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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
165/183

Act.142:閉会式

 ちょっとお願いがあるんですけど……

 断る。


「って、せめて依頼内容を聞いてから判断して下さいよ~」


 エクリアは言う。自分の依頼にマリフェリアスがOKを出してくれる確率は高くないと思っていたけれど、依頼を出す前にNGを出されるとまでは思っていなかった。と言うか、普通は出さない。

 だが、そんなエクリアにマリフェリアスは溜め息をつきながら言う。


「予想はつく。恐らく、表彰式で出るべき国王が不在だから、それを私に代わりにやってくれとでも言うつもりだったんじゃないかしら?」

「…………」


 ビンゴであった。エクリアの驚愕した表情が、それを全て物語っていた。無論、それはマリフェリアスにもお見通し。


「図星のようね」


 だから、断ったのだ。それは、やってもいいとか、やりたくない以前の問題であって、やってはいけない。だからこそ、即答で断った。

 マリフェリアスは言う。


「自分の国のことは、自分でやりなさい。国の面子というものを守っていたいのならね。元とは言っても、一応私は他国の王なのだから、ここで私がしゃしゃり出たら、その閉会式はアレクサンドリア連邦の力はあの子の死によって地に落ちたと周囲に知らしめるものになるわ」

「すみません」


 エクリアは謝罪する。そう、マリフェリアスの言う通りであった。ここは、マリフェリアスが出て行ってはいけない場面だ。

 やるならば、自国の力のみで執り行う。他国の力を借りなければ出来ないのならば、今後の為にもやらない方がマシ。国の力が落ちたと周囲に思わせてしまうと、それは戦争や内乱の火種となりかねない。それならば、この閉会式兼表彰式は諸々の事情によって中止としてしまった方が……

 と、思考がそこまで行ったところで、マリフェリアスはもう1つの重要なことに気が付いた。


「あ」

「ん? どうかなさいました?」

「表彰と言っても、表彰される人が揃っていないでしょう?」


 今回の大会で表彰されるのは6人。試験に合格したリスティア、カオス、ルナ、デオドラント・マスクの4人と、技能賞のクロードと敢闘賞のアッシュの計6人。そう、この場に居ない人だらけである。


「ご存知でしたか」


 そこまで……

 エクリアは驚いていた。だが、マリフェリアスからすれば、別に驚かれることではない。自分で探ったとか、そういうのではなくて、ただ単にルナから聞かされただけ。

 だから、マリフェリアスの反応はこの程度だ。


「まぁね」

「確かに、デオドラント・マスク選手と敢闘賞のアッシュ選手は帰ってしまいましたが、それでも表彰式は執り行えるとは思いますよ」


 デオドラント・マスクはカオスとの対戦後にアーサーの命によって刺客を送り込まれた。その刺客を瞬間移動魔法(インスタンテ)によって逃れ、そのままこの首都からその姿を消した。普通の考えでいけば、そのまま此処に戻りはしない。

 アッシュは決定戦で敗退した直後、そのまま帰ってしまった。不合格となったその時点で、自分が何かしらの賞が貰えるとは露程にも思っていなかったのだろう。

 その2人についてはエクリアも把握していた。だが、それがマリフェリアスの驚きであった。


「え? その2人も居ないの?」

「ええ~? その2人もってことは、まさか他にも居ない人が?」


 今度はエクリアの驚きとなった。表彰される人が足りないとマリフェリアスが知っていたのはデオドラント・マスクかアッシュのどちらか、あるいは両方が不在であると知っているからだと思っていた。だが、それは思い違い。マリフェリアスはそのどちらの不在も知らなかった。

 つまり、マリフェリアスは他の者の不在を知っている。他にも表彰されるべき者が不在となっている。エクリアは混乱しながら訊ねる。


「居ないのはリスティア? ルナちゃん? カオス君? それとも、技能賞のクロード選手?」


 ぐるぐるぐるぐる……

 リスティアの思考は回る。だが、そんなリスティアにマリフェリアスはサクッと答える。


「今挙げた者、全員」


 今回の大会で表彰されるのは6人。試験に合格したリスティア、カオス、ルナ、デオドラント・マスクの4人と、技能賞のクロードと敢闘賞のアッシュの計6人であるが、デオドラント・マスクとアッシュの不在は確認済み。その上でカオスが魔族に攫われ、それをルナとリスティアが追跡し、攫われるのを阻止しようとして戦ったクロードは負傷した上で緊急入院。

 6から4と2を引けば0。それすなわち、表彰されるべき者が此処に誰も居ないとなる。


「て、どどどどどど~しよ~。会にならないよ~」


 エクリアは混乱した。気持ちで負けない為に閉会式兼表彰式の敢行を決めたというのに、そこに出るべき主役達が誰も居ない。誰か1人でも欠ける状態でも良くないのに、誰も居ない状態では話にならない。これは演奏する者が1人も居ないコンサートのようなもの。


「今から中止にすれば?」

「今更無理です~」


 エクリアは苦悩する。もう、閉会式を行う段取りは行われてしまった。その上で、本番に向けて準備は整えられていった。もう、後戻りする道はない。形になろうが、なるまいが、やらなければならない。

 だが、このままではアレクサンドリア連邦としてプラスイメージになると思って敢行する会が、マイナスイメージとなってしまうのは避けられない。

 それを阻止するには……


「いいアイディア、あるよ」

「え?」


 マリフェリアスは、困ったままのエクリアを放っておくのもなんだったので、ちょっとした打開策を提案した。





 閉会の予告がアナウンスされてすぐ、丸いリングの置いてある円状のフィールドにある2つのゲート、北と南の内のまず北側が開かれた。そして、開かれた瞬 間にその中からそれぞれ楽器を手にした人々が入って来て、ゲートを出てすぐに左右に分かれて弧を描くように整列していった。楽器隊の全員が並び終わると、 指揮者が一礼した後、さっとタクトを取った。

 吹奏楽を中心とした楽隊によって、軽快なマーチが演奏される。それに伴って、北ゲートからは女性ダンサー達が駆けながら入場してくる。彼女達は音楽に合 わせ、軽快で華麗なダンスを披露する。そうして観客を少々楽しませた後、そのダンサー達が左右に分かれて、その中からこの試験の司会兼審判が歩いて現れた。


「…………」


 その様をマリフェリアス達は黙って見ていた。思うところは色々とあったけれど、形式として式は順調に進んでいる。それはそれで良いのだと思うことにした。

 しかし……


「痛々しいわね」


 そんなマリフェリアス達の思考を切り取ったような言葉が、マリフェリアス達の後ろからかけられた。

 その声にマリフェリアスは聞き覚えがあった。良く聞いた声だった。そして、そろそろ来る頃合いと思っていた。だから、驚きもせずにゆっくりと振り返って、その者の名を言う。


「シルヴィア」

「ふふ。必死に取り繕うとしているのが丸見え。そうは思わないかしら?」


 後ろ髪を纏めて跳ねさせている赤毛の女性、シルヴィアは扇子を弄びながら、会場内を見下ろした。そこではダンサーが華麗なダンスを披露していた。

 だが、そんな華麗なダンスでさえも、その裏舞台を思えば現状否定したい幹部の下らない茶番でしかないように思えてならなかった。


「って、誰?」


 シルヴィアが何者なのか知らないメルティは、隣に居るミリィにこっそりと訊ねる。本人には聞こえないように。

 そんなメルティに、ミリィもやはりこっそりと答える。


「シルヴィア=LC=イカルス。イカルス連邦元首であり、16年前の対魔戦争でマリフェリアス様と戦った3人の中の1人よ。後はアーサー様とオースラキアのザクソン様」

「へぇ。じゃあ、仲間なんだ」


 まあ、間違いではない。ミリィはこっそりとそう思うのだった。


「随分と久し振りね」


 シルヴィアはマリフェリアスに挨拶をする。だが、そんな感覚はマリフェリアスにはない。


「そうかしら?」

「そうよ」


 久し振りなのは客観的事実。


「かれこれ5年ぶりだもの。貴女はずっとあの田舎の小島に引き篭もっているからね。ハーフエルフの貴女には5年なんて大したものじゃないんでしょうけれど、人間からすれば赤ん坊が普通の子供になってしまう長い時間だわ」

「…………」


 マリフェリアスは何も反論等はせず、ただ興味を失ったかのように視線をシルヴィアから外すだけであった。

 そして、その頃にはダンスは終わり、式が始まる時間となった。ワイヤレスのヘッドホンマイクをつけた司会者は、観客とカメラに向かって切り出すのだ。


『皆様、お待たせ致しました。それでは、アレクサンドリア連邦トラベル・パスBクラス試験、閉会式並びに表彰式の始まりです』


 そして、まだ開かぬ南ゲートに手を翳す。


『それでは表彰選手の入場です。どうぞ!!』


 その言葉と同時に、南ゲートが開かれる。ゲートの上のオーロラビジョンにはBクラス試験の“B”の字が大きく描き出され、ゲートの左右からはパイロが景気良く爆発し、それを派手に演出。そのパイロの音がフェイドアウトし始めたその時、止んでいたブラスバンドが再び演奏を始める。そして、ダンサーが逸れに併せてダンスを披露する。それと一緒に、先導の女性に導かれながら、カオス達6人の選手は入場するのだ。

 する筈だった。


『皆様、拍手でお迎え下さい』


 司会兼審判が手を翳しても、南ゲートからは誰も出てこなかった。

 その異変に観客席は軽くどよめく。がらがらの観客席、そこに残った連中は誰も出てこないことに対して首を傾げた。

 それは司会の女性も同じ。


「あれ?」


 彼女は何も聞かされていなかった。

 だが、その時だった。


「失礼します」


 そう言って、1人会場の中に現れたエクリア。エクリアはゆっくりとリングの中央に向かって歩いてきた。その中央に備え付けられたマイクの所にまで。

 エクリアはマイクに向かって話を始める。


「治安局長のエクリア・フォースリーゼです。今回の受賞者不入場に関して、メッセージを頂いております」


 そう言いながら、エクリアは懐に忍ばせておいた紙切れを取り出す。


「メッセージ?」

「何じゃ、そりゃ?」


 残った僅かな観客達は、その首を傾げた。

 そう、メッセージである。納得させられるような理由がないのならば、出せる理由がないのならば、こちら側から作ってしまえばいい。

 マリフェリアスはエクリアにそのように教えた。民も、表彰される選手達が自ら辞退したと聞かされれば、余程荒唐無稽なことを言わない限り、そうなんだな~と納得するであろう。そして、ここでは新騎士であるカオスが攫われたなどという、混乱を招くような報告はしてはならないのだと。

 なぜなら、そのようなことを曝しても混乱を招くだけであって、メリットは何も無いからだ。


「…………」


 その狙いは訊ねるまでもなくシルヴィアには分かっていた。その案がマリフェリアスの助言が元だというのも含めて。

 狡い手を……

 シルヴィアは心の中で少し笑った。だが、その上で思うのだ。これはあくまでもその場しのぎにしかなっておらず、混乱の発生をただ単に先延ばしにしているだけだと。

 こんなものでは、今日の乱は治まったとしても、明日の乱は決して治められしないと、そう考えるのだ。


「…………」


 このままでは、アレクサンドリア連邦は駄目になるだろう。

 そんな気がした。それを喜ぶような不届き者は、国内外にけっこう居るだろう。だがしかし、それはシルヴィアにとってはあまり歓迎したくないシチュエーションである。そんな風に思ったりした。

 一番の仲間であったアーサーが遺した国、それを下らない連中に穢されたくはなかったから。





 メッセージ。トラベル・パスBクラス試験会場では、エクリアがメッセージの書かれた紙を携えて現れた。それがあると聞くと、司会の女性は心底ホッとしていた。

 なぜなら、彼女は選手達からメッセージとかがあるとか、此処には誰も居ないとか、そういった情報は一切聞かされていなかった。だから、彼女からすれば入場門から表彰されるべき選手が全く出てこなかったのは、寝耳に水のトラブルだったのだ。


「って、そんあのがあるのなら、早く言って下さいよ~。私はどうしようかと……」

「ごめんなさい。ちょっと準備に手間取ってしまってね」


 そう、エクリアは手間取っていた。この選手からのメッセージの偽造に。それらしく書こうとするのに、時間を要してしまった。

 だが、それはいい。

 エクリアは壇上に立ち、大きく深呼吸してから、その紙を広げる。


「では、メッセージを読み上げます」


 そして、読み始めた。自分が作った、妹リスティアを装った文章を。


「この度はアーサー国王の命が失われてしまうという事態になってしまい、誠に申し訳ありませんでした。新たな騎士となったにも関わらず、力になることが出来なくて、大変心苦しく思っております。ですから、ここで表彰式として祝って頂けるというお話だったのですが、そのような状況下ではないことに加え、まだまだ私達は皆様からの賞賛を受けるには値しないと考えましたので、表彰式への参加は辞退したく思います。これからはこの後悔を胸に、より一層の鍛錬を積んでゆき、平和を勝ち取る為に尽力してゆきますので、これからもご声援を宜しくお願い申し上げます。新騎士リスティア・フォースリーゼ、以下一同」

「…………」


 がらがらの会場の観客席は、一瞬水を打ったような静寂に包まれた。


「おう。頑張れよー!」


 だが、それは誰かが一言発したその瞬間、破られた。


「そうだよ。勇者達に任せるだけじゃない。平和は俺達の力で掴み取るんだ!」

「ああ、力になろうぜ。誰よりも俺達自身の為にな!」

「負けるなよー。今度は勝て!」


 ポジティヴな声は広がってゆき、最終的には会場を包む大声援となった。エクリアによるメッセージ偽造は功を奏した。それは、その場では絶大な効力を発していた。


「…………」


 茶番を……

 シルヴィアはその様を、冷笑を浮かべながら見ていた。

 これは単なるその場しのぎでしかない。この場が終われば、全て無為に帰すだろう。意味は無い。そのように分かっていたからだ。

 そう、悲しむ時は思い切り悲しむべきなのだ。このような茶番でお茶を濁さずに。

 だが、それをシルヴィアは口にしない。どうでも良かったのだ。





 なにはともあれ、閉会式そのものは無事に終了した。これにより、本年度のトラベル・パスBクラス試験の全ては終了した。

 将来への不安を大いに抱えたままに……



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