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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
171/183

Act.147:過去の夢 現在の現実 そしてトイレ

 アビスは語っていた。己の過去を。その傷もまた含めて。

 どのようにしてエミリアと出会い、恋に落ちたのかを。どのように人との軋轢が生じ、戦争へと発展していってしまったのかを。

 事細かに語っていた。穴がないように。抜け目がないように。

 カオスはアビスの話を黙って聞いていた。攫われた身であるカオスからすれば、別に聞く義務はない。聞きたくないと言って立ち去っても、文句を言われる謂れはないだろう。

 そのように分かっていた。まあ、相手が戦闘をしたら遥かに格上の魔王アビスであるから、逆らったところで勝てる相手ではないのだが、それを抜きにしてもカオスはアビスの話を黙って聞いていた。

 実際、カオスは興味を抱いていた。どのようにして自分が生まれたのか。自分が何者なのか。知っておきたかったのだ。

 無論、アビスの言っていることが必ずしも正しいとは限らない。寧ろ、偽りである可能性の方が高いように思えた。しかし、それでもカオスは黙って聞いていた。

 出鱈目に近い。それでも知っておきたい。

 そのように思う、それだけカオスに関するデータは少なく、今までなかなか見つかるようなものではなかったからだ。

 だから、カオスは聞く。じっくりと聞いていた。





 そうして、アビスの話は続いた。続いた。続いた。

 何時間とも思えるような時間が過ぎたのだが、それでもまだアビスの話は続いていた。

 聞き始めの頃はきちんと聞いて、それをイメージとして頭の中に思い描いていたカオスではあったけれど、そうするのにもだんだんと疲れてきて、そのイメージは散漫なものとなっていた。

 要するにカオスは疲れ、人の話を黙って聞いて、その内容をイメージするのが面倒臭くなってきたのだ。


「…………」


 この位でいいでしょう。

 そのように言って止めにしたい気持ちはやまやまではあったけれど、流石にそれは出来ないとカオスは思っていた。一度話を聞き始めたならば、最後まで聞かなければ気持ちが悪いし、話している方としても同じであろう。そんな気持ちは分かっていた。

 だが、もう聞くのには疲れた。止めるのは出来ないけれど。

 けれど……


「ちょっと待った」


 カオスはそのように切り出す。

 止めるのは駄目だろうが、中断なら構わないだろう。そういう訳だ。第一に、カオスとしては今、中断してもらわなければ困る状態となってしまっていた。


「どうかしたか?」


 夢から覚めたように、カオスに向けて顔を上げるアビスに向かって、カオスは言う。


「トイレ」


 そう。アビスの話は何時間とも思える位に続いていた。だからこそ、ここで尿意を覚えたとしてもごく自然であった。そして、それは嘘ではなかった。カオスの体は実際、トイレに行きたいと訴え始めるようになっていた。


「クク……」


 そんなカオスの言葉を聞いて、アビスは夢から現実へと戻されたような気分だった。それで、少々愉快な気分になった。

 さらに、そんなカオスの緊張感に欠けた言葉。それもまた、アビスを悪い気分にさせる事はなく、寧ろ良い気分にさせていた。


「分かった。行ってこい。場所は分かるか?」

「ああ」


 ここに来る途中、ロージアから聞いた。

 カオスはそのように付け加えて、ソファーから立ってアビスの部屋から出て行った。そして、まっすぐにそのトイレへと向かった。

 トイレへは迷わずに辿り着いた。何らかの施設、学校やビルディングのような大型の建物のそれのような男子トイレにカオスは入り、ズボンのファスナーを開けつつ、小便用の便器の前に立って構える。

 そして、用を足した。ちょろちょろちょろちょろ……


「ふぅ」


 閉塞されていたものを開放したカオスは、ほっと息を吐いた。

 だが、そうやって色んな意味の自由を満喫しながらも、カオスの思考は先程までのアビスの話に戻っていっていた。そのことに関して、用を足しながら考えを巡らせていた。アビスの言ったこと、語ったことを。



 俺はお前の父親なんだからな。



 アビスはそのように言っていた。語っていた昔話も、色々と紆余曲折はあったのだろうが、結局のところその台詞が本当であると証明する為のものであるというのは間違いない。カオスはそう思った。

 ただ、カオス自身は自分がアビスの実子であるというのは荒唐無稽だと思っていた。その台詞を言われた直後は。

 しかし、よくよく考えさせられてみると、そのように判断しているのはあくまでも自分の考え、あくまでも自分は人間であるという願望に基づいた小さな意地でしかないと気付かされた。

 まず、それが仮に嘘なのだとしても、そのような嘘を言うアビスの動機がない。カオス・ハーティリーという人間を自分の実子だと偽ったところで、アビスの得は何もない。その為、少なくともアビスの中ではカオスと言う人物が、自分の実子であるというのは真実であり、疑いようもない事実である。そう決定されていると思って間違いない。カオスはそのように判断した。

 では、勘違いか? 何かしらの手違いによって、他の誰かと自分を勘違いしたのか?

 次に、カオスはその線を考えてみた。しかし、それもまた早々に否定出来てしまうラインであった。

 なぜなら、過去を思い返してみると、アビス達側はかなり綿密に調べているのが分かるからだ。慎重に、じっくりと調査を重ねてきていたのは間違いない。

 そして、それが『mission C』。それによって、魔王軍によってしょっちゅう観察されていたのだから。





 アヒタルの時も……

 今は、駄目。でも、後で殺せばいいだけのこと……

 フローリィはそう思い、次の機会を探ろうと模索し始めたのだが、ロージアはそんなフローリィに言葉を続ける。


「そしてグラナダの調査によって、私達が遂行せんとする使命2つの内の1つ、『mission C』の対象者の中に加えられたわ」


 Mission C?

 その言葉を聞いて、フローリィはハッと笑った。面白かった訳でも、嬉しかった訳でもない。余りにありえないことを口走ったロージアに対する笑いだった。


「まさか。JOKE、JOKE! そんなことある訳ないじゃないの」

「ホントよ」


 笑ってロージアの言葉を本気にしないフローリィに対し、ロージアの口調はあくまでも本気なもの。その口調から、少なくともロージアがそれを間違いと知りながらそう言っているのではない、というのは笑いながらでもフローリィは気付いていた。

 Mission C?

 あっと言う間に話の蚊帳の外に放り出されたカオス達は、彼女達の言う訳の分からぬ言葉に首を傾げていた。が、どうでもいいことでもあったので、何かしら彼女達に訊こうとは思っていなかった。

 そんなカオス達をさらに蚊帳の外に追いやるように、フローリィとロージアは話を続ける。


「信じらんないわ。どうせ、何かの間違いや勘違いじゃないの? でも……」


 フローリィは分かっていた。


「例え1%にも満たない可能性とは言え、父様の15年以上にも亘る願いを潰す訳にはいかないわね。それが0%になるまでは」


 フローリィは少しの間天井を見つめた。そして大きく息を吸って、視線を下に下ろしながらゆっくりと吐いた。それから、何かしらを決意したような表情でカオスの方を向いた。


「カオス!」


 腹から出たような、はっきりとした声でフローリィはカオスにまっすぐに向かい合う。


「『mission C』、アンタの命はそれが間違いだと判明するまで預けておいてあげるわ。でも間違いが判明次第、何処へでも殺しに行くから覚悟しておきなさい」


 カオスの方にまっすぐに人差し指を突き出し、フローリィはピシッときめる。





 月朔の洞窟でも……


「あの闇の守護者とやらが言った通り、闇属性の魔法で受けたダメージは回復出来ないようですね」

「ええ。これで勝機は出て来たわ~♪」


 闇属性魔法……

 その言葉に、フローリィとロージアは少し反応を示した。ただ、両者の反応は対照的であった。驚いた顔をしたフローリィに対して、ロージアはごく当然とでも言うような顔をしていた。

 カオスは『C』である。

 それを考慮に入れれば、カオスが闇属性の魔法を扱えるのは、『C』として不自然ではない。寧ろ自然で、『C』であるということを後押しする要因の1つにもなりえた。



「これが今生の別れってんじゃないんだしな」

「そうね」


 フローリィの隣に居たロージアが、一言だけ口を挟んだ。

 カオスは『C』である。それが真実であるから、関係が途切れはしない。絶対に。

 ロージアは確信を持ってそう言えた。だが、フローリィにとってその確信はどうでも良かった。絶対に会えなくなるという理由が無ければ、また会える可能性はゼロではない。それだけでいいのだ。


「だね」


 だから、そのようにフローリィも首を少し縦に振った。


「では、また会おう」

「ああ」


 そうして、その後は互いに振り返らなかった。すぐに瞬間移動魔法(インスタンテ)で両方共に光のアーチとなって帰るべき場所に帰っていったから。

 また会おう……

 帰る途中、そのフローリィの言葉がロージアの頭の中で繰り返されていた。そして、その言葉に対してロージアは頭の中だけで返答する。

 また、会える。そう遠くない未来にまた会える。それは絶対。

 カオス君は『C』なのだから……

 遠ざかる人間界に郷愁に似た念を抱きつつも、先に見える希望を信じてロージアはフローリィと共に自分の帰るべき場所である魔界に戻っていったのだった。





 首都アレクサンドリアでのノエルと対峙した時も……


「ノエル」

「分かってる。コイツも相手すりゃあいいんだろ?」

「そうだ。任務の件と併せてな。出来るか?」

「もっちろん。ラクショー、ラクショー♪ こんな疲れきった奴等相手だからねぇ」


 も? コイツ、も?

 その言葉に、カオスはちょっとひっかかった。


「コイツ、も…だと? と言うことは、もしかして…」

「当然だ。お前も数に含まれている」


 アビスは当然だとカオスに言う。カオスにしてみれば、当然視なんてされたくはなかったのだけれど。この国がどうなろうと、身の回りの人間と自分さえ無事ならばどうでもいいのだから。

 だが、このまま無視は出来ない。そう宿命づけられた。ノエルもカオスに言う。


「元々、ボクの任務は君を狙う事だからな」

「チッ」


 あの骸骨野郎、ガイガーとかいう奴の恨みなのか?

 カオスは舌打ちした。ただ、舌打ちしながら少々疑問に思った。確かに、魔王アビスとその仲間達は自分の仲間を大切にしているように見える。しかし、アビス本人や他の魔の六芒星の様子を見ると、明らかにガイガーだけが浮いていた。悪い意味で。逃げる人間を襲ったり、不必要な殺生をしようとするのは、会った限りで言えばガイガーだけだ。

 それを踏まえると、ガイガーは遅かれ早かれ粛清されるべき人物であったように思われる。そんな疑問だ。

 そこは、ガイガーは関係ない。『C』だったから狙われたのだ。

 Mission Childの対象だからこうなったのだ。





 そう思い返してみると、カオスは寧ろ自分が『C』でないと、アビスの子でないと証明する方が難しいような気がしてきた。そうであると思ってしまった方が、あまりにもフィットし過ぎていた。

 だが、何にしろすぐに信じてしまうのはあまりにも早計。それ故、どのような結果であるにしても、今のところは知れるものを知るべき時であろう。

 そのように結論をつけて、カオスはトイレから出た。

 それから、またカオスはアビスのところへと戻る。話はまだ続く。どうせ聞き始めたのだから、最後まできっちりと聞いておこう。アビスの語る過去というものをきちんと把握してしまおう。

 そのように思いながら、カオスはゆっくりと戻っていった。


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