Act.141:魔界行路
「可能な限り、戦闘は避けること」
自分から戦ってはならない。相手からしかけてきても、戦闘をしないで済むようにする。つまり、逃げるが勝ちをずっと遂行しろということ。
「魔王アビス軍、マトモにやりあって勝てる相手ではないからね」
「分かりました」
ルナ達は歯切れ良く返事をする。その条件に異存はない。なぜなら、今回の目的はあくまでもカオスの救出であって、打倒魔王アビス軍ではないのだから。
「良い返事ね。では、教えましょうか」
マリフェリアスはちょっと体勢を整えて、改めて1つ1つ説明を始める。
「まず行くべき場所は、アレクサンドリア連邦中部から少々南西気味に行った所。この首都から真っ直ぐ南西に400~500kmといったところか。山々に囲まれたちょっと広めの盆地がある。荒地となっていて、そこには今誰も住んでいない筈だが、とりあえずそこに行きなさい」
「あ? その辺りには……」
場所を聞いて、その場所を頭の中で地図を広げてイメージすると、リスティアにはそこがどういう場所であるのか予測がついたらしい。
どのようにしてそこまで至ったのかは不明だが、その予測は正しいだろう。マリフェリアスはそう思った。
「そう、そこには魔王アビスの城があった。16年前の対魔戦争当時のね。今は廃墟となっているけれど」
廃墟となった魔王アビスの人間界での城。そこが、最初の目的地。
「奴とて、無作為にあの場所を人間界での本拠地として選んだ訳じゃない。魔界への出入り口となる空間の歪みが発生し易い場所は、魔力の弱い下級魔族等とは違って自由自在に魔界と人間界の往来が出来ない奴等からすれば、絶対に確保しておきたい場所。往来の際の安全確保の為にもね」
だが、正直そんな理由はどうでもいい。
ルナは思った。
「とにかく、そこに行けば魔界への入口があるんですね?」
「その可能性は高いわね」
マリフェリアスは絶対とは言わない。なぜなら、今回の魔王アビスの来襲でそこを使用したとは思えないが、何処かにアビスが来れるような穴があったのだとしたら、そこでも穴が開いていると考えても不自然ではない。そのように考えた。
「あ、でも……」
ルナはちょっと気付いた。
「あの場所は、呪われた地として……」
立ち入り禁止となっているから、私達でも入れないんじゃないですか?
そのように言い切る前に、ルナはそこに隠されていた嘘に勘付いたのだった。そう、呪われた地として、その場所が封印されている理由はあった。
「って、そうか。そこには別に呪いがある訳じゃないのか」
「その通り。間違って魔界に迷い込んだりしたら大変でしょう?」
「ええ」
「魔界との出入り口になり易いのを公表すれば、それだけで“元・魔王アビスの居城”というフレーズでの観光地化を防げるだろう。だが、そのようにすると却って怖い物見たさで行動する馬鹿者を多く生み出しかねない。私としてはそんな馬鹿はどうでもいいけれど、国としてはそういった事態を回避しておきたいでしょう?」
呪われた地として封印しておけば、大抵の人は寄りつかなくなる。稀に野次馬根性で覘いてみようとする輩は出てくるだろうが、それでも魔界との出入り口というフレーズから生まれる野次馬の数と比べれば微々たるもの。
「ならば、そのようにしておくのが最良であると思わない?」
「そうですね。でも、カオスなんかじゃ『そんな馬鹿はシカトしちまえばいいじゃねぇか』とか言いそうですけどね」
「言うだろうね」
だから、マリフェリアスはカオスをちょっと気に入っていて、ちょっと気に食わないのだ。自分と近いものを感じるから。
「ま、それはともかくとして、あそこは今も立ち入り禁止区域となっている。どのような者であっても、勝手な出入りは許されなくなっている」
そうでなければ、そのようにした意味が無くなってしまうから。
だが、それは翻せば、“勝手”でなければいい。許可があればいいのだ。
「だから、警備兵等に何か訊かれたら、学術研究の目的か何かでの調査を私から許可、あるいは依頼されて行う為だとか言っておきなさい。あの子の死を絡めて話してもいい。その辺りは方便ってやつね。アンタ達2人は私の騎士でもあるから、私の名を出したところで誰も不審には思わないでしょうから大丈夫よ」
「分かりました。有難う御座います」
嘘をつくのは気が引けるが、カオスを助ける為ならばそうも言っていられない。こんな程度の段階で、手段云々を言っている場合ではない。
ちょっと気が重い感じがしたが、ルナはマリフェリアスにお礼を言って、カオス救出大作戦に対する意気込みをさらに激しく燃やした。
「では、行ってきます」
ルナ達はもう一度マリフェリアスに会釈をすると、その場からアレクサンドリアの駅に向かって出立していこうとした。そんな彼女達に、最後にマリフェリアスは追加して言葉を投げかける。
「気を付けて行ってきなさい。危なくなったら、瞬間移動魔法等で逃げる。死んだら元も子もないのだから、時には逃げるという選択肢も必要よ」
「分かりました」
そう言って、ルナ達は旅立っていく。そんな彼女達の背中を、マリフェリアスは見送った。
「皆さん、大丈夫でしょうか?」
「カオスさんと無事に帰ってこれればいいけど」
ルナ達をただ見送っただけのミリィとメルティは、ちょっと心配そうな顔をしていた。あまり面識の無い人間ではあったけれど、ルナ達に何かあったら悲しい気分になるのに変わりはない。
しかし、マリフェリアスは平気な顔をしている。
「ま、大丈夫よ。きっとね」
「え?」
楽観的に笑うでもなくそのように言ったマリフェリアスに、ミリィもメルティも驚きを隠せなかった。が、このような無表情を通しているマリフェリアスに何なのか訊ねても、しっかりした答は返ってこないので、ミリィもメルティも訊ねはしなかった。
「…………」
マリフェリアスはちょっと空を見上げ、カオスのことを考えてみた。何故、カオスが攫われたのか? ルナ達の中ではすぐに問題外とされていたようだったが、それを考えるのは非常に重要だとマリフェリアスは思っていた。なぜなら、その回答によって取るべき対応が変わってくるからだ。営利目的の誘拐犯と、気が狂ったストーカー的な誘拐犯との対応が異なるように。
カオスを攫った理由。それは、魔王アビスとそれに連なる者にしか分からない。マリフェリアスにも確実なところは分からない。ただ、カオスを攫った理由は、復讐や人体実験、そういったネガティヴな目的によって行われたのではないんじゃないかと考えていた。
だから、カオスの友人が魔王アビスの居城に行くのならば、無事に帰してもらえるような気がしてならなかった。問題は魔界に入ってそこに行けるかどうかだが、彼女達の実力ならばそれは全く問題にはならないであろうと見込んでいた。
だから、おそらく問題は無い。
「フフフフ……」
それにしても、カオスを攫った理由。自分の予想通りならば、それはとても面白くなるんじゃないか。
マリフェリアスはそう思ってみたりした。
その直後、マリフェリアスの所をエクリアが訪ねてきた。挨拶をそこそこに済ませてから、エクリアはその用件を切り出していく。
「マリフェリアス様」
「何かしら? あの子の葬儀は少なくとも明日以降でしょう?」
急ごしらえでやってしまうと、それはお粗末なものとなってしまう。故人を想うのならば、例えちょっと時間がかかろうとも、ある程度きっちりとしたものが出来るようになってからすべき。何も葬儀は死んだその日や、次の日にやらなければならないという決まりはない。
「ええ、それはそうなんですが……」
今回は葬儀についてで訪ねてきたのではない。今回は別件。エクリアは切り出す。
「実は今日、予定よりも遅れてはいますが、B級試験の閉会式と表彰式を行うことにしたんです」
閉会式。開会式があれば、閉会式がある。言われなくとも、当然ではある。
しかし……
「へぇ、中止にしなかったんだ」
マリフェリアスはちょっと意地悪そうに笑う。あのような事態だから、普通の人が普通に考えると、ここは取り止めにしても文句は出ないような気がしていた。
もっとも、マリフェリアスはどうでもいいと思っていたのだが。
「ええ、確かにそんな意見も出ました。それで中止の方も検討したのですけれど、そこで中止にしてしまうと心まで負けてしまったような気がしてなりませんから」
エクリアは閉会式敢行の理由をそのように述べた。
アーサーは殺された。その点で言えば、人間対魔王アビスの今回の対立は、向こう側が目的を果たして凱旋をしたので、今回は人間側の惨敗と言わざるをえなかった。
さらに、その影響によって本来やるべきだったものを中止にしてしまう。そのような事態を起こしてしまうと、その敗北の傷にさらに塩を塗りこむ気がしてならなかった。
だから、敢行。エクリア達はそのようにした。
「それに、戦った選手達には罪はありませんから。きちんと表彰してやらないと可哀相です」
そのように言うエクリアに、マリフェリアスは悪い気はしなかった。
「ま、いいんじゃない? 死んだあの子が見ていても、反対はしないと思うよ。って、私はあくまでも部外者なのだから、そちらで勝手にやればいいじゃないの」
元とは言っても、あくまでも他国の王なのだから。
マリフェリアスの意図するところはそうだった。此処の行事に対して、他国が口出しすべきではない。そして、他国所属のマリフェリアスにどうこう言える力はないし、その気もないので、マリフェリアスにお伺いをしに来たのではないのは明白。
つまり、それ以外の何かがある。マリフェリアスには、その内容まで予想はついていた。
そして、それをエクリアは切り出し始める。
「実は折り入ってお願いが……」
「断る」
その前にぶった切るが。