Act.140:奪回
「行くわ」
静寂の支配するクロードの病室内、そこでマリアは唐突にそんな言葉を吐き出した。そして、そんなマリアの目には強い決意の炎が宿されていた。
何処に行くかは言わなかった。だが、何となく分かっていた。それでも、一応ルナは訊ねる。
「何処へです?」
そんなルナの質問に、マリアは即答した。
「魔王軍の居城」
「なっ!」
そりゃあ、無茶というもんだろー!
分かっていたが、そのマリアの無謀な考えに、やろうとしていることに、一同は驚きを隠せなかった。
魔王軍の居城に乗り込んで、攫われたカオスを救い出す。そんなプラン。ただ、魔王アビスの城に単独で乗り込むなんて、対魔戦争の時の勇者アーサーでさえもしなかった。それを今、一人でやろうとしている。無謀以外の何物でもなかった。
「無茶だ、マリア」
「無謀ってやつですよ」
分かっている。そんなの、言われなくても分かっていた。
「無茶でも、無謀でも、カオスちゃんを攫われて黙っているなんて、そんなの私に出来る訳ないでしょー」
「…………」
そうか。そうだったな。
無茶だと言ったリニアだが、そこで不思議と納得していた。思い出したのだ。マリア・ハーティリーという人物は、出会った時からそうだったと。行動の起点は常に弟のカオス。マリア自身は何も言わないが、トラベル・パス試験に主席で受かっておきながら、エリート街道には進まず、田舎町の教師をやっている理由もそこだ。
「だから、止めても無駄よ~」
「…………」
分かっている。
今度はリニアがそう思う番だった。
「しかし、それで良いとしても、対魔戦争時のアビス軍の城は既にない。だから、居城と言うからには、それは魔界にある城に相違ない。何か手がかりでもあるのか?」
「…………」
ない。
マリアには何もなかった。
「知らない。知らないけど……」
ここで留まっているなんて耐えられそうにない。なぜなら……
「この今でも、カオスちゃんが苦しめられてるかもしれないじゃないの!」
「…………」
何の理由で拉致されたのか分からない以上、その可能性は否定出来ない。皆、それは分かっていた。魔王軍であるというのもあってか、その想像も何となく現実的に思えていた。例え、カオスがその中の一部の者と少々良好な関係なのだとしても。
何もされないと言うよりは、よっぽど現実に近い気がしてならなかった。
「…………」
このままカオス・ハーティリーが消えるのはつまらんな。
クロードは何となくそう思った。助けられるなら、助けたいと。今の自分は動けないけれど。
「あの人ならば、もしかしたら知っているのかもしれない」
思いついたことはあった。知っていそうな人が居ると。
だが、それは周りに居るカオスの関係者からすれば驚くべきことだった。落ち着けない頭では、手がかりはゼロのような気がしてならなかったのだ。
「誰?」
「誰が知っていると言うのさ!」
皆はクロードを問い詰めた。早く教えろと。
そんな人達に、クロードは少々疲れた気分になった。だが、自分で言い出したこと。クロードは答を出してゆく。完全な正解ではないのかもしれないと思いながら。
「あの人、そう、あの人ならな。ルナ・カーマインよ、あの人は滅多に人前に顔を出すような人じゃないらしいが、お前ならば会ってくれるかもしれない」
「え?」
ルナは一瞬首を傾げた。
厭世的で、滅多に人前に顔を出さない。だが、自分ならば会ってくれるかもしれない。そんな資格がある.その者の名は……
「マリフェリアス様! そうか、もしかしたらマリフェリアス様ならば知ってるかもしれない!」
「そうだ」
魔ならば魔女。その上、地上最強の魔女と謳われるマリフェリアスならば、その方面ももしかしたら知っているかもしれない。そのように思うのだ。
可能性は低い。だが、今のところ糸口は他に無い。ならば、そこから攻めてみようと思うのだった。
では、その肝心のマリフェリアスは今何処に居るのか? トラベル・パスBクラス試験を観戦して、エキシビジョンでアーサーがアビスに殺される時までは、あの会場に居た。それは確認した。では、今は?
「まずは会場だ」
リニアは言う。とりあえず会場をあたってみようと。
「しばらくは会場に留まっている。さっき、マリフェリアス様はそのようにおっしゃっていたからな」
「会場に? どうしてですか?」
ルナは訊く。アーサーは殺された。殺したアビスも去った。ならば、もうそこに留まっていてもすることはない。アーサーは蘇らないし、アビスとの戦いもない。意味は無いじゃないかと。
だが、マリフェリアスの頭の中にあるのは、その2つだけではない。
「何でも後始末とか、色々とこなさなければならないことがあるらしい」
元であるとは言っても、他国の王として。そして、アーサーの関係者として、やらなければならない雑務はどうしても生じてしまう。
「まあ、いい。とにかく分かった!」
アレックスは言う。
「では、早速会場に戻…」
「待て」
気合い十分。やる気十二分のアレックスの言葉の途中で、リニアはそれを遮る。水を差して、止める。
拍子抜けするような感覚を抱かされながら、アレックスはリニアの方に振り返る。
「何です? リニア先生?」
「会場へは私とマリア、ルナとアリステルだけで行く。アレックスは瞬間移動魔法で送ってやるからサラとアメリアと共にルクレルコへ帰れ」
グサッ。
「ぬあ…」
リニアの言葉は刃のように鋭く、アレックスの心に突き刺さった。今まで表立った出番のなかったアレックスであった。だから、このカオス救出大作戦で超・大活躍したいと思っていた。それを出鼻で挫かれた。
「って、どどどど、どうしてです? 友を想う気持ちは、俺だって、誰にも負けや……」
「足手まといだ」
ザクッ。ザクザクッ!
負けやしない。その言葉も言わせてもらえなかった。カオス救出大作戦に、リーダー気取りで参戦を表明したアレックスであったのだが、選手には選ばれなかったのだった。基準を満たさぬ不合格であった。
「こいつらを送ったら、私も会場へ行く。マリフェリアス様を見かけたら話を聞いて、いらっしゃらなかったらそのままで。まあ、とにかくあの会場で待機していてくれ」
「分かったわ~」
「了解です」
話は進んでゆく。渦中の近くにアレックスも居た。だが、それでもアレックスは蚊帳の外であった。チーン。
◆◇◆◇◆
その頃、カオスは眠っていた。そのカオスを、ノエルは見下ろしていた。
「タオル」
メイドに命じて、ノエルはタオルを受け取った。そのタオルをゆっくりとカオスの顔に近づけていって……
カオスの口元を拭いた。
「ったく、涎垂れてんじゃねぇか。だらしねぇな~」
◆◇◆◇◆
トラベル・パス試験会場。マリフェリアスはまだそこに残っていた。そのマリフェリアスをルナ、マリア、アリステルはすぐに見つけ、話しかける。カオスの事情を打ち明けて、魔界への道程を訊き出そうとした。
カオスが攫われた。
その台詞を聞いて、マリフェリアスは怪訝そうな顔をした。
「カオスが魔王軍に攫われただなんて、そんな阿呆な。あんな奴を攫って、魔王軍はどうしようっていうのさ?」
「知りませんよ。でも……」
ルナはキッパリと言う。それは寧ろ、ルナ自身も知りたかった。だが、ここに答はない。
そして、その探求は今すべきことではない。今すべきなのは、カオスを奪回する為に魔界へ行くこと。
「でも、クロードは言ったんです。魔王軍はカオスだけを狙って攫ったのだと」
誰か人間を攫って行ったのではない。カオスがカオス・ハーティリーという人間だからこそ、ピンポイントで狙われて拉致された。カオスをピンポイントで狙った。そこに何かしらの狙いはある筈だ。
此処で絶対的な正解へは至れないのだけれど。
「…………」
マリフェリアスは少し考えて、それから答える。
「魔界への行き方、知らないわけではない」
「ホントですか?」
「ええ。知ってるわ。でも、ルナにマリア、それにブラックエンド・ダークセイヴァーのアリステル。アンタ達だけで行くつもりなのかい?」
魔界は危険な場所。何が起きても驚けない、そんな未知の場所である。そのような場所に、そんな少人数の観光気分で行くものではない。帰らぬ人と成り果てるだけに違いないだろう。
「いえ。リニア先生も行きます」
「あの騎士か。それでも、4人。ああ、私は行くつもりはないよ。ここでしなければならないことがあるし、アビスの城に私が乗り込んだら、色々と問題が生じるからね」
マリフェリアスはそのように言って、自分のカオス救出大作戦への参加はしないと明言した。
もっとも、ルナ達もそこまでは期待していなかった。マリフェリアスにはマリフェリアスの事情があるのは想像出来たからだ。
何があろうと、カオスは自分達の仲間。ならば、自分達で救出するのが筋だ。だから、要らぬ助っ人は求めていなかったのだが……
「私も行きます」
そんなルナ達に、そのように声をかける者が居た。前髪で目の隠れたその女は……
「リスティア!」
そう、リスティアである。アーサーによって気絶させられ、そのまま放置されていたようだが、その放置によって命を拾ったのだ。
今回のトラベル・パスBクラス試験優勝者であるリスティア・フォースリーゼ。それだけの実力者が、カオス救出大作戦に参加してくれるのならば、それ以上に頼もしい人はいないように思える。
しかし……
「気持ちは嬉しいけれど、アンタ疲れてるでしょう?」
ルナはそのように思った。Dr.ラークレイ、自分、カオス、そしてアーサー。リスティアは今日それだけ戦っている。疲れていない訳がない。
「でも、それはルナさんも同じだと思いますが?」
「ぬ……」
確かに。
ルナは納得せざるをえない。試合数はリスティアよりもずっと少ないのだが、自分はリスティアよりも完全燃焼してしまっている。もしかしたらリスティアよりも寧ろ自分の方が疲労度は上なんじゃなかろうか。そのようにも思えてしまうが。
「でも、まあ…疲れてる云々は大した問題にはならないのではないかね?」
疲れてる云々、それを考えていたルナ達にマリフェリアスはそのように言う。
疲れが問題となるのは、もしも戦いになった場合である。その際、体力や魔力が十分に発揮出来ないというのは、勝ち負け以前の問題となってしまう。それが懸念材料であった。
だが、それならば問題にはならない。マリフェリアスはそのように言う。
「なぜなら、すぐに行けるような場所ではないのだからね」
すぐに戦いにはならない。なぜなら、すぐ魔王アビス軍の所に行けはせず、出会えもしないのだから。
「成程、確かに」
「そうね~」
ルナ達は納得する。
「瞬間移動魔法でも、一度行った場所にしか行けないですからね」
魔王アビスの城は、言うまでもなく行ったことのない未知の場所。だから、そこへは当然自分の足で行かなければならない。そうすれば時間はかかる。そして、その間には戦いに必要な体力と魔力は回復するであろうという算段だ。
まあ、それはいい。ルナは訊ねる。
「で、その魔王アビスの城への道、魔界への入口は何処にあるんですか?」
「…………」
少し考えてから、マリフェリアスはルナ達に言う。
「教えてもいいけれど、1つだけ約束しなさい」
教える条件として、1つだけ約束を守れと。
「約束?」
「何ですか?」
マリフェリアスの出す条件、それはごくシンプルなものだった。
「可能な限り、戦闘は避けること」