Act.012:港町戦争Ⅰ~あら、こんな所に強盗が~
カオス達は目の前に居る強盗らしき者達を睨みつける。だが、その三人組はカオス達の視線を全く気にも留めず、自分達が狙っている黒髪の少年にだけその視点を合わせていた。
リーダー格の眼帯男が嫌らしく笑う。
「頂くって言っても、身ぐるみ剥ぐ訳じゃねぇ。その手に持っている食料品だけでいいんだ。優しいもんだろ?」
「なぁ、『優しい』奴は初めから追い剥ぎなんてマネしねぇよなぁ?」
「ま、そうね」
蚊帳の外に出された感のあるカオスがボソッと独り言のように呟き、その隣に居たルナが適当に相槌を打った。
今までその黒髪の少年のすぐ側に居たカオス達を追い剥ぎ三人組は全く気に留めていなかったのだが、カオスに貶されたことによって、注意がそちらへと変わった。その三人組の中のスキンヘッドの髭面男がカオス達を睨みつけた。そして、怒鳴りつける。
「何だ、てめぇらは? 痛い目遭いたくなかったらとっとと失せろ! 関係ねーだろが!」
スキンヘッドの髭面男はドスを聞かせて怒鳴ってきたが、それに怯むカオスではなかった。カオスは素人演技のような不自然な笑いを見せた。
「ハッハッハ。目の前で強盗行為を見せられたからには、見過ごすことなど出来ん。それも被害者が年端もいかぬ少年では尚のことな。なんと鬼畜な所業よ。そんな鬼畜など、俺の正義の拳で成敗してやるぜ」
と言い、ルナとは逆隣に居るアレックスの肩にポンッと手を置き。
「と、この肉ダルマが言っている」
アレックスのせいにした。
「コラコラコラコラ」
アレックスはカオス自身が言った言葉を形骸的とは言え自分が言ったことにされたので、少し困った顔をした。だが、それが心底嫌だった訳ではなかった。アレックス自身、カオスが言ったことと同じことを思っていたからだ。
とは言うものの、一応否定しておいた。
「正義の拳も何もてめぇでやれよ。お前の意見だろー?」
「ハハハッ、お前がそう言いたいんじゃねぇかと思ってな。俺はどーでもいいんだが」
悪びれもせず、カオスはニヤニヤしている。そんないつものカオスの反応に、アレックスは溜め息をついた。
「まあ、そりゃそうなんだけどよぉ」
自分ばっかり損してるような気分だった。
そんなカオスとアレックスの温い漫才を、盗賊のリーダー格である眼帯男は冷たい目で見ていた。そして、自分の仲間である隣のスキンヘッドの髭面男に視線をチラッと移した。
眼帯男は髭面スキンヘッドに指示を出す。
「構わねぇ。このクソガキ共、邪魔者は殺っちまえ」
「ああ。そうだな」
眼帯男に指示を出された髭面スキンヘッドは左の拳をスッと前に出し、格闘の構えを取った。そして、その殺気を露わにする。
「お!」
「ほう」
適当に喋っていたカオスとアレックスもその行動と殺気を感じ取り、サッと視線をその髭面スキンヘッドに移した。もう、カオスの顔にもアレックスの顔にもヘラヘラしている点は見当たらない。
「ゆくぞ、ガキ共」
髭面スキンヘッドの構えやその体躯から、カオスはその男の戦闘パターンを予想する。
素早く動きに移れそうな構え。魔術師にしては隙の無い構え。そして、がっしりとした体躯。
「どうやら格闘系の奴みたいだな。ああ、俺の出番じゃねぇや。今、武器持ってねーしな」
「ちぇ。結局、俺の出番って訳か」
カオスは普通の格闘をやるには身体が華奢過ぎるし、ルナやマリアのような女性を盾にする訳にもいかない。要するに、明らかにこの場で戦うのは自分が最適なのだ。アレックス自身も悟らざるをえなかった。
アレックスはブツクサ文句を言いながら、戦闘の構えを取る。そのアレックスの姿を見ながら、眼帯男はニヤニヤしていたのをカオスは見逃さなかった。だが、それだけでどうこう言っても何かが変わる訳では無いし、ただの杞憂の可能性も捨てきれないので、カオスは一応黙っていた。
「よし。行くぞ」
髭面スキンヘッドはアレックスがきちんと構えを取ったことをその目できちんと確認してから、アレックスに向かって攻めてきた。
「おらぁああああっ!」
まずは右の正拳。アレックスはそれを左手で横に流して防御する。
「成程なっ!」
その一連の動作だけでアレックスは悟った。
この髭面スキンヘッドの力も、速さも、技術も、全て凡庸で、自分の格闘技術のみで十分倒せる相手であると。試験の時に遭遇した骸骨魔族と比べると、月とすっぽんどころの話ではない。太陽とミジンコ位の差はありそうだった。
アレックスは相手が素人に産毛が生えた程度の実力者であっても、自分の防御によって相手に生じたその隙を見逃さない。腹部に強く蹴りを入れて、相手の身体を飛ばした。
髭面スキンヘッドの身体は難なく弧を描きながら宙を舞い、地面のタイルへと落ちた。だが、それは相手を気絶させる程のものではなく、髭面スキンヘッドも痛みを堪えながら立ち上がろうとする。アレックスも相手がまだ十分戦えると分かっているので、自分の圧勝ペースに得意面をしつつも戦闘の構えを解こうとはしなかった。
そんな勝負の流れを見て、眼帯男はいやらしく笑う。
今だ!
眼帯男はポケットの中から折りたたみ式の小刀を取り出し、素早く投擲の構えを取る。そして、間髪入れずにアレックスに向けて投げようとした。が、それは刃先を何者かの指先で掴まれた事によって、早々に阻まれた。
「!」
眼帯男は、不機嫌な面持ちでその刃先の指の持ち主に目を向ける。眼帯男の視線の先にはカオスが居た。カオスが、眼帯男のナイフの刃先を押さえて、投擲出来ないようにしていた。
「コイツは投げさせない。アイツ等の勝負に余計な茶々は入れさせねぇよ」
「クソが」
カオスは子供相手に強盗をしようとする連中が、堂々とした戦いをするとは最初から全く考えていなかった。汚い動きをするに決まっていると思っていた。そして、それは予想通りとなった。
アレックスはそんなカオス達の動きに全く気付いていなかったが、ルナとマリアはその様子をしっかりとその目に見ていた。それを目の当たりにして、マリアはいつもと同じような微笑みを保ち、そしてルナは褒めていいのか呆れていいのか困ったような顔をしてから、とりあえずマリアの真似をして微笑んでいた。
流石はカオス。こういったインチキはするのも得意ならば、見破るのも得意なのか。
ルナは首を傾げていた。確かに、感心すればいいのか呆れればいいのか判断に難しいところだ。
「まあ、少しだけ褒めてやろう。少しだけな。だが、クククク」
眼帯男はカオスによって押さえられた刃先を見て、また笑いをこぼす。そして、投擲の為に力を入れていた右腕の力を抜き、そのナイフを地面に捨てた。カシャンと仕込みナイフ特有の軽い音を生じて、そのナイフは地面に横たわった。
「だがな、クククク」
眼帯男は笑いながら、振り上げた右腕を元に戻し、腕を組んで仁王立ちの姿勢に戻った。もう、投擲はしないつもりらしいことが、その仕草から見て取れる。
「だが、所詮はガキか。ツメが甘いな」
眼帯男の口元が一際大きく歪む。
「え?」
その眼帯男の言葉を聞いて、カオスは視線を眼帯男からアレックスへと移した。アレックスは起き上がろうとしている髭面スキンヘッドを見ながら馬鹿面な笑顔のままでいた。アレックスは一人で立っていた。だが、すぐにアレックスの背後に一つの黒い影が入り込んだ。強盗三人組の残りの一人、黒髪のデブだ。
あ、と言う声を出す間も無く、鈍い衝撃音と共にアレックスは攻撃された。アレックスの腹部に強力な電流が流されたかのような強い衝撃が走る。反射的にアレックスがその方向を見ると、黒髪のデブによってナイフが自分の腹部から抜かれる様が目に見えた。
「ぐあっ!」
舌なめずりのような不気味な音と共にナイフが腹部から抜かれると、刺されたアレックスの横腹から大きく出血し、アレックスのシャツを紅く染めた。
「ぁああああっ!」
アレックスは出血した横腹を手で押さえながら、地面に膝をついた。その様を見ながら、眼帯男と黒髪デブは大笑いする。
「ナイフによる攻撃を見破ったのはいいが、それをやるのが俺一人とは限らないのさ。アーッハッハッハッハッハ!」
「ヒャハハハハハハハハ!」
二人は愉快なのだろう。二人にとっては愉快なのだろう。だが、大笑いしているのはその二人だけだった。髭面スキンヘッドは自分の格闘を突然中断されてしまったことで比較的不機嫌な顔をしていたし、カオスやルナ達はもっとそうだ。
消し炭にしてやろうか。ルナはそう思ったが、眼帯男達に詰め寄ろうとする彼女をカオスは手で制止させる。その上で、カオスはその卑怯者達に問う。
「そんなに、面白いか?」
「あ? 何か言ったか?」
眼帯男達は、馬鹿笑いを止めてカオスに視線を向ける。既に眼帯男の表情は、アレックスの腹にナイフが刺さる以前の冷ややかなものに戻っていた。
あの筋肉マンの腹にナイフが刺さる前と、何かが違う?
眼帯男は紅く変化し始めたカオスの様子を見て、野性の直感のようなもので感じ取っていた。一方、黒髪デブはただ馬鹿面をしてカオスを睨みつけていた。だが、カオスはそんなことなど歯牙にも掛けずに自分の質問を繰り返す。
「騙まし討ちで傷付けたのがそんなに嬉しいのかって訊いてんだよ。答えろ、クズ共」
「何だと、てめぇ! 誰に口利いてっと思ってんだ、コラァ!」
ただ睨みつけていただけだった黒髪デブが、そのカオスの言葉に激昂する。
「よせ、アルダビル」
急に跳ね上がった殺気。すぐ傍に感じ取れる『死』。何かがおかしいと感じ取っていた。
眼帯男は強盗団としてのどうのこうのよりも先に、アルダビルというその黒髪デブを止めようとする。だが、アルダビルはその制止を振り切ってカオスに近付いた。
「ふん」
カオスは無造作にアルダビルに向かい、右掌を突き出した。すると、それがアルダビルの身体に触れた途端、アルダビルの身体は弾丸のようなスピードで後ろへ上向きに吹き飛んでいった。そのアルダビルの身体は通りの端を簡単に越え、通り沿いに建っているホテルの二階のガラスを割って、その中に落ちた。
カオスはそんな自分の所業にも平然としている。そして、その割れたガラスの方に向かって吐き捨てる。
「知るか、油蟲が」
「…………」
睨み付けるカオスを、残された強盗団の眼帯男と髭面スキンヘッドは呆然とした顔で見ていた。だが、眼帯男は髭面スキンヘッドよりいち早くさっきまでの普通のペースに戻り、素早く現状を認識する。
ヤバイな。彼は、正直にそう思った。
格闘に長けていそうな筋肉マンを早々に潰してしまえば、後は優男一人に女二人しか居ない。不意打ちのようなマネをせずとも楽勝と踏んでいたのだが、この優男はナイフで刺した筋肉マンより、そして今の自分達全てより明らかに強い。この場で戦い続けメリットはこちらには何も無いだろう。
眼帯男は冷静にそう判断を下していた。その時、彼等の遠くから彼等を呼び止めようとする声が聞こえ始め、それは次第にこちらに向かって近付き始めていた。
「お~い、そこ。動くな~」
髭面スキンヘッドはその声を発している団体を視覚に入れたので、その事を隣の眼帯男に告げ、警告を促す。
「ラシュト、ポリだ。警察の奴等がこっちに来るみてぇだ。とっととずらかんねーとやべぇぜ?」
「そうだな」
眼帯男、ラシュトは口実を見つけた事でニヤッと笑う。
「ポリの奴等が動き始めたようだな。誰かが通報したんだろ。残念だが、今回はここまでだ。これ以上ここで暴れるとお互い不都合だろ?」
そして、ラシュトはカオスの方を真っ直ぐ見据える。
「だが、次は容赦しない。このエマムルド強盗団のラシュト=ダマバンドと」
「ヤズド=ウルミエ」
「が、必ずてめぇらを地獄に堕としてやるから覚悟しとけ。じゃあ、またな」
そう言って、ラシュトと髭面スキンヘッド、ヤズドはカオス達に背を向け、追って来る警察とは逆方向に逃げていった。
「ふう」
カオスはゆっくりと息を吐いた。カオスの目は、既にいつもと同じ青い色に戻っていた。カオスはラシュト達の影が見えなくなったのを確認すると、くるっと振り返って奴等に刺されたアレックスに声をかけた。
「アレックス」
「おう」
「生きてたか?」
目の前できちんと両足で立っているアレックスに対し、カオスは真顔で冗談を飛ばす。それに、アレックスは笑顔で答える。
「当たり前だ。あの程度で死んでたまるか」
「私が一応ヒーリングをかけておいたからね~♪」
身体が丈夫だから大丈夫なのだという風に胸を張って誇るアレックスの後ろで、マリアがそう補足説明をしてしまう。
その姉を見て、カオスはクスッと笑う。言われなくてもそんなことは分かっていたのだ。なぜなら、マリアは自分の姉。改めて言われなくとも、光と同一視される雷の魔法を得手とするマリアにはそういう能力も備わっていると知っているのだ。
そうやってもういつも通りの穏やかモードに戻ったカオスの近くで、マリアは一応学院の教師として生徒の心配をする。アレックスに話しかける。
「ヒーリングはして表面上の傷は直したけれどぉ、身体の奥の方は何処か悪いかもしれないわ~。一応、お医者様にちゃんと診てもらった方がいいわよ~」
「そうよ、アレックス。毒があるかもしれないしね」
教師としてそう勧めるマリアの意見に、ルナも賛成する。アレックスとしては全然問題ないように思えていたが、何となく断れない雰囲気になってしまっているので、一応首を縦に振る。
「そうですね。ま、一応診てもらいますよ。問題は無いと思いますが」
「ご、ごめんなさい!」
その時、完全に学院内の説教モードになっていた雰囲気をぶち壊す者が居た。説教に参加してなかったカオスが、いち早くその方に目を向ける。
「あ」
エマムルド強盗団に襲われかけた黒髪の少年だった。完全に空気になっていて、誰もが忘れていたが、彼を助ける為に強盗にケンカを売ったのだった。それをその場にいるカオス達は思い出した。たった今。
「ぼ、僕のせいで皆さんを危険な目に遭わせてしまって」
非常に済まなそうに謝る少年だったが、カオスはその少年のことを忘れており、やっと思い出したところだった。
アレックスはエマムルド強盗団と戦った理由を忘れていた。
ルナはこの少年がまだここにいることに気付いていなかった。
マリアはただ微笑んでいた。
そんなどうでもいいような空気になっているカオス達のところに、やっと警察達は到着した。そこの一番先頭に居た人が、カオス達に話しかける。
「奴等に襲われていたのは君達だね。遠目でも分かったよ。奴等はエマムルド強盗団。奴等は皆、指名手配中なんだ。危険な連中だよ。でも、君達が無事で良かったよ」
カオスは自分達に話しかけるその声を聞きながら振り返り、それが女によるものだと判断する。そして実際見た彼女は、警官と言うよりも女軍人に見えた。カオスはそんな自分達に話しかけた女性に微笑む。
「いいや、無事じゃねぇな。コイツが刺された。プスッとな」
そう言って、カオスはアレックスを指差した。彼女は怪我には慣れているのか、大して驚いた顔もせずにアレックスの方に目を向ける。そんな彼女に、アレックスは訊かれる前にその現状を教える。
「でも、重傷じゃない。ヒーリング魔法もかけてもらったし」
「だが、やはり一度病院に行った方がいいだろう。刃に毒が塗られていたかもしれないし、ヒーリングでは解毒までは出来ないからね。一人で行けるかい?」
女軍人っぽい人は、さっきアレックスがルナとマリアに言われたのと同じことを言う。アレックスは軽く溜め息をついて、彼女に正直に答える。
「行こうと思えば一人でも行けるかもしれないが、俺はここの住人じゃない。病院の場所が分からないんだ」
「そっか」
女軍人は少しクスリと笑った。そして、自分の隣に居た甲冑を着ている警官に指示を出す。
「案内してやってくれるか?」
「はっ!」
甲冑警官は歯切れ良く返事をし、アレックスの前に一歩進んだ。そして、アレックスの病院への案内を始めた。
「こっちだ」
アレックスは黙って素直に彼についていった。女軍人はその彼等を見送った後、またゆっくりと残ったカオス達4人の方を振り向いた。
「では、君達はその時の事を詳しく教えてくれないかな?」
彼女は穏やかな声でカオス達にお願いをした。だが、それにカオスは渋い顔をする。そして、即答で断る。
「えー、面倒くせー」
「ふんっ!」
無言でカオスに、ルナからの鉄拳が入った。その間に、マリアがにこやかに彼女の依頼を承諾していた。
「はい。喜んで~♪」
「良かった。では、こちらに詰所があるんでそこでゆっくりと」
マリアの快諾に彼女は安心したような顔を覗かせ、それから他の甲冑警官の一部をエマムルド強盗団の追跡に向かわせ、その他の警官は元の仕事に戻らせた。そして、カオス達を手招きをして詰め所へと誘った。
その彼女の様子を、ルナの鉄拳から復活したカオスは、首を傾げながら黙って眺めていた。そんな大人しいカオスはちょっとおかしいと思い、ルナは何かあの女軍人に変わった所でもあったのか訊ねる。
「いや」
カオスは横に首を振る。
「ただ、あんな感じの女をどっかで見た事あるような気がするんだが、どうにも思い出せねぇ」
「ああ、確かに」
ルナもカオスに言われてそんな気がしていた。身体から強さを感じるのだけれど、それを包み隠すような穏やかな立ち振る舞いと口調。
何処かで見たことある?
そんな気はするのだが、名前が出てこない。カオスと一緒に、ルナも歯がゆい気持ちを抱える羽目となった。そんな二人の様子を、取り残された感のあるマリアは少し不満そうな顔をしてみていた。だが、彼女は知らない。本当に取り残されたのは、病院に行ってこの場から退場したアレックスであると。