Connect03:忍び寄る金髪ロリ(ゲスト:怪しいオカメ仮面とスーツゴーレム)-魔族サイド-
カオス達のいなくなったトラベル・パスのセンターでは、午前中の嵐のような業務が昼頃になってようやく一息つき、比較的静かな場所となり始めていた。
カオスの写真を撮った顎鬚のある男性職員は、少し疲れを露わにした溜め息を一つついた。
「ふぅ、とりあえず落ち着いたかな?」
「そうですね」
業務は忙しくなくなった。ならば、自分一人でも大丈夫だろう。彼の後ろに居た彼の女性部下はそう思い、彼に進言する。
「それならばお昼に行って来たらどうですか? その間は私一人で待機してますよ」
「そう? 先行っちゃって悪いね」
彼はそう言って、彼女の言葉に甘えて昼ご飯に行こうとした時、ちょうど入口のドアがガラッと開けられた。そして、部屋の中にヒトが三人入って来た。
お腹は空いているが、仕方ない。これも仕事だ。
「じゃ、あの三人の相手をしてからにするよ」
そう言って、彼はやって来た者達に目を向けた。ここはこの時期はトラベル・パスの受取所になっているので、彼はとりあえずお決まりの台詞から始める。
「パスの受け取りですか?」
「…………」
やって来た人物達と対応をしている上司の後ろで、部下である彼女は苦笑を堪えていた。今やって来た三人組の、二人は明らかに見た目の常識からしておかしいからだ。
おかしくない一人は綺麗なドレスを着ている可愛い女の子。エルフっぽく見えなくもないが、どうでもいいことだろう。しかし、後ろの二人はおかしい。オカメの仮面を被った怪しい者と、甲冑の上にスーツを着ている怪しい者だった。
怪しくない女の子、フローリィは男性職員の言葉に首を横に振る。
「違う。人探しよ」
「ひ、人探しなら警察へ行った方がいいんじゃないですかね? ウチは人の捜索は請け負ってませんよ?」
顎鬚のある男性職員は頭をポリポリかきながら、当たり前のことを彼女に言った。ここはトラベル・パス試験を取り扱っているだけの場所だと。そんな当たり前の答に、フローリィは少し不機嫌気味に大声を張り上げる。
「分かってる! そんなことは分かってるっての! でも、あたしが探してる人間は今回のこのテストを受けたって分かってるからここに来た方が近道だって判断したの! そんぐらい察しろ! 悟れ!」
フローリィは地団駄を踏みながら、ポケットの中から一枚の写真を取り出してそれを職員に見せる。
「ちなみに、探しているのはコイツよ! 名前はカオス!」
ガイガーを殺した時、使役蟲の撮った画像をフローリィは見せた。写真の中のカオスは、自分の血とガイガーの返り血で愉快そうに笑っていた。
「ん?」
顎鬚の生えているセンターの男は、そのカオスを見て少し反応した。先程ここに現れた、馬鹿馬鹿しい程インパクトの強い男とイメージがだぶった。その為、受験者に関しては一切他の人に教えてはならない、知らぬ存ぜぬで通せという鉄則を、その自分の迂闊な反応によって通せなくしてしまった。
「心当たりがあるようね」
フローリィはその男の反応を見て、詳細なデータでないにしろ、この男が自分よりカオスに関して詳しい情報を持っている事を察知した。
困ったな。
顎鬚の男は悩んだ。個人情報は絶対に流してはならない。だが、目の前に居る者達にそういう理屈が通るとは考えられない。金髪少女はともかくとして、特に目の前に居る大きな者達は明らかにカタギの者ではないように見える。何か酷いことをここでやらかしはしないかと心配していた。
そんな悩みを彼の部下の女性は水泡に帰してしまう。彼女は、フローリィの持っていた写真を指差して叫ぶ。
「あー! それ、さっきふざけたポーズかましたカオス・ハーティリーって人じゃないですかー!」
「はぁ」
オイオイ、この大馬鹿野郎。
顎鬚男は頭を抱えたくなった。彼女の中に個人情報の保護とかそういうものは存在していないらしい。そのセンターの係員にあるまじき姿を目の当たりにして、彼の意識は一瞬遠のいた。
その間、フローリィは間を置かずに彼女からカオスに関しての情報を引き出そうと質問をする。
「さっきと言うことは、少し前までカオスはここに居たって訳ね。今、何処に居るのかしら?」
「さあ? 分かりません。ここから出ていったのはついさっきだったと思うんですが、見かけませんでした?」
「見ないわ」
「ああ、だとするとすれ違いになってしまったのかもしれませんねぇ」
「チッ」
フローリィは自身のタイミングの悪さ、不運を嘆いて一つ舌打ちをした。もとい、苛立ちをさらに高めただけの舌打ちだった。
そんな彼女の後ろで、彼女の配下であるゴーレム型魔獣の暢気な声がした。
「ウーン、残念。惜シカッタ」
「!」
そんな他人事のように暢気な声が、フローリィの神経を逆撫でした。彼女はグルリと振り返り、彼を鋭く睨みつける。その様子から、彼は怒りの矛先が自分に向いたと悟った。だが、その時には何もかもが遅過ぎた。
「アンタが、無駄な時間潰しなんかしてたから、とりかえしのつかないことになったじゃないの! この馬鹿! クソ馬鹿! 死ね!」
フローリィは自分の三倍はある配下を殴り倒す。そして倒れた彼にさらに何発、何十発と追い討ちをかける。「ヤツアタリ、ヤツアタリ」と彼は上司であるフローリィに抗議していたが、殴る音が大きかったので誰の耳にも届いていなかったようだった。
その間顎鬚の係員はフローリィのもう一人の配下であるオカメの面を被った蛇型魔獣に、個人情報は原則として誰にも明かせないと説明しつつ、何故カオスのことを聞きたがっているのか訊ねていた。いきなり、ここで部下のミスだから何も話せないと事務的に突っぱねることは出来ないと考えたからだ。
「何故、彼をお探しで?」
その質問に、オカメ仮面の魔獣は即答する。
「実は、彼は彼女のお兄様なんです」
「兄?」
そのオカメの発言に、顎鬚係員は驚いた顔をした。確かに二人共金髪だし、全く似てない訳ではない。だが、それでもそれは突拍子の無いことのように思えた。
それ故、彼は気付かなかった。そのオカメ仮面の後ろで妹である筈のフローリィまでもがそのオカメ仮面の発言に驚いていたことに。
フローリィはある程度ゴーレム型魔獣を殴って気が済んだのか、オカメ仮面の発言に驚きつつもその後はおとなしくしていた。オカメ仮面は、顎髭係員にデタラメな説明を続ける。
「幼い頃に生き別れになったお兄様なんです!」
「へぇ」
噂話好きの後ろの女性係員が興味深そうな顔をした。オカメ仮面は大きく抑揚をつけた声でその悲劇ぶりを伝えようとする。
「嗚呼、もうここまで何千キロと探し求めて来たというのに、この最後の最後ですれ違ってしまうなんて!」
そして嘆きが篭った大声を上げる。
「何たる悲劇!」
「き、君。入り込むねぇ」
顎鬚係員はミュージカル調でその悲劇をアピールするオカメ仮面の迫力に押され、少し後ずさりした。そして、少々喋ってしまう。
「ま、まあ、でもパスはもうすぐ出来上がるから、その内ここに戻ってくると思うよ」
その発言を聞いて、フローリィの配下であるオカメ仮面とスーツゴーレムはニヤッと笑った。だが、フローリィ自身は冷静な表情に戻って、それを冷静に判断する。
「怪しいわね。それだけじゃ、すぐ来るかどうかなんて分かんないじゃない」
落ち着いてるように見える口調で、フローリィは口を開く。
「だってそうでしょ? 『その内』なんていつだか分かんないってことじゃないの」
先程とはうって変わって落ち着いた様子でそう判断するフローリィに顎鬚係員は少々驚きつつ、ゆっくりと首を縦に振りつつフローリィの意見が否定できないと認めた。
「まあ、確かにそうですね。いついつまでにここに来なければならないって規則はありませんから」
そう言いながら、顎鬚係員はカオスの顔と様子を思い浮かべた。
証明写真なのにふざけたポーズを取ろうとした男。例え時間が定められていても、その通りにやって来る人物には思えなかった。その上で、このアヒタルで遊びに遊んで、飽きた頃になってようやくやって来る可能性が高い。
顎鬚係員はそう予想し、少し苦笑いをする。それを見ながらオカメ仮面は、ここですぐにカオスに会えなさそうだ。そして、さらにこのままここに居るのは、魔族である自分達にとって得策ではないと考え、一つの案を彼等に提示した。
「では、こうしましょうか」
彼女は係員達に切り出す。
「何にしたって、貴方達はここに居るんですよね?」
「ええ。このセンターが開いている間は、必ずどちらかはここに居るようにしていますが?」
「では、もし彼がここに再びやって来たなら、ここに居ると伝えて下さい」
正直に答えた顎鬚係員に、オカメ仮面は一枚の紙切れを渡した。彼は自分が見ても構わないと判断し、その内容を見た。そこにはこのアヒタルの中央から町外れの丘陵にある空き家までの道程を示した地図が記されてあった。どこぞのホテルではなく、空き家? その辺り、顎鬚係員は少し不審に思った。
「町外れの空き家ですか?」
「ホテルのような所に泊まれるお金はありませんから」
彼の疑問は声に出される前にオカメ仮面によって潰された。だから、疑問を不審に思ったことも何もなくなった彼が取れる答えは一つだった。
「分かりました。では、そう伝えておきます」
「では、宜しくお願いします」
そう言って、オカメ仮面は主であるフローリィと、同僚であるスーツゴーレムと共に早々にセンターから去っていった。その後姿を顎鬚係員は見送ってから、少し溜め息をついてからオカメ仮面から受け取った紙切れを綺麗に畳んで自分の机の片隅に置いた。
それを見て、部下である女性係員はチャンスと思った。
「あの、カフェ・キスクのレディースランチが終わってしまいそうなんで、やっぱり私が先にランチに行って構わないですか?」
そう言って、彼の返事を待たずに彼女はセンターから離れようとした。だが、彼はそれを見逃さない。すぐに口頭で彼女を停止させる。
「待て」
彼女はゆっくりと振り返る。ランチに行って時間を稼いでしまえば、上司のほとぼりも冷めるだろうと踏んでいたが、そうそう上手くはいってくれないらしい。
彼女は非常にがっかりした表情で係員の席に戻る。なぜなら、彼女は分かっていた。これから自分に待っているのは厳しい叱責、説教であることを。
妹だって言うから良かったものの、ついうっかり受験者の個人情報を他所に漏らしてしまった。それに関する叱責が待っているのだ。
ランチは遠い。彼女は遠い目をした。
◆◇◆◇◆
センターから出た後、フローリィはブスッとした顔をしていた。さっきのやり取りの中に不満があるのだ。
「あ、あの。フローリィ様?」
オカメ仮面は恐る恐る訊いてみる。フローリィは質問の内容を分かっていたので、彼女が具体的に訊ねる前に答えてしまう。
「誰が誰の妹よ?」
仲間を殺した人間を自分の兄呼ばわりしたことが気に食わなかったのだ。
自分のやったことに不満がある。
そう理解したオカメ仮面は、所々声がひっくり返りながらも必死に弁明する。どれもこれも、自分達がやる事をやる為の行動の一環だと分かってもらいたかったのだ。
「あ、アレはあからさまに『カタキ』と言ってしまうと、怪しんだりして何の情報も貰えないんじゃないかと思いまして」
彼女はそのことだけはフローリィに分かっておいてもらいたかった。だが、フローリィは即答する。
「そんなのは言わなくても分かるわよ。だから、あの場所で黙っていたんじゃないの」
「あ」
少し唖然としたオカメ仮面に、フローリィは問いかける。
「でも、そんなものであの男が来ると思う? あたしは、実際はあの男の妹なんかじゃないんだし。家族構成がハッキリしていたら、嘘だって即答してお終いじゃないの?」
「では、あそこで待たせてもらってた方が良かったですかね?」
「それはダメよ」
センターでの待ち伏せ案を出したオカメ仮面に、フローリィはすぐにダメダシする。
「あそこでいつまで待たされるか分からない。あそこに長く居れば居る程、多くの人の目に晒されることとなる。そうしたらあたし達が魔族だってバレ易くなるってものよ」
「あ、そうですね」
オカメ仮面は相槌を打つ。そして、そうしている間に理解した。さっきの係員の『その内』を否定した訳は、そこにあったのではなかろうかと。
「奴等を皆殺しにしてしまえばそのリスク自体は無くなるだろうけど、そうしたらそうしたらで騒ぎになる。そうなったら、あたし達によってされるべき作戦も遂行しづらくなるからね。それに相手が人間とはいえ、無駄な殺生をしてはならないっていうのがあたし達の軍の決まり事でしょ?」
人間界で今後執行されるべき作戦、及び上からの教えから、余り人間界で目立った動きはしてはならないというのが決まり事なのだ。だから、あそこで無闇に脅迫まがいをするのも許されないのだ。
オカメ仮面はそれを思い出しながら少し微笑む。やはり、自分の上司は怒りで熱くなりながらも肝心な所はきちっとしているんだと思った。
「ええ。でも、それじゃあれで良かったんですね。と言うか、それしかなかったですね」
「そうね。でも、来るかしら?」
「信じましょう」
「はぁ、人間なんか信じたくないけど」
祈るシスターのように手を合わせるオカメ仮面を横目に、フローリィは溜め息をついた。そして、自分の生い立ちを思い浮かべていた。
自分の父母は、自分を産んですぐ人間によって殺された。そんな自分をアビスやその配下達は育ててくれたのだ。だから、家族に関してはとても大事にしようと考えている。だから、自分としては家族関係というのをエサにしたくない。
そう考えはしたが、そこにその仲間の1人であったガイガーの顔が浮かんだ。ガイガーの仇討ちにあまり手段を選んではいられない。そんな仇討ちの為なら仕方ないのかな。そう結論付けた。
その結論を胸に、フローリィは配下二人を連れてアヒタル町外れにある丘陵に向かっていった。その間、彼女等が魔族だと何処かに報告した者はおろか、気付いた者さえ皆無だった。
◆◇◆◇◆
そうやって着々と目的物であるカオスに近付いているフローリィ一行の他所で、アビス城では魔王アビスが彼にしては珍しく落ち着かない表情をしていた。その表情からは不安、苛立ち、焦り、そんな普段はヒトに見せない色合いが強く現れていた。
それでも口調だけは平静を装い、普段と同じような口調で返事をする。
「そうか」
「ええ、フローリィはガイガーの敵討ちをしに人間界へと行ってしまいました」
ロージアは淡々とした様子で、もう一度アビスに報告した。アビスは少し斜め下に俯き、ロージアに小さな声で訊ねた。
「何故、止めなかった?」
仮にも、相手は魔の六芒星の一人であるガイガーを惨殺した相手である。ガイガーは実力的には魔の六芒星の中でも下位とはいえ、そのガイガーを殺した男に関して不確定要素が多いので、その男のデータが揃っていない内に敵対すべきではない。
そしてガイガーの思考や行動を考えると、ガイガーとその男が対立したその状況が、もしかしたら全てガイガーの咎によるものかもしれない。殺されても文句の言えない状況だったのかもしれない。
さらにここで大きく動くと、今後遂行されるべき作戦『A』と『C』の進行具合に不都合が生まれるかもしれない。それらの条件から、ここはまだ動かないのが賢明なのだが。
「言ったところで止まるようなヒトじゃありませんから」
ロージアは決まり悪そうにアビスから視線を逸らした。それを見て、アビスは苦笑いする。
「まあ、確かにな」
その時のシーンが、見ていなくても容易に想像出来た。そうやってアビスは少し苦笑いの表情のままだったのだが、すぐにその表情を真面目なものに戻した。
「だが、ロージア。今回は力づくでもいいから連れ戻せ。色々と危険だからな」
「分かりました」
ロージアは主の命令に快諾する。
「ま、俺が出てもいいんだが、俺がここから出ると後で色々と五月蝿い連中が出て来るからな」
そう言って軽く溜め息をつくアビスに、ロージアはちょっと笑ってみせる。
「フフフフ」
「何だよ、突然。気持ち悪いな」
そうやってちょっと不快そうな顔をしてみせるアビスに、ロージアは優しい女性的な声色で話す。
「いえ。やはりフローリィを愛してらっしゃるんですね」
ロージアの言葉は半ばからかいのようでもあったのだが、そんな言葉にアビスは堂々と正直に答える。
「ああ、当然だ。血縁上は姪ではあるが、俺の心では娘だからな」
「そうですね。それを言ったら、あの子は私にとっても妹みたいなものですから。あの子の両親にはとてもお世話になりましたし」
そう言ってロージアは少し上に視線を向け、16年前に死別したフローリィの両親を少し思い出していた。が、すぐにアビスの方に向き直って人間界への出発を告げる。
「では、行って参ります」
「おう、気をつけてな」
ロージアは挨拶の後もう一度会釈をして、玉座のある部屋から下がっていった。そして、その部屋の出入り口である扉を閉めると、その傍にいた彼女の配下に話しかけた。
「グラナダ、行くわよ」
「はい。ロージア様」
ロージアはアビスの命令に従ってフローリィを連れ戻す為、人間界へと配下一人を連れて出立することとなった。ロージアは玉座の部屋の前の回廊から、正門までの間に人間界での行動を一つ一つ彼女の部下であるグラナダに指示を与えていった。
これはフローリィを連れ戻すという仕事だけでなくチャンスでもあるのだ。自分に与えられた職務である『C遂行の為のデータ収集』を、その場である人間界で行える。その役目を、グラナダに秘密裏にやってもらおうと考えていたのだ。
要するに彼女は今回の自分の仕事についてはこう考えていたのだ。フローリィを連れ戻すだけなら、自分一人で十分であると。