Act.131:策謀群像劇場
放送室、エクリアはマイクを結界室にのみ繋いで、連絡を入れる。用件を伝える。
「そういう訳ですので、予定より時間が繰り上がりますが、今すぐ結界を解いてもらえますか?」
「承知しました」
結界師の中のリーダー、マラカル・スカンチの声だった。彼はハッキリと結界解除の約束をし、その通信を切った。その報せは届いたのだ。
「これで、こちらは良しと」
伝えるべき事柄は全て伝わり、承諾された。そう思い、エクリアは一仕事終わったのだと安心する。それからは次の仕事である。
では、私自身も戦いの場へと赴きましょう。
戦える者は全て戦う。その法則に則って、エクリアもまた戦場の入口である選手入場口へと足を急いだ。時間が足らないことはあっても、余りはしない。だから急ぐ。急ぐ。急ぐ。
しかし、そんなエクリアはそこに罠があったことに気付けないでいた。
結界を解いてもらいたい? 承知しました……そんな訳がないだろうが。
放送室と結界室の通信、それは音信のみの通信であり、電話と変わらないものであった。そっくりに真似してしまえば、本人かどうかは分からない。
そう知っていたシカシカはニヤリと笑った。そう、さっきの通信はシカシカがマラカルの声を真似ていた。だから、エクリアの申請はシカシカの独断で却下されていたのだ。それをエクリアは知らない。
ただ、何らかの通信があったのは、結界師達にも分かった。だから、結界を張り続ける仕事をしながらも、それについて訊ねる。
「い、今の通信は何だったんだ? アンタ、マラカルさんの声真似までして」
ムワンザの問いに、シカシカはしれっと答える。
「ああ、今のか。アンタ等の上司、いい奴だな。羨ましいぜ。もう少しでエキシビジョンも含めた全試合が終わるから、ラスト頑張れって励ましの言葉だったぜ。そんなのがあるとは思わなかったよ」
シカシカは相手側を持ち上げる。無論、それもまた策謀の1つである。
「おおっ、それはきっとフォースリーゼさんだぜ。その心遣い、サイコーだね」
「ははは、ムワンザは治安局長のファンだからな」
喜ぶムワンザに、その様子を見て悪い気のしないマラカル。結界師達の間に和やかな雰囲気が流れた。
「まあ、確かに。若年のエリートであっても、あの謙虚な姿勢は儂でも好感が持てるな」
「でしょう? ムブジマイさん」
ムブジマイもエクリアが好きか嫌いかで問われれば、好きの範疇に入ると言えた。エクリアはその柔らかな物腰と謙虚な姿勢で、周囲の人物に慕われていたようだ。結界師の中では、ただ1人を除いて。
「え~? 私はあの女嫌い~」
「お前のはただのひがみだろうが。もしくは妬み、嫉み、逆恨み? ああ、全部か」
「何ですってー!」
キレるゾンバの横で、からかったムブジマイは適当に口笛を吹いていた。だが、そこからさらに隣で、ムワンザは真面目な顔してキレたゾンバに同情しているような言葉を発した。
「まあ、ゾンバさんの気持ちも分からなくはないですよ」
でも、最初だけ。
「容姿で惨敗、才能で大敗、性格でボロ負け。人として勝ってる部分が一切無いですから、あるんだかないんだか分からないプライドが傷付けられ……」
「殺す!」
ムワンザが全て言い切らない内に、ゾンバはムブジマイからムワンザへの怒りを露わにする。まあ、当然ではある。
「殺す! このニキビ親父、ぶっ殺~すっ!」
そうして立ち上がり、掴みかかろうとしたところで、制止の声が響き渡る。
「やめなさい!」
その瞬間、騒々しかった結界師4人の中に静寂が走った。やめなさい。その声を発したのは、その中のリーダーであるマラカルであった。
「ケンカはダメじゃ。あと少しで終わるのだ。それまで力を合わせて頑張りなさい」
「……分かりました」
「はい。そうですね」
「承知しましたわ」
そうやってまとめる。そして、結界師達の間に再び和やかな雰囲気が流れ始めるのだ。
「で、終わった後に食事にでも行こうじゃないか。4人で打ち上げじゃ♪」
「いいですねぇ。俺、最近マトンの美味い店を見つけたんですよ。そこ、マジですっごいお薦めですよ。行ってみません?」
「おお。それは楽しみじゃ。では、そこでディナーを……」
って、阿呆かい。
そんな和気藹々とした結界師4人の様子を見ながら、シカシカは呆れていた。そのように仕向ける為に、適当に彼等の仲間を褒めたのは事実だが、それがここまでしっくりとはまってしまうと、喜ぶよりも却って呆れてしまうものだった。
今回は馬鹿みたいに上手くいった。けれど、そうやって上手くいくのは今回だけだろう。次回は、絶対にこうはいかない。ここの阿呆だけでなく、あちら側が納得しないだろう。
と言うことは、激突は避けられないか。ならば……
「イノイノ」
シカシカはイノイノだけに聞こえるように、イノイノの耳に小声で耳打ちする。
「今度連絡が来たら、こけたふりして機器を壊してしまえ」
「了解」
そうしてしまった方が、面倒が無くて済む。
シカシカはそのように企んでいた。
◆◇◆◇◆
一方、チョウチャウはラスターと共に結界室の出入り口の扉の外に立っていた。ここで、やって来た者を迎撃しようという算段だった。
「もうすぐここへ客が来るだろう」
ラスターはそのように見ていた。
「今の内に用意をしておくんだ。魔獣召喚をするのだろう?」
「はい」
チョウチャウはラスターに返事をすると、杖を大きく掲げた。
「いきます!」
そして、投げる。杖はクルクルとバトンのように回って、再びチョウチャウの手元に戻る。それをしっかりとキャッチして、チョウチャウはポーズをきめる。
「ハイッ! 魔獣召喚フェスティバル、開幕!」
ピーッ♪ ピーッ♪ ピーピーピーッ♪
チョウチャウはバトンを、もとい杖をあちこちに向けて振り回しながら、首に下げていたホイッスルを鳴らす。その上で、足をピシッと伸ばして、ポーズをきめる。
「ハイッ!」
それで準備完了なのだ。それを目の当たりにしたらスターは言葉を失っていた。しかし、チョウチャウの魔獣召喚はそれから始まる。
まずは、何処からか謎のBGMが流れ始める。鼓笛隊の演奏する軽快なマーチだ。それに合わせてチョウチャウはバトンを、もとい杖を上下に動かし始める。リズムに乗って杖を上下に振り、そこからクルクルと回す。
それからリズムに乗って呪文を唱え始める。
「さぁさぁ、皆さん、いらっしゃいませ。いらっしゃいませぇ。本日もお足下の悪い中、ご足労頂きまして誠に有難う御座います!」
その声に合わせて、下級魔族が魔法陣の中からぞろぞろと出て来たのだ。召喚は成功、大成功である。1匹、2匹、3匹……どんどんと魔法陣の中から現れる。
「今宵も楽しいフェスティバル。歌って、踊って、戦って、心の底から存分にお楽しみ下さいませ!」
ズッタカ、ズッタカ、ズッタカ、ズッタカ、ズッタカ……
ぞろぞろ、ぞろぞろ、ぞろぞろ、ぞろぞろ、魔獣は現れる。列になって現れる。群れとなって現れる。その中で、チョウチャウは杖を振り回しながら踊り続けていた。チャチャーチャチャ♪
ズッタカズッタカ踊るチョウチャウを、チャチャーチャチャーララ~とラスターは眺めていた。絶句しながら眺めていた。
確かに、チョウチャウは召喚士としては優秀である。方法はどうであれ、短時間でどんどん下級魔族を召喚できる者はそうそう存在しないだろう。しかし、その事実を素直に褒めたくなくなるような光景が、そこにはあった。だから、絶句したのだ。
何だかな~、と。
◆◇◆◇◆
さらに、そことは関係ない場所で繰り広げられているカオス&クロード対ノエルの戦いは熾烈を極めていた。そのようだった。
カオスが攻め込んでいって、自らが囮となる。自分にひきつける。その間に、クロードはノエルを討つ為の魔力を用意し、隙を見つけてノエルにそれを全て叩きつけようと狙う。その図式は変わらないままでいた。
しかし、カオスはおされていた。ノエルは本気で戦ってなどいなかった。
「くっ!」
ノエルの攻撃の重さ、スピード、それらのどれもがアップしていって、どんどん捌ききれなくなっていた。戦いは後手にまわり、次第に打てる手法が狭められていった。
そこまでいきながらも、ノエルは笑顔であった。まだまだ余裕な表情であった。
「ほらほら、どうする? パワーもスピードもどんどん上げていくよ」
「ちいっ!」
「…………」
その上空、クロードは魔力をじっくりと充溢させていた。急がなければならないとも思ったが、急増の充溢で倒せるとは思わなかったので、それまでの時間はカオスがやってくれると信じて、確実に最大限の攻撃が撃てるようにしたのだ。
そして、その魔力が今完成した。
「ふぅ……」
クロードは目を見開き、ゆっくりと息を吐く。自分の中に大きな力を感じる。絶好調の時のそれと比べても、恥ずかしくない出来栄え、むしろ匹敵するような出来栄えのように感じていた。
だが、そんな感動に浸っている暇は無い。すぐに攻撃をしなければ。
そう思い、クロードは下の様子を窺う。下では、カオスとノエルが手足を使った接近戦、格闘戦を繰り広げていた。今はまずい。しかし、そこで一瞬間合いが離れた時が唯一にして最大のチャンスである。
そのように考えながら、クロードは充溢させた魔力を全て右の手のひらに集中させていった。そう。カオスの言う通り全て放つつもりだった。そうでもしなければ、ノエルに勝てる機会は無い。クロードはそれを十分に感じていた。
だから、チャンスは1回のみ。
そう覚悟を決め、クロードはありったけの魔力を集中させた手を、下方のノエルに向けて狙いを定める。それから数秒後であった。
ドガッ!
ノエルの蹴りがカオスに炸裂し、カオスは大きく飛ばされた。真っ直ぐ横に、一直線に飛んでいった。
「!」
今だ!
クロードは躊躇わなかった。カオスを蹴り飛ばして、ちょっと硬直したノエルに向けて手の魔力を残らず叩きつけた。それから1秒と経たずに魔力の波は地面に激突する。土を抉り、土埃を舞い上がらせ、そこに大きな穴を作り上げた。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
大量の土煙が視界を遮る。クロードは息を大きく切らせながらその中の様子を窺うが、その中がどうなっているのかは分からなかった。
当たっている筈だ。
そんな自信はある。カオスを攻撃したその直後、その隙を狙って撃ったのだから、避ける暇も防御する暇も無かった筈だ。
しかし、当たったとしても、それで殺れたのだろうか?
それはクロードにはまだ分からなかった。ただ、それで倒せなければ、自分達にはもうノエルを倒す可能性は皆無となってしまうことだけは理解していた。
カオスも立ち上がり、その中の様子を窺う。その中の様子は分からない。ただ、ノエルがロージアよりも強いのであれば、これで倒したという可能性はほぼゼロであろうと予想していた。
嗚呼、恐らくノエルは生きている筈だ。
◆◇◆◇◆
そこからちょっと離れた場所、トラベル・パス試験会場のリングの上では、アーサーとアビスの対峙が続いていた。会場の観客達は係員の指示に従って少しずつ退避しながらも、途切れずアーサーコールを発し続けていた。勇者アーサーと魔王アビス、会場の全てがアーサーの味方であり、アビスの敵であり続けた。
しかし、当の本人2人は、そのようなものが見聞き出来ないかのように落ち着いた心境のままだった。
「…………」
贅沢を言えば、この日まで後数年は欲しかったところだな。
アビスを見て、アーサーはそのように感じていた。こうやってアビスと対峙することは、16年前にアビスを封じた時からの定めであったけれど、こうなるまでにこの世界の平和を担う人材を用意しておきたかった。手は尽くしたが、現在ではまだまだ途上だとアーサーは感じていた。
まだ自分がいなくなるには時期尚早。けれど、ほぼ間違いなく自分はここで死ぬだろう。殺されるだろう。
ならば、仕方ない。信じて、任せるしかない。
アーサーはそのように考えた。そして、隣で戦う気満々のリスティアに1つの策を提案する。
「リスティア、だったな? 良い策がある。ちょっと耳を貸せ」
「策、ですか?」
「そうだ」
リスティアはそれがどのようなものなのかアーサーに近付いていった。アビスには聞こえないように、その隙に攻撃されないように、慎重に近付いていった。もっとも、そんな隙を姑息に狙うようなアビスではなかったので、それは杞憂であったのだけれど。
「で、何ですか?」
「アレをちょっと見てみろ」
アーサーはリスティアの背中の向こう側を指差す。
あちらに何かアビスを倒せるようなきっかけがあるのだろうか?
リスティアは不思議に思いながらも、そのアーサーの言葉に疑いを持たずにそちらの方向に視線を向けた。その隙であった。
ドガッ!
アーサーは拳を作り、リスティアにそれを振り下ろした。隙だらけのリスティアにその攻撃はクリーンヒットし、リスティアに大きなダメージを与える。そして、リスティアは白目を剥いて、そのまま前方に倒れてしまった。気絶である。
「今年の大会の覇者と言えど、不意打ちではどうしようもなかったな」
そして、チラッと動かぬアビスに視線を向ける。
「さて」
それからまた気絶しているリスティアに視線をチラッと送って策を眠っているリスティアに告げる。
「アビスとは俺が1人で戦う。お前はそこで寝てろ」