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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
180/183

Act.154:奪還Ⅱ

 彼こそが、噂の男だ。アビス譲りの金髪と碧眼、顔はそんなに似ているとは思わないが、それでも間違いない。奴こそが、アビスの息子だ。

 アーガルードは気付いた。そして、密かに考えた。

 このままロージアと戦えば、命を懸けようが何しようが、自分の死体が1つ転がるだけで、一矢報いることもなければ、アビス軍に何かしらのダメージを与えることも出来ない。無駄死にとなるだろう。

 だが、対戦相手をアビスの息子に切り替えたらどうだろうか? 息子の力は未知数だが、1対1で戦って勝てる可能性はロージアと違ってゼロではないかもしれない。上手く言いくるめて、対戦相手を変えられたならば、もしかしたらアビス軍に一矢報いれるのではと。

 だが、そんなアーガルードの目論みは無視して、カオス達は雑談に花咲かせていた。


「せっかく来たのに、やること何にもねぇじゃん」

「後はあれだけよ」

「そっか。じゃ、とっとと片付けちゃってくれや」

「はいはい」


 アビス軍、カオス側としては現状維持であった。そのままロージアが戦い、ロージアが全て片付ける予定だった。

 だが、そんなカオス達に、いやカオスにアーガルードは話を振る。


「おい、そこのお前! お前はアビスの息子だろう?」


 と。そして、挑発する。


「そんな所に引っ込んでないで、俺と1対1で戦え!」


 そんなアーガルードに、カオスはつまらないものを見るような視線を送ったが、それでもまだアーガルードは続ける。つまらない挑発を続ける。


「それとも何か。パパがついててくれないと、お前は戦えもしないのか? ハハハッ、情けねぇな。だったら、お家に戻ってママからおっぱいでも貰ってろよ。ハーッハッハッハッハッハーッ!」

「…………」


 そんな挑発に、カオスは大きなため息をつく。怒る気にもなれない。呆れるだけだった。


「駄菓子並みに安い挑発だな」


 寧ろ、内容以前の問題である。今、アーガルードは挑発するTPOではない。カオスに対して挑発してはならない。だからこそ、どんな挑発をしたところで、それはとてつもなくチープで下らないものとなってしまう。

 なぜなら。


「お前は今、ロージアと対戦中だろうが。偉そうなセリフは、ロージアに勝ってから言え」


 そう、他の者と対戦中に戦いを中断して挑発するのは、ただ単にその戦いから逃げるだけの詭弁にしか見えない。負けたくないから、今ある勝負を有耶無耶にして、別のものにすり替えてしまおうというみっともない逃げの論理でしかない。

 そんなのは、当然カオスにもお見通し。


「クッ……」


 アーガルードは悔しがる。2代目は駄目だというのがセオリーだから、ちょっと挑発すれば馬鹿みたいに乗ってくると思っていたが、思った以上にカオスは冷静だった。まあ、カオスを知っている者からすれば、この程度の解析は当たり前だが。

 そして、その意図も分かる。


「それとも何か? ロージアには勝てねぇが、俺には勝てるかもしれない。そんなせこい皮算用してるんじゃねぇだろうな? 今ある勝負を捨てて。いや、逃げて」


 それは図星である。だが、当然アーガルードは否定する。


「そ、そんな訳あるか! 俺はいつでも強い奴と戦いたいと思ってる!」


 お前はこの中で一番強い。だから、そんなお前と戦ってみたいのだ。男として。

 相手を褒めて、褒めて、褒め殺しにすれば、いい気になって相手してくれるだろうとアーガルードは踏んでいた。1対1で、周囲に居る魔の六芒星に手出しを許さないという破格の条件下でやれるんじゃないかと踏んでいた。


「そうか。そうか」


 カオスはいい気になったような受け答えをしてみせる。一瞬だけ。

 しかし。


「なら、そのままロージアと戦ってろよ。逃げてんじゃねぇだろ? ロージアが先約だしな、それを横取りなんて失礼なマネは出来ねぇさ」

「クッ……」

「ロージアに勝ったら、次は俺が相手してやるよ」


 勝てる訳ねぇが。

 カオスはそう思っていた。完全に消耗しきっているアーガルードに対し、ロージアはケロッとしている。傷一つ負っていないし、体力も魔力も殆ど消耗していない。ロージアにとって、このアーガルードという人物の強さのレベルは雑魚以外の何物でもない。そう分かっていた。

 そして、先のトラベル・パスの大会でのロージアと自分との対戦を考慮に入れると、やはり自分にとってもこのアーガルードという男の強さのレベルはあまりにも低いただの雑魚レベルでしかないと知っていた。


「俺は。俺は。俺は!」


 だが、それに気付けないままでいるアーガルードは、何とかしてカオスとの対戦に持っていこうとする。

 だから、叫ぶ。カオスを挑発する。


「俺はより強い奴と戦いたいだけだ! お前がアビスの息子だと言うのならば、それを強さで証明してみろ!」


 今度はどうだ?

 アーガルードは期待する。だが、彼は間違っていた。いや、勘違いしていた。


「別にアビスの息子だなんて名乗ってねぇだろが」

「!」


 カオスは言う。

 そう、カオスは名乗っていない。自分がアビスの息子だと、誰かに名乗ったことは全く無い。自分の中でさえ、まだ認められずにいるのだ。それなのに、他者に対してそのように名乗る訳がない。

 アーガルードはカオスがアビスの息子だと笠に着て調子に乗っていると思っていたのだろう。だが、それはありえない。2人の今までの関係までを知っていれば、それは絶対にありえない。が、アーガルードはアビスに息子がいるということ、それだけしか知らなかった。だから、そうなってしまったのだ。


「相手してやったら?」


 色々面倒臭くなってきたので、そうしてしまったらどうだ?

 そのように、カオスの隣に立っているだけのフローリィがカオスに提案する。


「え~。だりーじゃん」


 雑魚の相手なんて面倒なだけだ。

 そのようにカオスは思っていた。しかし、このままロージアが相手をして、このアーガルードを殺せばそれでお終いだけれど、殺さずに捕獲した場合色々と五月蝿く、さらに面倒になるのではないかと気付いていた。

 そしてこの場合では、アーガルードは殺すよりも捕らえた方がずっといい。なぜなら、エスサイバーという反アビス組織がどの程度の規模のものなのかは分からないが、このアーガルードが首謀者であるという証拠はない。だから、このアーガルードを捕らえ、何かしらの情報を引き出すのも必要になるだろうことも含めて。

 まあ、俺には関係ないが。

 そのように思いながらも、こればかりは仕方ないな。カオスは思って、ここはちょいと妥協するようにした。


「しゃあねぇ。相手してやる」

「…………」


 ニヤリ。アーガルードは、少し口元を緩める。

 これで状況は有利になった。そのように思い込んでいた。


「だが、その前に1つ答えろ」


 そんな愚かなアーガルードから、何かしらデータを引き出しておこうとカオスは質問を1つ振る。


「お前に此処を攻めるように命令した奴は誰だ?」


 そう。誰かがアーガルードに命令したという前提の下で言っているのだ。

 そんなカオスに、アーガルードはニヤリと口元を緩めたその表情のままで首を横に振る。


「フッ。仲間は売れねぇな。例え、どのような条件があったとしてもな」


 武人として、男として、何があったとしても仲間のことは喋らない。そんな自分に、アーガルードは酔っていた。向こうの求める条件に合わないが、それでいい。自分に言い聞かせていた。

 だが、そんな答を聞いてカオスもまたニヤリと口元を緩めた。


「フッ。マネしっこ♪ と、まあ、それは良いんだが、クククッ、成程な」


 カオスは言う。仲間のことをアーガルードがペラペラ喋るとは思っていなかったが、これもまた期待通りの答なのだから。

 なぜなら、仲間は売れないと言うことはそれすなわち……


「やはり、お前は誰かの命令で攻めてきた中間管理職だってことだな」

「…………。は?」


 そう、カオスは誰の命令で攻めてきたのかを訊きたかったのではない。もっとそれ以前の段階、アーガルードという人物はエスサイバー内においてどのような立場にあるのかを訊きたかっただけだ。だから、ここで『仲間は売れない』と否定するのは、それすなわち自分にそのような命令を下せる上司が存在するのを明かしてしまっていることに他ならない。

 つまり、それではアーガルードはカオスの求めるままに情報を漏らしたこととなる。それではアーガルード側はあまりにもお粗末だ。それを否定したいアーガルードは、恐る恐る訊いてみる。


「ま、まさか、お前……」

「ああ。お前をハメたな。ハハハッ、バーカ♪」

「…………」


 アーガルードはショックを受けていた。2代目はどうせ馬鹿息子。そのように踏んでいたが、こうやってあっさりと搦め手に取られてしまった。頭脳面では敗北。圧倒的に敗北。認めざるをえなかった。

 そんなショックを受けているアーガルードを横目に、カオスはロージアに言う。


「こんな馬鹿相手なら、情報の一つや二つくらい苦労せずに訊き出せんじゃねぇのか?」

「って、馬鹿にすんなーっ!」


 徹底的に馬鹿にされたアーガルードは激昂する。激昂しながら、カオスに殴りかかっていった。

 そんな直線的な動き。愚直な攻撃。


「…………」


 カオスはそんな攻撃を難なくかわした上で、腰を落としつつ肘をアーガルードの鳩尾に叩き込んだ。

 それだけだった。アーガルードは白目を剥き、その意識を失った。そして、失神したアーガルードは、そのままどさりと地面の上に倒れた。それで戦いは終わった。一瞬のことだった。





 だが、その一瞬の出来事を遠くからきちんと把握する者が居た。アリステルである。

 見つけた!

 アリステルはその一瞬だけのカオスの魔力の変遷を感じ取り、それが何処から発せられたのかまで正確に感じ取った。


「おったぞ、カオス」

「本当ですか?」

「うむ。カオスは今、さっきの門の所で雑魚1匹を倒した。そんな魔力の変遷が感じられたのだ」


 先ほどの門の所。それは自分達の隠れ蓑として利用したエスサイバーと魔王アビス軍の衝突現場である。そのようにカオスが行動していたということは、その戦いにカオスが参加したことに他ならない。カオスはこの城の何処かの牢の中にでも幽閉されていると考えて疑わなかったルナ達からすれば、そのカオスの行動は謎以外の何物でもなかった。

 が、それはここで考えても意味はない。


「まあ、いいわ~。じゃ、早速戻ってみるわよ~」

「了解」


 そうして、ルナ達は元来た道を急いで戻っていった。






 その頃、カオスは失神したアーガルードを見下ろしていた。


「頭も弱く、力も弱い……」


 そんなアーガルード。対アビスの要としては、役不足である。それどころか、お話にならないレベルであるが。


「こんな雑魚相手に、何ちんたらやってたんだよ?」


 カオスはロージアに訊ねる。ロージアは時間をかけてアーガルードと対していた。どの程度の時間なのかは計りかねたが、数分は相手をしていただろう。倒そうと思えば数秒で倒せるような相手に。

 そんな問いに。


「何か訊きだぜるかもしれないと思ってね」


 ロージアはそのように答えた。まあ、それは順当な答である。カオスはそのように思いはするが。

 カオスはもう一度アーガルードに目を向ける。頭も力も弱いアーガルードに目を向ける。


「無理だろ。多分、コイツには何も知らされちゃいねぇ」

「ハハハッ」


 ロージアは苦笑いする。考えてみれば、そうかもしれない。そのように思った。知っている可能性も必ずしもゼロであるとは言えないが、自分がエスサイバーの要の人物だとしたならば、アーガルードの能力を把握していれば、やはりアーガルード程度の人物には重要なことは何も教えはしないと思うに違いないからだ。何も期待なんてしないに決まっているからだ。

 それなのに、こうして攻めてきた。そのこころは?


「情報を訊き出す。それは後で構わねぇだろう。それよりも、コイツを囮にしてもっと上位の野郎が侵入した可能性がある。そのエスなんとかって組織がどの程度のもんなのかは知らねーけど、そいつらがよっぽどしょぼいもんじゃねぇ限り、こんな程度の野郎にアビス討伐を期待するとは思えねぇ。だから、この雑魚をカモフラージュにして、もっと別の動きをするというのが自然な流れじゃねぇのか?」


 カオスはそう言うのだ。


「そうだな」


 ノエルは納得する。確かに、そのように思うべきだ。エスサイバーという組織は、結構前からこの近辺で知られてきていた。だが、その全貌はまだハッキリとしていない。カオスの言うようなしょぼい組織であるならば、まだ明らかにされないなんてありえない。だから、やはりカオスの考える線の通りに別の狙いがあると考えるべきだ。

 その別の狙いとは?

 まだ分からない。が、ノエルは言う。


「今回の奴等の狙いが何なのか分かんねぇけど、とりあえず一通り見回りはした方がいいな」

「そういうことだ」


 一通り見回り、何かしら変化があったりした所を見つけて、そこからどのような狙いで奴らがここに来たのか推測するのだ。


「じゃ、ボクはアビスの様子を見てこよう」


 ノエルは自分の役目をそれに決めた。

 そうやって探すのがいい。だが、1つ忘れてはならない。ここに伸びている連中も、牢に入れるなり何なりして、きちんと対処しておかなければならない。


「ロージアは他の奴等と共に、コイツ等を牢にでもぶち込んでおいてくれ」

「分かったわ」

「で、フローリィは城内の見回り」

「別にいいけど……」


 カオスの決めた配置でやるのは別にいい。しかし、そこでフローリィの中に1つの疑問が生じた。

 王であるアビスの様子をノエルが見に行き、ここに居るエスサイバーの連中をロージアと愉快な仲間達が務める。城内の見回りは自分が行う。では……


「カオス。アンタは何をするのよ?」

「俺? 俺は……アナ(アナスタシア)の様子でも見てくるぜ。1人で居たりしたら危ねぇかもしれねぇからな」


 飄々と答える。それが、フローリィの怒りの導火線に火をつける。


「1人だけ楽してんじゃねぇー!」

「何おぅ! 妹の安否を気遣う兄の気持ちが理解出来ねーのか、お前は!」

「■∽ε√○▽♭!」

「π*#☆Δ〒Γ!」


 そうして口論が始まるのはいつものことであるから、ロージアもノエルも2人の相手をしない。無視する。気にしない。

 だが、そんなのは気にもせずに2人は口論を続ける。続ける。続けるかと思いきや……


「と、口論なんかしているならば、とっととアナの所に行ってしまった方が建設的というものだ」

「ω●……」


 フローリィがわめいているのを放っておいて、カオスはくるっと踵を返す。そして、すたすたと城の方へと向かってしまう。

 そう、ここでフローリィと口論していても意味は無い。それならば、アナスタシアの様子を2人で見に行った上で、その後どうするのか決めればいいだけだ。いや、それどころかアナスタシアの様子さえ見てしまえば、その後はアナスタシアをつれて見回ってもいいくらいだ。


「って、ちょっと待ちなさいよー!」


 数秒1人で怒鳴っているという阿呆なマネをしたフローリィは、ちょっと怒った口調をしながらカオスを追いかける。その少し先を、カオスはすたすたと歩いていた。カオスは立ち止まらない。だが、急がない。だから、フローリィはすぐに追いつくだろう。そのように考えた上でのことだった。

 まあ、急がなくてもアナスタシアを誰かが狙うとは思えなかったし、仮に狙われたとしても自分以外の誰かが守るだろう。そのように楽天的に思っていた。


「!」


 その時だった。カオス達の前に黒い影がいくつか下り立ったのは。

 下りた影は5つ。それはルナ、マリア、アリステル、リニア、リスティアのものだった。

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