Act.146:長話の間(②魔界侵入 Side.B)
さあ、いざ禁断の地へ。
ルナ達は高い壁に囲まれた禁断の地へ、足を向けて進みだす。
「って、ええっ?」
警備兵は一体ルナ達は何しているのか首をひねった。ルナ達の向かっているのはただの壁。その先は禁断の地であるが故に、扉のような入口は存在しない。何処にもない。
だが、そう考えるとその禁断の地へと入るのは不可能であるように思えた。されど、そのような素振りは全く見せずに、ルナ達は自信たっぷりにその壁に向かって歩いてゆく。それは、警備兵には全く理解出来なかった。
この不可能なミッションにどう立ち向かうのかと。
しかし、それはあくまでも警備兵から見た話なだけの話。ルナ達にとっては違う。
「では、行こうか」
リニアが合図すると、ルナ達は当然のように頷く。
そして、跳んだ。
「あっ!」
警備兵が驚きの声を上げた、その一瞬であった。ルナ達は跳躍して、禁断の地と隔てられたその壁を一気に飛び越えた。数メートルある高い壁、その上方に絡められた有刺鉄線。それらをものともせず、ルナ達は軽く飛び越えていった。
乾いた地に、乾いた風が吹く。そこに残るは沈黙。
「…………」
「…………」
警備兵達は顔を見合わせる。そして、心の底から思う。
俺達、まだまだ修行が足りない。もっともっと修行をして、もっともっと上を目指さなければいけないと。今行った騎士達、そこまでは到達出来ないだろうけれど、出来るところまで努力していこう。
声には出さなかったが、彼等はそのように誓った。
もっとも、そうしたところで、酒を飲んだり眠ったりしたらすぐに忘れてしまうから、彼等はいつまで経っても魔物の現れない辺境の地の警備兵でしかないのだけど。
禁断の地、そこはただの荒地となっていた。元々乾いた地なので、特に雑草や木々が無秩序に生い茂るようにはならなかったのだが、ひび割れた大地や生命の鼓動を感じさせない空気は、生きた雰囲気を感じさせないものと成り果ててしまっていた。
その中をルナ達は黙って歩いていた。そのような雰囲気、それをルナ達は気に留めない。されど、周囲に目は配り続ける。
魔界への入口、それは何処にあるのか、どういった場所なのか、何も予想つかないからだ。
魔王アビスの本拠地であった禁断の地の中心部、そこにあるのではないかと考えはしたのだが、それはあくまでも想像しただけの話であって、予想と呼ぶのも躊躇われるようなものでしかない。
「……ないわね」
ルナは周囲に注意を払いながら声にする。
そんなルナの中には、もしかしたら魔界への入り口はここにはないのではないかといった、ちょっと悲観的な考えが浮かんできてはいた。なぜなら、この禁断の地はあくまでも魔界への入口が出来やすい場所であって、確実な話ではないのだから。そして、今までここで騒ぎが起こっていなかったような警備兵の雰囲気を考えると、首都アレクサンドリアにやって来たアビス達や、アヒタルや月朔の洞窟に来たフローリィなんかは、この出入口を使用していないのではないかと簡単に予想がつくからだ。
だが、此処しかルナ達は知らない。だからこそ、此処に賭けてここで探すしかない。カオスが攫われている今、時間はいくらあっても余ることはないものだから。
時間がないのは、先が見えないのは、悲嘆である。苦しみである。絶望である。そして、それは肉体を縛りつける重い楔となる。
されど、ルナ達の辺りを探るスピードが落ちはしなかった。効率良く、なおかつ正確に禁断の地内のあらゆる場所に、魔界への出入口があるかどうかを探っていった。
そうして、時間は過ぎていっていた。どの位過ぎたのか、もうルナ達には見当もつかなくなっていた。ただ、まだまだ3分の1程度にしか上っていなかった太陽が、今ではほとんど真上に位置している。それを考慮に入れれば、この禁断の地で既にかなりの時間が経過していることは明白であった。
それが焦りとなっていた。此処以外に魔界への出入り口となる場所を知らないから、此処で見つけなくてはいけないのに、全然その兆しが感じられない。他の人ならば諦めてしまっているような時間になっているのにもかかわらず、探索は膠着したままで何の進展も見せているようには感じられない。それがさらなる焦りを生み、苛立ちを生む。
汗を拭って、辺りを探る。歩き回りながら、辺りを探る。飲まず食わずで、辺りを探る。
その拷問のような行為は、ルナ達の体力と精神力を着実に奪っていっていた。
もう、ダメだ。
もう、見つけられない。
このまま死んでしまうかも……
そのように思った瞬間だった。
ゆらり……
何かがゆらいだ。そして、それを感じた。
それは初めてであった。この禁断の地の中で、奇妙な違和感を抱いたのは。何かしら空間に変なものを感じたのは。
「え? 何これ?」
最初、そのゆらぎを見ても、ルナ達はそれが何なのか理解出来なかった。いや、もしかしたら心の何処かでそれが求めていたものではないかと思っていたのかもしれないが、この時はまだまだ『この程度の労力で見つかるような代物でもないだろう』と考えてしまい、その可能性を信じきれずにいたのだ。疑っていたのだ。自分の目を。
だが、よくよく冷静になって考えてみれば、それは不思議なものではないのだと気付かされる。この場所をマリフェリアスに訊きに行った時、マリフェリアスはこの場所に関して言っていた。
奴とて、無作為にあの場所を人間界での本拠地として選んだ訳じゃない。魔界への出入口となる空間の歪みが発生し易い場所は、魔力の弱い下級魔族等とは違って自由自在に魔界と人間界の往来が出来ない奴等からすれば、絶対に確保しておきたい場所なのだと。
それをきちんと考慮に入れると、ここにそのような出入口が生まれるのは、特別不思議ではない。そして、そのゆらぎの中から漂う不穏な空気が、その先がどのような場所であるのかを告げている。誰に訊かなくとも、十分過ぎる程に分かる。そんな気にさせられていた。
この先は魔界。
そう思う。だが、確信が取れていない。そして、その確信を取るにはどのようにしたら良いだろうか? 何を見つければ良いだろうか? そのようにルナとリニアが思考を巡らせた時だった。
「さ、行くわよ~」
マリアは既にこのゆらぎの中に身を投じる決意を固めていた。
口調はいつもの通りだが、その決意の早さにルナとリニアは驚かされた。
「いや。しかし、ここがそれとは……」
「限らないけれどぉ、可能性としては99.9999……%間違いないわよ~。そして、もっと言ってしまうと、魔界への出入口がどういうものなのか知らない私達からすればぁ、どんなものを見つけたところで可能性は100%にはならないんじゃな~い?」
確かに。
「そうだな」
迷っても確実な正解が導き出せないのであれば、ここは行くしかない。ここで迷うのは、慎重ではなく、ただの臆病にしかならないから。
リニアは納得する。ルナやリスティア、アリステルも含めて。
そして、決意する。このゆらぎに賭けて、全員で飛び込んでみようと。そう。誰か1人とか、チームに分けてとか、そういったことはしない。ここでの戦力分散は、凶に出ることはあっても、吉に出ることはないと分かっていたからだ。
故に全員で行く。
「じゃ、行くか」
「そうよ~」
このゆらぎの中へと。魔界へと。
「よし。じゃ、行きますよ」
「オッケー!」
ルナが音頭をとり、まずゆらぎの中に身を投じる。するとルナの姿は、そのゆらぎの中に吸い込まれるようにして消えていった。消え去ってしまったように。
それは他のメンバーを驚かせるのに十分なものであったが、それで他の人間の決意を鈍らせたりはしなかった。他の人間達もまた、次々とそのゆらぎの中へとその身を投じていった。
そうにして1人、2人と……ゆらぎの中へと皆はその身を投じていった。
消える。消える。陽炎のように消える。
去る。去る。魔界と思わしき場所を目指して去っていく。
そうして、禁断の地の中からは人の姿が消えた。ただ空しく、乾いた風が地をさらっている。そんな静けさがまた、そこには戻るようになっていた。何も残らず消えていった。
そして、そこには何も残らなかった。
闇の中、ルナ達は歩いていた。上に行っているのか、下に行っているのか、進んでいるのか、戻っているのか、さっぱり分からなくなってしまうような空間をただ黙って歩いていた。
しかし、彼女達の中に恐怖はなかった。不安もなかった。
この空間が、カオスの居る場所へと繋がっていると信じているから。
この道程が、カオス奪還に繋がっていると疑っていないから。
何も恐れてはいなかった。恐れるものなどなかった。
ルナ達は進んでいく。迷いもせずに。亜空間の中をどんどん進んでいく。
しばらくそうして歩いていると、そんな彼女等の目に新たな空間の亀裂が映った。
それこそが、彼女達の待ち望んだ魔界への入口であった。ルナ達は迷わずにその亀裂の中へと飛び込んでいく。躊躇無く、その身を投じていった。
そんな彼女達の視界に、大きく広がっていった。望んでいた世界が。
漆黒の空が……
魔界の空が……
広く広く……
何処までも。