Connect18:長話の間(③それぞれの再開)
トイレを済ませた後、カオスはそのまま真っ直ぐにアビスのところへと戻った。急ぎもしなかったが、寄り道もしなかった。落ち着いた足取りで、元居たソファーのところまで歩いていって、そのままどかっと腰掛けた。
「…………」
カオスは何も言わない。始めろとか、そういったことも言わない。
此処で今更言葉は必要ない。此処に来たこと、戻ってきたこと、それだけでアビスの話を聞くという姿勢なのだから。
アビスはそれを分かっている。だから、少し口元を緩めて宣言する。
「再開するか」
そうして、アビスの長い話は再開した。まだまだ話は半ば、先は長いようだった。
◆◇◆◇◆
その頃、ルクレルコ・タウンでも朝を迎えていた。トラベル・パスBクラス試験が終了してから2日目の早朝だった。8月の空気は早朝の段階で既に暖かく、暑い状態にまでなっていた。空は何処までも青く、今日もまた暑くなると誰もが思う朝だった。
バーント宅、その自室で、アレックスは今日も目覚めた。アレックスはカオスが攫われた試験最終日にサラやアメリアと共にルクレルコ・タウンに強制帰宅させられてから、自宅で寝起きしていた。アレックスは既にいつもの生活に戻っていた。
友が、カオスが戻っていないのに。
そのように思い、落ち着かない気分のアレックスではあったが、瞬間移動魔法も何も出来ないのでおいそれと出掛けられない上、来るなとも言われてしまったので、いつもの生活を送る以外にどうしようもなかった。
そして、今日もまたいつもと同じように目覚めた。
「ん~」
ベッドの上で背伸びをしながら、しばらくは寝起きの気だるさに身を任せつつ、天井に貼ってある女性アイドルのポスターをボーッと眺めている。それがアレックスのちょっとした悦楽のひと時であった。
しかし、今日はそのようなのんびりしているような気分にはなれなかった。もっと言えば、ここ最近ずっとである。焦りに似た感情が、アレックスを落ち着いた状態に居ると罪悪感を抱かせるように急かした。
「起きねぇとな」
体をほぐしながら、アレックスはすぐに起き上がる。それとほぼ同時に、パジャマを脱ぎ捨てる。動き易いズボンを手にとって、それに足を通す。物は気にしない。動き易ければ、それだけで良かった。上に羽織るTシャツも同じ。そこら辺にある物の中から適当に選んで、適当に袖を通すだけだ。オシャレの類は、一切気にしない。そのような時ではないと思っていた。もっとも、アレックスのカッコウが野暮ったいのはいつもなのだが。
寝巻きから着替えると、アレックスは1階のキッチンへと向かった。そこでは既にアレックスの両親が目覚めており、朝食を始めていた。仕事があるアレックスの父親とは違い、学校が休みとなっているアレックスだから、今日は寝坊だと思って先に始めていたのだ。
「今日も早いな」
アレックスの両親は、意外そうな顔を見せる。長い夏休みの最中だから、もっとだらだらした生活を送ると思っていたのに、今年のアレックスはいつもきちんと早起きしている。去年とは天と地程の違いがあった。
息子の心情を知らない両親としては、それは奇妙に思えてしまう程に違和感のあるものだった。ただ、規則正しい生活を夏休み中もやろうというそのアレックスの行動は良いものであったし、推奨したいところでもあった。そして、それによって小遣い上げろとか要求してこないので、寧ろ褒めてやりたいところでもあったのだ。
だから、気にしない。変に突っ込んで水をさしてしまうのも良くないので、普段通りに振舞う。普段通りに訊く。
「もう朝食を食べるかい?」
「いや。食べる前にちょっと一回りジョギングをしてくる」
起こされるまで熟睡しているようなアレックスが、起きてもしばらくぼーっとしているアレックスが、そのように言った。
それは奇跡である。天変地異の大異変である。
そのように思って、アレックスの両親は絶句していた。言葉を失っていた。そして、そんな両親を背中にアレックスは扉を開けて家の外へと出て行った。
そんなアレックスが考えているのは、ただカオスのこと。そして、何の力にもなれなかったどころか、それ以前に戦力外通告されて家に帰されてしまったという屈辱。そのことについてだった。
そうなってしまったのはしょうがない。実力が不足していたのだから。
だが……
そのままでは終わらせない。そのように思って、アレックスは生まれ変わろうとしていた。少しでもカオスに、ルナ達に、追いついていこうともがいていこうと心に決めて、トレーニングに精を出す。
「とりあえず10kmだったな」
リニアが言ったカオスのメニューを思い出しながら、まずはカオスと同等の距離を走ってみた。それは、今のアレックスにはとてつもなくきついものであったのだけれど。
これがスタート。そして、どんどん越えていかなければならない。そうしないと、容赦なく置き去りにされてしまう。
そのように考え、アレックスは走っていった。もう筋肉痛だけれど、そんな彼の一日はそうして今日も始まっていた。