Connect17:始まりの始まり
オレ ハ オマエ ノ チチオヤ ダ。
カオスには一瞬、アビスが何を言っているのか理解できなかった。とんでもない出鱈目を聞かされているような気がしてならなかった。しかし……
俺は、お前の父親だ。
確かにアビスはそう言った。空耳でも幻聴でも何でもなく。
「は?」
でも、だからと言ってそれをすぐさま信じられるものではない。カオスは怪訝な顔でアビスを見るが、アビスの表情は変わらないまま。
究極のポーカーフェイスの持ち主なのか?
ちらっとそう思いもしたが、その線をカオスはすぐに捨てた。そこまでして、自分が親であるなんて嘘をつくようなメリットは、アビスにはない。もっとハッキリ言ってしまえば、親でもないのにアビスが親だと名乗るメリットすらない。それでも名乗るのは、カオスの中では荒唐無稽な戯言であっても、少なくともアビスの中では真実ということになる。
それが真実だと自信があるのか?
そうとは、とても思えなかった。だから、カオスは振る。
「戯言を」
「言っているような顔に見えるか?」
見えない。見えないと分かっていたのだが、それでもアビスの話を鵜呑みには出来ない。したくない。
そのように考えたカオスは、それを否定する材料を探す。
「何か証拠はあるのか?」
親子だという証拠は。
「証拠ねぇ……」
アビスは少し考える。考えた上で、共通の知人を出すことにする。
共通の知人。それは……
「カオスよ。お前はカトレア・ハーティリーって女を知っているだろう?」
「!」
知っている。忘れる筈がない。
「そう。お前の、育ての母親だ」
「何が言いたい?」
その程度ならば、少し調べればすぐに分かる。驚くようなものではないし、何らかの証拠や手がかりとなるようなものでもない。
カオスはそのように思っていた。
だが、アビスはそこから突っ込んだ質問はしなかった。ただ訊ねる。
「母は息災か?」
「3年前、病気で死んだが?」
言ったところで、カオスは気付いた。アビスは調べていないと。周囲が調べたかどうかは知らないが、少なくともアビスには自分のことを詳細には知られていないのだと、カオスは気付かされた。
つまり、アビスが自分の母であるカトレアと知り合ったのは、自分云々とは関係ないところなのだとカオスは理解したのだ。
ペースはアビスのものであった。それ故に、カオスはちょっと舌打ちしたい気分になった。もっとも、そうしたところで事態が好転しないのも分かっていたので、そんなことしないのだが。
その一方で、アビスはちょっと静かに虚空を眺めていた。昔を懐かしんでいるようであった。
それから少し経って、アビスは元に戻る。
「そうか。死んだか。惜しい者を亡くした。大概にして、善い者程先に逝ってしまうようだな」
「…………」
「不思議か? 俺がお前の養母を知っているのを?」
「…………」
カオスは何も言わない。何も問わない。何も反応を示さない。
ただ、その目は如実に語っていた。そのきっかけを話せと。
そして、アビスはそれを教える。
「俺は、彼女に会ったことがある。なぜなら、彼女は俺の亡き前妻、エミリアにとって大親友だったのだから。子の身を案じ、親友へと預ける。それは不自然な展開ではないと思うが?」
「それはな」
その話だけで言えば、自然な流れである。そのように思える。
「しかし」
だが、それを聞いても解せない箇所は1つ残っていた。16年前を知るアリフェリアスから聞かされていた。それをカオスは忘れずにいた。
それは……
「そのガキは死んだと聞いたぞ。他の誰でもない、アーサーが殺したのだと」
そう、マリフェリアスは言っていた。
アーサーは魔王アビスの妻子を殺した。妻と子、非戦闘員であるその両方を殺してしまったのだと。
それが真実であるならば、エミリアという者と同じように、その子供も存在しない筈だ。
だが、アビスは首を横に振る。
「そのように見せかけられていたのだ。エミリアの策謀によってな」
「…………」
「信じられんといった顔だな」
確かに、カオスは信じることが出来ないでいた。もっと言えば、無意識内で信じないでいられるような理由を探していたのかもしれない。
なぜなら、ここで簡単に鵜呑みにしてしまうと、今まで大切にしてきた現実、日常、その他諸々を否定してしまうような気がしてならなかったからだ。
「まあ、いい」
アビスは言う。
アビス自身、この程度の問答で信じてもらえるとは思っていなかった。言ってしまえば、このような膠着状態になっているのも、予定範囲内でしかない。
そして、それだからこそ何が足りないのか理解していた。
足りないのは言葉。話。
「それならば、開いている穴を埋めれば良いだけだ。今から埋めてやろう。たっぷりと話してやろう。16年から19年前にあった俺とエミリア達の話を。アーサー共人間との間で起こったことを。そう。たっぷりと。じっくりとな」
「う」
凄まじく長い話になりそうだな。
カオスはそんな予感がした。面倒くさくなりそうだと。だが、それを求めたのは他ならぬ自分になってしまっている。
つまり、黙って聞く以外になかった。それを悟り、カオスはため息をつきたい気分になった。
ふぅ。