表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
178/183

Act.152:侵入者

 お前の命を狙って、城にやって来る者がいるかもしれない。

 そんなノエルの言葉に対し、カオスは可能性としてなくはない。ゼロとは言えないが、可能性としてはとても低いものとなるだろう。そのように高を括っていた。

 だが、このトレーニングルームにやって来た警備兵は言ったのだ。侵入者が来たと。

 それイコール、自分の命を狙われているとはならない。だが、その可能性が少しずつ高いものとして、カオスの中で現実味が増してきていた。いつまでもここに居るつもりもないので、それはどうでもいいのだが。

 それはそれとして。


「早速来たって感じだな」


 そこでカオスは不意に思い立った。侵入者? ちょっと待てよと。

 自分が魔王アビスの一味によって攫われたという情報は、クロードからあの2人に到達しているのは間違いないだろう。そうすれば、あの2人だからここに来るに、攻め込んでくるに決まっている。

 だから、もしかしたら……とカオスは思った。そして、思いながらその警備兵に訊ねる。


「で、その侵入者というのはどんな連中なんだ?」

「あら、カオス。やる気満々じゃないの」

「ホント、珍しいな。オイ」

「うるせぇ。茶化すな」


 警備兵に詳細情報を訊ねるカオスの姿が、フローリィとノエルにはやる気に溢れた姿に見え、そんなカオスをからかった。が、カオスはそれどころではない。もし、侵入者があの2人、ルナとマリアならば、早速迎えに行かなければ彼女達の命が危なくなりかねない。

 よって、そんなフローリィとノエルの相手をしている暇はない。カオスは2人を無視して、もう一度警備兵に訊ねる。


「で、どんな奴等なんだ?」

「はい」


 警備兵は一息置いてから答える。


「敵は『S・SYBAエスサイバー』の者達です」

「エスサンバ? 何だそりゃ? ダンスチームか?」

「エスサイバー。ここの政権を倒そうとしている連中で、過激派なアナーキスト共さ」


 カオスの疑問に、ノエルが答える。


「名前ですぐに分かるだろ? ABYSSアビスをひっくり返しただけなんだから」


 ABYSS→SSYBA。読み易くして、エスサイバー。


「安直だな」


 しかし、そんなものはどうでもいい。もっと言えば、相手がどのような連中であってもどうでもいい。ルナやマリア達でなければ、何処のどいつが来たのだとしても同じ。関係が無いのだから。

 そんなどうでもいい連中だったから、その期待と心配は外れとなるのだろう。それは、この時間の継続を意味する。

 下手に動いて、行き違いになったら最悪なので、敢えてここから動かないようにしていた。自分が居ないのにルナやマリア達がここに攻め込んできたら、ぞれは良くない結果になるに違いない。

 その待ち時間は続く。


「まあ、いい。とにかく迎え撃つぞ」


 何にしても、邪魔者は放置しておくわけにもいかなそうだった。


「ああ」

「そうだね」


 そんなことを言いながら、カオス達はとりあえずそのエスサイバーと呼ばれる連中の迎撃に向かったのだった。





 エスサイバー襲撃。それから数時間前の出来事である。アビス城の城下町には、ルナの一行が到着していた。

 ルナ達は周囲を見渡し、その城下町の様子を探ってみた。魔界の街らしい街に入ったことのなかった彼女達からすれば、その街の様子は驚きの連続だった。


「ここが、魔王アビスの城下町?」

「思ったよりも普通だね。人間界と変わらないじゃない」


 そう、ちょっと見た目が人間と違う者が居るという程度で、その街の雰囲気そのものは人間界と変わるものではなかった。魔界ということで、犯罪者が跋扈していたり、不道徳な行為が蔓延ったりしているのではないかと覚悟していたのだけれど、そのようなことは全くなく、きちんと秩序に守られた街だったが。


「そりゃあ、そうさ。奴等にも生活というものがあるのだからな」


 リニアは言う。

 そう、考えてみればそうである。犯罪者の跋扈を許してしまったり、不道徳の蔓延を見逃していたりしていると、いずれ自分の生活が脅かされる。それは人間だけでなく、魔族もまた同じなのだろう。

 納得のいく話だ。


「そうですね」

「しかし、ここは上級魔族ばかりですね。こんなにも居るものなんですか?」


 その街の中に居るのは、ほぼ全てが上級魔族であった。だから、リスティアはそんな疑問を抱いた。だが、アリステルはそんなリスティアの見方を否定する。


「それは違うぞ」

「え?」

「これは以前カオス達には教えてやったが、魔族とは人間共の言うように、上中下で階級になっているものではない」

「…………」

「人間共の言う上級魔族、中級魔族、下級魔族というのはそれぞれが別の生物であって、交わりのようなものは一切無い。ただ単に、人間共は魔界に生まれた種族、生物、あるいはそれらしきものを、勝手に一括りにして魔族と呼んでいるだけに過ぎん。だから、下級魔族はいつまで経っても下級魔族のままであり、どう足掻いても上級にも中級にもなれないのだ。獣が人間になれぬようにな」

「成程」


 リスティアは納得する。

 ここは街。つまり、魔界の中で人間に位置づけられているようなアビスと同じ、魔界の人間達が住んでいる。ここはただそれだけの街なのだ。人間側で想像してしまうような、上級魔族という恐ろしい魔物が群れになって巣くっている。そのような場所ではない。ただの生活空間なのだと。

 だから、下手に恐れたり、警戒したりしない方が却って良い結果を導いてくれるのは明白だった。

 そう。


「普段と同じように振舞えばいいんですね」

「そうだ。この街の中ではな」


 首都アレクサンドリアに居た時のように。


「でも、カオスちゃんを救えたならば、正直そんなことはどうでもいいのよ~」


 マリアは言う。所詮、ここは目的を達する為にやって来ただけの街なのだからと。

 ただ、そう言いながらもマリアは分かっていた。カオスを救い出す前に、ここで騒ぎを大きくしても良いことはない。カオスを救い出すに当たって、不利に働くだけ。だから、おとなしく振舞うのは理に適っていると。

 それはそれでいい。


「が、ここまで来たのはいいが、どのようにカオスを救い出すのだ?」


 アビス城から。

 勇者アーサーを葬ったアビスや、その直属の部下である魔の六芒星達から。

 マトモに正面からぶつかっても勝てる訳がないので、何かしらの策は立てなければならない。


「…………」


 しかし、ルナ達は何も策を思いつかなかった。何も考えず、猪突猛進にここまでやって来てしまったそのツケであった。





 その頃、アレックスはルクレルコ・タウンの自宅の自室で、エロ本を堪能していた。やはり巨乳は素晴らしい。エッチなグラビアを眺めながら、アレックスは改めてそう感じたのだった。

「う~ん。グッレェェェエエイツ♪」





 と、まあ、それはそれとして。


「何も思いつかないな」


 リニアはそう言いながらため息をついた。

 道中、他の旅人を襲う魔獣が居て困っていたらしいのを助けたら、お礼にとお金をくれたので、それを使ってバーで茶でも飲みながら対策を考えよう。腰を据えて考えたならば、それまでと比べて良い意見が出るかもしれない。そのように期待はしていたのだが。

 結果は芳しくなかった。使えるような策は何も出てこなかった。敢えて収穫があったと言えば、魔界でも紅茶は結構美味しく頂けるというどうでもいい情報だけだった。


「はぁ」


 またため息をつく。どんよりとした空気が、ルナ達の周りに溢れた。

 しかし、ここは大衆的なバー。周りでは楽しそうに歓談している者たちばかりだった。


「やはり、林檎は北部のミヤノー・キジンコ地方が一番だと思うのよ」

「ええ、そうよね。でも、ここ最近ではイ=ユワガーテ湖方面産のもなかなか評判が上々らしいって話を良く聞くわ」

「へえ。それは知らなかった。今度チェックしてみるね」


 そんなどうでもいい話を。


「どうだ、最近? 奥さんとイチャイチャラブラブしているのか?」

「イチャイチャラブラブって、からかわないでくれよ~」

「ハハッ。いいじゃねぇかよ。そのように冷やかされるってのも、その新婚の幸せに対する税金みてぇなもんだ」


 あちらこちらで繰り広げているのだ。そんなのを聞かされていると、暗くなって真面目に考えているのも馬鹿馬鹿しくなってしまうようなものだが、だからと言ってやめてしまうなんて出来ないし、それらはこれからしなければならないアビス城への侵入という違法行為を上手く行う策を考える場合においては、上手くカモフラージュになっていて良いので、ルナ達はひたすらに耐えていた。

 色々な声が聞こえる。色々な話題が聞こえる。そのほとんどがどうでもいいような話題だった。ルナ達からすれば関係ない、何の影響もない者ばかりだ。

 だが、1つだけ気に留まる話題があった。


「だから、今がチャンスなんだよ」


 わざと小声にして、その男は自分の向かいに座っている男にそう話す。


「アビスを倒す、な!」


 アビスを倒す。

 その言葉が重要だった。アビスを倒すということを彼等が実行しようとしたならば、それはアビス城に彼等が攻め込むとなるのだろう。魔王であるアビスが、わざわざ城下町を練り歩くとは思えないから。


「今、奴等の所には……」


 その後はどうでも良かった。アビスを倒せるかもしれないという奴等の策はどうでもいい。アビスを倒すのが今回の目的ではないからだ。カオス救出を完遂してしまえば、それで全てはオッケーだ。

 その途中のアビス城侵入の点で、奴等を利用出来るかもしれない。囮として。

 ルナ達はそのように考えた。配下がたくさんいれば、その中に紛れ込んでしまうのは簡単だからだ。

「よし、召集かけろー。場所はいつもの空き地だ」





 それから数十分後、そのバーの近くの空き地に男は立っていた。ゆったりとしたローブに身を包み、仁王立ちして待っていた。その男の下に、ぞろぞろと者達が集まってきていた。それぞれがゆったりとしたローブに身を包み、白い仮面を被っていたので、どのような者なのかはさっぱり分からなくなっていた。男女の違いはおろか、種族の違いさえ分からなそうだ。

 そんな連中が空き地に集まっていた。ひい、ふう、みい、男は数えてみて、50を越えた辺りでやめた。男は集まった白い仮面の者達の方に向き直る。彼等とは別の、縦に真ん中で白と黒で塗り分けられた仮面を被ってから、彼等に檄を飛ばす。

 今こそが好機だとか、今やらねばならないとか、どうとか、そのようなことを無責任に言いながら、部下を焚きつけていた。


「…………」


 その様子を、離れた場所からリスティアが窺っていた。窺いながら、これは思ってもみないチャンスだと感じていた。

 リーダー以外はお揃いのマスクとローブ。全てを包み隠すような連中のその姿は非常に使えると思った。そして、その後すぐにリスティアは他の面子と合流する。

 それからさらに数十分後、ルナ達は大通りの影、物陰に潜んでいた。さっきの空き地からアビス城へと向かう、大通りのちょうど中間地点辺りである。そこでルナ達はさっきの仮面の集団を迎えようとしていた。

 そのルナ達の視線の前を、その仮面の集団が通り過ぎていった。白黒仮面の男を含む先頭の集団を、ルナ達は予定通り見過ごす。中間辺りの集団もルナ達は見過ごす。その最後尾を少し見送った後、ルナ達は動き始める。

 音も立てず彼等の背後に忍び寄り、音も立てずルナ達の人数と同数のメンバーを倒した。他のメンバーに気付かれないように倒した彼等を路地裏に放り込み、彼等のローブと仮面を奪った。そのローブを着ている服の上から羽織り、仮面を被る。それだけで倒したメンバーとの見た目の差はほとんどなかった。だから、ルナ達は気絶させ、追いはぎしたメンバーは捨て置いて、その後すぐに何食わぬ顔して列の最後尾に並んで、その連中と一緒にアビス城へと向かった。

 それからいくつか通りを抜けると、その先に大きな城が現れた。アビス城に着いたのだ。白黒仮面の男は、アビス城を見上げ、満足そうに笑う。それから、自分の後を歩いていた部下達を振り返る。


「さぁて、着いたぞ。もう、これからは隠れようがないぞ」


 これからアビス城になる。アビス城の周囲には大きな堀があり、城へはそこにかかった一本橋を通るしかない。必然的にとても目立つ。かと言って、堀を泳いだり他のルートで行ったりすると、無駄に体力を失ったりするので、それは絶対に避けておきたい。

 ならば。


「こそこそ隠れても無意味ならば、いっそ正面突破するのが吉であろう」


 正々堂々と戦い、正々堂々と倒す。白黒仮面の男はそのつもりであった。そうするだけの実力があるかどうかは別として。


「覚悟は出来たか?」


 ただ、根拠の無い自信と、覚悟だけはあった。それが自身溢れる姿に部下達には見えて、それに着いて行く事に決めてしまう。覚悟を決めて、突撃せんとするのだ。拳を掲げ、「応!」と部下全員が声を合わせて腹から声を出した。


「ようし」


 それを聞いて、白黒仮面の男は安心した声を漏らす。ここで、メンバー内の意志は変わっていない。一つのままだと確信したからだ。

 だから、その自信のままに最後の命令を出す。



「では、行くぞ! エスサイバー、突撃だっ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ