Act.153:奪還Ⅰ
アビス城、城門。
「!?」
門兵は異変に気付いた。城門から向こう側、堀に架かっている橋の向こうから仮面の集団が駆けてきているのに。ゆったりとしたローブを纏い、白い仮面をして正体を分からなくしている姿の者が集団で、そんな怪しい者が50人以上の集団でやって来ていた。
城門を2人のみで預かっている、何も知らない彼等が驚かない訳がない。パニックにならない訳がない。
「な、なななな、何だ貴様等は!?」
門兵の声はどもっていた。舌も上手く回らなくなっていた。
だが、そんな彼等2人の背後から、落ち着いた声がそんな彼等に教える。
「奴等はエスサイバーの者達よ」
顔面刺青で、スキンヘッドの彼女が教える。
その声の主は……
「ロージア様!」
そう、魔の六芒星のロージアである。
これは良かった。門兵2人は心の底からそう思っていた。ここを自分達2人では命を懸けても易々と突破されてしまいそうだが、彼女が居れば形勢逆転に違いないと。
「彼等の来襲は、橋の向こうにいた時にはもう分かっていたわ。城内は既に警戒中。そして、ここに最も近い場所に居た私が、一番乗りでここに来た訳ね」
情報は伝達済み。他の者も、それぞれ自分がやるべきことを行っている。では。
「後は、叩くのみ」
ロージアは魔力を充溢させる。あっという間にロージアは臨戦態勢となり、その最前線へと立つ。
氷と化した魔力を解き放った。
アイシー・バンブー、ロージアの放った技はそれである。白い氷の竹が橋の上で乱立してゆき、侵入者一行に襲い掛かる。
ある者は突き刺され、またある者は切り裂かれ、そのまたある者は飛ばされ、次々と撃退されていった。
「!」
だが、エスサイバーの集団の中にも実力の差異はある。アイシー・バンブーによって貫かれる未熟者も居れば、そうでない者も居た。その男、白黒の仮面をつけた男もそうであった。次々と生えるアイシー・バンブーをかわしながら、着実にロージアとの間合いを詰めていったのだ。
右、左、右、左、ステップを踏みながら近付いていって、攻撃。
「うらっ!」
拳をロージアへと繰り出す。
が、ロージアはあっさりとその拳を右腕で勢いを殺して防御。拳の勢いをそのまま横に流した。
それからロージアは体を翻し、白黒仮面の男に肘打ちを鳩尾へ食らわせる。そこからさらに翻って、その両手を白黒仮面の男に突き出して、彼を大きく後方へと突き飛ばした。回転の遠心力を加えたパワーで。
だが、そこまでは白黒仮面の男も予想出来ていた。魔の六芒星と言われているロージア相手に、そんな簡単にいくとは最初から思っていなかった。これで終わりなら、初めからエスサイバーなんて集団は必要ないのだから。
「ハッ」
体勢を整えながら、白黒仮面の男は綺麗に着地する。
本番はこれからだ。彼はそう思っていたが。
「グルルルルルルル……」
「クシャシャシャシャシャシャ……」
「フゴフゴフゴフゴフゴフゴフゴ……」
獣とも何とも言えないような生物が、ロージアの背後からアビス城の中から現れた。ロージア側の援軍である。対ロージアの戦局が、現在どのようになっているのか戦い始めたばかりの白黒仮面の男には正直分かっていなかった。だが、後からやって来た援軍の実力の大小に関わらず、現在ある戦局が不利なものになっていった。そして、なっていく。それだけは気付いていた。
このままここに居続けると、さらなる援軍が来る。それは確実。それどころか、別の魔の六芒星までもがやって来るという可能性もぐっと高くなる。そうなったらお終いというのも含め、この戦局はどんどん不利になっていく。
だから、どんな援軍が来ても、せめてこの1対1は崩したくない。そのように白黒仮面の男は考えていた。だから、逆にロージアを挑発する。嘲笑する。
「クククク、まさか魔の六芒星のロージア様ともあろうお方が、援軍を呼ぶとはな。余程、我等が怖いと見える。まあ、死んでしまえば元も子もないからな。無理はないか。ハーッハッハッハッハッ!」
安い挑発だった。だから、ロージアも激昂したりしない。
「それは違うわ」
ただ、淡々と否定する。それだけだ。
「なぜなら、私も彼等と同じ援軍の1人でしかないのだから」
「…………」
そんなの白黒仮面の男も分かっていた。分かった上で、挑発していた。
「これは1対1の決闘でも試合でも何でもない。こちらがわざわざ1で迎え撃たなければならない理由は何処にもないわ。大体、そちらが集団でやって来ているじゃないの」
「チッ」
やはりな。
白黒仮面の男は、そのように感じた。この程度の挑発にはひっかからない。ひっかかれば儲けものと思っていたが、世の中そんなに都合良くは転がってくれはしなかった。
だが、まあいい。
白黒仮面の男は、そのように思っていた。挑発にひっかかるにしろ、ひっかからないにしろ、自分がやるべきことはただ1つ。そう。目の前に居る敵、ロージアを全力で倒すだけ、戦うだけだ。
その結果勝とうが、負けようが、それは関係ない。どちらにしろ、戦う以外に道はない。帰る場所は、もうないのだから。
だから、覚悟を決める。ここで敵を倒すか、自分が死ぬか。そのどちらかしかないという覚悟を。
だから、脱ぎ捨てる。ローブを脱ぎ捨て、白黒の仮面を投げ捨てるのだ。もう、正体はバレても構わない。後はないのだという事が分かっているから。
「我が名はアーガルード! エスサイバーを代表して、お前達を討つ!」
その上で周囲をも鼓舞する。
「前以外に、奴等を倒す以外に道はない! だから、野郎共進め! 命の限り戦うぞ!」
「おおっ!」
そうしてアーガルードは先陣を切って突っ込んでいく。この中で最も強敵であるロージアに戦いを挑んでいく。その姿は、彼の部下の魂を鼓舞するのに十分なものだった。リーダー自ら最も難しい局面に飛び込んでいったのだから、自分が何もしないでいるというのは出来ない。そのように思わせるものとなった。
それからは乱戦であった。アーガルードとロージアがぶつかり、エスサイバーの下級兵士とアビス城の警備兵がぶつかる。互いの実力は五十歩百歩であり、おしたりおされたりといった状態となった。
「おらっ!」
「グオオオッ!」
「キシャアアアアアッ!」
「うぁああああああっ!」
怒号が飛ぶ。悲鳴が飛ぶ。拳が飛ぶ。血が飛ぶ。死体が飛ぶ。色々なものが飛び交っていた。
戦場は膠着状態となり、そのままずっと続いていくかのように思われた。が、エスサイバーの者達は気付いていなかった。このように膠着状態であっても、決して互角ではないのだと。
なぜなら、ずっと侵入するつもりで戦っているのにも関わらず、この場所から誰も侵入に成功していないのだから。
そう、これはロージアからすれば様子見だった。この無謀としか思えぬ突撃の裏で、何か別のものがあるのではないか。それを探る為の様子見だった。つまり、潰そうと思えばいつでも出来る。その程度の戦力だった。白黒仮面の男、アーガルードも含めた上で。
「…………」
そんな様を、集団の後方で冷ややかに見ている者達が居た。エスサイバーと同じローブと仮面を纏いつつも、それに参加しようとしない。ルナ達である。
そのルナ達から見ても、エスサイバーの実力の欠如は明らかであり、いつ潰されてもおかしくない状況のように見えた。だが、別にそれで構わなかった。ここでエスサイバーが勝つ必要なんてない。ただ、自分達がアビス城の中に侵入する間、隠れ蓑になってくれればそれだけでいいのだから。
「よし」
今、城門の前は混乱状態となっている。
「今だ。行くぞ」
「そうね~♪」
この混乱に乗じて、侵入する。ルナ達は戦いの混乱となっている集団に駆けていくと見せかけておいて、そこから大きく上へとジャンプした。そして、そのまま城のテラスにまで侵入した。エスサイバーによって、皆の視点は地に置かれている。その死角をついた上での侵入だった。
仮面とローブは外に捨ててきた。いつまでも三下集団のセンスのないユニフォームなんて纏っていたくなかったし、あれはあくまでもエスサイバーを隠れ蓑にする為に必要だっただけ。このように侵入を成功させてしまえばもう不必要だからだ。
ま、それはそれとして。
「侵入成功♪」
周囲には誰も居ない。予想以上に、このエスサイバーの侵入劇は城内の注意を引いてくれているようだ。これはとても都合が良い。その間にカオスを攫うのも可能かもしれないのだから。
そのようにルナは喜んでいたが。
「喜ぶのはまだ早いわ、ルナちゃ~ん」
マリアは言う。
「結果として、カオスちゃんの救出に成功しないとね~」
カオス救出の成功を成し遂げられない限り、ここに侵入した意味はない。
「ま、そうですね」
まだ、その為のチャンスを得ただけに過ぎない。それを活かすか、殺してしまうかは、これからの行動次第だ。
そして、その為にこの中でする最初のことは……
「まずは、この広い城内の何処にカオスが居るのかだな」
「分からないと言っても、誰かに訊く訳にもいかないですからね」
「そうね~」
「何処だろうね」
「とりあえず、地下牢辺りから探してみませんか? ここで話し合っても無意味ですし」
総当りで探すしかない。そのようにリスティアは提言する。
確かに、その通りだ。皆、納得する。ここでどんなに話し合おうとも、絶対の正解なんてものは出てこない。だから、それは時間の無駄。そうするのならば、この城内をくまなく探した方が遥かに建設的な意見であろうと。
「じゃ、行こうか」
とりあえず、地下牢があるのかは分からないが、この城の一番下から探してみよう。そのように決めて、周囲の気配に気を付けつつ、ルナ達は城内の徘徊を始めた。
ルナ達がアビス城の中を徘徊し始めた頃、その時もアビス軍(の一部)とエスサイバーの激突は続いていた。それぞれの何の役職もついていない下っ端兵士同士は勿論、この場でのそれぞれのリーダー格に当たるロージアとアーガルードの激闘もまた続いていた。
ロージア対アーガルード、それは最初5分と5分の戦いのように見えたが、戦いが続いてゆくにつれて、その実力の差がありありと見え始めてきた。圧倒的にロージアが押してくるようになった。
「はっ!」
アーガルードの攻撃を難なくかわしつつ、ロージアはアーガルードに拳を叩き込む。その拳は攻撃を繰り広げたばかりで隙だらけのアーガルードにクリーンヒットし、彼を大きく吹き飛ばした。
「くっ!」
それは彼にとって大きなダメージとなった。そのまま意識を失って、倒れてしまうかもしれない。そのように彼の中に意識させるくらい大きなダメージであった。
だが、ここで負けていられない。そのような想いが、彼の意識を繋ぎとめる。繋ぎとめ、アーガルードはその根性でもって体勢を整え、地面にきちんと着地した。その着地は決してスマートとは呼べない汚い形ではあったが、それでも臨戦態勢は崩されなかった。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
息を切らし、口元の血を拭いながらも、アーガルードはロージアを真っ直ぐに睨みつける。戦い抜き、倒してやろうという気概でもって。
「…………」
だが、そんなアーガルードをロージアは冷たく見下ろすだけ。それが、両者の間にある圧倒的な実力の差。ロージアは出血どころか、息切れすらない。汗一つかいていない。
「クソッ」
勝てねぇ。
アーガルードは心の底から思い知らされる。どのような気概をもってして臨んでも、刺し違える覚悟だとしても、この戦いは自分がやられるだけ。そのように理解させられていた。
何をしたのだとしても、自分はただ犬死にするだけだと。
「ちくしょう。チクショー!」
勝てない。勝てない。勝てない。
しかも、今戦っているのはアビスではない。魔の六芒星と言っても、ただの部下の1人。そんな部下相手にこの様だ。救いようのない、みっともない姿で、死ぬに死ねない。そう思っていた。
その時であった。城門が開き、また新しい援軍がやって来たのは。
「何だ、ロージア。もう終わりか?」
新しい援軍の1人、カオスがそのように訊く。だが、状況としては訊くまでもなかった。エスサイバーの面子はほとんどが倒れ、実質上立っているのはアーガルードただ1人。そして、そのアーガルードさえもいつやられてもおかしくない状況下だった。アーガルードに何かとてつもない秘密兵器かそれ相応の秘策でもない限り、エスサイバーの敗戦は確定だ。
そして、訊いたのがカオスである通り、ここに来た援軍はカオスとフローリィとノエルであった。ロージア1人に手も足も出ないアーガルードでは、そこにさらに3人プラスされてはさらなる絶望、絶対的な絶望であった。
「くそ……」
「あら。カオス君達も来たの?」
絶体絶命の大ピンチのアーガルードとは対照的に、ロージアの対応は呑気だった。そして、カオスもまた同様だった。
「まあな。何にもしないで待ってるのは性に合わねぇし、つまんねーからな」
「…………」
アーガルードは新たに来た3人を観察していた。それで、ここを打ち破れなかったとしても、何とか一矢報いれないか企んでいた。
3人の内2人は知っていた。それぞれが魔の六芒星であるフローリィとノエルだ。各々がロージアと同等、もしくはそれ以上の実力を持っているので、戦いを仕掛けたら死ぬだけだ。だが、真ん中に居る男は知らなかった。普通の兵士にしては堂々としていて、偉そうにしている。上司に値する六芒星に対する敬意のようなものが感じられない。だが、それが許されている。それの意味するところは何か?
答はシンプル。彼こそが、噂の男なのだ。アビス譲りの金髪と碧眼、顔はそんなに似ているとは思わないが、それでも間違いない。
奴こそが、アビスの息子だ。
アーガルードはそこに気付いた。