Act.013:港町戦争Ⅱ~警察での緊張感のないオハナシ(withラーメン)~
港町アヒタルの警察署内の詰所では、カオス達によるエマムルド強盗団とのイザコザに関する説明が行われた。そこに居合わせた警官の中でリーダー格の女性は、ルナによる順序立ってキッチリしている説明に対して満足そうに微笑んだ。
「成程、そういう訳ね」
「ああ」
何一つ説明らしきものをしていないし、勝手にラーメンを注文した上で他人の話なんか全く聞いていなかったカオスが、ルナ達が返事をする前にそう偉そうに返事してしまう。他の人達はそのカオスの行動に唖然とし、誰もカオスにツッコミを入れられないでいた。
そのカオスの行動のせいで、場に少し奇妙な空気が流れた。カオス以外の誰もが、この場をどう崩していこうか悩んでいたのだが、その場に居た一人の老刑事は空気の読めない人間だったようで、何も気兼ねせずに彼自分のしたい話をし始めた。彼は黒髪の少年に問う。
「では、あの食中毒の件もキッチン・ローラが何かしら関わっているのではないかと? 君はそう思うのか?」
雁間亭での食中毒事件。カオス達はエマムルド強盗団について話をする前に、助けた黒髪少年の家について話を聞かされていた。その中の事件である。雁間亭で食事をした複数名が相次いで腹痛を訴え、医師の診断を受けた。それはまるで、集団食中毒のようであった。少年はその雁間亭経営者の一人息子である。
その少年は少し苛立った調子で、訊いてきた空気の読めない老刑事に返事をした。
「そうだよ。そうに決まってるよ! だって、明らかにおかしいじゃん! 僕やお母さんは毎日お母さんの作った料理を食べているんだよ! でも僕は元気。お母さんも元気。良く店に来てくれてる常連さんも元気。それなのに、見たことないお客さんだけ食中毒になるなんておかしいよ! そういう人に特別におかしな物を出すなんてありえないんだから!」
少年がいくら訴えても状況は変わらなかった。そんな自分の言うことをなかなか信じてくれない状況に苛立ち、その苛立ちを言葉に変えてまくしたてる。その様を、カオスは黙って眺めていた。ラーメンをすすりながら。
ここでの話の初め頃、一人でラーメンに夢中になっていたカオスは、今どんな話なのか全くついていけず、黒髪の少年が何のことを話しているのか分からなかった。
まあ、俺には関係のねぇことだけど。
カオスはそう思ったが、分からないことを分からないままにしておくのはそれはそれで気持ち悪いと考え、この部屋の中に居ながら黒髪の少年のまくしたてに巻き込まれていない若い男の警官をつかまえて、話しかける。
「ありゃ、どういうことなのさ?」
口の中でモゴモゴとメンマを咀嚼しながら、カオスは行儀悪く訊ねた。だが、その若い警官はそんな無礼なカオスに対して不快感を露わにすること無く、真面目な警官としてしっかりとした口調と態度で対応する。
「食中毒の件ですか?」
「そう」
「雁間亭。あの子の母親がきりもりしている料理店なんですが、ある日そこで食中毒が出たんです」
「ああ、そこまでは聞いたな。で、その原因は? 牡蠣とかカイワレとかあるべ?」
カオスは左手にレンゲを持ち、それで分葱をすくい取り、自分の口に入れる。
「それが分からなかったんです」
「は?」
「分からない? それじゃあ、食中毒の原因がそこのせいって決まっている訳じゃないんでない?」
右手に持っている箸でナルトを持ち上げて口に運ぼうとしていたカオスの横で、ルナがカオスの考えと同じことをカオスよりも先に言った。
まあ、いいか。カオスはすぐにそう考え、マイペースにまた麺をすすり始めた。
若い警官はそんなカオスを気に留めず、ルナの言ったことに同調する。
「ええ。決まっている訳じゃないのかもしれませんね。ただ、ここ最近食中毒になった患者全てに当てはまる共通点が『雁間亭で食事をした』ということだけですからね。これだけでは証拠としては非常に弱いです。ですから、雁間亭は今でも営業停止等にはなっていないですよ」
「しかし!」
そこで、レンゲでスープをすくって飲んでいたカオスが話に入り込んだ。
「噂なんてモンは悪いヤツ程広まり易いものだ。しかも、尾ヒレとか背ビレとか胸ビレとか、ご丁寧にオプションをジャカスカジャンジャンつけてな」
「そうです。ですから今、雁間亭は経営的にはピンチなんです。その噂を嫌がって客が入らなくなってますからね」
カオスの言葉を受け、その若い警官は説明を付け加える。そして、カオスはその若い警官の説明と雁間亭の子供、黒髪の少年の激昂から今の彼らの状況を読み取った。
「で、今ウハウハなのが、そのキッチン・ローラってトコな訳か」
「そうだよ」
黒髪の少年は老刑事からカオスの方に視線を移し、そう返事をした。キッチン・ローラに関しては、雁間亭で食中毒が出る前より客足を大幅に伸ばしたという。カオスの予測した通りである。
そこまできっちりと予測出来たカオスにルナは感心し、少し驚きの視線をカオスに向けたが。
「良く分かったね」
カオスは別段誇ったような顔をしなかった。ただ、ハッと少し笑っただけだった。
「分かるさ。あれだけヒントが揃ってりゃな」
そうやって当然だと言わんばかりに笑うカオスを置いて、カオスの話のおかげで黒髪の少年からの激昂から逃れられた老刑事は、そこで話に出ていたキッチン・ローラに関しての補足説明を始める。
「キッチン・ローラ。このアヒタルでは有名な、カルバラ財閥のボスであるモスル=カルバラがほとんど道楽で始めたレストランだ。派手な広告展開で注目を浴びている。が、味の方は全然大したものないらしいぞ」
「で、雁間亭を脅威に思って、その相手の方をあの手この手で潰してしまおうと画策しているとか?」
カオスは適当に言った。だが、それは頭の固くなり始めている老刑事には新たな切り口だったらしく、感心そうな表情を浮かべた。そして、少し嬉しそうな表情をしてちょっと頷く。
「成程。その線でちょっと探ってみるかな」
老刑事は1人で納得すると、早速と言わんばかりに椅子から立ち上がった。そして、リーダー格の女性や周りの同僚達に捜査に出る事を告げた。
「あ、ギルギットさん。ちょっと待って下さい。私も同行します」
カオスに質問されていた若い警官もその老刑事にそう話しかけ、さっと立ち上がり、彼の後を追ってその部屋から出て行った。リーダー格の女性は、彼らに対してにこやかに手を振りながら見送っただけだった。
カオスはそんな警察連中の慌しい行動をのんびりと眺めながら、どんぶりを両手に持ってラーメンスープを飲み終え、食事を終わりにした。
「さてと」
何気なくルナとは逆隣に座っていたマリアから受け取ったナプキンで口元を拭いつつ、カオスは一つの決心に溢れたような表情をして見せた。
何か重大なことでも決意したのか?
周りの人間はそう考え、少し構えながらカオスの言葉の続きを待った。その時間は約1秒。カオスは大して溜めもせずにその言葉を繋ぐ。
「じゃ、帰るか。ゴー・ホーム」
「…………」
その場にいた者全てが見事にずっこけた。ルナは思わずテーブルにぶつけてしまったおでこを擦りつつ、カオスに文句を言う。
「ちょっとカオス~」
この小さな少年を守るぞ、とか。
この俺が事件を解決してみせるぜ、とか。
そういったカッコイイ言葉を期待していたのだが、実際はそういうのとは全く逆のことを言われたので、理不尽とは分かりつつも、少し逆ギレ気味な視線をルナはカオスに送る。
カオスはそんなルナの様子から、彼女が自分に何を期待していたか理解したのだが、それは的外れだ、と開き直ったような表情をしてみせる。
「バーカ。俺達みてぇな素人なんかにどうこう出来るモンじゃねーだろが。下手に手を出したら、却って邪魔。後はプロである警察連中に任せておきゃいいだろが」
「ま、そうだね」
未だ納得出来ない表情でいるルナの近くで、そこに残されたリーダー格の女性はカオスの言うことに同意する。確かに下手に首を突っ込んでほしくないのは本音ではある。だが、そう思った上でも尚、彼女の笑顔も同じような苦笑いであった。
「じゃ、帰るべ。ラーメンも食い終わったことだし」
港町アヒタルの警官の詰所で、カオスはどうでもいいような表情でそう言い放っていた。そして、さらにどうでもいいことだが、さっきからカオスが食べていたラーメンの器は既に空となっていた。ユーは何をしに警察へ?
そんなカオスは端から見たら、ドライ過ぎると言われるかもしれない。だが、事件性の高い物事に素人が下手に首を突っ込んでもどうにかなるものではないし、却って仕事としてやっているプロの足を引っ張りかねない。カオスはそれが分かってるからこそ、そう言っているのだ。だから、ルナやマリアも頷く。
「そうねぇ~」
「ま、仕方ないか」
これでお終い。後はトラベル・パスとアレックスを回収すれば、このアヒタルでカオス達のやることは何も無くなる。誰もがそう思っていたが。
その予想に反してカオスは被害者である黒髪の少年に言った。
「家、何処だ? 危ねーから送ってってやるよ」
「え?」
この人たちとはもう関わることは無いだろう。ちょっと寂しい結末ではあるけれど、それでもうこの人たちに迷惑をかけないのならば、それで良かったのだろう。黒髪の少年はそう思っていたのだが、そのカオスの発言で接点は再び結ばれようとしていた。
その光景を見て、ルナは少し微笑む。
意外と面倒見いいんだよね。
ルナはカオスにそんな一面があることは長年の付き合いで分かってはいたが、またこの場でそういう事を目の当たりにして、カオスに対して少し感心していた。
「カオ」
「カオスちゃん優しーーー♪」
カオスに対し、感心の言葉を贈ろうとしたルナの声は、マリアの声とカオスへの強烈な抱きつきによって阻害され、無いものとなってしまった。そして、カオスもそんなルナに気付かず、急にタックルをかけてきた姉に向かって文句を言い始め、それに対しマリアはニコニコと笑っていた。
ルナは最初それが少し面白くなかったが、10秒位したら何だか馬鹿らしくなってきたので、その2人は放っておくことにした。だが何もしないでいるのもナンなので、ルナは今回の被害者である黒髪の少年の護衛をしてしまおうと考え、側でどうしていいか分からず愛想笑いしているその少年に話しかけた。
「じゃ、行こうか。アレはほっとこ」
「そうだね」
「ちょっと待った」
そうしてルナ達が行こうとした時、それに待てが入った。ここにただ一人残っていた警官連中の中のリーダー格の女性だ。ルナ達はゆっくりと彼女の方を振り返る。彼女はルナ達に対し、穏やかに微笑む。
「帰るんだったら、念の為にこっちからもガードをつけましょう。私の妹でまだ警官じゃないけど、腕は立つから安心していいよ」
彼女はそう言ってルナ達をまた座らせ、内線で連絡してその妹にこちらに来るよう指図した。妹は快諾したらしく、すぐにこの部屋へとやって来るらしい。ルナとその黒髪の少年、そして口論を止めたカオスとマリアはおとなしくその妹の来訪を待っていた。
それは1分弱程度だった。警官連中のリーダー格の女性が内線を切ってからその程度の時間でその妹はそこまでやって来たらしく、部屋のドアがコンコンとノックされた。彼女はドアに向かって微笑む。
「入って」
「はーい」
その妹は明るい返事をして、カオス達の居るその部屋の中に入って来た。目まで隠れた長い前髪とその紅の色、穏やかな表情と口調、入ってきたのはカオス達がトラベル・パスの実技試験の時に試験会場で出会ったリスティア・フォースリーゼだった。
「こいつかー!」
カオスとルナは同時に叫んだ。
彼等の中で、ずっと小さな氷のように残っていた疑問の種がここで解消されたのだ。このリーダー格の女性を初めて見た時から何処かで見たような気がしていたのだが、それは妹であるリスティアに似ていたからだったのだ。
それで思わず叫んだカオス達に、リスティアは穏やかに、マイペースに挨拶する。
「おやおや、カオス君にルナさん。また会いましたね」
「だね」
「2週間振りくれーだな♪」
「に、2~3日しか経ってませんが?」
「カオス~」
「カオスちゃん、お知り合い~?」
困った顔してるリスティアと、冷たい目をしているルナを他所に、口笛吹いてるカオスにマリアが穏やかな微笑みのまま問いかけた。
穏やかな微笑みのままだった。だが、実際マリアとしては面白くはなかった。自分の知らないところで、カオスが女の人と知り合いになっていることを少し不愉快に感じていた。
その一方で後ろめたいことが全く無いカオスとしては、そんな姉を特に気にすることも無く、そして気付くことも無く、リスティアを即答で紹介する。超シンプルに。
「ああ、この前のパスの実技テストで一緒だった奴」
ルナの反応や、このカオスの様子から、カオスの言葉に嘘は無いと判断したマリアは、そこで初めてリスティアに微笑みかける。そして、自己紹介する。
「私はカオスちゃんの姉でマリア・ハーティリーです。初めまして~♪」
「リスティア・フォースリーゼです。初めまして」
マリアとリスティアの初対面は、和やかに穏やかに進んだ。その良い空気に、リスティアの姉であるそのリーダー格の女性も良い気分になって、にこやかに自分の名を名乗ってみる。
「ちなみに、私はエクリア・フォースリーゼ。って、それは言ったか」
「いんや、初耳」
自分はとっくに名乗ったと思い込んでいた彼女は、そのように言って笑ったのだが、そこに間髪入れずにカオスとルナのツッコミが同時に入った。そう、彼女は名乗っていない。だから、今までずっと彼女の名を知る者はいなかったのだ。
その彼女、エクリアはそうつっこまれて少し思案したのだが、自分は名乗っていない、カオスとルナのツッコミが正しいと悟ると、少し気まずい気分になり、誤魔化すように少し大きな声で笑った。
「ま、いいじゃん。私の名前なんて。それより、リスティア」
そうやって無理矢理誤魔化した後、エクリアはリスティアの方を向いて少し真面目な顔をした。その姉の顔からどういう事を言わんとしているかリスティアは理解し、頷いた。
「分かってます、姉様。彼等の身の安全ならお任せ下さい」
リスティアはそう言ってエクリアに微笑みかけ、その顔のままでカオス達の方を向いた。そして、出発を宣言する。
「それでは、皆さん。雁間亭に参りましょうか」
「あ、それじゃあ僕が先に行かないとね」
自分の家である雁間亭までガードしてもらうこととなった黒髪の少年は、カオス達の一歩先へと飛び出した。その後から、カオス達がその少年の歩幅に合わせてその後をついて行った。その後姿を、詰所に一人残ることとなったエクリアは笑顔で見送っていた。
次第にその後姿は小さくなっていき、詰所に一人残されたエクリアからはあっと言う間に視覚では捉えられなくなっていた。が、エクリアは笑っていた。笑顔を浮かべていた。少々問題はあるにしろ、それは典型的な平和の光景の一つだったからだ。
◆◇◆◇◆
街中にある少し大きめの総合病院。そこで、アレックスは検診を受けていた。じっくりと検査結果を見ている医者の一挙手一投足を、アレックスは少し不安そうな面持ちで眺めていた。だがその医者は、そんなアレックスの様子など全く気に留めてないような事務的な仕草で、くるりとアレックスの方を向き直して感情の全く感じられない機械的な口調で、その結果を伝える。
「何ともないですね」
「そうっすか」
まあ、そうだろうな。
検査前からそう思ってはいたのだが、心の何処かでとてもとても安心しているアレックスがそこには居た。
医者は続ける。
「体の内部、内臓や骨、腱等にもこれといった損傷は見当たりません。毒も特に見当たりません。が、一応念の為しばらくは激しい運動等を避けて、安静にしておいてください」
治癒魔法等の応急措置が施されているとはいうものの、怪我を負ったのに変わりない。そこで無理をしたら、またその傷口が開きかねない。医者はそう説明する。
アレックスは医者に言われなくても何となくそうなんだろうな、と思っていた。だが、その一方で長い時間おとなしくしていないといけないなんて何てつまらないんだろうとも思っていた。
つまらない時間は短い方がいい。だから、アレックスは医者に訊ねる。
「しばらくって2~3時間くらいっすか?」
「2~3日だ、たわけ」
「うへぇ」
分かっていたことではあったが、つまらない時間は結構長いらしい。医者によってトドメを刺されたアレックスは、がっくりと肩を落とす。そんなアレックスに、先程少しだけ激昂した医者が、また事務的な口調に戻って彼に形式的に言う。
「お大事に。では、次の人」
つまらない時間は長いが、肩を落とす時間は長く取ってはくれないらしい。アレックスは早々に診察室の外に出され、その診察室内では次の人の治療が始められたのだった。