Act.144:Way to XXX
カオスはクローゼットの中から、服を適当に取り出してそれを眺め、首を傾げた。
「んー」
服の細かな価値云々について、カオスはさっぱり分からなかった。だが、そんなカオスでも、このクローゼットの中にある服は、どれも結構値のはる良い品物であると気付かされるものばかり。
何故?
カオスは疑問に思う。何故、そのような良い服を自分に用意するのか?
魔王と対面する為? 否。それだけの為に、どうでも良い人物に良い服を用意しないだろうし、そんな無駄遣いしないだろう。
つまり、そこにも何らかの理由がある。それは何か?
「…………」
いくら考えても答は出てこなかった。だから、次第にカオスの中で、その謎はどうでも良くなっていった。
どうにしたって、何か変化が起こる訳じゃねぇ。
そう思いながら、カオスはクローゼットの中にある服を適当にみつくろって、袖を通した。
サイズはぴったりだった。
それから数分後、部屋のドアがノックされた。来客である。カオスがその方に視線を向けると、その来客はカオスに訊ねられる前に、カオスに問うてきた。
「私。ロージアよ。着替えは終わった? 入っても構わないかしら?」
名乗らずとも、声だけでもうカオスには分かった。ロージアだと。
そして、着替えは終わっている。
「ああ」
「そう。じゃ、入るわよ」
そうカオスが適当に返事をすると、ロージアはゆっくりとドアを開けてロージアは再び部屋の中に入ってきた。
ただ、1人ではなかった。ワゴンを押したメイドらしき人物を2人程連れて来た。
「ん。んんんんんんんん……」
メイドは2人。ワゴンも2台。ワゴンは左から右へと入ってきた。カオスの視線も左から右へとスライドしてゆく。ワゴンには丸い銀の蓋をした何かがたくさん載っていて、それが豪華な何かだと語っていた。そして、ワゴンの中にはバスケットが収まっていて、そこには美味しそうなパンがいくつも収まっていた。
それらから、メイド達の持ってきたのは食事なのだと分かった。
だが、疑問はそこではない。何故、此処にそれがあるのかである。
カオスは訊ねる。
「何だそりゃ?」
「ん? 何だって、朝食よ。見れば分かるでしょう?」
まだ寝惚けているのかしら?
そうとでも言うように、ロージアはここに朝食があるのを当然かのように言う。そして、その後ろではメイド達がやはりさも当然のように次々と朝食の支度を整えていった。
「まあ、飯だってのは見なくても匂いで分かるが……」
疑問はそんなところではない。
目の前に出されたのが何なのかではなくて、目の前に何故朝食が出されたのかが謎なのだ。
そのように問えば、朝だからとか、お腹がすいてるでしょうからとか、そういったありきたりな答が返ってくるのだろう。そこまでは分かっていた。
だが、やはり謎はそんな箇所ではない。謎はそこからさらに踏み込んだ場所。
何故、俺に対してここまで好待遇なのか。
それがカオスの中で一番の疑問になっていた。それ故に、このVIP待遇と言っても過言ではない対応に、諸手を挙げて喜ぶ気分にはなれないでいた。
だが、その疑問に至るには、その前段階の疑問の解決が必至。それは何故ここに連れてこられたのかだ。
殺す為か?
その案を、カオスは即座に否定した。殺すのが目的ならば、あそこでノエルに殺させれば良いだけだ。仮にガイガーと親しかった者かなにかが居て、生け捕りにしてからそいつに敵として殺させたいのだとも考えられなくはないが、それは現実的ではない。何故なら、自分の家族の敵である勇者アーサーを討つ為に、魔王であるアビス自身が人間界に出張っている。仮にそんな理由があるのだとしたら、その本人自らが出張る筈であり、ノエルをパシリにすることはない。王であるアビス以上に偉い者なんて、アビス軍に居る筈がないのだから。
それでは、何らかの実験体にする為に? 生体としての俺が必要なのか?
だが、それもまたカオスはすぐに否定した。何故なら、ノエルは「カオスを狙うのが目的だ」と言っていた。それすなわち、攫うのはカオスでなければいけないのであって、他の誰かでは駄目となる。だが実験体ならば、カオスだけだと特定するような要素が自分にあるとは思えなかった。そして、もし仮にそのような何かがあったのだとしたら、そんなオンリーワンを“実験体”としての使用は出来ないだろう。失ったら、それでお終いなのだから。
否定。否定。否定。否定。カオスは案を出しては、それらを消してゆく。
そう、カオスには分からなかった。どのような理由があるにしても、その理由云々がこの自分に対する好待遇と結びつく何かは見つけられなかった。実験体にしろ、何にしろ、そのようなものに与える部屋は牢獄で十分なのだから。
「…………」
いくら考えても答は出ない。いくら考えても詮無きこと。
その為、カオスは思考をやめた。どうしようもないのだから。だから、カオスは用意された朝食をただ食事に集中したのだ。
出された朝食、それはやはりとても美味いものだった。
朝食を終え、トイレで用を済ませ、一息ついた後、カオスはロージアの先導でアビスの元へと行くことになった。
どういう理由で呼ばれたのかは分からない。自分がそこで、どのようになるのかも分からない。だが、カオスは逆らわずにそれについて行っていた。
ここで逆らうメリットがない。そう分かっていたからだ。
ここで逆らっても、ロージア1人が相手だったならば、もしかしたら何とかなるかもしれない。だが、ここに居るのはロージアだけでない。もし、ロージアに戦いを仕向けたならば、すぐにロージアと同等、もしくはそれ以上の実力の持ち主が何人もやって来る羽目になる。
かと言って、逃亡も出来ないだろう。先程、トイレでルクレルコ・タウンに瞬間移動魔法で帰れるかどうかちょっと試してみたが、それは出来なかった。此処が魔界のアビス城だからだと、カオスにはすぐ理解出来た。魔界内の移動、人間界内の移動ならば自在に出来ても、それを跨る移動は出来ないという結論まで含めて。そして、カオスはこのアビス城以外の魔界の場所には何処にも行った記憶がない。
ならば、足で逃げるしか方法はないが、それは今絶対に出来ないという訳だ。
だが、悲観する材料しかなかった訳ではない。カオスは単純に興味も抱いていた。今まで接点と呼べるものは何もなかった魔王アビス。そのような魔王様が、ただの一介の一般人である自分にどのような目的があって会おうとしているのか。単純に知りたくもあった。
煌びやかな螺旋階段を下りて、大広間に出る。長い廊下を通ってゆき、中庭を抜ける。ロビーを抜け、広い階段を上ってゆくと、そこには大きな二枚扉が待ち構えていた。その華美に飾り付けられてある大きな扉、それだけでこの先が玉座なのだと告げていた。
セキュリティ上、問題はないのだろうか?
カオスは一瞬考えて、すぐにそれを否定した。その必要はない。此処に居るのは、この城の中で誰よりも強い魔王アビスなのだから。
「ふう」
とりあえず一息ついて、ロージアはノッカーを鳴らす。乾いた音が、辺りに木霊する。
「ロージアか」
扉の向こうは、既に誰が客人としてやって来たのか把握していた。ロージアが来たのならば、カオスも連れて来ているという事も含めて。
「はい」
「よし。入れ」
扉の向こう、アビスはそのように入室の許可を出す。それからロージアは扉を開けてカオスを伴ってアビスの玉座へと進むのだった。
広い部屋の中、扉から真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯の先に玉座はあった。だが、アビスはそこに座ってはいなかった。その部屋の端にあるテーブルのソファーの所に座っていた。
ロージアは驚かない。カオスを攫った理由を考えれば、玉座から見下ろす形で会おうとは思わないだろう。そのように予想はついていたからだ。何せカオスは『C』なのだから。
カオスも驚かない。何なのか、訳が分からないからだ。
「よう。よく来たな」
アビスはカオスを迎える。歓迎ムードでは或る。一応。
だが、カオスは素直には喜べない。相手が魔王であることもそうではあるが、それより何より……
「来たなって、俺の意志じゃないんだがな」
「ハハハ」
アビスは笑う。確かにカオスの意志で此処に来た訳ではない。自分がノエルに指示を出して、強引に連れてきた。
だが、勿論それには訳がある。
「意志云々を言ったところで、どうせ来いと言われて、ホイホイついて来はしないだろ、お前は」
「まあ、そうだな」
カオスは言う。来るか来ないかと問われれば、確実に来なかっただろう。冷戦関係ではあったにしろ、あくまでも人間と魔族は対立関係上なのだから。
魔王の城にひょこひょこついて行くのは、何も考えていないのか、好奇心だらけの怖い物知らずか、人に仇なそうとしているか、その3つの内のどれかであろう。カオスはどれでもない。
「だから、強引に連れて来たのさ」
アビスは言う。来てくれないのならば、連れて来てしまうしかないと。
まあ、そうではあるが。
カオスは連れて来られた手段は納得するが、まだまだ疑問は消えない。
「それでは、何故俺を……」
連れて来たんだ?
そうカオスが問う前に、アビスは自分と向かいのソファーを指差した。
「?」
「立ったままというのもなんだ。そこにでも腰掛けてから喋ったらどうだ?」
アビスはどうせ長い話になるのだから、ソファーに腰掛けて、落ち着いてじっくりと話をしたらどうなんだと薦めた。
遠慮する理由はない。カオスはドカッと腰掛ける。
「で、何の用なんだ?」
カオスは開口一番にそう訊ねる。挨拶も何もない。ここに連れて来られたそのやり方から、その必要性も感じていなかった。そして、相手は初対面の魔王。それ故に、あまり長話をする気分にはなれなかったという理由も確かにあった。
だから、さっさと用件を切り出して話を終わらせてしまおうとカオスは考えた。もっとも、それは知るというだけであって、向こうが何らかの要求を突きつけてきても、拒否する気ではあったのだが。
さあ、何の用だ? どんな要求を突きつけてくる?
そんな覚悟をしたカオスに、アビスが返した答は全く予想から外れるものであった。
「何の用もないさ」
何ノ用モナイ。
「は?」
一瞬遅れて、カオスはそのように声を上げた。思考が瞬間的ではあるが、完全にフリーズした為だ。
だが、すぐに思考をそこから取り戻し、質問を切り返す。
「だったら、何でわざわざ俺をここに連れて来たんだ?」
ノエルに命じて、誘拐という形をとってまでして。
そうするのならば、何かしら非常に大切な理由をもってして行われるというのが、普通の考えである。だが、そうではないのだとアビスは言っている。そのように思われる。それが、カオスには信じられなかった。
「ただ会いたかった。それだけでは駄目か?」
「ああ、駄目だね。だって、俺のような何でもない一介の一般人なんかに会ったってしょうがないだろ? 何の旨味もありゃしねぇよ」
「クククク……」
一介の一般人。そのように言った辺りから、アビスは笑いを噛み締めるようになっていた。そして、大笑いを始める。
「ハーッハッハッハッハッハッ!」
「何がおかしい?」
ボケたつもりはなかった。それなのに、そのようにアビスは笑う。笑いを取るのは楽しいが、笑われるのは不愉快だと強く感じた瞬間であった。
だが、そんなカオスにアビスは言う。
「しょうがなくはないさ。お前は一介の一般人なんかではないのだからな」
「え?」
「なぜなら……」
その辺りまで言葉を進めると、アビスの顔は元の平静な顔に戻っていた。そして、そんな真面目な顔でカオスに告げる。
その真実を。
「なぜなら、俺はお前の父親なのだから」