオスに訊いてみる。
「妹さんが居るということは、カオスさん。ひょっとしてカオスさんの実のご両親も分かったということですか?」
実の妹である。血の繋がった実の妹である。
フローリィはそう言った。それが分かるということは、その根幹である実の親が分かっていなければならないのだから。
「まあな」
カオスはそうとだけ答えた。
そのように答えるカオスの表情には何もなかった。実の家族に会えたという喜びもなければ、それを受け入れられないことから来る苛立ちもなかった。ただ淡々としただけだった。
「…………」
その様子を、マリアは静かに見続けていた。
血は繋がっていなくても、16年間自分達は家族として過ごしてきた。それは他のどれと比べてもかけがえのない大切な時であり、血の繋がった実の家族のそれと比べても何の遜色もない家族愛に溢れたものとなっている。胸を張ってそのように言う自信もあった。
だが、それでも血の繋がった家族というものには勝てないのかもしれない。
そんな不安と寂しさが、マリアの中に起こり始めていた。それが彼女を混乱させ、動けなくさせていた。
その頃、その父親、アビスの所には闖入者が1人訪れていた。エスサイバー侵攻の報せを聞いてはいるアビスには、それだけでこの男がどのような目的で、どのようにやって来たのか理解していた。そう。部下の1グループを犠牲にして、自分1人で敵将のみを狙い撃ちという腹だ。城門辺りで戦っているのは全て囮。
まあ、予想の出来た事態ではある。
「ようやく来たか」
驚きもせずに、アビスはその闖入者を迎える。そんなアビスの態度に、男は少し驚いていた。
「気付いていたか。魔王アビスよ」
「当然だ」
この程度は不測の事態ではない。そんな余裕のある発言だった。
それは闖入者にも分かっていた。だが、それはどうでもいい。今、ここに居るのは自分とアビスだけなのだから。
「まあ、いい。結果としてお前を倒せればそれでいいのだからな」
「それは無理だ」
「ン、だと?」
それは闖入者からすれば心外。自分の実力も知らずに、アビスは馬鹿にした。そんなような、愚かしくも腹立たしい発言だった。
だが、アビスはその闖入者の魔力も潜在能力も見抜いた上でそのように言っていた。自分の実力の足元にも及ばないと判断した。だから、ここに居るのは真の意味の刺客ではない。
だから、言い切る。
「お前は城門を攻めた連中を捨て駒にしたつもりだろうが、組織からすればお前もまた捨て駒だ」
「ああ? テキトーなことを言うんじゃねぇっ!」
「別に適当でも何でもない。ただ、そうでなかったならば、エスサイバーという組織は俺やお前の実力が全く分かっていない大馬鹿となる。それだけの話だ」
「…………」
ギリ……
男は歯を噛み締め、己の中に湧き上がった怒りに耐える。耐える。耐えようとした。が、すぐに堪忍袋の緒は切れた。
「馬鹿にするなーっ!」
怒りに身を任せ、男はアビスにかかっていった。
その数秒後。アビスの部屋はもう静けさに包まれていた。闖入者の男は打ち倒され、床に倒れていた。アビスの軽い攻撃1つ。それだけでお終い。
その様を、アビスは静かに見下ろした。
それから十数分後、カオスはアビスの部屋にやって来ていた。その頃には、一足先に来ていたノエルによる闖入者の片付けも終わっており、部屋の中には元ある静けさが戻っていた。
「…………」
カオスはきょろきょろと部屋を見渡してみた。そこには変わった様子はない。前に来た時と同じような、ただの静けさがあるだけで、変わったことはそこにノエルが居るだけだ。
「何をきょろきょろしているんだ?」
アビスはちょっと様子の変なカオスに訊ねる。
「ああ。こっちもゴタゴタは終わったみてーだな。エス何ちゃらって奴等の」
「ああ」
ここにもエスサイバーの誰かが来たであろう。そのように知った上でのことだ。だが、それを知った上で、カオスはそれをスルーした。
なぜなら、ここは魔王アビスの部屋。闖入者が一番に狙うのは魔王アビスに決まっている。
だからこそ、その魔王を倒すからにはそれ以上の力の持ち主、あるいは集団でなければならない。それ以下ならばアビス1人で十分だし、逆にアビスを瞬殺してしまうような相手となってしまうと、カオス1人が居たところでどうにもならない。ただ、後者の可能性は皆無に近い。アビスが全力で戦うような相手ならば、拮抗するような相手ならば、戦った時点で大事となっている。そうなった時点で自然と巻き込まれるのだから、やはりわざわざ急いで駆けつける必要は無い。
そんな理由は、アビスにも分かっていた。だから、自分を助ける為にカオスは来たのではない。そのように分かっていた。だから訊ねる。
「で、俺に何の用だ?」
「別に用というようなものではないのだが……」
そのように言い始め、カオスはちょっと息をついてから切り出す。
「家に帰ろうと思うんで、その報告だ」
「…………」
一瞬、その場に沈黙が流れた。それは数秒でしかないものであったが、それが寝耳の水であるかのように思っていた者達からすれば、もしかしたら永遠のもののように感じられたのかもしれない。
そして、その沈黙を破ったのはフローリィだ。
「家? アンタの家はここじゃない」
フローリィは訳の分からないといった感じで言葉を口にする。家に帰るというのは、家の外に居るから言える言葉だ。今は家の中、アビス城に居るのだから、その言葉は不適切だ。と、思考がそこまで言ったところで気付いた。
「って、ああ! そうか!」
「その通り。帰るのは、人間界の家だ」
「…………」
アビスは黙っていた。カオスの後ろに居る人間の姿、カオスの人間界での関係者の姿を目にしても黙っていたし、カオスの言葉に対しても少し沈黙を保っていた。
そのように言葉を選ぶようにした上で、アビスはカオスにあっさりと答える。
「いいんじゃないか」
と。
「だが、帰る前にアリアとロージアくらいには挨拶していけよ」
「あ、ああ。分かった」