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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
157/183

Act.134:死士

「はぁぁぁぁっ!」


 エクリアは駆ける。魔力を自分の中から引き出して身に纏う。その多くを手に集中させて、手に魔力という名の武器を宿す。

 実力も何もかもが未熟な下級魔族。それを相手するには、熟練したエクリアではそれだけで十分だった。大仰な技も多くの魔力や体力も必要ない。


「ホーリー・スラッシャー!」


 しかし、それでもやはりエクリアの中には焦りがあった。手に宿らせた魔法剣で下級魔族を裂いても、頭の中は狂いそうな程の焦燥感で支配されていた。

 間に合わないのではないか? 手遅れになってしまうのではないか?

 王である勇者アーサーを信じるとは言っても、相手は魔王アビス。そう。魔王なのだ。その魔王に立ち向かって無事に済むとは思えないし、それだからこそ援軍を投入しようとしているのだ。

 信じて、この道を進む。アーサーが単独で倒すとは信じられないからこの道を行っているのだから、アーサーを信じて進むというのは最初から矛盾している。それを分かっているからこそ、焦燥感はいつまで経っても消えてなくなりはしない。

 魔獣を斬っても。斬っても。斬っても。


「やぁぁぁぁっ!」


 そして、それはモナミも同じであった。彼女は両手に集中させた魔力を少しずつ矢のように射出しながら戦っていた。それは単発の矢でありながら、次々と射出の出来るモナミのそれは、まるでショットガンのようでもあった。

 前に居る魔獣を。後ろに居る魔獣を。左に居る魔獣を。右に居る魔獣を。戦っているエクリアに当てぬように気を払いながら、どんどん繰り出してゆく。

 撃つ。貫く。葬る。撃つ・貫く。葬る。撃つ……

 そうして、どんどん魔獣の屍を重ねていった。重ねつつ、通路の奥へとその足を進めていった。戦いと死に満ちたその道を。

 ここに召喚された下級魔族は、全てその実力は非常に低いものだった。チョウチャウは一度に大量に下級魔族を召喚したのとは引き換えに、程度の低いものしか召喚出来なかった。されど、それでも戦いを重ねていけば、そんな下級魔族達でも少々は知恵を働かせるようになる。

 1匹の下級魔族、それは他の魔獣の屍によってできた死角を隠れながら、モナミとの間合いを詰めた。手が刀となっているその魔獣には、間合いはショートレンジからミドルレンジが一番良い。

 そうして、自分の間合いとなったその瞬間、その魔獣は飛び出した。モナミのその背後に向けて、その凶刃を振り下ろそうとする。


「!」


 モナミはその殺気に気付くが、もう遅い。その凶刃を食らわなければならない。そう思った瞬間であった。


「ぐがあぁぁああっ!」


 その魔獣の体は2つに裂かれていた.エクリアの刃がその魔獣を裂いたのだ。無論、攻撃されるモナミを守るという意志の下で、斬る。斬る。斬る。周囲の魔獣を、これでもかと言う位に切り伏せていった。

 そして、そんなエクリアにモナミも負けてはいられない。エクリアの倒しきれなかった魔獣を、その魔法の矢で打ち抜いてゆく。次々と葬ってゆく。

 そんなある瞬間、エクリアとモナミの目が合った。エクリアとモナミは互いに微笑み合う。

 最初はただ2人の騎士が戦っているだけだった。しかし、こうやって戦いを重ねてゆくにしたがって、2人の間にコンビネーションが生まれ始めるようになっていた。それが、彼女達には嬉しかった。

 戦いの中に生まれる友情、そして絆、それは何にも替え難い喜びであった。


「ショット」


 前線で戦うエクリアにちょっと守られる形となったモナミは、少し溜めの必要な大きな技が繰り出せるようになった。その機を逃さず、モナミはそれを繰り出す。

 ショット。その言葉を言ったその瞬間に、モナミの手に宿った魔力から無数の魔法の矢が次々と射出されたのだ。それはまず情報へと射出されてゆき、それが天井近辺となった所で全ての矢はその進行方向を変える。魔獣の急所へと変える。

 そこからはすぐである。どんどん貫き、どんどん殺してゆく。葬ってゆく。

 近接戦闘を得意とするエクリアとそのサポートを得意とするモナミ、2人にコンビネーションが生まれたことによって、コンビとしての力は格段と上がった。そして、2人のこの通路を目的地へと進むスピードも、先程までとは比べられない程に上がっていた。


「ふぅ」


 エクリアとモナミ、2人は互いに背中を預けて小休止する。一息ついて、周囲の様子を窺う。


「さぁて、あと半分くらいかな。そろそろ道が開けるよー」

「そうですね。兜の緒を締め直していきましょう」


 エクリアとモナミは、気合いを入れ直す。そうして、再び戦闘の渦中へと戻っていくのだ。ただひたすら、己の進むべき前を目指して。

 そして、願うのだ。

 アーサー王よ。あと少し、それまでお待ち下さいと。





 そして、その試験会場。アナウンス室では、解説のモナミが戦場へと行ってしまったので、そこには実況アナウンサー1人が残されていた。

 放送は勝手に休止に出来ないので、とりあえず彼は名乗る。


「実況アナウンサーの○○○です」


 名前は無い。もとい、あるのだが作者が設定していない。考えるのが面倒臭……もとい、今更このような脇役の名前を出せはしない。まあ、君の気分で好きなように呼んでくれ給え。

 というところで、まず実況アナウンサーは現状から説明する。


「えっと、解説のモナミさんは対アビスの援軍に行ってしまわれたので、私が解説もしなければなりません。……出来ないけど。まあ、私は戦いに関しては素人なのでご容赦下さい」


 素人。されど、その素人目にも現状が宜しくないのだけは手に取るように理解出来ていた。

 彼は言う。


「援軍は要請されています。でも、さっきからずっとアーサー王は1人で戦っております。何らかのトラブルがあったのでしょうか? 援軍はまだ1人もリング上に現れておりません!」

「…………」


 結界室との連絡がきっちりと為されていない。そして、その結界室に向かった2人がまだ戻っておらず、相変わらず結界の方も張られたまま。

 それは結界室とその周辺が魔王アビスの部下によって占拠されたと見るのが妥当なところか。面倒臭いわね。

 マリフェリアスはそう思った。アビスは彼にとってあまり意味を為さない面倒をいちいちやるもんだなぁと。

 そう、この場でちょっとした援軍を入れたところで、戦局は変わるものではない。圧倒的なパワーを魔王アビスは持っている。アーサーの1人や2人を殺せるどころのパワーではない。アビスがその気になれば、なりふり構わなくなれば、この首都アレクサンドリアに住む人間をあっと言う間に皆殺しに出来る。そんなパワーを秘めているのだ。

 だが、このような1対1を仕組んで戦っている。その理由は何か?

 自分の家族を殺めたアーサーに対する復讐を、1対1という綺麗な形を汚されたくなかったのか? それとも、数多の一般人達を犠牲にしたくはなかったのか?

 まあ、それはどうでもいい。どうであれ、アーサーが不利なのに変わりはない。


 ドガッ!


「くっ!」

 アーサーは飛ばされる。アビスの攻撃、その衝撃を身体に受け、そのままリングの上に落ちる。尻餅をつく。

 口元からはたらりと血が垂れていた。それを服の袖で拭って、アーサーはゆっくりと立ち上がる。アビスに対する視線は外さないまま。そして、その顔には笑顔が浮かんでいた。楽しそうな笑顔が浮かんでいた。


「へへ、こうでないとな」

「…………」


 しかし、アビスの顔はつまらなそうだった。圧倒的有利のままに戦いを進めているにもかかわらず、アビスは憮然としたまま、つまらない顔をしたままだった。

 アビスはアーサーに問う。


「どうした、勇者? まさか、貴様の実力はこの程度だって言うんじゃなかろうな? 違うのなら出せ。そうでなければ、この場は意味が無い。互いにな」


 アビス側とすれば、全力を出したアーサーを堂々と殺さなければ、卑怯な手法によって家族を殺められたアビスからすれば復讐にはならない。

 逆にアーサー側からすれば、全力を出さなければ殺された際、死ぬに死ねないということである。

 そして……


「16年もの因縁が、今日ここで終わるのだ。その終幕がこの程度であったとしたら虚しかろう?」

「…………」


 アーサーは少し口元を歪める。面白いのだ。楽しいのだ。

 構えをきっちりと取って、アビスに向かって真っ直ぐに言う。


「当たり前だ。ああ、そうともさ。あの程度でやられる俺ではない」


 そして、力を出すのはまだまだこれからだ。この体に残された力や魔力の全て、それをこの場で出し尽くすのだから。

 とは言え、それでもこの場でアビスには勝てないだろう。アーサーは自分の実力と向こうの実力を比べ、そのように判断せざるをえなかった。ここで、自分は殺されるだろうと。

 しかし、ここは自分にとって最後の戦場である。そんな晴れ舞台で、正々堂々と己の全力を出し尽くした上で散るのならば、そこに後悔など微塵も存在しない。

 アーサーはそのように思うのだ。だからこそ、この場が楽しいのだ。嬉しいのだ。

 そして、アーサーがそうやって堂々と攻め込んでくる。汚い罠や、作戦は何処にもない。その事実が、アビスをちょっとだけ嬉しい気分にさせた。

 だが、アーサーは許さない。殺す。

 アビスは足を踏み込んで、その拳を振るう。

 その軌道からそっとアーサーは体をそらし、その攻撃を回避する。手のひらでアビスの腕を横から流して、その拳そのものの流れを変えたのだ。力を使わない綺麗な防御であった。

 それで終わる攻撃だったならば。

 アビスは拳を振るう。今度は、目に止まらぬようなスピードで何発、何十発も。どんどんどんどん打ち込んでいくのだ。

 これをアーサーは防御出来なかった。手の動きが間に合わず、その攻撃を身体に何発も食らってしまっていた。そのダメージの上で、アーサーは体のバランスを崩した。

 その隙を、アビスは逃さない。一際大きなパワーの拳を振るい、アーサーを後方へと殴り飛ばす。


「ぐっ!」


 アーサーは飛ばされた。しかし、飛ばされながらもアーサーは地を蹴り、その勢いを殺すと共に体のバランスまで取り戻した。

 そうして、アーサーの体が完全に止まったその瞬間。


「で、こっちか!」


 アーサーは周囲の何も確認せず体を180度後方に向きを変える。右手に魔力を充溢させながら、迷いを見せずに素早く。

 すると、そのすぐ後ろにはアーサーの背後を取らんとしていたアビスが居たのだ。


「!」


 その反応の早さにアビスは驚く。


「後ろに回るくらいお見通しだ」


 そう、アーサーはアビスの動きが見えていたのではない。読んだのだ。こうなるのではないかと瞬時に判断し、それを見極めたのだ。

 そして、今度はアーサーの反撃。


「すぅ……」


 ドッ!

 魔力の籠もった右の拳を、アビスへと食らわせる。右の拳をアッパーにして、アビスを大きく上方へと殴り飛ばしたのだ。

 そんな素早い反撃。それに対して、今度はアビスの反応が間に合わなかった。防御も何も出来ないまま、その反撃をマトモに食らう。飛ばされる。

 これはチャンス。アーサーはその千載一遇のチャンスを逃さない。地を蹴り、アビスを追って上空へと飛び上がる。追撃をかけに行く。魔力を籠めた跳躍で速く。飛ばされたアビスよりも速く。

 そして、追いつく。


「はぁぁぁぁっ!」


 上空に飛ばされたアビスに追いついたアーサーは、その勢いのままにアビスに追撃をかける。右、左、右、左、連続で、その目にも止まらぬようなスピードの拳をアビスの腹部へとおみまいしてゆく。その締めは顔面へのパンチ。真っ直ぐに繰り出された拳は、アビスの頬へと入り込む。

 その間、アビスからの反撃はなかった。


「ぅらっ!」


 そんなアビスを、アーサーは下方にあるリングへと叩き落す。大きな力を籠めた拳を、アビスへ向けて上から下へと食らわせたのだ。

 その力と重力、2つの力によって地面に落とされたスピードは凄まじいものだった。そのままアビスは叩きつけられて、リングに大きな穴を穿つものと思われた。しかし……

 ダンッ!

 アビスは着地した。そのスピードの中で体を上手く翻し、リングに向かってきちんと足から着地した。勢いは残っていたが、それは破壊の力とはならない。ただの綺麗な着地であった。

 そこから数メートル離れた場所、そこにアーサーも着地した。そのアーサーの顔に、悲嘆の色はない。こんなものだと思っていたのだ。


「おしている?」


 ルナは一瞬そう思った。善戦しているのではないかと。

 マリフェリアスは何も言わない。だが、心の中でそれを否定する。善戦はしていない。なっていないのだ。

 だが、アビスは言う。


「なかなかやるではないか。勇者アーサーよ」


 褒めておく。しかし、その言葉にアーサーは喜ばない。むしろ、苦虫を噛み潰したような顔をして、苛立つのだった。

 それは、アビスの言葉の意味と、自分の置かれてる立場が分かっているが故。


「嫌味な奴め。全然本気を出していないくせに、よく言うもんだ」


 アビスは本気を出していない。全く出していない。だから、そんなアビス相手に多少戦いを有利に進めていたとしても、何にもならない。だから、アビスの言葉は感嘆ではなく、ただの余裕。むしろ、嫌味のようなものだった。

 それを、アーサーは知っていた。


「もっとも、その程度はやってもらわないと困るがな」


 アビスの表情に、笑みの色が薄れてゆき、なくなり……


「貴様からエミリアを守れなかった者として」


 そう言うのだ。しかし……

 エミリア?


「誰?」

 ルナには聞き覚えのない名前だった。そんなルナに、ルナの横で立っていたマリフェリアスが答える。


「魔王アビスの奥さんよ。16年前、アーサーが殺したわ。その子供と共にね」

「ああ、それでですか」


 ルナは納得した。家族を奪われた者としての復讐を、奪ったアーサーを殺して成し遂げようとしているアビスの意図を。行動の理由を。

 しかし、答えたマリフェリアスの方では1つ疑問が残っていた。それは、アビスの言葉の中にあった。



 エミリアを守れなかった者として。



 エミリアを。そう、エミリアとその子供ではなく、エミリアを。

 だが、そんな疑問をマリフェリアスが抱いたその瞬間でも、アーサーとアビスの局面は続いてゆく。最終局面に向かって。


「数分といったところか」


 アビスは真っ直ぐにアーサーに視線をぶつける。


「待ち続けた16年もの歳月と比べたら、一瞬の花火のようだが……」


 それでも待ち続けたかいがあって、この場所に辿り着けた。それをアビスは素直に喜ぼうと思っていた。この街に住む者共々アーサーを葬る卑劣な手法をとればもっと簡単に、かつ早く成し遂げられることは分かっていた。しかし、それによって得られる喜びは非常に少ないか、もしかしたらゼロであるかもしれない。それは、自身の主義にも反するし、なによりエミリアの想いも踏み躙りかねない。

 この復讐も、死んだエミリアは快く思わないかもしれない。ただ、こうしなければ先には進めない。だからこそ、この私闘を成し遂げ、これからも果てなく続いてゆく長い魔族の寿命の中で、未来へと進んでゆくのだ。

 そのターニングポイントは此処。


「もう、終わりだ。アーサー」


 アビスは告げる。その幕引きを。


「死ね」


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