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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter6:魔王
154/183

Act.132:それぞれの辿り着いた場所

 エクリアは走っていた。全速力で走っていた。壊されてはならないものの為に、守るべきものの為に、脇目もふらずに。

 廊下を駆けていき、階段を駆け下り、さらに廊下を走り抜け、いくつもの扉を開けては通り抜けていく。その先に、自分もやるべき戦いが待っているのだと信じて。

 そんな彼女が望むこと、願うことはただ1つ。

 リスティア、アーサー王、そして全ての人達よ、どうか無事なままでと……





 ガッ! ガッ!

 拳で結界の壁を叩く。魔王アビスの乱入後、すぐに選手控え室に飛んで来たモナミは苛立っていた。いち早く戦いに参加しようとまだ開かぬ結界の壁を叩いていた。

 そんなモナミを、マリフェリアスは止める。


「無駄よ。そんなのでは結界を破れはしないわ。そうしていても、ただ拳を痛めるだけ」


 拳なんかで破れる結界ならば、最初からこんな大会で使おうとはしない。なぜなら、参加者のどのような攻撃の巻き添えからも観客を守る結界である。そんなちょっとした何かで破れるような代物である筈がないのだ。


「頭では分かってはいるんですが、何もしないで待っているというのはどうも……」


 拳を休め、モナミはそのように言う。

 そう、落ち着けない。混乱の元凶とならんとしているものが目の前にあるというのに、待っているだけというのには耐えられなかった。

 自分は騎士。守るべきものの為に、その全力を尽くす義務がある。その全力とは、絶対にここでただ指をくわえて勇者アーサーの戦いを眺めているだけではないと。

 そんな時であった。選手控え室の扉が開き、そこにエクリアが入って来たのは。

 その部屋の光景を見て、エクリアは驚く。選手控え室には、ルナやマリフェリアス達を始めとして色々な人で賑わっていた。


「え? 何故、皆さんはまだ此処に?」


 彼女の中では結界は既に解かれていて、それと共に援軍が乱入して、アーサーと援軍が魔王アビスと戦っている最中となっていた。そして、今から自分もその援軍にはせ参じる。そうなっている筈であった。

 だが、その援軍は今もこの選手控え室に居る。それは、彼女にしてみれば不測事態であった。

 けれども、エクリアではない者にとってみれば、これはさっきから変わらぬ現状。

 マリフェリアスはそんなエクリアに、あっさりと答える。


「何故も何も、結界があって出られないからに決まっているでしょう?」


 選手控え室からリングへの1本道、そこに結界は存在し続けている。

 それは、エクリアにしてみれば不測事態。信じられぬこと。


「そんな、何故? 私は結界部に連絡しましたし、その結界部もきちんと了承を……」

「したのだとしても、今もここに結界があるというのは、紛れようもない事実よ。認識なさい」


 マリフェリアスは自分の背後にあり続ける結界を指差す。結界は透明であり、すぐには認識できないものではあるが、そこはかとなく感じられる特殊な魔力はそこに存在し続けている。それはすぐに認識出来た。出来てしまった。

 やはり、それはエクリアにしてみれば不測事態。信じられぬこと。


「そんな。何故?」


 何故? 何故? 何故?

 エクリアの頭は混乱し始めていた。だが、その混乱に意味は無い。マリフェリアスは諭す。


「そんな問答はいつでも出来るわ。そして、今やっても何のメリットも無いわ。それより考えるべきなのは、今自分は何をすべきかってこと」

『罰? そんなものはどうでもいい』


 エミネウスがデオドラント・マスクを打ち損ねた時の報告を、エクリアは思い出していた。

 アーサーはお決まりの謝罪をしようとするエミネウスの言葉を途中で遮る。そんな定番の台詞なんか最後まで聞いても時間の無駄と言った。そんなのを聞いても、何の得にもならない。意味は無い。


『謝るだけならば、どんな馬鹿にでも出来る。それより、これからどうすべきなのかを考えろ』


 過ぎたことを悔やみ、詫びるだけでは先には進めない。過去を悔やむのではなく糧として、今や未来にとって良い方向へと活かさなければならない。その為に、どうすれば良いのか熟考しろとアーサーは言った。

 アーサーとマリフェリアス、共に16年前に魔王アビスを封じた者達。その言葉も同じ。そんな共通点が、エクリアには何だか無性に嬉しかった。

 だから、歯切れ良く返事をするのだ。


「はい!」


 エクリアは自分のやるべきことをすぐに把握する。落ち着けばすぐに分かるものだ。そして、それを周りが行動し易いように、周囲に告げる。


「では、私は直接結界室に言って来ます」


 そう、通信で伝わらなかったのならば、直接伝えるしかない。そうすれば、どうしてこのような事態になってしまったのか、それさえも分かる筈なのだから。


「それでは!」


 エクリアは結界室に向かっていった。その姿を見て、ルナも自分はここでただ待っていてもしょうがないかもしれないと思うようになった。そして、自分が何をすべきか考えて、それを口にする。


「ならば、あたしはその間にあの馬鹿、カオスをここに連れて来ます。ここに居ないんで」

「あ! そう言えば、あの馬鹿ガキここに居ないっ!」


 ルナの一言でマリフェリアスも思い出した。あちこちで騒動が起こって、ここにカオスが居ないのに気付いていなかったのだ。度重なる試合で疲れているとは言っても、それでもカオスは雑多な兵士と比べて貴重な戦力となりうる。居なければ、居ないで困る。


「きっと何処かで居眠りしてるんですよ」

「でも、疲れてるんだからぁ、休ませ……」


 …てあげよう。そんな言葉を言い終わる前に、それをルナは否定する。


「甘いです!」


 と。


「甘過ぎます! これは総力戦なんです」

「そうね。それが例えほんの少しのプラスだとしても」


 マリフェリアスも認める。そうでもしない限り、使えるものは何でも使うという気持ちで望まない限り、どうあがいてもアビスに勝つのは不可能だと。

 しかし、それは他ならぬアーサー自身が知っている。16年前、その身でもって思い知ったことでもある。だが、リスティアを戦線から外したりして、それをアーサーは否定しようとしている。

 それがマリフェリアスには少々不可解であった。

 その不可解、それはアビスにとっても同じ。


「貴様、何を考えている?」

「貴様に言う必要は、ない」


 アーサーとアビス、よく考える2人は、まだ膠着状態であった。そんな2人は、早い動きを見せないだろう。そのようにも見える。

 ならば、ちょっと離れても大丈夫だろうな。

 ルナはそのように思い、自分のするべきことをやろうと思った。


「では、あたしも行ってきます。カオスを連れて来ます」

「待て」


 しかし、そんなルナを止める者が居た。ブラックエンド・ダークセイヴァーとも呼ばれるアリステルだ。ルナは振り返り、首を傾げる。自分のすることは間違ってはいない。そのように思ったのだが。


「アリステル?」

「妾が行く。主は残っとれ」

「え? でも……」


 それは間違いでも何でもない。ただ、アリステルはルナに告げる。


「妾はあくまでもカオスの武器じゃ。それ以外の何物でもない。それ故、例え世界がどうなるのであろうとも、その名目無しに戦うつもりは毛頭無い」

「…………」


 確かに。

 ルナは納得する。アリステルとはそういう者だ。魔剣であるアリステルは、持ち主であるカオス以外の誰にも触れられない。ここに来たのも、あくまでもここにカオスが居ると思ったからでしかない。そういうものなのだ。そして、そうでなければ魔剣の魔剣としての意味が無いのだから。

 それを踏まえた上で、その持ち主をここに連れてきてくれるという。考えてみれば、それがベストだ。

 ならば、そうしよう。ルナは頼む。


「では、よろしくお願いします」

「うむ」


 アリステルはゆっくりと歩きながら選手控え室を去っていった。その去っていく気配を背中に感じながら、ルナはすぐにでも始まるかもしれない戦いに意識を移していった。

 カオスは間に合わないかもしれない。ここに来る時は、全てが終わっているかもしれない。自分は無事に済むか、済まないか、生きているか、死んでいるか、全ては闇の中で分からない。全く分からない。

 ただ、ただ1つだけルナはハッキリと分かっていた。

 カオスに会いたい。その気持ちだけはハッキリと。





 そのカオスは、まだクロードと共にノエルと交戦中であった。カオスの目の前、クロードの眼下に大きな穴が開き、そこからたくさんの煙が吹き荒れていた。吹き荒れ、視界を不明瞭にしていた。


「…………」


 カオスはその中の様子を黙って見据える。どのような状況になっているのか見定めようとしていた。ただ、カオスは1つだけ確信していた。

 あの攻撃でノエルを殺った。その可能性はゼロだと。

 冷静に思っていた。


「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」


 しかし、実際に攻撃した上空のクロードは非常に上機嫌であった。自分の全力の攻撃は、上手い具合にノエルの隙をついた。避ける暇も、防御する暇も無く、ノエルはマトモに食らったに違いない。大ダメージを負ったに違いない。


「やった! やったか? ははっ! ざまあみろ! 人間をなめるなよ!」


 ノエルを倒した。そのようにクロードは確信していた。地面にぽっかりと開いた穴の中には、もうノエルの気配を感じなかったから。それすなわち死んだのだ。そのように確信していた。

 だが、カオスはそんなクロードの確信を信じない。

 あの程度の攻撃でロージアは倒せたか? 倒せなかった。ならば、ロージアよりも強いと自負しているノエルが、あの程度の攻撃をマトモに食らったとしても倒せる相手ではない。

 それをクロードは気付けないでいる。


「ははっ! ははははっ!」


 笑うクロードの姿を見上げながら、カオスはそのように思っていた。その時であった。




「随分と楽しそうじゃん♪」




 その声が聞こえたのは。その声の主は……


「ボクも混ぜろよ」


 そう、ノエルである。ノエルはクロードの背後、そこで腰に手を当ててニヤニヤと笑っていた。


「な~んてな♪ へへーん♪」

「なっ! ぬぁななななっ!」


 クロードは自分の背後で平然としているノエルの姿に驚きを隠せない。ここに居る筈がない。そのように思っていた、その光景がそこにはあった。

 ノエルは無傷で、疲労も何も感じさせずにそこに浮いていた。


「ちっ!」


 あの攻撃を避けた。

 カオスにもにわかには信じられなかったが、それはそういうことなのだろう。タイミング的にもバッチリであったように見えたが、それでもノエルは回避した。それ以外のなにものでもない。

 希望は潰えた。


「残念」


 ノエルは両手の拳を鉄槌にして、クロードへと振り下ろした。それこそ、避ける暇も防御する暇も無かった。

 ドガッ!

 クロードはその攻撃をマトモに食らい、地面へと叩き落された。それは矢のようなスピードで、その体を地面へと激突させた。


「ぐはっ!」


 クロードの体はいっぺん跳ね上がって、地面に落ちた。そんなクロードは、その一瞬全く動きを見せられなかった。


「…………」


 その姿をノエルは一瞥して、それからは興味をなくしたかのようにクロードの方には一切視線を向けなくなった。

 ノエルはゆっくりと空から降り、カオスの目の前に降り立つ。


「くっ! はっ! ぐぐぐぐ……」


 そこから少し離れた場所で、クロードは苦しそうに呻いていた。動くことはままならないようだが、とりあえず生きてはいるらしい。そう分かった。

 ノエルはクロードの方を見向きもせずにそう言う。


「ま、奴はあの程度だ。馬鹿な奴。多少腕はたったみたいだけれど、所詮はただの人間でしかねえ。不用意に魔族の戦いに首を突っ込むと、そうやって痛い目にあっちまうんだ。ま、自業自得ってやつだな」


 身の程知らずはこのようにしっぺ返しを食らうのだと。身の程知らずは自分もそうなのだろう。カオスは思う。が、望んでいた訳ではない。


「別に俺は首なんか突っ込みたくなかったが? 元より、世の為人の為なんてだりーことなんかしたくねぇし」

「はっはっは。諦めな♪」


 クロードは身の程知らず。しかし、カオスは別。

 ノエルはそういった意味でそう言ったのだ。クロードは望まなければ、このようにならなかった。けれども、カオスは本人が望まなくても、このようになっていた。それは運命。仕方のないこと。だから、諦めるしかないのだと。


「チッ」


 カオスは舌打ちする。


「奴は生きてはいる。が、もう戦えねぇ」


 クロードは戦えない。そう言うノエルに、カオスはその通りだと思った。さっきの衝撃からして、骨の何本かダメになっていてもおかしくなかった。むしろ、逆に何ともなっていない方がおかしいようにも思えた。

 ノエルは笑う。


「これで、当初の予定通り1対1だ」

「…………」


 カオスは分かっていた。

 策は尽きた。体力も無くし、魔力も底をついた。逃げる暇も何も無く、殺されてしまうだろうと。


「そうだな」


 だが、カオスは不思議な気分だった。不思議と心は落ち着いていて、乱れは何処にも感じられなかった。これが運命というならば、自然と受け入れて穏やかに終局を迎える。

 そんな自分に、少し戸惑っていたのだ。だが、悪い気分ではない。


「最終局面だ。いくぜ」


 だから、カオスは思う。

 此処で逃げようとするのはカッコ悪いと。ここは正々堂々と戦って、散ってゆくのが美学というものであろうと。

 カオスは真っ直ぐにノエルに向き合う。ノエルもそんなカオスをはぐらかすつもりはない。正々堂々と来る者には、正々堂々と対する。


「ああ。来い!」

「はっ!」


 その声を受けて、カオスはノエルへと向けて地を蹴る。死地へ向け、地を蹴った。





「とにかく、だ」


 試合会場、アーサーはアビスに向けて言う。理由など些事であり、必要ない。必要なのは約束とその履行だけであって、そこへと至る動機や心境はどうでもいい。そう。結果さえ理想となるならば。

 その結果とは。


「今回は1対1で貴様と戦ってやると言ってるのだ」

「…………」


 16年前、軍を率いて自分と対したアーサーが、今回は単独で戦うと言う。前回とてメインで戦ったのはアーサーではあるが、それを考慮に入れても今回のアーサーの決断はアビスから見ても明らかに異質であった。それ故、これはアビス側としても喜ばしい状況ではあるのだが、手放しでは喜べない何かがあるのではないかと思えてしまった。

 衆目前故の強がりか?

 チラリと思ったが、それをすぐに否定する。そんな馬鹿な小者が相手ならば、前回の時に蹴散らしているからだ。

 そして、アーサーは馬鹿ではない。そのアビスの見立ては正しかった。アーサーは言う。


「貴様の企み通りにな」


 企み。その一言で帰結する。


「気付いていたか」

「ああ」


 此処に1対1で対峙している。この事実が、アビス達が張り巡らせた策略の成功の結果であると。


「当然だ」


 驚くようなものではない。こういうことがあってもおかしくはないとアーサーは思っていた。だが、放置していた。そこには理由がある。


「だが、こちらとしても条件がある」


 アビスは話の通じる相手。それを見越した上での取引。


「命乞いなら聞くつもりはないが?」


 それがアビスの今回の唯一の目的だから。それはアーサーも知っている。


「勿論。俺が出すのはそんな条件ではない」


 それならば、今此処で1対1で相対したりはしない。デオドラント・マスクが出た時点で、今回のエキシビジョンは体調不良とか理由つけて出ないようにしていたからだ。

 自分の命を守るつもりは毛頭ない。出す条件は……


「条件は俺以外の命を狙わないこと。此処へと至るまでに失われた命と、正当防衛に関してはどうこう言うつもりはないが、これから今回魔界に帰るまで俺以外の人間を意図的に殺すな。それが条件だ」


 自らを守る為、自らを狙った者を攻撃し、結果としてそれを殺めてしまう。それはしょうがない。ただ、何処かしらに攻め込んでいってそれを潰していったり、周囲の人間を意味も無く殺したりはするな。そういう意味であった。

 そのように言ったとアビスは理解する。そして、それはアビス側としても問題はない。だから、快諾する。


「いいだろう」


 人間世界の支配等には興味はないし、どうこうするつもりはない。アーサーの命さえ奪えれば良いのだから。

 考える必要もなく、アビスはその条件を飲んだのだった。


「…………」


 そのやりとりを選手控え室で見ながら、マリフェリアスは思っていた。思い当たったのだ。

 アーサーは死ぬ。殺される。いや、あの坊やは死ぬつもりなのだと。

 死地へと向かう。アーサーの姿は正しくそれであった。

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