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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
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Connect19:長話の間(④魔界の片隅にて)

 ゆらり……

 炎が揺らめいている。魔界のとある国のとある場所、そこでルナ達は体を休ませていた。彼女達の目の前では、焚き火が揺らめいている。町から離れた彼女達は、そこで野営を敷いていた。

 焦る気持ちはあった。立ち寄った町に住んでいた上級魔族から聞き出した情報等を元に、休まずにアビスの国のアビス城の城下町へと駆けつける。そんな気持ちは強くあった。

 だが、それは踏みとどまった。無理をして途中で転ぶようなことがあっては無意味だし、満身創痍の状態で目的地についても、カオスの奪還という目的は果たせなってしまうからだ。

 ならば、町で休めばいい? 町で休めば安全だろう?

 それは確かにその通りである。魔族しか居ないこの魔界である。人間が居ないというのが当たり前なこの世界では、魔族のふりをして振舞うのは容易だから。なぜなら、ここに居るのは全て魔族であるという先入観の下に向こうも接しているのだから、こちらを人間じゃないだろうかと疑うことがないのだ。そして、それだからこそアビスの城のある場所も、世間話のように容易に訊き出せたのだ。

 しかし、それでも町に宿泊するという選択肢はルナ達にはなかった。

 理由は簡潔。金がない。

 正確に言えば、金はある。しかし、それはあくまでも人間界のアレクサンドリア連邦の通貨である。つまり、魔界では使えない。日本の店でドルが使えないように。そして、魔界とアレクサンドリア連邦の両者に交流はない。裏で隠れて行き来する者は居るのかもしれないが、現状がそうなっているので、アレクサンドリア連邦の通貨から魔界の通貨へと換金も出来ない。仮に何処かで出来たとしても、それはなかなか選べぬ選択肢。人間界の通貨を出すことは、自分が人間であると宣言するのに近いものがある。疑われて当然の行為となる。そんな理由もあって、人間界の通貨は出せない。カオスを早く助けに行きたいこの状況下で、争いは絶対に避けておきたい。魔王アビスと戦うなとマリフェリアスに釘を刺されたが、争わない方がいいのは他の魔族も同じなのだ。

 ならば、働いて稼げ?

 それでは、時間がかかりすぎる。というよりも、それ自体が本末転倒。旅費を稼ぐのにどれだけの時間を労働に費やさなければならないのか。何日、何十日となり、もしかしたらそのままそこの住人となってしまうかもしれない。それは想像に難くないではないか。

 だから、金は使えない。そして、使わなくて済む為に、買い溜めしていた荷物がなくならない内に、カオスを救わなければならない。

 しかし、物理的に、自分達の肉体的に、そんなに焦って行動は出来ない。それは失敗へと繋がるのでしてはならない。


「ふう」


 ゆらりと揺れる炎を見ながら、ルナはため息をついた。


「ルナちゃん、疲れた~?」

「いえ。そういうわけじゃないんですが」


 ルナは首を横に振る。そう。別に疲れているというわけではない。


「ただ、もどかしいなと思いまして」


 急がなければならないのに、急いではならないから。

 まだまだ気持ちは先へと行っているのに、それに従うと失敗へと直結してしまうから。


「そうね~」


 誰よりも焦っていて、誰よりも落ち着きをなくしていたマリアは、そんなルナの気持ちを十分に理解していた。マリア自身もそんな気持ちであったりもしたのだ。


「何も酷いことされてなければいいんだけどー」


 暗い空を見上げながら、そのように願う。

 とりあえず、まだまだ生きていて欲しいと……

 もっと言えば、無事でいて欲しいと……





 ゆらり……

 炎が揺らめいている。魔界のとある国のとある場所、そこで今もルナ達は体を休ませていた。彼女達の目の前では、焚き火が揺らめいている。町から離れた彼女達は、そこで野営を敷いていた。

 焦る気持ちは、まだ残っていた。立ち寄った町に住んでいた上級魔族から聞き出した情報等を元に、休まずにアビスの国のアビス城の城下町へと駆けつける。そんな気持ちは強くあった。

 だが、それは踏みとどまった。無理をして途中で転ぶようなことがあっては無意味であるし、満身創痍の状態で目的地についても、カオスの奪還という目的は果たせなくなってしまうからだ。それは変わらない。

 しかし、そのもどかしさがルナ達のちょっとした苛立ちとなっていた。

 そんなルナ達に忍び寄る黒い影。近隣を縄張りとしている魔獣である。


「グルルルルルルル……」


 涎を垂らしながら、魔獣はゆっくりと間合いを詰めてくる。自分の間合いまでそれを詰めた瞬間、飛び掛って食い殺そうという算段であろう。逃げられぬよう、ゆっくりと忍び寄る。

 だが、それはその魔獣の勘違い。ルナ達は逃げるつもりはない。その接近に気付いた上で、逃げずに留まっているのだ。

 それは何故か? 答は簡潔。その魔獣の魔力は、潜在していると感じられるその力は、ルナ達のそれと比べて遥か下に位置するものでしかなかったから。とても強いとは呼べぬ魔獣だったから。

 その動きを見極めながら、ルナ達は休んでいた。

 そして、その距離が魔獣の得意とする間合いとなった。その瞬間であった。


「グアアアアアアアアッ!」


 咆哮を上げ、魔獣は跳躍する。距離は魔獣自身分かっている。このまま飛んで、このまま地面に降りていけば、そこは対象となる敵の頭上である。後は大きく口を開けて噛み付くだけだった。魔獣の計算では。

 そこは策も何もない獣のやること。ルナ達でなくとも、誰でも分かるようなストレートな動きであろう。


「ふう」


 馬鹿な魔獣。

 そう思いながら、ルナは立ち上がる。立ち上がって、戦闘体勢を整える。魔力を充溢させ、それを炎へと変える。

 そして、解き放つ。空へ。魔獣へ。

 飛べぬ限り、空は動けない場所。重力のままに落ちる場所。その為、そこでは他所からの的となってしまう。落ちるスピードを見極める以外に、射手にはすべきことはないのだから。

 そして、その魔獣もまた飛べぬ生物であった。的となる者だった。


「ウグアアアアアアアアッ!」


 ルナの放つ炎により、魔獣は焼かれる。その牙も、爪も、何の役目も果たさぬままに焼かれる。焼き尽くされる。

 そのただ焼き尽くされ、燃え尽きてゆく魔獣をチラッと一瞥はしたけれど、ルナはその魔獣の絶命を確認しただけで、すぐにその視線を別の方向へと戻す。マリア達、戦いに参加していなかった者は最初から見向きもしない。

 彼女達の眼中には、既にその魔獣の姿はない。視線はずっと先にある。森を抜け、川を渡り、山を越えた向こうにある魔王アビスの城。そこに捕らわれているカオスのみだ。他はどうでも良かった。

 そんな彼女達の後方、そこで魔獣の屍を焼き尽くす炎は、その決意の現れであるかのように力強くゆらめいていた。


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